No.183:side・kota「王都動乱、終結」
「とりあえず、我々の全戦力を、貴領地から撤退させ……」
「いったん、武装解除して、王都付近へと集合させるという感じでよろしいですの?」
「う……?」
「あ、礼美ちゃん」
ヴァルト将軍とアンナ王女が戦争終結のための草案を纏めているのを横で聞いていると、礼美ちゃんが小さなうめき声と一緒に目を覚ます。
礼美ちゃんは少し目を瞬かせると、ムクリと上体を起こした。
「光太君……? 私、どうなったんだっけ……?」
「ああ、うん。礼美ちゃんは意志力の使い過ぎで――」
「ん? おお。礼美、目ぇ覚ましたか?」
「あ、隆司君」
僕が礼美ちゃんに説明しようとしたところ、隆司が礼美ちゃんが目を覚ましたことに気が付いて、こちらへと振り返る。
「ハッハッハッ。光太の膝枕でゆっくり休むとか、まるでお姫さm」
どぐっ。
「……………………あ?」
鈍い音とともに、隆司の胸に赤い点と黒い何かが生える。
隆司の胸から生えた黒い何かの先からは、ポタポタと朱い滴が零れ落ちる。
隆司が自分の胸から生えたその黒い何かを、信じられない物を見るような目で見つめている。
「……隆司?」
突然の出来事に、思考が追いつかない。
礼美ちゃんや、周りのみんな、そして異常に気が付いたヴァルト将軍とアンナ王女も呆然と隆司の方を見つめる。
隆司の手が、だらりと下げられ、黒い何かがずぬ、と嫌な音を立てて隆司の胸から消えてなくなる。
ぽっかりと……心臓に穴が開いた隆司の身体が力なく倒れた。
「りゅ……っ!?」
「うごかないで、ください」
うつ伏せに倒れた隆司の身体を踏みつけ、アスカさんがその首筋に刃を突き立てた。
「アスカさん!? 何を!」
「うごかないでくださいと、いいました」
立ち上がりかける僕に対し、アスカさんは同じ注意を口にし、手にした刃を隆司の首筋に突き立てる。
「あんしん、してください。まだ、りゅうじさまは、いきてます。ですが、さすがにくびとどうたいが、はなれていきているとは、おもえませんよ?」
「あ、ぐ……」
アスカさんの言葉を証明するように、隆司が小さく声を上げた。
心臓に穴が開いてもまだ生きてるのはすごいけれど、今重要なのはそこじゃない……!
「アスカさん! 自分が、何をしているのかわかってるんですか!?」
「わかって、いますよ。これから、おねがいするんです」
「お願いですって!? 正気ですの!?」
突然のアスカさんの凶行に、アンナ王女が大きな声を上げる。
「突然リュウジ様を背後から差しておいて、そんな図々しいことを許すと思っているのですか!?」
「こうたさま、おねがいです」
けれど、アスカさんはアンナ王女の叫びも意に介さない様子で僕をまっすぐに見つめてこういった。
「わたしといっしょに、ついてきてはくださいませんか?」
「……どこにです」
どうして、と聞いても多分答えてはくれない。
そう判断し、僕はどこにと聞く。
仮に目的地が知っている場所なら、彼女が何をしたいのか判断できるはずだ……!
「がるがんどさまの、もとへです」
「―――!?」
そして聞こえてきた予想外の名前に、僕は大きく目を見開く。
ガルガンドだって……!?
つまり、今のアスカさんは、ガルガンドに操られている状態……!?
喉元まで出かかった叫び声を飲み込み、僕は慎重に言葉を選ぶ。
「……どうやって、です? 今、アスカさんに僕が付いていったとして、周りのみんながそれを許すはずがない」
「そうですね。そのとおりです」
僕の言葉を肯定するように、アスカさんが頷く。
「なので、おむかえにあがっていただきます」
「……」
迎えに……ということはガルガンド本人がこちらにやってくる?
それなら、逆に……。
「……わかったよ」
「光太君!?」
アスカさんの要求を呑みこむ僕を見て、礼美ちゃんが悲鳴を上げる。
「光太君、本気なの!?」
「ああ、本気だよ」
信じられないというような表情になる礼美ちゃんに笑顔を向けながら、僕はヴァルト将軍の方へちらりと視線を向ける。
僕が何を言いたいのか、察してくれたヴァルト将軍は、アスカさんに気づかれないように周りの魔族へと何かの合図を送り始めた。
僕はアスカさんがそれに気取られないようにしながら、一歩、また一歩とゆっくり時間を掛けながらアスカさんの方へと歩いていく。
「僕が一緒に行けば……隆司は助けてもらえるんですね?」
「ええ。いっしょにきてもらえれば、わたしからはなにもしません。あとは、れみさまにちりょうしていただければよいでしょう」
アスカさんは、輝かんばかりの笑顔を見せ、僕の方をまっすぐに見つめる。
……そんなアスカさんを取り囲むように、ガオウやマナさん、そしてマオ君たちから話を聞いたケモナー小隊の皆さんが動き始める。
……これで、ガルガンドがどのタイミングで現れても、取り押さえることができるだろう。
あとは、僕がアスカさんを取り押さえられれば……!
「アスカさんがこんなことをするなんて……僕には信じられません」
「……いがい、ですか?」
なるべくアスカさんの注意を引くように、彼女に話しかける。
違和感を持たれないように、限りなくゆっくりと近づきながら。
「わたし、これでも、どくせんよくはつよいほうなんですよ?」
「そう、だったんですか……」
アスカさんとの距離が、だんだん近づいていく。
あともう少し進めば、恐らくアスカさんが僕を捕まえに動くだろう。
その時が、アスカさんを……!
「わたしは、あなたさまをひとりじめしたい……そう、だれのしせんにもさらしたくない。わたしを、みつめていてほしい……」
アスカさんが、まるで口が裂けたかのように深い深い笑みを浮かべる。
アスカさんの意外な告白に、僕はわずかに息を呑む。
……そうか、アスカさん……そこをガルガンドに突かれて……。
「……そう、これをおえれば、あなたさまはわたしをずっとみていてくれる……」
笑みを浮かべながらそう呟くアスカさんの頭上の空間が、わずかに歪む。
あれは……空間転移の前兆……!
周りのみんなが、身構える。
「もうすぐです……もうすぐ、おわる……!」
アスカさんの声に反応するように、アスカさんの頭上にガルガンドの姿が……!
「今だ! かかれぇ!!」
「おおぉぉぉぉ!!」
ヴァルト将軍の音頭とともに、ガオウが気合とともにガルガンドに飛び掛かり、それに続いて他のみんなも飛び出す。
……けれど、僕たちは失念していた。
彼女が、どうやって隆司を刺したのか。
「ガルガンド、覚悟ぉ!!」
「威勢良きこと。だが」
ガオウの絶叫を涼しげに受け流したガルガンドが、嫌らしい笑みを浮かべた。
「黒い触手には注意せよ?」
「なにぃ!? っ、がふっ!?」
ガルガンドの言葉と同時に、風切り音。
黒い触手が、横殴りにガオウを吹き飛ばした。
「あっ!」
「べっ!」
「しっ!?」
「きゃぁっ!?」
続けざまの攻撃で、ABCさんたちとナージャさんも吹き飛ばされる。
ガルガンドを守るように唸りを上げる黒い触手。その出所は。
「アスカさんの……耳の中から!?」
「うふ。うふふふふ」
片耳から細長い、黒い触手が伸びているというのに、アスカさんは不気味に微笑む。
ガルガンドに飛び掛かったみんなを弾き飛ばした黒い触手は、途端に鎌首を翻し、僕を狙う様に一直線の伸びてきた。
「くっ!」
アスカさんに飛び掛かろうと身構えていたため、回避自体は簡単だった。
飛び掛かる方向をアスカさんから、あさっての方向に変えればよかっただけだ。
そして、僕は二回目のミスを犯す。
「レミ様ぁ!」
「あぐっ!?」
「!?」
慌てて振り返ると、首を黒い触手に巻き付かれた礼美ちゃんが凄まじい勢いでアスカさんへと引き寄せられていくところだった。
「礼美ちゃん!?」
「うふふ。うふふふふ……!」
アスカさんが隆司の上から飛びのき、隆司に突き付けていた剣を礼美ちゃんの喉元へと斬り返す。
「ちかづいたら、こんどはれみさまのくびがきれてしまいますよ?」
「きさまぁ!! レミ様からその汚い手を離せ下郎がぁ!!」
「落ち着いてくださいヨハンさん!!」
勢いのままアスカさんへと跳びかかろうとするヨハンさんを何とか抑え、僕はアスカさんを睨みつける。
彼女は僕じゃなく、始めから礼美ちゃんを狙っていたのか……!? 僕の判断ミスだ……!
「うふ、ふ……アッハハハハハハハハハ!!!」
アスカさんが、狂ったように笑い声を上げる。
「そう! そうです! わたしだけをみてくださいこうたさまぁ!!」
「なっ……!?」
「いま、れみさまはわたしのてもとにありますよ!? にくいですか!? くやしいですか!?」
正気を失ったようにも見えるアスカさんの哄笑が響き渡る。
「アハハハハハハハ!! そうです、そのこころのままに! わたしだけを! わたしだけを、みつめてくださいぃぃぃぃ!!!!」
「――ガルガンド! 貴様、アスカさんに何をしたんだ……!!」
「なにも?」
僕の言葉に、ガルガンドは首を横に振る。
一瞬、頭が沸騰しそうになる。
「嘘を吐けぇ!! お前が何かしなければ、アスカさんがこんな風に……!」
「主も知っていよう? 同じように、自身の欲望に忠実になった童のことを……」
「童……?」
ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべるガルガンド。
奴の言葉と、アスカさんの変わり様とで、僕の脳裏に一人の少年の姿が浮かぶ。
つい先日、嫉妬のままに暴れた一人の魔導師……。
「我はただ、人の心の中にある欲を解放しただけよ。魔竜姫もまた然り」
「ふざ……けるなぁ!!」
ガオウが、石畳を砕きながら立ち上がる。
「あのような、粗暴で凶悪なお姿が、ソフィア様の望みだと!? 妄言も大概せよあばら骨がぁ!!」
「それは罵りか?」
ガオウの言葉に呆れたような声を上げながら、ガルガンドが韻を踏み始める。
聞いているこちらの背筋が凍るような、不気味な韻律……これは……!
「混沌言語……!! 止めよ! 逃がすな!!」
「ではれみさまはしんでもよいと」
「うくっ……!」
ヴァルト将軍の激に、アスカさんが礼美ちゃんの首を絞めて答える。
礼美ちゃんが、ぱくぱくと口を動かし、苦しそうに首に巻き付いた触手をひっかく。
「くっ……!」
「おとなしくしていてください。わたしたちは、すぐにかえりますので……」
「帰すと……思ってんのか……!!」
「!!」
アスカさんとガルガンドが、大きく跳び退く。
瞬間、バキリと音を立てながら隆司が石畳を握り砕いた。
「しんぞうにあなをあけたのに、もううごきますか。さすが、こりゅうのうつわとなるものですね」
「ぐ……おおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
隆司が吼え、そして立ち上がる。
口からは大量の血を吐きながら、開いた穴から血を吹き出しながら。
それでも、隆司は立ち上がった。
「……すえおそろしいひとです。いっそここで……」
「っ!!」
アスカさんが隆司に気を取られている間に、僕は一気に駆け出す。
間合いを詰め、アスカさんから伸びている触手を斬りおとそうとする。
これさえ、なんとかすれば……!
ヒュッ。
「!? がっ!?」
けれど、首を狙った一撃を喰らい、僕は思わず転げる。
いったい、何が……!?
「さすがこうたさま。いっしゅんのすきも、みのがしませんか」
嬉しそうに微笑むアスカさん……その耳から生えている触手が、根元から枝分かれしていた。
「一本じゃ……ない……!?」
「ええ。ざんねんでしたね」
アスカさんは微笑みながらそう言うと、枝分かれした触手をまた伸ばした。
「がぁぁぁぁ!!」
のびる触手に気が付いた隆司が、大きく手を振り回して触手を弾き飛ばそうとする。
けれど、触手はひらりと隆司の拳を躱し……。
「――えっ?」
「っ!? させん!!」
アンナ王女へとまっすぐ伸びる。
ヴァルト将軍が、それを遮ろうと手を伸ばす。
けれど、ガルガンドの指先から放たれた雷撃に打たれ、吹き飛ぶ。
「ぐあっ!?」
「ヴァルト!? えぇい!!」
ヴァルト将軍が吹き飛ばされるのを見て、ラミレスさんの瞳に怒りが灯る。
そして、口の中で何らかの呪文を唱え、手に火球を生み出した。
「待ってください、ラミレス様!!」
「離しなマナ!! あの二人、生かして帰さない……!」
「ああ、案ずるな。もう終わった」
ラミレスさんが火球を構え、解き放つ寸前、ガルガンドがそう呟いた。
途端、ガルガンドとアスカさんの頭上に門のようなものが現れた。
「っ!? 待て!!」
「待たぬ、待たぬさ。……この王女は、小娘のための人質として頂いていこう」
「いやぁ!! 離して! 離しなさい!!」
触手に腕ごと巻き付かれたアンナ王女が悲鳴を上げる。
涙を流す王女が、ガルガンド達の元へと引き寄せられてしまった。
「さて。目的のものは頂いた。我らは帰る故、後は好きにするとよい」
「では、こうたさま。またいずれ、おあいしましょう」
「待……!」
僕は礼美ちゃんを助けるために駆けだしたけれど、全てが遅すぎた。
彼らの頭上の門が、全てを飲み込むように広がり、降りる。
門に飲み込まれた彼らの姿は消え、全てが消えた後、門も窄まるように消滅した。
僕の手が、虚しく空を掴む。
「………………」
ガルガンド達が消えた場所を、僕は呆然と見つめる。
「あが……ぐっ……」
「! 隊長!!」
どしゃりと、僕の背後で隆司が崩れ落ちる音がした。
立ち上がるだけで、精いっぱいだったのだろう。彼は荒い呼吸を繰り返している。
「………」
僕も、膝を突いた。拳を握り、地面に叩きつける。
「っっっ………!!! くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
礼美ちゃんが、攫われた。アンナ王女も攫われた。
アスカさんが、ガルガンドに操られて、ついていった……。
色々なことがありすぎて、頭がごちゃごちゃになって……。
「くそ、くそ……! くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
僕はただ、叫ぶことしかできなかった。
ガルガンドは、目的のものを手に入れる。
すべて、奴の思惑通りに運んでいるのか?
逆転の目は……果たしてあるのか。
以下、次回。