No.180:side・Another「貴族たちの反乱、決着 ―アルト編―」
マコさんに傷を治していただいた我々は、一目散にフォルクス公爵がいるであろう、領主館へと向かっていました。
先ほどのガルガンドの一撃により、我々はかなりのダメージを負っていたというのに、その傷はもうすっかり塞がっています。
「すごいですね、今のマコさん……」
「ああ。本来、魔法じゃここまで素早く、しかも大勢の傷をいっぺんに治すことはできないからな」
マコさんの手腕に、騎士団長も驚いている様子です。
魔法で傷を治す場合、人間の元々持ってる回復力を加速させる関係で、一人の術者につき一名の傷を治すので精一杯のはずなのです。
これだけ大量の人間となると、強い意志力を持つ高位神官の祈りに頼らねばなりません。それでも、最大で五人前後くらいが限界となります。
ですが、マコ様はそれ以上の人数を、ほぼ一瞬で治癒して見せました。医療系魔術としては、驚異的な腕前です。
「ただまあ、完璧って訳じゃないみたいだがな」
「……そうですね」
団長の言葉に、私は若干息を荒げながら答えます。
治癒魔術や治癒の祈りの大半は、傷の治療と体力の回復を並行して行います。女神教の教えにおいて、怪我というのは元来自然治癒に任せるものであり、魔法や祈りに頼るのは余り喜ばれる行為ではないのです。故に、そういった技術に頼る場合はこういった戦闘時などの緊急事態に限られます。
そういった状況で使用する技術であるため、傷だけでなく体力を回復させる方法が進歩していったのですが、マコ様が我々を治療してくださった技術には体力回復までは含まれていないようなのです。
「傷は治ってる。だが、体力が回復してるわけじゃない……」
「けれど、体力が必要以上に減っているわけではありません」
「だな。だからよけい解せねぇんだが」
体力を回復させない場合、人間の持っている回復力を利用するため、治癒対象には相応の体力が必要になります。人間が自身の傷を治す場合、体力を消耗するわけですから。
けれど、マコ様の治癒魔法にはそういった体力消耗がありませんでした。
もちろん、我々が必要以上に傷を治すのに必要な分の体力を回復したのかもしれませんが、それ以上に傷を治した、というよりは身体を元に戻した、という印象を受けるのです。
「これはどういうことなのでしょうね……」
私は焼け焦げていたはずの肌を軽く撫でます。
私の腕は、怪我をする以前の様な印象を受けます。
治癒魔法によって回復したのであれば、肌が新しく生え変わったように見えるはず。
「まあ、その辺りは後で問い詰めればいいだろ」
マコさんのパワーアップに不信を覚える私にそう言って、団長は私の肩を叩きます。
「それよりも、見えてきたぞ」
「あ、はい」
私が顔を上げると、目前にはフォルクス領、領主館が見えてきました。
無為に豪奢な印象を、見る者に与える……正直に言って趣味の良い館とは言い難いです。
「マコが付いてこなかったから、ガルガンドは別の場所にいる可能性が高い。騎士もほとんどいないだろうし、制圧自体は楽だな」
「だとよいのですが」
楽天的な団長の物言いに私は同意します。
けれど、必要以上に大きな声で話す団長の横顔は、声の調子から想像できないほど真剣身を帯びていました。
……やはり、まだ何かあると考えているようです。
勇者様方を苦戦させている、あのガルガンドが相手です。慎重になりすぎるくらいで、ちょうど良いのかもしれませんね。
領主館へと近づいていくと、その門扉が大きく開け放たれているのがわかります。
敷地を隔てる鉄門だけでなく、屋敷の扉まで大きく開け放たれていて――。
「あれはっ……!?」
近づくにつれ、領主館の玄関ホールに異様な物体が鎮座しているのがわかりました。
――それは巨大なボールのように見受けられました。細長い、針金のようなものをしっかりと地面に突き立てて見えます。
いびつな形をしたそれは、よく見れば繰り返し脈打つように蠢いていました。
生々しい肉色に輝いたそれの表面には、大量に人間の顏が張り付いているのが見えました。
……信じがたいことに、それらの顔面は声を上げ、まるで生きているかのように見えました。
「う、うあぁぁ」
「きもち、わるいぃ」
「い、や、だ、ぁ」
「うっ……!」
近づけば近づくほどにうめき声が聞こえ、さらに強烈な生肉の匂いが鼻を突きました。
一人の女騎士が、領主館に鎮座するそれの気味悪さにえづいた声が聞こえてきました。
それは、巨大な肉団子、といえました。遠目には針金のように見えたそれは、人間の腕を繋ぎ合わせて無理やり長くしたような、そんな歪な造形をしていました。
表面に張り付いている顔に、私は見覚えがありました。
それは……フォルクス公爵とともに反乱を宣言した貴族たちの顏でした。
「これは……一体……!?」
「この趣味の悪さは、ガルガンドの仕業っぽいがな、話を聞く限り」
無数の顔を張り付けた巨大な肉塊が、一歩二歩とこちらへと近づいてきます。
領主館の外へと這い出したそれは何かの粘液に濡れているように見えました。いったい何の粘液なのかは、知りたくもありませんが。
我々もそれから離れるように後退しました。
見た目の不気味さよりも、まるで人間をそのままこね合わせて作った様な造形。私は、それに生理的な嫌悪を覚えます。
「なぜ、こんなことに……!?」
「ヒヘヒャハハハハハ………!」
不意に、その場に笑い声が響き渡りました。
「!? この声は!」
声の主に思い当たった瞬間、それの一部が割れ、その中からずるりと音を立てて蛇のように生首が伸びてきました。
「これが、ちから! なんと、なんとすばらしいことだ!!」
「フォルクス公爵……!?」
肉塊と長い首でつながったフォルクス公爵の首が、下卑た笑い声を上げます。
「ゲヒヒャハハハハ!! もう、おうのちいなどふようだ! このちからがあれば、なんでもできるぅ!!」
笑い声を上げるフォルクス公爵の表情に、正気は伺えません。
満ち満ちた狂気が、ただ満ちているのみ……。
また一歩、それが近づいてきます。
「ちっ! 化け物が! 魔導師! 撃て!!」
団長の声に、後ろに控えていた魔導師たちが魔法を放ちました。
火に氷、雷撃や岩石。色とりどりの魔法弾がそれに向かって飛んでいき。
「ゲヒヒャハハハハ!!」
それの背中から飛び出した無数の腕にすべて叩き落されてしまいました。
「ガヒヒャハハハハ!! そんなもの効くかぁ!!」
フォルクス公爵の声と同時に、腕は引っ込み代わりに別の貴族の顏がせり出してきます。その貴族は涙を流し何かを懇願していたようですが、無理やりのように口を開きました。
「くぅらぇぇ!!」
フォルクス公爵の声と同時に、その貴族の口から大量の血液が吐き出されました。
着地地点から人が逃げ、その血液が着地すると同時に石畳の地面が煙を上げて解けました。
「溶解液か何かか!?」
団長の声に真剣みが増します。
仮に人間が頭から被った場合、恐らく骨も残さず消滅するでしょう。
そして……。
「あ、ぐ、あ」
「………」
血を吐き出した貴族は血の涙を流しながらそれの中へと引っ込んでいきました。
「たす、け」
掠れたように、その口からこぼれた言葉はそのままそれの中へと飲み込まれていきました。
「………」
私は、無言のまま一歩前へ進みます。
「アルト!」
団長が私を呼び止めますが、私は止まるつもりはありません。
マコ様より頂いた魔剣を引き抜きます。
「サカー・フォルクス……。私欲により、貴様が闇に堕ちるのは構わない……。だが」
「しねぇぇぇぇぇぇ!!」
フォルクスの叫び声と同時に、針金のような腕が私に向かって振り下ろされます。
一歩横へと体を動かし、それを回避。
轟音を立てて、石畳が砕け散ります。
「だが……そのつもりもない者たちも巻き込むなど言語道断……」
「しね、しね、しねぇぇぇぇぇ!!!」
目の前にある肉塊から、鋭い槍のような一撃が伸びました。
手に持つ刃に力を籠め、それを斬り飛ばします。
「あぎゃぁ!!??」
「私は今、初めて怒りを覚えている……。そうか、これが怒りか……」
思えば、これほど身を焦がすような感情を覚えたのは、初めてです……。
おそらく、こうなった原因はガルガンドでしょう。逃走を図るための時間稼ぎか何かのためでしょう。
それだけなら、まだ救いはあった。だが、フォルクスはこの狂態を肯定している……。
このような姿になって、狂ってしまったのかもしれない。だが、それでも……。
「サカー・フォルクス……! 貴様に女神の慈悲はいらない。そのような身に堕した同情もいらない」
「じひ!? どうじょう!? そのようなものはいらぬ! このちからさえあればぁぁぁ!!」
「サカー・フォルクスゥ!!」
再び迫るそれの一撃を跳んで避け、駆けあがり、フォルクスの顏まで一気に駆け上がる。
「ケヒャグハハハハ!!!」
フォルクスの哄笑と同時に、無数の肉槍が迫ります。
それらすべてを、斬り裂いて進みます。
「ゲヒャ!?」
剣を両手で持ち、大きく振り上げ、フォルクス公爵の眼前まで跳び……。
「墜ちろ、フォルクス!!」
一閃で、フォルクス公爵の首を斬り落としました。
「げひゃ?」
間抜けな声を上げ、フォルクス公爵の首がぐちゃりと地面に落ちました。
その傍へ、私は着地します。
フォルクス公爵の首を斬りおとされたそれは痛みに苦悶するように、じたばたと暴れはじめます。
「アルト、離れろ!!」
団長の声と同時に、私の頭上に針金のような腕が迫る音が聞こえます。
「今、その苦痛を終わらせよう……!!」
私はその一撃を避け、手に持つ刃に意志力を込めます。
これに取り込まれた皆の苦痛が、これで終わるように……。
「はぁっ!!」
強く輝いた私の刃が、眼前のそれの身体を貫きました。
私の剣から放たれた意志力は、それの全身に浸透し、隙間から漏れ出すように輝きはじめ。
「「「「「あああぁぁぁぁ………!!??」」」」」
次の瞬間、まるで内側から弾けるように爆散しました。
……以前、ガルガンドが生み出した化け物は、コウタさんの意志力剣に反応して身体が弾けたと聞いていたので、もしかしたらとは思っていましたが、うまくいったみたいですね……。
私が血振りをし、剣を鞘に収めると同時に、ぐちゃっと音を立てて私の目の前に肉片が一つ落ちてきました。
「……っ!」
「あ、あ……」
それは、先ほど血を吐き出させられていた貴族の顏でした。
しばらく呆然と呻いていた貴族は、やがて穏やかな笑みを浮かべ。
「あり、がとう……ござ、いま……」
自身の苦痛を終わらせてくれたものへの礼を述べ、そのままこと切れてしまいました……。
「……すまない……」
私はこと切れた貴族に、謝罪しました。
「……よし、領主館内を調べる。ついてこい!」
団長の言葉に、騎士たちは無言でうなずき、私のそばを歩いていきます。
途中、団長は無言で私の背中を叩き、副団長がそっと私のそばに立ちました。
「……副団長。貴方は、行かないのですか?」
「はい。団長から、アルト王子を護衛するように、仰せつかりました」
「そうですか」
私は、空を見上げます。
「……すまない」
もう一度、私は彼らに謝りました。
あなたたちを救うことができなくて……本当に、すまない……。
貴族の反乱は、首謀者たちの死亡、という形で決着がついた。
王都の混乱も、一応の決着へと向かっていく。
以下、次回。