No.19:side・ryuzi「魔王軍、最強」
「うるぁあぁぁぁぁぁ!!!」
掛け声とともに踏み込み、一閃。
だがあっさり避けられる。
「おら、おら、おらぁぁぁぁぁ!!」
避けられた方向に、がむしゃらのさらに三回斬りつける。
すべて、手にした斧で弾き返された。
「フフフ、それほどの傷を負いながら……いや、もう癒えているのかね?」
涼しい顔で、愉快げに聞いてくるヴァルト。
そんな奴に、俺は不敵に見えるように微笑んで見せた。
「はっ! ひょっとしたら、ぎりぎり当たってねぇのかもだぜぇ……!」
そう強がっては見るものの、見れば一発で分かる。全部しっかり当たってる。
その上で、俺の体は完全に治癒していた。
内臓まで届いていたはずの最初の一撃も。
腕をちぎりかけたさっきの一撃も。
断絶した神経すら自己治癒のみで完全に治っていた。
こりゃあれか? やっぱり真子じゃなくて俺が魔族でしたってオチか?
ヴァルトは濡れそぼった鼻をヒクヒクと動かしている。ひょっとしたら血の匂いか何かで怪我の状態もわかったりすんのか?
「この桁外れの治癒速度、閣下以上だな……。さらに……」
「っしゃぁぁぁぁぁ!!」
ぶつぶつつぶやいてる奴に、突撃を仕掛ける。
隙をさらしてるように見えるが、わざとだろうな。だいたい隙があるかどうかなんてわかんねぇし……!
ヴァルトは何かを探るように瞳を揺らし、またも縦一文字に俺を斬り裂こうとする。
だがさすがに何度も喰らったりしねぇよ!
斧が当たる直前。ギリギリのところで俺は横に飛ぶ。
そのままなら当然すっ飛ぶが、逆手に持った石剣を地面に突き刺して、斧の射程圏ギリギリで踏みとどまる。
斧は俺の脇を通り、地面に向けて放たれる。
回避成功! 次は――。
瞬間、地面が揺れる。
ゴォオオンン!!
「!?」
続く轟音に体が揺れた。
叩きつけられた斧から発せられた衝撃と音だと気付いたのは、そのあとすぐに放たれたヴァルトの蹴りが腹に食い込んでからだった。
「ご、がぁっ!?」
一瞬、意識が飛ぶ。視界が白濁する。息が止まり、胃の中のものがひっくり返りそうになる。
そのまま後ろにすっとび、恐怖に怯えるような光太たちの表情を目の端に捉え。
「おう、お疲れ」
「づあっ!?」
目の前で人がボコボコにされてるってのに、のん気に呟いて俺を受け止める団長さんの声で我に返った。背中に叩きつけられた棒のせいで、体が弓のように勢いよく反る。
んなろー……。こっちゃ(元)怪我人だっつーの……。
「が、ごほ……!」
「隆司!」
光太の悲鳴に顔をあげると、いささか残念そうなヴァルトの顔が目に入った。
「反射神経も良いが、惜しむべくは技術が伴わん点か……。そこだけ見ると、そのあたりの子供とさして変わらんな……」
俺ぁ、元々その辺にいるガキだよチクショーが……。
そもそも残念そうな顔されるいわれだってねぇっつの……。
ああ、チクショウ。どうせなら空手でも習っとくんだったぜ……。
「さて、次は……」
「っ! 僕が相手だ!」
ヴァルトが視線をめぐらせ、光太たちに向けられた。
光太は一瞬体をすくませるが、即座にそれをふるい落とし腰に帯びたエア・キャリバーを素早く抜いた。
構えは青眼。剣道の基本にして、光太が最も得意とする型。
「二人とも、下がって!」
光太の言葉に、真子と礼美が一瞬の躊躇ののち、俺が吹き飛ばされた場所まで後退してきた。
「隆司、無事!?」
「今、怪我を治しますから!」
膝をついて荒く呼吸を繰り返す俺がどう見えたのか、いつもの腹黒軍師の姿は影もなく、礼美の顏は今にも泣き崩れそうに歪んでいた。
光太の援護に立ち上がりたいが、どうしても体が言うことを利かない。全身を倦怠感が包んでる。
くそ、体は治ってるけど体力の方が追いついてねぇ……! 回復の方に体力が持ってかれてるのか……?
礼美が一生懸命回復しようとしてくれるが、ほとんど焼け石に水だ。
何とか呼吸を落ち着けようとする俺の目の前で、光太がヴァルトに斬りかかっていった。
「ハァッ!」
すり足からの上段打ち。素早い一撃がヴァルトに迫る。
ヴァルトは斧で刃を弾く。が、俺と違い光太は素早く刃を引いた。
「シッ!」
続けざまに放ったのは胴打ち。ヴァルトは剣の腹を拳で叩いて対処する。
「フム、なるほど……」
「チェァッ!」
何を感じたのか興味深く頷いているヴァルトに、弾かれた剣を肩に担ぎなおしての袈裟懸け!
だが、全力を伴ったであろうそれすらヴァルトは二本の指で受け止めた。
「技術は及第点。だが、能力が伴わぬか」
やはり残念そうな様子だ。こいつ、戦闘狂の類か?
だが、その剣を受け止めたのはまずったな……!
「風よっ!」
「! おお!?」
光太の言霊と同時に、刃を軸に風の渦が生まれる。
敵の持つ武器を絡め取るための突風だ。さすがに無事じゃすまねぇだろ……!
「驚いた! 人間の軍にはこのような武器が存在するのか!?」
ヴァルトは剣の刃を指でつまんだままの体勢で、今の自分に起こっている状況に驚いていた。
って、無事なのかよ! あれか! さっきの俺の考えはフラグだったとでもいうのか!?
「だが、この状況から考えうる使用用途に対して威力が不足しているな」
「……!」
ヴァルトの冷静な分析に、光太が自分の失策を悟ったような顔になる。って、手を抜くなよ! ここは全力でぶっ飛ばすところ! そんなところに博愛精神発揮せんでもいいだろう!?
俺は、いまだにだるい体に活を入れて立ち上がろうとする。
だが、それより先に真子の言葉が耳に突き刺さった。
「炎の槍!」
真子の魔術言語によって解き放たれた炎の槍が、一直線にヴァルトの顔面に炸裂する。
炎が爆ぜ、あたりが一瞬真っ赤に染まり、光太は慌てて後退する。
「光太! そんな化け物相手に、一々手加減しない!」
「ご、ごめん!」
「フハハハ! 不意打ちかね!? なかなか痛かったぞ!」
光太が今までいた場所ごと、自らを包む爆炎を吹き飛ばすヴァルト。
手に持った轟斧が巻き起こした炎風は、俺たちがいるところにまで届いた。
「だが、詠唱破棄にしては威力が大きいな!? これが貴公の実力かね!?」
「あたしの力が見たけりゃ、そのままじっとしてなさい……! 今すぐ消し炭にしてやるわよ!」
過激な発言だが、真子の手は小さく震えている。ヴァルトがまっすぐに見据えた瞬間からだ。
射竦められているのは、誰が見ても一目瞭然だ。ヴァルトもそれがわかっているのか、それ以上突っ込んで何かを言おうとはしなかった。
俺は素早く立ち上がって、ヴァルトの視線から真子を遮ってやった。
「ちょっと隆司……!」
「俺が前線、光太が遊撃! そんでお前らが援護だろ! 役割間違えんな!」
真子の抗議の言葉を遮って、声を張り上げてそう宣言する。
最初に決めたポジションだ。真子としては、もっと大人数に対してのポジションだったのだろうが、一騎当千の化け物相手なら大して変わらないはず……!
く、と真子が唇を噛む音が聞こえてきた。
俺はそれを無視して何度目かになるヴァルトへの突撃を再開する。
ただし今度は……。
「光太ぁ!」
俺のダチも一緒だぜ、ヴァルト将軍……!
「わかった!」
俺の呼びかけに頷いて光太は八双の構えを取る。
そのまま光太の背中まで駆け、俺は右に、それを察した光太は左に駆ける。
「ほほぅ……」
面白そうに笑ったヴァルトは左手に持った斧を肩に担ぎ、右の拳を握りしめる。
それぞれに対しての迎撃なんだろうが、さすがに二人じゃ一撃で葬られちまうよな……!
「強風撃ォ!!」
「ぬおっ!?」
真子の両手から放たれた強風の一撃が、俺たちの間を通り抜けヴァルトの動きを一瞬止める。
いつかの朝の時と違い、遠慮も呵責もねぇ一発だ。ただの人間ならそれだけで気絶しそうな暴風。
そんなもん受けて、動きが一瞬止まるだけとか化け物にもほどがある。
だけど、その一瞬がとてつもなく遠い……!
「おらぁ!」
両手で持って、バットか何かのように石剣をヴァルトの胴体に向けて叩きつける。
が、寸前斧の石突でもって俺の石剣を地面に向けて逆に叩きつけられた。
「っづ!?」
「まだまだぁ!」
楽しそうに笑うヴァルトが斧を回転させ、石突を俺の体に叩きつけてきた。
俺は両手でなんとかその石突を抑え込む。
ズドォム!
とんでもない轟音が響き渡るが、何とか体を浮かさずに済んだ……!
そして動きが止まった瞬間を見て、ヴァルトの斧を体に掻きこむ!
「むぅ!?」
「捕まえたぜ……!」
これで左手を封じた形だ!
その瞬間を狙ったわけじゃないだろうが、一瞬遅れて光太がヴァルトに斬りかかった。
「ヤァッ!」
袈裟懸け。面打ち。逆胴。
ほぼ一瞬にして三段打ち。我が親友ながら恐るべき速度と技術だ。
だが、ヴァルトもまた超一級。
「なんのぉ!」
武器を持たぬ右手……いや。獣特有の鋭いかぎ爪でそのすべての剣閃を受け止めてしまった。
逆袈裟。切り上げ。胴打ち。
光太に対して逆の剣閃を持って、対抗して見せた。
一瞬で見抜くんじゃねぇよ腹立つなぁ!
「おおおぉぉぉぉ……!!」
俺は気合を入れて、ヴァルトごと斧を持ち上げてやろうと足を踏ん張る。
が、さすがに重たい……! オオカミというとスマートな体系を思わせる生き物だが、ヴァルトの姿はトラとかライオンとか重量系肉食獣のそれに近い。体脂肪率0.何%の世界なんだろうなぁ……!
「ぉぉぉぉりゃああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
だがこれしきでひるんでたまるかよ……!
一矢報いるどころか、百泡は吹かせてやるぜぇ……!
「ぬぉ!?」
ギシリと斧の柄が悲鳴を上げ緩やかに湾曲する。さしもの轟斧も、極端な力のかけられかたされたら、こうなるわなぁ……!
同時にヴァルトの体がゆっくりと浮き上がる。地上からだいたい数センチ程度。本当に僅かだ。
……だが地に足つかぬ者をひねり飛ばすには十分すぎる。
「うぅおるぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は勢いよくヴァルトの体を斧ごと投げ飛ばす。投げ飛ばすといっても、せいぜいが体の体勢を崩してしまった程度。
しかし続く一撃につないでいけば……!
「光太ぁ!」
投げ飛ばしきる一瞬で飛ばした激に、俺のダチは的確に答えてくれた。
――大量の魔力を注ぎ込まれた、竜巻へと進化した己の愛剣という形で。
「ストーム……ブリンガァァァァァ!!」
突きと同時に、今度こそ全力で解き放たれた竜巻は、投げ飛ばされたヴァルトの体だけをさらって一度二度体をくねらせ、そのまま地面に叩きつける。
そして追撃でダメージは加速していく!
「炎風乱舞ッ!!」
真子が解放した膨大な魔力とともに、光太の放った竜巻が炎の渦へと変わり、容赦なく周囲を焼き尽くした。
爆炎はやがて収縮していき、巨大な音とともに火柱を立ち上らせた。
その光景を見て、おー、とのん気な声を上げる団長さん。
「見事なもんだなぁ、マコ。もう高位魔法が使えるんだな」
「なにを、のんきな……」
ぜいぜいと荒い息をつく真子。さすがにあれだけの魔法となると、体力まで消耗するんだな。
しかし、団長さんの落ち着きが妙に引っ掛かるな。目の前で魔王軍の四天王がエライ目にあってるってのに……。
自分一人参加できずに、涙目で俺たちの様子を見ていた礼美が、ホッと一つため息をつき。
「っ!? 光よ!」
何かに気づいて、叫ぶ。
同時に俺の体と光太の体をシャボン玉のような光の膜が覆うのと、オオカミのような魔力の塊がそれに遮られてはじけ散るのが同時だった。
「「!!??」」
魔力の塊が耳障りな音とともに消滅するのに合わせて、それが飛んできた方向に目を向ける。
「見事だ、勇者たちよ! これほどの戦は、ゴルトとの初邂逅以来だな!」
そこには多少毛皮が焦げ付いているものの、ほとんど無傷で立ち上がり、嬉しそうにこちらに掌を向けているヴァルトの姿があった。
その足元には、十体を超えるオオカミの魔力が出現していた。
そういや、オオカミって群れる生き物だよな……。
そんなことを呆然としながら考えていると、凄絶な笑みを浮かべたヴァルトがこちらにオオカミの群れをけしかけてくる。
数の割合は光太が三、俺が七。ってオイィィィ!? 差別が過ぎやしませんかね!?
という抗議の声を上げる間もなく、礼美が張ってくれた障壁に食らいつくオオカミたち。
同時に炸裂。魔力の爆風が障壁をあっさり打ち破り、俺の体をゴミクズか何かのように吹き飛ばした。
悲鳴もなくゴロゴロと転がっていく俺。もはや上に着ていたカッターシャツもサンシターに借りたマントもボロ布。だがズボンは死守したぞ……!
「っが、はぁ!」
倒れた体を慌てて起こして周囲を見回すと、光太は何故か礼美の足元で呆然と座り込んでいた。しかも無傷で。光太だけ助けたのかテメェェェェェェェ!!
だが、抗議はしない。真子の顏が真っ青を通り越して白くなっているからだ。もうヴァルトを見る目が化け物じゃなくて、もっとひどい何かになってる。
礼美も似たり寄ったりだ。だが、まだあきらめていないのかぐるぐるといろいろ考えているのが見て分かる。
光太は呆然自失というのが正しそうだ。あれだけやって無傷だもんな。わかるぜその気持ち。
俺はため息をついて首だけヴァルトの方に向ける。
楽しそうな顔をしたヴァルトがこちらに向けて全力で突撃してくるところだった。
どーしようかね、これ……。
最強が最強たる所以。それは理不尽であることが、理由の一つとして上がると思います。
次回あたりは、ちょっと団長さんに出張ってもらって作戦タイムでしょうかね。
そろそろ暑苦しいこの戦いに終止符を打っておきたい……!