No.171:side・kota「大馬とともに、勇者駆け抜ける」
「……うっ……」
暴虐の嵐が過ぎ去った後には、もう何も残ってはいなかった……。
ただ、その場で暴れた彼女の爪痕だけが、くっきりと残されていた……。
「れ、礼美ちゃん、無事……!?」
「う、うん……何とか……」
僕と一緒に吹き飛ばされていた礼美ちゃんを助け起こし、もう一人いるべき仲間の姿を探す。
けれど……隆司の姿はどこにもなかった。
あの時、上空から強襲してきたソフィアさんとぶつかりあい、暴れる彼女を取り押さえようとしたけれど、逆にそのまま空まで連れ去られていってしまった。
覇気を修得した隆司でさえ、完全に抑え込むことができないなんて……。
「あれが……ソフィアさんの本当の実力なのか……」
鋭く、荒々しく、何より禍々しい。
……ずっと、どうして魔竜姫と呼ばれていたのか不思議だったけれど、あの姿を見れば納得できる……。
「隆司君、大丈夫かな……」
空を見上げて、連れて行かれた隆司のことを心配する礼美ちゃん。
確かに、隆司に空を飛ぶ手段がない以上、一方的にやられてしまうかもしれない……。
けれど、僕たちに今あいつを心配できるほどの余裕はない。
「礼美ちゃん、隆司なら大丈夫だよ。それより、今は王都に出た化け物を何とかしないと……」
「光太君……うん、わかった」
僕の言葉に一瞬迷うようなそぶりを見せたけれど、すぐに礼美ちゃんは頷いた。
突然のソフィアさんの出現に時間がとられてしまった……。急がないと……。
「でも、今の騒ぎで馬車がほとんど……」
「………」
礼美ちゃんの言葉に、僕は唇を噛む。
そうなのだ。いきなり上空から高速で人が降ってくる、という状況に驚いた馬が逃げ出したり、そのあと大暴れを始めたソフィアさんから逃げたりで、馬車付き場にはもう誰も残っていなかった。
王都は広い。一々歩いたり走ってたりするんじゃ、あっという間に体力がなくなってしまう。
……考えてても仕方ない。どうにかして、馬車か馬を見つけないと……!
「コウタ様、レミ様ー!!」
馬車を探すために駆けだそうとする僕の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
振り返ると、ケモナー小隊の騎士三人組がこちらに向かって駆けてくるところだった。
最後にかけてくるチャーリーさんの手には、シュバルツの手綱が握られていた。
「皆さん! どうしたんですか!?」
「いえ、皆様の役に立つかと思いまして、シュバルツを連れていくようにアンナ王女に命令されたんですが……」
「隊長はどこに?」
「……隆司は、ソフィアさんと戦っています」
端的に僕は今隆司が置かれているであろう状況を説明する。
僕の言葉に、ABCさんも納得したように頷いて……。
「ははぁ、ついに待ちきれなくなって自ら隊長に会いに……」
「フラグ立ても順調に進んでいるってことですな!」
「ついに隊長にも伝説の木の下フラグかぁ……。今日は御馳走だな!」
「あ、いえ、その。たぶん、皆さんが想っているような状況とはかけ離れていると思いますよ?」
ただ、僕と考えていることが食い違っているのか、皆嬉しそうに頷くばかりだった。
うぅん、今いちいち説明して誤解と説く時間もないんだよね……。
「それはそれとして……シュバルツ、連れて行っていいんですか?」
「もちろんですとも!」
「そもそも隊長の持ち馬ですしね、シュバルツは!」
「ただ、肝心の隊長がいないのは……」
「あ……」
三人から心強い返事を頂いたけれど、確かに今持ち主の隆司がいない。
気性の荒い馬だと聞いているから、果たして僕たちの言うことを聞いてくれるのか……。
そう思い、迷っている僕の脇を通り抜け、礼美ちゃんがシュバルツのそばへと近づいていく。
「礼美ちゃん?」
「シュバルツさん、聞いてください」
礼美ちゃんは、シュバルツのそばまで近づくと、そっとその顔を撫でる。
「今、王都はすごく大変な状況なんです。化け物が現れて、皆が傷ついてしまうかもしれない……」
―………―
「でも、私たちだけじゃ、皆を助けられないんです。絶対に間に合わない……。だから、お願いです。私たちに、力を貸してください……!」
そう、シュバルツに真摯に語りかける礼美ちゃん。
果たして、礼美ちゃんの思いが通じたのか。シュバルツは小さく鳴くと、そっと膝を折って礼美ちゃんが乗れるように体勢を低くしてくれた。
「シュバルツさん、ありがとう! 光太君!」
「あ、うん」
礼美ちゃんの想いがシュバルツに通じたのに、少しだけ驚きながらも、僕は彼女に導かれるままにシュバルツの背中に跨る。
隆司が「いつかソフィアと相乗りするのだ」と鞍を二人乗りのものにしておいたので、僕と礼美ちゃんは普通に乗り込むことができた。
礼美ちゃんはともかく、僕は振り落されたりしないかな……?とわずかに心配したけれど、シュバルツは僕が跨っても、決して暴れることなくすっくと立ち上がった。
「わっ」
いきなり視界が高くなったことに驚いたけれど、シュバルツは僕たちからの指示を待つようにじっと待ってくれる。
うん、シュバルツが手伝ってくれるなら、間に合うかもしれない……!
「皆さん、ありがとうございます!」
「シュバルツさん、お借りします! 皆さんも、お気をつけて!」
「「「もちろんですとも! お二人もお気をつけて!」」」
礼美ちゃんと一緒に騎士ABCさんにお礼を言い、僕はシュバルツの手綱を握りしめる。
「礼美ちゃん! しっかり捕まって!」
「う、うん!」
「シュバルツ!!」
―ヒヒィィィィィィィィンン!!!!―
僕の呼びかけにシュバルツは鋭く嘶き、前脚を高く振り上げ、勢いよく駆け出した。
前に馬には一度乗ったことがあるけれど、そんな経験が問題にならないくらい速い……!
「うっ……!」
想像をはるかに超える風圧に、思わず目を閉じそうになってしまう。
隆司はこんなのに耐えてるのか……!
僕の腰に回されている礼美ちゃんの手に篭る力も、さっきよりもずっと強くなっている。
「れ、礼美ちゃん……! 大丈夫……!?」
「な、なんとか……!」
聞こえてくる礼美ちゃんの声も掠れるて聞こえてくる。
礼美ちゃんの盾を使ってもらうことも一瞬考えたけれど、あれは空間に固定するものだから、こういう時に風除けには使えない……!
そもそも、こうして手綱を握っていてもシュバルツの制御をほとんどできない……!
こんな調子で化け物のところにたどり着け――。
「ぅ、っわ!?」
「きゃぁ!!??」
突然の浮遊感。下から突き上げてくるシュバルツの身体と、突然重力から解放されたような感覚に、内臓が下へと落ち込むようなそんな感覚が襲い掛かってくる。
目を開くと、実際にシュバルツは跳び上がり……。
―ヒヒィィィィィンン!!―
今まさに暴れようと鉤爪を振り上げていた化け物を、そのたくましい前脚で叩き潰した。
「うっ!?」
「きゃん!?」
ズン!というシュバルツの着地と同時に、今度は逆に体が一瞬跳び上がる。
しばらく呼吸を落ち着けてから顔を上げると、以前から利用している東区の商店街についていた。
見れば、前に真子ちゃんが空けた洞窟の穴からまた一匹化け物が身体を引きずり出しているところだった。
「こ、ここまで連れてきてくれたんだ……。ありがとう、シュバルツ」
―ヒヒン―
お礼を言うと、わずかに振り返ったシュバルツが短く鳴いて返事をしてくれた。
シュバルツの心地い返事にわずかに微笑みながら、僕は鞍から跳び下りる。
「礼美ちゃん、ほら!」
「う、うん……ありがとう、光太君」
突然の急制動に、まだ体が慣れ切っていない礼美ちゃんが、鞍から身体を放り出すように降りようとする。
「って、礼美ちゃん、ストップ!」
と、慌てて声をかけるけれど間に合わず、礼美ちゃんの身体は転げ落ちるように僕の上に振ってきた。
「っと! ……礼美ちゃん、せめて鐙を踏んで降りてきてよ」
「うん、ごめんなさい……」
まだ若干頭がふらつくのか、僕にぼんやりと返事をしながら礼美ちゃんがフラフラと地面に降り立つ。
……こんな調子で大丈夫かな……。
ともあれ、何とかここまで来れた。あとは……。
「光刃閃!!」
手近な化け物に向かって、意志力剣を叩きつける。
こいつらを、何とかするだけだ……!
商店街の店の中に人の姿はいない。みんな、どこかへ避難しているのだろう。
だけど、だからと言ってこいつらをこのまま野放しにしていいわけじゃない!
「シュバルツ! この化け物を……!」
―ヒィン!!―
シュバルツに声をかけると、言われるまでもないというようにシュバルツは嘶き、その大きな体で化け物へと立ち向かっていく。
この場に現れた化け物たちは、真子ちゃんとサンシターさんを助けに行ったときに現れたものと同じだ。
そうなれば、弱点は源理の力……! その証拠に、一番最初に光刃閃を叩きつけた化け物は頭を失くしてそのまま倒れ伏した。
倒れた化け物の身体は、そのまま赤色の泡へと変じ、煙を上げながら完全に消滅した。
前にガルガンドに相対した時みたいに、爆発はしないみたいだ……。それなら、特に問題はないはずだ……!
「礼美ちゃん! アンナ王女に、この化け物は源理の力に弱いって伝えて!」
「う、うん! でも、源理の力を使える人って他にいたっけ……?」
「あ。うーん……」
バラバラに襲い掛かってくる化け物たちの足を切り、腕を落とし、頭を飛ばしながら僕は考えて。
「……と、とりあえず、そう伝えて。何も通達しないよりは、多分マシだし」
「うん、わかった!」
特に対策も思いつかずに、とにかく伝えてもらうように頼む。
僕の知る範囲で、源理の力を使えるのって、騎士団長さんや隆司、それにフィーネ様や真子ちゃんくらいだっけかそういえば……。
たぶん、神官の人なら祈りを媒介に意志力を使えると思うけど……僕みたいに攻撃的な使い方ってできるのかな……。
「零れ落ちる綺羅星!!」
と、礼美ちゃんの言葉と同時に大量のピコハンが化け物たちに降り注ぐ。
ピコピコと軽快な音を立てながら降り注いだピコハンに触れた化け物たちの身体は、パチュンと水っぽい音を立てながら消飛んでいった。
………あれでも、十分効くんだ。
「き、効いちゃった」
「礼美ちゃん、大丈夫!?」
「あ、うん。私は平気だよ!」
いきなりの大技に、礼美ちゃんの方へ振り返ると、割合元気そうな礼美ちゃんの姿が目に入る。
……でも顔色は青い。無理してるのは、目に見えて明らかだ。
シュバルツもがんばってくれているけど、僕一人でこの大軍を相手に礼美ちゃんを庇いながら戦うのは……。
状況の不味さに少し冷や汗を流していると、声が聞こえてきた。
「勇者様ー!」
「ん、あ! 光太君、あれ!」
礼美ちゃんの言葉に振り返ると、恐らく奮戦していたであろう神官の人たちがこちらに駆けてくるのが見えた。
その人たちがこちらにやってこれるように適宜援護しながら、僕たちも彼らへと合流する。
「皆さん! 無事でしたか!」
「ええ! 勇者様たちも、御無事で……!」
「それで、商店街の人たちは!?」
「皆、教会へと非難させました! けが人もほとんどおりません!」
「よかった……!」
商店街の人たちの安否を確認でき、礼美ちゃんが安堵からかわずかに涙目になる。
よかった……。
僕もホッと一息つくけれど、すぐに手に握る刃を強く握り直す。
「なら、後は、この場にいる化け物たちを倒せば……!」
「ええ! この場は、解決いたします!」
いまだ増え続ける化け物たちを前にしながら、僕は一歩二歩と足を進める。
「ここだけじゃないんだ……! 手短に終わらせてもらうよ!!」
そう吠えて、螺風剣と、豪雪の魔剣、凍雪剣を構える。
意志無き化け物は、それでも僕の敵意に応えるように吠え猛った。
光太君の新たなる厨二病伝説がここに。
やってきた化け物たちと相対する勇者たち。
二人は各地で戦う人たちのために、自身の力を振り絞る。
一方その頃、フォルクス領でも化け物の姿が確認されていた……。
以下、次回。