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No.177:side・kota「天下無敵の恋心」

「ヴァルト将軍!!」

「サクラノか!」


 僕と礼美ちゃんが南区へと到着すると、すでに問題の地点にはヴァルト将軍とラミレスさんが到着していた。

 二人は油断なく、一点を見据えて動こうとしなかった。


「気を付けな、二人とも……。今の姫様に、情けなんて期待するんじゃないよ……!」

「はい……」


 ラミレスさんの言葉にうなずきながら、僕はシュバルツから降りる。

 僕らが到着したのは、南区の特に大きな大通り。城門に直通している場所だ。

 普段なら、露天商が店を広げ、いろんな人が行きかうとても賑わった場所なんだけど、今は見る影もなくボロボロになっている……。

 隆司とソフィアさんが落下してきたという言葉に偽りなく、石造りの地面は大きくめくれあがり、斜面を作り上げている。この場所には、どうやら地下洞窟はなかったようだ。

 そして、ソフィアさんは斜面の頂点でじっとしていた。


「………」


 一番最初に見た時の荒れた様子が嘘のように静かに、じっと一点を見つめている。外国にある魔除けの石像、ガーゴイルの様なポーズをとっている。


「……彼女は、何を?」

「わからない。こちらに着いたときは、すでにあの状態だった」

「何かを待ってる気もするんだけどね……。刺激して暴れられるのも癪だから、そのままにしてるんだよ……」


 将軍とラミレスさんの声は堅い。今の彼女の状況、それだけ危険なのか……。


「ソフィア様ぁ!!」

「ガオちん、刺激しない!!」

「すいません、遅れました……!!」

「ああ、あんたたちかい」


 礼美ちゃんの連絡を受けたガオウたちも、マナちゃんの転移魔法でこちらへと跳んでくる。


「コウタ様~!!」

「っ! アルルさん! それにアスカさんにギルベルトさん!!」

「ご無事ですか、レミ様ぁ!!」

「二人とも落ち着け!」

「リュウの奴は大丈夫なのかい!?」


 さらに、アンナ王女から連絡を受けたのか、アルルさんたちもカレンさんを伴って現れた。

 一気に人数が増えたけれど、ソフィアさんは我関せずという様に静かに一点を見つめている。


「あれが、魔竜姫って奴か……」

「貴様、ソフィア様の御前であるぞ! 武器を収めよ!!」

「これからあの人取り押さえようっていうのに、武器収めてどうするにゃ」


 油断なく弓を構えるカレンさんに、ガオウが噛みつくけれどそれをミミルさんが宥めた。

 そう、これから彼女を取り押さえないといけないんだ。

 けれど、馬車着き場でのあの暴れっぷりを見ていると、正直本当に取り押さえられるのか不安だ……。


「……ヴァルト将軍。貴方の指示に従います。どうしましょう?」

「む、そうか……。では」


 この場において、多分ソフィアさんとの付き合いが一番長いであろうヴァルト将軍に全権を託すと、彼は少しだけ考え、そしてちらりと後ろへと振り返る。


「……人数が多い。ソフィア様を囲い、その上で波状攻撃を仕掛けよう」

「いいんですか?」

「良いも悪いも、今の姫様を放っておくほうがまずいよ。どんな形でもいいから、気絶させなきゃお話にもならない」

「……はい」


 唸るようなラミレスさんの言葉にうなずき、僕は後ろへと振り返る。


「みんな、聞いたね? ソフィアさんを囲って、それから攻撃を仕掛けよう」

「わかったにゃ」

「了解です」


 ミミルさんとアスカさんが各々頷き、皆がソフィアさんを刺激しないようにそれぞれ位置取りを開始する。

 けど、僕たちが動き出した途端、ソフィアさんがバサリと背中の翼を大きく広げた。


「!? いかん、飛び立つつもりだ!!」

「チィ! 魔法が使えるの! 一斉に撃ち込むよ!!」


 焦った様な将軍とラミレスさんの言葉に、魔法が使えるみんなが慌てて魔法発動の準備をする。

 そのための時間を稼ぐために、将軍は一人ソフィアさんに向かって駆け出した。


「将軍! 一人じゃ……!!」

「私も共に!!」


 その背中を追う様に、僕とガオウも駆け出す。

 けれど、ソフィアさんはもうすでに羽ばたく準備を整えている。

 これじゃ、間に合わない――!!


おい(・・)


 けれど、全ての動きが一声で止まった。

 魔法を唱えようとしていた皆も。ヴァルト将軍を追って駆け出した僕とガオウも。真っ先に駆けだしたヴァルト将軍も。そして、今にも飛び立とうとしていたソフィアさんも。

 その場にいるすべてを圧する、そんな力強さ……もっと言えば威圧感を伴った一声。

 そしてそれは、僕がよく知る声だった。


「隆、司?」


 思わず硬直したままその名を呟くと、地面を砕きながら、隆司が這い上がってきた。

 服がところどころ、鋭い刃で斬りつけられたように裂け、その部分が血に濡れて痛々しい。

 何の問題なく動いているところを見ると、とっくの昔に直っているんだろう。

 物静かに上がってきた隆司は、しかし見たものすべてを圧するような圧倒的な気配を発していた。

 少し距離があるからはっきりとは言えない……。けど、隆司、何かに怒りを感じているのか……?

 うつむいたまま、隆司は僕たちに背を向け、ソフィアさんの方へと振り返る。

 ソフィアさんは、隆司が出てきたのを見て飛び立つのをやめたのか、隆司をじっとまっすぐに見つめていた。

 ……ひょっとして、さっきからずっと隆司を見つめていたんだろうか。


「……ヴァルト将軍」

「っ。……なんだ」


 静かな呼びかけに、将軍は息を呑みながら答える。

 僕は隆司の声の強さに、思わず背中を震わせた。

 それに構わず、隆司は淡々と聞いた。


「ありゃ、どうしたんだ?」

「あれは……」


 隆司の問いに、将軍はわずかな逡巡を見せる。

 はっきり答えていいのか、迷っているようだ。

 けれど、すぐに答えた。


「あれは……ソフィア様が見せられるお姿の一つだ」

「将軍! いいのにゃ!?」

「隠すことに意味はない」


 焦った様なミミルさんの言葉に将軍は短く答え、隆司の背中をじっと見つめた。


「ソフィア様には、その御体に魔王様の血が流れている。その血が、時折ああした嗜虐性を引き出させるのだと、我々は解釈している」

「………」


 隆司は黙したまま答えない。

 そんな隆司に、将軍はさらに続けた。


「……確かに異様だろう。血を求め、戦いを求め、このように暴れるなど。だが、あれもソフィア様のお姿なのだ」


 黙して語らない隆司に、将軍は言葉を重ねる。


「普段の流麗装備な御姿……そして今の傍若無人なお姿……。そのどちらも、ソフィア様なのだ……。タツノミヤ、どうか……あのお方を……!」


 まるで縋るかのような、将軍の切実な言葉。

 それを聞き、ソフィアさんの姿を見て、僕の脳裏の一つの推測が浮かび上がる。

 そうか、魔王軍の本当の目的って……。


「――りゅう」

「なぁんだぁ♪ そうだったのかー」

「「「「「…………へ?」」」」」


 僕がその名を呼ぼうとした瞬間、さっきまでの威圧的な雰囲気が嘘だったかのように軽い調子の声が響き渡った。

 くるりと振り返った隆司は、ニッコリ笑顔で将軍の方へと振り向いた。


「いやぁ、てっきり俺ぁ、ガルガンドのくそ野郎になんかされたのかと思っちまったよー。あー、心配したー」

「あ……? あ、ああ、そうか……」


 隆司の突然の変貌に、さすがに将軍も呆然と頷く。


「つまりあれだろ? ソフィアは、たまーにああいう風にちょっとヴァイオレンスになっちまう。それだけだろ?」

「う、うむ……」

「なら別に問題ない! ちょっと程度の軽いヤンデレだと思えばむしろ萌える!!」

「いや、ちょっとじゃないでしょ? かなり重度なヤンデレだよコレ」


 あんまりといえばあんまりな変貌ぶりに呆然とする皆に代わってツッコミを入れる。

 ……まあ、なんていうか、隆司がこう言うっていうのは納得がいくしね。


「下手すると肋骨どころか首の骨まで折りかねないじゃない。大丈夫なの?」

「大丈夫! 俺はがんばればSでもMでもイケるから! まあ、ソフィア限定だけど!」

「何そのリバーシブル宣言。若干引くよ」


 急に元気を取り戻したかのような隆司に苦笑する。

 なるほどね……。隆司が一方的にやられっぱなしだったのは、ソフィアさんがガルガンドに操られている可能性を考えていたからか。


「まあ、らしいと言えば、らしいけどね」

「フフン。今更、この程度で嫁への愛が揺らぐわけもないだろう。むしろ愛が深まった」


 誇らしげに胸を張る隆司。

 きっと嬉しいんだと思う。ソフィアさんのことが、もっと知ることができて。

 ソフィアさんがこういう性質だっていうのは、きっと恋人同士になっちゃったら教えてもらう機会がなくなってしまうかもしれないし、ね。


「……って! りゅー君がソフィア様のこと想ってるのはありがたいにゃけど、隙だらけなのはまずいにゃ!!」


 と、いち早く硬直から解放されたミミルさんの言葉に、我に返る。

 そうだ、今ソフィアさんは隆司のことを見ている……!

 初めの行動から、彼女がまっすぐに隆司のことを狙っているのは明確! 隆司の気持ちはともかくとして、今のソフィアさんに隙を晒すのは……!


「そう心配するなよ。子猫がじゃれついてくるようなもんだろ?」

「いや、猫っていうかドラゴンですよ! まずいですって!!」


 冷静沈着なマナちゃんでさえ叫び声を上げる。

 いやでも、これだけ騒いでるのに、ソフィアさんが襲い掛かってくる気配がしない……?

 隆司の肩を超えて、ソフィアさんの様子を伺う。


「………」


 ソフィアさんは爛々と輝く紅い瞳で隆司の背中をじっと見つめていた。

 けれど、襲い掛かってくる様子はない。いや、警戒している様子さえある。


「隆司、いったい何を……?」

「……覇気ってのは俺の体そのものだ。慣れりゃ、特定の相手だけを狙って威圧するくらいはわけねぇさ」


 隆司はニヤリと笑う。

 いや、口では軽く言うけれど……それなりに離れた距離の相手で、その上ソフィアさんクラスの戦士を威圧するって……。


「これほどとは……」


 将軍も、間近で隆司の覇気を感じているのか、ソフィアさんが威圧されている光景を見て慄いている。

 やっぱり、隆司の覇気は図抜けて鋭いんだね。


「……なら、ソフィアさんは隆司に任せて大丈夫かな?」

「……うむ。タツノミヤが請け負ってくれるのであれば、これ以上のことはない」


 僕と将軍の言葉を聞いて、隆司は実に嬉しそうにニヤリと笑った。


「任せろ」


 そう言い、隆司はくるりとソフィアさんの方へと振り返る。


「さて……またせたな、ソフィア」

「グルルル……!」


 隆司に答えたわけじゃないだろうけれど、ソフィアさんが低く唸り声を上げた。

 理性にほど遠い彼女の姿に、思わず僕は確認した。


「ソフィアさん、暴走するといつもあんな感じに?」

「いや、さすがにこれはないな。程度がひどすぎる。おそらく、ガルガンドの術法によるものだ」

「ガルガンドの?」


 思わず大きな声が出かかるけれど、何とか飲み込む。

 隆司に聞こえたらことだしね。


「ああ。おそらくだが、ソフィア様が抱いてらっしゃった何らかの感情を増幅したのだろう。結果として、タツノミヤはあのソフィア様を受け入れてくれたが……」


 一安心したように、将軍がため息を吐く。

 そんな彼の様子に、僕の中で推測が確信へと変わった。


「ヴァルト将軍……やっぱりあなたは」


 その確信を確認するために、将軍に声をかけた瞬間、地面が大きく縦に揺れた。


「!?」

「ぐぉ!? なんだ!?」


 突然の衝撃に、将軍も体を揺らすけれど、隆司とソフィアさんは我関せずだ。

 そんな彼らの向こう側……かなり離れた位置から突然爆発が起こった。

 下から突き上げるようなそれの中から現れたのは、ひときわ大きな化け物の姿だった。


「あ、あれは!?」

「ちぃ! ガルガンドめ……! あのような輩も生み出していたか……!」


 将軍は舌打ちとともに、周りのみんなへと声をかけた。


「皆の者!! この場はタツノミヤに任せ、我々はあの化け物を討伐する!! タツノミヤの邪魔を一切させるな!!」

「「「「「ハイッ!!」」」」」


 ヴァルト将軍の言葉に、魔王軍の人たちは勢いよく返事をする。

 僕も、彼らとともに戦うためにみんなに声をかける。


「みんな! ここは隆司に任せよう!! これ以上、あの化け物に王都を荒らさせない!!」

「「「「「はい!!」」」」」


 皆の力強い返事を聞き、僕は剣を構える。

 お前の思い通りにはさせないぞ、ガルガンド……!!




 まあ、隆司の態度はおおむね皆様の予想通りでしょうね。

 少年の強い決意とともに、王都の戦いは少しずつ終わりへと向かう。

 そして、人ならざる者へと変じた少女は戦いを終わらせる。

 以下、次回。


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