No.182:side・mako「ガルガンド、その目的」
「どう? サンシター、そっちにはなんかあった?」
「駄目であります……。マコ様がおっしゃるようなものはどこにも……」
サンシターと二人で、ガサゴソと部屋の中を漁っていると、扉が乱暴に開かれた。
「誰だっ!!」
「意外と遅かったわね。先に漁らせてもらってるわよー」
「……って、マコにサンシターか。脅かすな」
机の引き出しの中を乱暴に探りながら返事をするあたしを見て、乱暴に突入してきた団長さんが息を吐く。
「す、すいませんであります団長! マコ様が、どうしてもここを調べたいと……」
「ここって……フォルクス公爵の執務室をか?」
「うん。ちょっと知りたいことがあって……」
団長に生返事をしながら、あたしは目的の資料を探す。
しっかし、机の中は汚いし、しかも突っ込まれてるのがほとんど領収書ときてる……。だいたいが領主館の改善費やら、領主館で行われていたらしいパーティ費用なあたり、あのアホ貴族がいかにアホなのかを示してるわけだけど……。
「ゴルト団長。大丈夫ですか?」
「ん、ああ。というか、マコとサンシターだった……」
「え? マコさんと、サンシターですか?」
今度は開かれた扉の陰からアルト王子が顔を出す。
ちょうどいいので、アルト王子にあたしの疑問に答えてもらうことにする。
「ねえ、王子。このフォルクス領だけど、だいたい何人くらいの人間が生活してたかわかる?」
「フォルクス領で暮らしていた人間の……?」
あたしの質問に、王子は首を傾げたけれどすぐに答えてくれる。
「正確な人数はわかりませんが……それでも千人か、その程度は暮らしていたはずですが……」
「千人ね……」
王子の答えに、あたしは机の上に座りながら考える。
それだけいれば十分かな……? 多少は女や男が混じるでしょうけど、純度自体には問題がないはずだし……。
「あの、マコさん? いったい、何を考えているのでしょうか?」
「おい、サンシター」
「自分も、よくわからないでありますよ。マコ様が何らかの魔法を行使されたと思ったら、まっすぐにここに」
「ああ、ごめん。今、説明するわね」
っと、つい思考に没頭し過ぎたようだ。完全に置いてけぼりを喰わされた三人が、あたしの方を不審な目で見つめている。
あたしは三人の疑問に答えるべく、机の上から降りる。
「サンシターの言ってる魔法っていうのは、この町にガルガンドがいるかどうか調べたものよ」
「まあ、別行動の目的がそれだったわけだしな」
団長さんが小さく頷く。
「で、結果は?」
「結論から言えば、ガルガンドはここにはいなかったわ。あたしが消飛ばしたので終わりだったみたい」
「そうか……」
ガルガンドがもういないという言葉に、団長さんが安心したように息を吐いた。
けど、まだ安心してもらっちゃ困るのよね。
「ただ、その代わりわかったんだけど、この町には人間が一人もいなかったわ」
「……何?」
人がいない、という言葉に、三人の顏が険しく強張った。
「ま、マコ様!? そのようなこと一言もおっしゃってくださらなかったでありますよ!?」
「いや、あそこであんたに言っても何の解決にもならなかったから……ごめんね?」
「いや、まあ、確かに、そうでありますね」
謝った私に、即座に納得したように頷くサンシター。そこはもうちょっと食いついても誰も文句言わないと思うわよ?
「……マコさん。人が一人もいないとは、どういうことです?」
三人の中で、一際険しい顔をした王子があたしを射殺さんばかりに睨みつけている。
あたしは王子の視線を受け流しながら答える。
「言葉通りの意味よ。結界の基点代わりにされていた騎士以外、この領地に人はいなくなっていたわ。騎士団のほかに動いていたのは、いなくなった仲間を探してうろうろしてたフェレスたちくらいだったわ」
おそらく、捕まっていた魔族たちも一緒に連れて行かれたのだろう。
用意周到というか、なんというか……。
「おいちょっと待てよマコ。誰もいないってこたぁ……どういうことだ?」
突然の事態に混乱したように、頭を掻き毟る団長。
まあ、気持ちは分からなくもない。あたしだって、何が何だかわからないところだ。……混沌玉と一体化していなければ。
「誰もいないってことは、つまりはそういうことよ」
「いや、だからよ……」
「……ガルガンドが連れ去った。そうおっしゃりたいのですか?」
「「え?」」
いち早く、あたしの言いたいことを見抜いたらしい王子の言葉に、サンシターと団長さんが呆けたような声を出す。
まあ、二人は隆司の話に立ち会ってないから、その発想には至れないわよね。
「ええ、その通りよ。十中八九、ガルガンドは自分の目的のためにこの領地に住む人間と、囚われていた魔族たちを攫って行ったわ」
「だ、だからちょっと待てって……。お前たちの間だけで通じ合うな。俺たちにも説明しろ」
困惑し、説明を求める団長さんにあたしは少しずつ説明していく。
「そう難しい話じゃないわ。ガルガンドにはある目的があって、そのためにこの国までやってきた。これが前提。これはいいわよね?」
「いや、よくねぇ。よくはねぇが……まあ、良しとする」
あたしの前提に、団長さんは反論を飲み込んでくれる。
「……で、ガルガンドはその目的のために、まずは混沌玉を狙った」
「マコ様が今胸に付けられているそれをでありますか?」
「ええ。リュウジさんが持ち帰っていなければ、今回の戦いもっと困難のものとなっていたでしょう」
そうね。あの馬鹿の数少ないファインプレーって奴ね。
「……で、こっからはアルト王子しか……っていうか、隆司の話を聞いてる奴しか知らない話だけど、ガルガンドは隆司自身も狙っていた節があるのよね」
「リュウジを……? どういうことだ?」
「リュウジさんの話によれば、魔竜姫の肉体やリュウジさんの肉体を狙っていたそうです」
「さらに、四天王のひとりであるリアラを利用して、究極の肉体とやらを研究させていたみたいなのよね」
「究極の肉体、でありますか……」
サンシターが言葉の重みにつばを飲み込む。
しかし、団長さんは理解できないというように首を横に振った。
「いや、だからなんだよ? それと、この領地から人を攫うのと何の関係性があるんだよ?」
「団長さんって、意外と察し悪いのね……。いわゆる脳筋って奴?」
「なんだノウキンって」
「ああ、うん、何でもないから忘れて」
はあ。こりゃ、説明するのにも一苦労ね……。
と不安に思ったのもつかの間、王子がポツリポツリと自分の推測を話し始めた。
「……ガルガンドは、混沌言語を利用して、人間と異物、あるいは人間と人間を融合させることができます」
「ん。ああ、そうだな。あのキモグロ貴族なんて、その最たるもんだろうし」
「そしておそらく、究極の肉体というのは、強い覇気を宿した肉体のことではないでしょうか」
「リュウジの持つ覇気は他に類を見ないほど強力だからな。納得できる」
うんうんと頷く団長さん。ホントに理解してるのかしら……。
「……で、アルト? お前何が言いたい?」
不意に、団長さんの声の中に刃の様な気配が含まれる。
……ひょっとして、気づいてはいたけれど考えないようにしてたのかしら?
団長さんの言葉に、王子ははっきりと結論を口にした。
「……ガルガンドは、恐らくフォルクス領にいた人間を利用して、強大な覇気を宿した一個の肉体を創造しようとしているのではないでしょうか」
「「………………」」
サンシターと団長が黙る。
代わりに、あたしがパチパチと拍手をした。
「その通り。正解だわ、アルト王子」
「………」
「この領地に住んでいた人間の人数は千人。それだけの人数がいれば、覇気を抽出して煮詰めて……ってな具合の作業を繰り返せばかなり強力な覇気を練れるわ。あとはリアラに器となる肉体を作らせれば、究極の肉体の完成ってわけ」
「……だとすりゃ、ガルガンドの目的ってのは、そこにつながるわけか?」
「そう言うことになるんじゃないかしら」
「マコ様、何をそんなに落ち着いているのでありますか!?」
と、あたしの様子に、サンシターが激高したように叫び、そしてあたしの肩に掴みかかってきた。
焦った様な彼の表情が、あたしの視界いっぱいに広がる。
「急いでガルガンドを見つけないと、この土地に住んでいた人たちが、ひどいめにあわされるのでありますよね!? なら、今すぐにガルガンドを探さないと……!」
「無理よ」
必死に訴えてくるサンシターに、あたしは冷たく首を横に振るしかなかった。
「な、何故でありますか!? 今のマコ様には、混沌玉があるであります! その力を使えば……!」
「だから、無理なのよ」
あたしはサンシターの手をゆっくりと外しながら、胸の中に埋まっている混沌玉を指差す。
「あたしが使うには、こいつは荷が勝ち過ぎるのよ。下手な使い方をすれば、あたしの方が持たないの」
「そ、そんな……!? だって、マコ様は……!」
変な使い方をすればあたしが死ぬ、と聞いてサンシターがよろよろとよろめいた。
団長さんに肩を支えられた彼から目をそらしながら、あたしは続ける。
「……あたしの認識できる範囲で、現実を書き換える程度ならあたしにもできるわ。けれど、今ここにいない認識できないガルガンドを探すのは、高度な未来予測演算になる。……あたし一人じゃ、到底計算しきれないのよ」
「……マコ様、申し訳ないであります」
「ううん、いいの。あたしこそ、ごめん。変に不安を煽るようなこと言って」
謝ってくるサンシターに、あたしは首を横に振って謝り返した。
実際、これだけの力を手に入れて、ガルガンド一人の行方すら予測できないとはね……。
一度やろうとしたら、一瞬あたしを構成する情報が瓦解しかけた。未来予測なんて、気軽にやるべきじゃないわね……。
これは、光太と礼美に任せるべき領分だ。
けど……やっぱり悔しい……。
「でもまあ、もし王子がやれっていうならできる範囲で予測してみるけど」
「マコ様!?」
そんな思いから、思わずそう口にしてしまう。
王子の様子を伺うあたしに、サンシターが悲鳴を上げる。
まるで自己犠牲のようなその一言に、しかし王子は首を横に振る。
「いえ。無理なことは申しません。出来ないというのであれば、それはマコさんのせいではありませんから」
「……うん。わかった」
あたしをなだめるような王子の言葉に、あたしは頭を垂れた。
気、使わせちゃったな……。
「……まあ、ガルガンドの行方を追えないってんなら仕方ないさ」
あたしたちのやり取りをじっと見ていた団長さんが、気持ちを切り替えるように手を叩く。
「未来予測とやらは俺にはよくわからんが、ガルガンドに行先に予想とか付かんか? もしつくなら、そこにヤマを張ってみればいいだろう」
「……それなら、わかるわ」
「本当でありますか!? それは、どこであります!?」
あたしの言葉に、サンシターの瞳が輝く。
ガルガンドを止めることができるかもしれないという、希望を持ってしまったのだろう。
……けれど、あたしが伝えるのは絶望だ。
「ガルガンドはこの国にやってきて、混沌言語と人間も持つ覇気……この二つの源理の力を狙ってきているわ」
「そうでありますね」
「そして、源理の力には、あともう一つあるわよね」
「ええ、ありますね………………………まさか」
あたしが何を言いたいのかわかったのか。王子の顏がサッと青く染まった。
「ガルガンドの次の目的地は、アメリア王国の王都よ」
「「なっ!?」」
「ガルガンドが源理の力を狙って動いているなら、次に狙うのは大量の意志力よ。ベストなのは女神の確保。けど、現時点で女神はこの国にはいない」
驚愕するみんなを置いて、あたしは窓の外を見つめる。
「なら、狙うべき存在が王都にいるわよね?」
あたしが振り返る。みんなは答えない。
だからあたしは口にする。
「……ガルガンドは、光太か礼美、どちらかの身柄を確保に向かうはずよ」
友達が、今、危機に陥っていると。
真子の予測通り、王都は襲われていたわけですが、問題自体はすでに終息したはず。
そんな中で、ガルガンドはどう動くのか……?
以下、次回。