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No.178:side・Another「真言の継承者 ―サンシター編―」

「……なにが……あったでありますか……?」


 自分は、目の前の出来事を理解しきれず呆然と立ち尽くしたであります。

 たった今、マコ様の頭上に魔力の塊が降り注いだと思ったら、マコ様の御姿がすっかり変わっていたであります……。

 ガルガンドの放った一撃の余波が拡散するでもなく、マコ様が魔法で防いだわけでもなく。まるで初めから攻撃などなかった……そう宣言するかのごとく、マコ様は涼しげなお姿でそこにたたずんでいるであります。

 つい先ほどまで身に着けていらっしゃったシャツとズボンではなく、ゆったりとした長いローブ姿で、ストールのようなものを羽織っているであります。そして大胆にも肌蹴られた胸元には、鈍い輝きを放つ水晶球が埋め込まれているであります。

 あれがいったい何なのか……それを理解するよりも自分は小さく呟いていたであります。


「美しい……であります……」


 自然とこぼれた感想でありました。そこに堂々とお立ちになるマコ様の御姿は、まさに美しいと表現するのがふさわしい、と。


「……貴様、まさか……!?」


 ガルガンドが、慄いたような声を上げたであります。

 自分と王子がそちらへと向こうとするのと同時に、マコ様は片手を上げられ、そして口から呪文を唱えたであります。


出でよ紅き霊王(サモン・エリクシル)


 鈴が鳴るような、透き通った声と同時にマコ様の周囲に四つの宝珠が現れたであります。

 天星と比べて倍くらいの大きさでありましょうか。血のように深い紅色に輝いた宝珠は、ゆっくりとマコ様の周囲を浮遊し始めたであります。

 それを見たマコ様はゆっくりと手をガルガンドの方へと差し向けたであります。


「ちぃ!!」


 新たな宝珠を生み出した真子様がなにかなさろうとする前に、ガルガンドは指先からまっすぐに魔力を撃ち放ったであります。

 先ほど、マコ様の肩を射抜いた一撃であります。

 しかし、浮いた宝珠に遮られ、ガルガンドの放った一撃は不自然なほどに曲がり、マコ様を避けてどこかへと飛んで行ってしまったであります。

 そしてガルガンドの一撃さえ意に介さず、マコ様は次なる呪文を口ずさんだであります。


水王結界(レークス・アクア)


 その呪文と同時に、宝珠の一つの色が変わり、蒼く輝き始めたであります。

 マコ様の御傍を離れ、中空へと浮いた宝珠はその身をより輝かせ、弾けるように雨を降り注ぎ始めたであります。


「うわっ!?」

「つ、冷たいであります!? マコ様!?」


 突然のマコ様の奇行に驚いたでありますが、すぐにマコ様が何をなさりたいのか気が付いたであります。


「……って、あれ? 傷が……?」


 そう。宝珠より降り注いだ雨を浴びた部分の傷が、すっかり塞がってしまったのであります。

 見れば、先ほど自分たちを守って両腕に大怪我を追われたフィーネ様の手も、皮がむけたかのように柔らかな肌を取り戻しておいででした。

 癒しの雨を浴びた団長たちも、一気に攻勢を取り戻し、死霊団の骸骨たちを押し返し始めているであります。


「マコ、すまん! ……勇者の援護に応えろ!! 押し返せ!!」

「「「「「おおおぉぉぉぉ!!!!」」」」」


 骸骨たちがやってきてからずっと戦っていた団長たちだけでなく、ガルガンドの一撃で気絶していた者たちも先ほどの雨で意識を取り戻し、すぐに団長たちの援護へと向かい始めたであります。

 それを確認し一つ頷くと、マコ様は次の呪文を唱え始めたであります。


真に隔て世界をファルコ・ブレッヒェン・シックザール


 先ほど唱えていた、術者と呪われた騎士たちとのつながりを断ち切る呪文。

 また宝珠が一つ瞬き、甲高い音を立てたであります。

 その音が響き渡った途端、騎士たちに取りついていた黒い触手がボトリと音を立てて騎士たちから離れたであります。


「ぐぁっ!? き、貴様!?」

「いつまでも、この人たちをあんたの思い通りにさせとくわけにはいかないからね」


 手足であり口でもあった騎士たちを解放されて焦るガルガンドに、マコ様は淡々と答えたであります。


「ぐぅ……! だが、こ奴までは解放できまい!?」


 負け惜しみのように叫んだガルガンドは、頭が触手のままとなっている騎士を前へと進めたであります。

 って、あれ!?


「そんな……!? 呪いが解けていない!?」

「ど、どういうことでありますか!?」


 さっきのマコ様の呪文が解呪のためのものであるならば、この騎士も開放されておかしくないはずであります! それなのに……!?


「………その騎士は、呪われてるんじゃなくて、作り変えられてるみたいね」

「え!?」


 マコ様はゆっくりと触手に囚われた騎士の前へと進みながら、悲しみを押し殺したように呟いたであります。


「作り変えられた、とは?」

「文字通りの意味。混沌言語(カオス・ワード)を使って、触手と騎士を融合させたんだと思う。これは、呪いの接続に使うのとは違う術式だから、あたしにはどうしようもないわ」

「そ、そんな……!」


 マコ様は尚も前へと進みながら、手を上げたであります。


「あるいは、真古竜エンシェント・ドラゴンでもいれば話は違ったんでしょうけどね……」

「え、えんしぇんと……?」

「だから……あたしにはこうすることしかできない」


 マコ様の前へと躍り出た一個の宝珠が赤く、燃え上がる炎のように赤く輝いたであります。


炎王結界(レークス・フランマ)


 マコ様の呪文の詠唱とともに、天を突くかのような業火が触手と融合させられた騎士を覆い尽くしたであります。


「うわっ!?」

「マコ様、これは!?」

「………」


 突然の出来事に慄く自分たちには答えず、マコ様は腕を振り払ったであります。

 業火は熱波を放ちながらも、一瞬で消え去り、後には焼き尽くされた騎士のものと思しき白骨だけが残されたであります。

 残された騎士の骨は、首から下こそまともな人間のものだったでありますが、頭部はボコボコとたくさんの穴が開けられ、見るに耐えない物となっていたであります……。


「……ごめん、アルト。あたしには、こうすることしかできなかった」

「……いえ。本来であれば、その役目は私が担うべきでした」


 無念に耐えるように呟くマコ様に、アルト王子が深く頭を下げました。


「ありがとうございます、マコさん。無念に生きるより、苦痛のない死をあの騎士に与えてくださいまして」

「……どういたしまして」


 アルト王子の御言葉に小さく笑って答え、マコ様はスッと空を見上げたであります。

 その視線の先には、もはや顔面蒼白といっていいガルガンドの姿が。


「真言詠唱……やはり、貴様は……!」

「………」

「貴様、わかっているのか!?」


 激昂とともにガルガンドは大量の氷の礫をマコ様に向かって放ったであります。

 マコ様は無言のまま、宝珠より盾を呼び出して氷の礫を防いだであります。


「貴様はもはや人と同じ時を歩むことができぬ! それがどれほどの無知か! 貴様は理解して――」

「一々やかましいのよ、このくそ野郎が」

「ごあぁっ!?」


 叫ぶガルガンドの頭に、マコ様の踵落としが華麗に決まったであります。

 突然の一撃にガルガンドはそのまま落下、撃墜してしまったであります。

 マコ様は足場無き空中にしっかり両足で立ち、傲然とガルガンドを見下ろしたであります。

 ……って、いつの間にあの位置に!?


「え? え!?」


 ついさっきまでマコ様が立っていたはずの場所と、今まさにマコ様が立っている場所を視線で追ってしまうであります。

 瞬き程の間もなく、マコ様の身体があの場所へ飛んでしまったでありますよ!? い、いったいどういうことでありますか……!?


「き……貴様……! わかっていない……! それが、どれほど愚かなことか……!」

「だから何? 現在進行形での愚者代表に言われたかないのよ」


 顔面を抑え、呻き声を上げるガルガンドに叩きつけるように言って、マコ様は両手を広げたであります。


「たとえあたしがどんな選択をしようが、あんたにはどうでもいいことでしょう? あんたが何を言ったところで、負け犬の遠吠えにしか聞こえないのよ」

「きさ、ま……! 言うに事を欠いて我のことを負け犬などと……!!」


 マコ様を中心に、十字を描くように配された朱い宝珠が強い輝きを放ち始めたであります。

 ガルガンドは、そんな真子様に向けて、狂ったように魔力を撃ち始めたであります。


「かぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ガルガンドの手掌から放たれた魔力は、しかしマコさまが放つ膨大な魔力によって弾かれてしまったであります。


「あんたには慈悲も憐憫もいらないわよね? おとなしく消えなさい」


 ガルガンドの必死の抵抗さえも意に介さず、冷然と告げたマコ様は最後の呪文を唱えたであります。


生まれよ幻影の鳳凰(コール・フェニックス)


 十字を描く宝珠が一際強く輝き、混沌言語(カオス・ワード)と思しき呪文で覆い尽くされた魔法陣がマコ様の前に現れ、その中から青白い炎を伴った巨大な鳥が現れたであります。

 その鳥は鋭く鳴いて、まっすぐにガルガンドの元へと飛翔して行ったであります。


「ぬぅ、がぁぁぁ!!」


 ガルガンドは鳥から逃れるように飛び、空へと逃げていったであります。

 炎に包まれた鳥はガルガンドを追い、速度を上げ……。


「ぐ、お、あ、がぁ!?」


 ついにはガルガンドに激突し、その身体を一瞬で焼き尽くしてしまったであります。


「ああぁぁぁ―――………!!??」


 ガルガンドの悲鳴が空しく響き渡り、灰の欠片さえも残さず焼滅してしまったであります。


「おおっ……!」

「勇者がやったぞ!! 呪術師の最期だぁ!!」


 ガルガンドの最期に、アルト王子が感嘆の声を上げ、それに気が付いた団長が大きな声で叫んだであります。

 騎士たちは鬨の声を上げ、骸骨たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出したであります。

 何しろ大将を滅ぼしたのであります。もう、死霊団にできることなど、無いはずであります。

 階段を下りるような感じで地面へと降りてきたマコ様へと近づき、笑顔でマコ様を労うであります。


「マコ様、お疲れ様であります!」

「ん。ありがと、サンシター」


 マコ様は小さく微笑んで頷くと、アルト王子の方へと振り返られたであります。


「王子も、大丈夫? 一応、外見上で見える傷は治せたはずだけど」

「ええ、問題はありません。このまま、一気呵成にフォルクス公爵の元へと参りましょう!」

「そのことなんだけどさ」


 勢い込むアルト王子に、マコ様が申し訳なさそうな顔を向けたであります。


「あたしは、別行動させてもらいたいんだけど……」

「え、何故です!?」


 まさかの申し出に驚くアルト王子。


「ガルガンドを倒した今こそ……」

「そのガルガンド、まだ倒しきれてないみたいだからよ」

「……どういうことでしょう」


 マコ様の言葉に、アルト王子の顔がこわばったであります。


「詳しい理屈は後で説明するけど、ガルガンドは意識をいくつかに分けて別個体に別けることができるみたいなのよ。さっきのガルガンドの身体を焼滅させたとき、何かがどこかに飛んで行ったのが分かったから……」

「……わかりました。マコ様は、ガルガンドの捜索をお願いいたします」

「うん、わかった。あたしの代わりと言っちゃなんだけど、剣を貸してもらっていい?」

「? ええ」


 マコ様はアルト王子から剣を受け取ると、そっと剣の腹を撫でたであります。

 途端、剣の腹に混沌言語(カオス・ワード)と思しき文字列が埋まり、うすぼんやりと輝き始めたであります。


「……よし」

「マコ様、これは……?」

「さし当り、王子の意志力(マナ)を強化してくれる混沌言語(カオス・ワード)を埋め込んだわ。王子次第ではあるけど、光太がやってるみたいに意志力(マナ)の刃を飛ばしたり、剣を意志力(マナ)で覆って相手を傷つけずに倒したりすることができるようになったわ」

「そんなことが……!」


 マコ様の説明に、アルト王子が驚いたであります。

 マコ様、いったいいつの間にそんな技術まで……!?


「後、旅の供にサンシター借りてくけど、問題ないわよね?」

「ああ。むしろサンシターだけでいいのか?」

「問題ないわよ。話し相手が欲しいだけだし」


 マコ様は軽く笑って、自分の隣に立ったであります。


「じゃあ、後でね、皆」

「……ええ、わかりました」

「了解した。……遅れるなよ?」


 アルト王子と団長は何かを悟ったようにそう言って、呪いから解放された騎士たちを運ぶ者たちと、そのままフォルクス公爵の元へ向かう者たちとに組を分け、出発したであります。

 残された自分とマコ様は、しばらくその場にたたずんでいたであります。


「……それで、マコ様」

「んー?」

「これからどちらに向かうでありますか?」


 マコ様にそう問いかけると、マコ様はこう答えたであります。


「しばらく休憩」

「へ?」

「だってあんなに戦ったのよ? 少し休憩したっていいじゃない!」

「は、はぁ」


 そう言ってむくれるマコ様。

 突然のマコ様の御様子に戸惑う自分を地面に座らせ、マコ様は自分の膝の上に頭を乗せたであります。


「というわけでお休み」

「え、へ? あの、マコ様?」

「しばらくしたら起こしてね」


 笑顔でそう言ったマコ様は、すぐに寝息を立て始めたであります。

 唐突過ぎるマコさまの態度にしばらく唖然としていたでありますが、すぐにあきらめてマコ様の御髪を指で少し梳いたであります。


「マコ様も、お疲れなのでありますね……。ゆっくりお休みくださいであります」


 自分はそう言って、空を見上げたであります。

 そういえば、リュウ様たちは大丈夫でありましょうか……。

 王都で今も自分たちの帰りを待っているはずの方々の名を思い浮かべながら、自分はそっとマコ様の頭を撫でたのでありました。




 真子ちゃん無双、開幕! 今の彼女を止められるものはいない……!

 そして隆司も、嫁との戦いに決着をつける。

 以下、次回。


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