No.181:side・kota「あふれ出る意志力」
「今のは……カレンさん!?」
突然大きな音を立てて崩れ落ちる化け物の姿に驚いて、カレンさんの方へと振り向く。
何があったのか、大声を上げて叫んでいる姿が目に入る。
隆司たちの姿がないけど……無事に終わったのかな?
それでこっちの方を援護してくれたんだと思うんだけど……。
「カレンさんも、覇気が使えたんだね……」
「でも、やっぱり治っちゃうね……!」
礼美ちゃんの言うとおり、化け物はもうすでに吹き飛ばされた足を修復し終えていた。
その際、どこからともなくグズグズに溶けた化け物の身体が集まってみえるのは、果たして気のせいなんだろうか……。
「ここまで再生速度が速いと、魔法の効果も薄いだろうねぇ……!」
「となればやはり!!」
「なんであんたがそんな活き活きしてるのか、あたしにはちょっとわからないんだけど……」
キラキラと目を輝かせ始めるヨハンさんに辟易しながら、ラミレスさんが僕らの方を見る。
「コウタとレミ。二人の意志力を増幅して、一撃の下で消し飛ばすしかないね」
「「……はい!」」
僕と礼美ちゃんが、ラミレスさんに勢い良く頷く。
隆司がソフィアさんとの戦いに決着をつけている間、僕たちも目の前の化け物と懸命に戦っていたけれど、有効打がほとんど打てずに膠着状態になっていた。
けれど、その戦いの中で意志力や覇気といった源理の力が特に有効である、ということが判明した。
王都にたくさん出現した化け物と同じように、源理の力が接触するとその部位が消滅するのだ。
ラミレスさんによれば、魔法と似て非なる力によって無理やり固定化された肉体なので、源理の力を浴びるとその法則を保てずに、消滅するのではないかということだった。
「あたしが混沌言語を使えればよかったんだけどね。その技能は、魔王様から授かってない……」
「そして私やガオウ、そしてこの国の戦士たちが覇気を使っても良いが、最悪我々の体力が持たず死亡する可能性もある……」
「だからこそ、僕や礼美ちゃんの意志力を増幅して、あの化け物を倒すのに使う……そうですね?」
「ええ。コウタ様とレミ様にすべての負担を背負っていただくのは心苦しいのですが」
「そんなことはないです! 私たちに、任せてください!」
ヨハンさんの言葉に、礼美ちゃんが力強く頷くけれど、彼女の顏は若干青い。東区で少し無理をしたときの疲れは抜けきってないみたいだ……。
僕が、何とかしないと……!
「それで~、段取りの方~なんですけれど~」
「えぇい、なんだその気の抜けた喋り方はぁ!!」
「ガオウ君落ち着いて! ……まず、ヴァルト将軍を初めとした近接戦闘職の人たちが、化け物の注意をひきつけてください」
「OK!」
「任せてください!」
「フフフ、我々のチームワークで、コウタ様たちには指一つ触れさせませんよ!!」
騎士ABCの人たちの力強い言葉に続いて、鼻にティッシュを詰めたナージャさんが首を突っ込んでくる。
「そして私たち神官や魔導師が、お二人の意志力を増幅するための結界を構築」
「で、十分な意志力を溜め込んで、化け物を消し飛ばす……こんな感じか?」
「大ざっぱだが、そんな感じでいいはずだ」
フォルカ君の言葉を肯定するアスカさん。
さて、確認は終わった……あとは、作戦を実行するだけだ!
「じゃあ、ヴァルト将軍! 皆をお願いします!」
「うむ、任せるのだ」
ヴァルト将軍が力強く頷き、手に握るバトルアックスを肩に担いだ。
「戦士たちよ! ここが正念場だ! 勇者たちに、傷一つつけさせるな!!」
「「「「「おうっ!!」」」」」
その場にいた戦士たちが、ヴァルト将軍に呼応して、化け物に向かって駆け出していく。
「それじゃ、あたしらは結界を作るよ!」
「「「「「はい!!」」」」」
そして、ラミレスさんの音頭に従い、その場にいた魔導師や神官の人たちが僕と礼美ちゃんを中心に円陣を組む。
皆が立っている場所を基点に、光り輝くラインが生まれ、ラミレスさんが謳う魔術言語んに従い文字を描いてゆく。
やがて生まれた僕と礼美ちゃんの意志力を増幅するための結界は、真昼でもそれとわかるほどに大きな輝きを放った。
「………!」
「すごい……」
魔法陣が完成した途端に、身体の奥底から意志力が溢れてくるのがわかる。
心臓の奥の、そのまた奥の方から、無限に力が湧いてくるようだ……!
「気を付けなよ!? あたしが組んだ魔法陣は、意志力の出入り口の制限を取っ払うもんだ! 覇気よりははるかに安全だけれど、それでも下手すると二度と足腰立たなくなるよ!!」
「は…い……!」
ラミレスさんの言うとおり、暴走しそうな意志力を、歯を食いしばって抑え込む。
「……ッ!!」
礼美ちゃんも、ギュッと瞳を閉じてあふれ出そうな意志力を堪える。
僕と礼美ちゃんの身体が強く輝きはじめ、周りに立っている人たちがその眩さに思わず目を覆う。
「ああ、レミさまぁ!! なんと、なんと神々しいお姿なのでしょうかぁぁぁぁぁぁ!!」
「叫んでないで、結界の構築維持してくださいヨハンさん! 下手すれば、私たちも吹っ飛びますよ!?」
「コウタ様に~飛ばされるなら~それもあり~!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ!?」
結界を維持してくれているみんなの悲鳴が聞こえてくる……!
ここで、僕たちがしくじるわけにはいかない……!
まるで自分が自分で無くなってしまうかのような、膨大な意識の流れに、吐き気さえ覚える。
これは、一体……!?
訳が分からなくなってくるけれど、今はそのことを考えないようにする。
変に意識をそらしたら、それだけで丸ごと持っていかれてしまいそうだ……!
「礼美ちゃん……! 頑張って……!」
「うん……! 光太君も、ね……!」
僕たちはお互いに励まし合い、手を握り合う。
ぎゅっと握りしめた礼美ちゃんの柔らかい掌が、僕の意識を現実へと引き戻してくれる。
「ぐ……! う……!」
膨大な意志力の流れの中で、僕はキッと化け物の方を睨みつける。
ヴァルト将軍を初めとするみんなが、必死に化け物の気を引いてくれている。
「っていうかそもそもな話、俺たちってこいつにとってアリに近いんじゃね!?」
「こうして足元ぶっ叩いても反応すらしねぇとか、マジで腹立つよな!」
「腹立つの通り越してなんかもう……アレだな!」
「あれってなんだ!? 気になるからはっきりせんか!?」
「いろいろ言っている暇があるなら攻撃の手を緩めるな!!」
化け物はゆらゆらと揺れながら、散発的に足元に攻撃を繰り返している。
あと、もう少し……!
歯を食いしばって、意志力の奔流に耐える。
流れた汗が、頬を伝い、顎から滴となって落ちる。
と、その時。
「!? いかん、止めろ!」
ヴァルト将軍の焦った様な声が聞こえてくる。
顔を上げると、化け物がこちらに向かってゆっくりと歩いてくるところだった。
「ぐ、く……!!」
ゆらゆらと、頼りない様子ではあるけれど、明らかに僕たちに狙いを定めている……!
ヴァルト将軍たちが懸命に足止めしようとしてくれているけれど、化け物は止まらない。
「光太、くん……!」
礼美ちゃんが、僕の手を強く握りしめる。
彼女の顔を見て、僕は首を横に振った。
まだだ。まだ、十分じゃない……!
やがて、僕たちのいる場所が、化け物の射程の中に入る。
「くっ……!? もうちょっと待ちなって!!」
ラミレスさんの焦った様な声にも興味を示さず、化け物は腕を振り上げる。
魔法陣を維持している以上、ラミレスさんたちも動けない……!
けれど、不十分なまま打ち込んでも、この化け物を消すことができるかどうか……!
「待って! あと少しなのに……!」
マナさんの、悲痛な叫びが響き渡る。
だけど、化け物がそんなものを聞いてくれるはずもなく、無慈悲にその怪腕が振り下ろされる――。
ゾンッ。
鈍い音が一度だけ、辺りに響き渡る。
「……結構、早かったね」
同時に、石畳を砕きながら、一人の男が地面に着地した。
「隆司」
僕がその名を呼ぶと、背中になぜかアンナ王女を背負った隆司がニヤリと笑った。
「ナイスタイミングだろ?」
「まったくだよ」
隆司に斬り落とされた化け物の腕が、彼の背後に落下する。
化け物の腕は、そのまま泡となりながら、消滅していった。
「だが、俺の仕事はここまでだ。一発、派手に決めてやんな」
「ああ……!」
アンナ王女を下ろしながら下がる隆司に頷いて、僕は礼美ちゃんの手をもう一度握りしめる。
「礼美ちゃん! 行くよ!」
「うん!」
礼美ちゃんが僕の言葉にうなずくのと同時に、足元に展開されていた魔法陣が砕け散る。
「うわっとぉ!?」
ラミレスさんが大慌てでその場から離れてくれる。
他のみんなも、蜘蛛の子を散らすように駆け出した。
「レミ様ぁぁぁぁぁぁ!! ああ、なんて、なんて神々しい!!」
「だーかーらー!!」
「ナージャさん、こっちです!」
膝を突いて祈りを捧げるヨハンさんを、ナージャさんとマオ君が連れていき、化け物の足元にいるのは僕と礼美ちゃんだけになった。
僕と礼美ちゃんは、握りしめたお互いの手を、化け物に向けて掲げ上げる。
「これで……」
「終わりです!!」
化け物が、残ったもう一方の腕を振り上げ、僕たちに振り下ろそうとするけれど……。
ゴッ!!
僕たちの意志力の奔流の方が、早い。
立ち上がる光の輝きは柱のように登っていき、化け物の身体を消滅させていく。
― ………!!―
声なき悲鳴が聞こえてくる。
「っ……!」
「う、うぅ……!」
あふれ出る意志力を、何とか制御する。
必要以上に意志力が出ていかないように、意識を引き留める。
意志力の奔流に引きずられそうになる意識を、何とか止める。
「く……!」
このまま意識を持っていかれたら、ラミレスさんが言ったように……!
その時、礼美ちゃんの身体がわずかにふらつく。
「っ! 礼美ちゃん!!」
やっぱり、最初のピコハンの分が……!
慌てて僕は彼女の身体を抱き寄せる。
「礼美ちゃん! しっかりするんだ!!」
「光太、君……!」
その瞬間、意志力の奔流も止まってしまう。
礼美ちゃんの全身から、力が抜ける。
「礼美ちゃん! しっかり!!」
「あ、う……」
僕の声に反応して、礼美ちゃんがうめき声を上げる。
意識はあるみたいだけど、身体が反応していない。
極端に、意志力が減少してるせいか……!?
「礼美ちゃん!」
「そんな心配なら、そのまま抱きしめとけ。意志力は、それで回復するんだしよ」
「……うん」
歩み寄ってきた隆司に頷いて、僕は顔を上げる。
そこには、上半身が完全に消滅した化け物の身体が立っていた。
「完全には、消せなかった……」
「ただまあ、こんだけ消えれば、さすがに再生もしねぇだろ。そもそもの量も足りなさそうだし」
隆司は周りのみんなにも聞こえるように大きな声で言って、ヴァルト将軍の方を向いた。
「将軍! 魔王軍の無条件降伏に関して、草案を詰めたいってアンナ王女が言ってんだ」
「うむ、承知した」
ヴァルト将軍とアンナ王女が顔を突き合わせ、草案に関して話し合い始めるのを見、僕は礼美ちゃんの顔を見下ろした。
青い顔で、小さく息をする礼美ちゃんの汗を、僕はぬぐってあげた。
「お疲れ様、礼美ちゃん」
ようやく終わりを告げようとしている王都の騒ぎ。
その事に想いを馳せながら、僕は空を見上げた。
ようやく、終わった……。
勇者の力を持って、化け物を打ち倒すことに成功した。
ここに来て、ようやくすべての騒ぎは終息を迎える……。
以下、次回。