No.170:side・mako「断罪を与える者」
「どういうつもりだ王子!? この場に、汚らわしい魔族の小娘を連れてくるなど!?」
昨晩保護した猫魔族……名前はフェレスというらしい……を、フォルクスとの話し合いの場に連れて行った途端、この言いぐさである。
フォルクスが突然出した大声に、フェレスが怯えてアルト王子の陰に隠れてしまった。
今この場でフォルクスに相対しているのは、あたしと王子。そして、当事者の一人であるフェレスだけだ。
フォルクスのはパッと今やろうとしていることをゲロッて貰わないといけない。人数が少なければ、この男も警戒をとこだろうと考えてのことだ。
これで素直にしゃべってくれれば……聞きもしないのに勝手にしゃべるか、こいつの場合。
「そのことで、フォルクス公爵にお伺いしたことがあります」
「なに!? なんだというのだ!?」
王子を威嚇するように吠えるフォルクスに、王子は静かに問いかけた。
「昨晩、この魔族の少女、フェレスを保護いたしました」
「保護!? 一体、王子は何を――」
「喚いてないで聞きなさいトンチキ!!」
「ぬが!?」
なおも吠えようとするフォルクスの機先を制すようにあたしは声を張り上げた。
フォルクスが黙り込んだのを確認してから、王子が続ける。
「そして、彼女の仲間がまだ捕らえられているのを知りました」
「そ、それがなんだというのだ!? そいつらは敵なのだ! 捕らえて当然だろう!?」
「ええ、そうですね。私自身、そこに否があるわけではありません」
王子の手が、震えるフェレスを安心させるように、ギュッと肩を包み込んだ。
「ですが、彼女の仲間に対して無為な暴力が振るわれようとしているならば別です」
「無為な暴力!? どういう意味だ!!」
「フォルクス公爵にお伺いしたいこととはそのことです」
スッと、青い瞳がフォルクスを射竦める。
今までにないほどの力強さで。
「フォルクス公爵。捕らえた捕虜を、私憤の身で傷つけようとしているのではありませんか?」
「な、なに!?」
王子の問いかけに、フォルクス公爵が鼻白む。
さて、この問いに対してフォルクスがどう出るか……。
「敵を痛めつけるのに、何故王子の許可を得ねばならんのだ!!」
………………ああ、駄目だこいつ。いろんな意味で。
「奴らは敵なのだぞ!? その敵を傷つけるために、何故一々貴様の裁可を得ねばならんのだ!! 我が領内で捕らえた敵だ! その扱いは、私の自由であってしかるべきであろうが!!」
「――それがあなたの答えですか、フォルクス公爵」
フォルクスの答えは聞いた。敵を人とも扱わぬ、非人道的な答えを。
「そうだ! 我がフォルクス領において、私は――」
「サカー・フォルクス!!!」
「ひっ!?」
ならば迷わない。そう、決めているのだ。私たちは。
……どうでもいいけど、サカーってのがこの男の名前だったのね。
「例え敵であれ、命あるものに暴虐な振る舞いを行う……そのような行為を女神様は断じて認めはしない!!」
「な、なにを……!?」
「聞け、サカー・フォルクス!! 私の名はアルト・アメリア……!!」
王子の名乗り上げに応じて、一気に騎士団が話し合いを行っていたテントへと雪崩れ込んできた。
「汝を断罪する者なり!!」
「さて、神妙に御縄に突きな、フォルクス」
「き、貴様ら!? 何の理由があってこの場へと踏み込んで……!?」
「理由も何も、アルト王子が言った通りよ」
掌から天星を生み出しつつ、あたしはフォルクスを睨みつける。
「例え敵であろうとも、理由もなく傷つけるのは許さないって言ってんのよ」
「理由だと!? 馬鹿を云え、敵であれば――」
「その物言いに理由がねぇっつってんのよ、ボケ公爵!!!!」
「ひぎっ!?」
徐々に狭まっていくフォルクス包囲網。
フォルクスは進退窮まったように、テントを支える柱へと追いつめられていった。
「や、やめろ貴様ら!? わ、私は公爵なのだぞ!? その公爵に手を出して、ただで済むと……!!」
「サカー・フォルクス。現段階を持って、汝より爵位を剥奪した。諦めるがいい」
「な、何を馬鹿なことを……!!」
アルトの宣言に、フォルクスの顔色が変わる。
憤怒に染まる赤色に。
「私は貴族なのだぞ!? 生まれた時より貴族で、育ちも貴族! なれば私は貴族として死ぬべきなのだ!! それが、それが……! 貴様のような子供の癇癪で爵位剥奪などと……!!」
「この期に及んでその物言い、もう腹も立たないわね」
この男、どこまでも自分本位か……。これは死んでも治らないかもしれないわね。
「そう、そうだ! やはり貴様は王にふさわしくない! 私のような、生まれついての貴族こそ、王にふさわしいのだ!!」
「その手の妄言は、後でとっくり聞いてやる。大人しくしな!!」
団長さんが、フォルクスを捕らえるために一気に間合いを詰める。
が、まるで見えない壁が存在するかのように、団長さんの身体が弾き飛ばされた。
「ぐぉ!?」
「団長!」
「おお、ガルガンドか!?」
目の前の出来事か、あるいはあたしたちには聞こえない声が聞こえたのか、フォルクスの顏が目に見えて明るくなる。
「は、早く助けよ!! やはりこの小僧は王位にふさわしくなかったのだ!」
「待て、サカー・フォルクス!!」
王子がフォルクスを捕らえようと、団長に代わりフォルクスに近づいていく。
が、王子がフォルクスに触れるより前に、何か音が聞こえてきた。
心臓がざわつくような、茨に身体を縛られるような、そんな音が。
この音は、混沌言語……!!
「王子、下がって!!」
「うぐっ!?」
慌てて王子の首根っこを引っ掴んで下がらせる。
次の瞬間、フォルクスの姿が霞むように消え、音を立ててテントを支える支柱がへし折れた。
「って、ちょ!?」
支柱がなくなったおかげで、テントの骨組みが一気に崩れてあたしたちの頭上から襲い掛かってくる。
「隔て天星!!」
慌てて天星に命じ、その場にいる人間を守るように障壁を呼び出す。
物々しい音を立てて、障壁表面に木材がぶつかっていく。
っぶなー……。こんなの頭にでも当たったら、死んじゃうわよ……。
「マコ!? 大丈夫!?」
「あんま大丈夫じゃない!」
テントの向こう側から聞こえてきたフィーネの声に、あたしは叫び返す。
「フィーネ! あたしたちの上にあるテント、丸ごと焼き払って!!」
「え、ええ!? そ、そんなことしたら……!」
「我々はマコさんの守りで防がれています! お願いします、フィーネ!」
「は、はい! わかりました!」
王子にも促され、フィーネは魔法を解き放つ。
「火炎球!!」
「う……!」
瞬間、障壁を舐めるように紅蓮の炎が私たちの視界を覆い尽くす。
一瞬肌を焼き尽くすような熱波があたしたちを襲うけれど、それも一瞬のこと。
炎膜が過ぎ去っていけば、燃え残ったわずかな骨組みだけがその場に残された。
「アルト王子! 無事ですか!?」
「ええ、オーゼ神官長。私は無事です」
駆け寄ってくるオーゼさんに答えながら、アルトが立ち上がる。
フェレスを立たせてあげているアルトを横目に見ながら、あたしはフィーネの方へと駆け寄った。
「マコ、大丈夫!?」
「生きてりゃ無事よ。それより、破城砲行くわよ!!」
「あ、う、うん!」
あたしの言葉を聞いて、フィーネは若干顔を青くしつつ、準備に取り掛かる。
この場へと連れてきていた魔導師たちを基点に魔法陣を描き、それぞれの魔導師たちが一つの結界を生み出すために魔術言語を唱える。
その円が描く中心に、フィーネが立ち、二、三度深呼吸を繰り返し、ゆっくりと呪文を唱え始める。
「……―――……」
見た目相応の、透き通った歌声の様な呪文詠唱が辺りを包み込む。
混沌言語による、法則変換。その結果によって、魔導師たちが生成した結界から生み出される魔力を、目の前の城門を打ち破るための破壊力へと変換していく。
純粋な魔力は、破壊力を生まない。熱変換などを行って、初めて威力を持つ。
けれど、元始之一撃など使おうものなら、領地にただ住んでいるだけの人にまで影響が及んでしまう。
それを防ぐために、今回は魔力そのものに破壊力を持たせる。城門を打ち破ればすぐに霧散するよう、混沌言語で法則を組み上げる。
フィーネの頭上に集まっていった魔力がやがて激しく明滅を繰り返し、空間そのものを歪めるいやな音を立て始める。
「………破城砲、発射ぁ!!!」
そして魔力の限界が頂点に達した時、フィーネは魔力に目の前の城門を打ち倒せと命じる。
解放された魔力は一直線に突き進み、眼前に立ちはだかる城門へと突き刺さる。
瞬間、轟音を立てて砕け散る城門。
細かい破片となり、向こう側へと飛び散り、煙が晴れた後には元フォルクス公爵領の姿が見えた。
「………はあ」
《まあ、上出来だね》
大量の魔力を制御し終えたフィーネが一息つくと、その頭の上にグリモさんが着地する。
あたしも、頑張ってくれたフィーネを労うようにその肩に手を置いた。
「ありがと、フィーネ。あとはゆっくり休んでていいわよ」
「……え!? そ、そんなわけにはいかない! わ、私だって反乱制圧軍なんだから!!」
「……もー、誰よこの子に余計なこと吹きこんだのは……」
このままついてくる気満々のフィーネを見て、あたしはげんなりする。
出来ればこの子にはオーゼさんあたりと一緒に、ここで待っててもらいたいけれど……。
「……まあ、目の届く範囲にいてくれた方が、安心ではあるか」
フィーネに聞こえないように、あたしはそっと呟く。
さっきフォルクスが叫んだのを信じれば、ガルガンドは間違いなくここにいる。
王国に騎士の大半がいない隙を突くかとも思ったけれど……まあいいわ。
「ジョージ! あんたしっかり、フィーネのこと護りなさいよね!」
「わかってるよ。身体張って守ってやるよ」
「ジョージ……!」
ジョージの熱い宣言に、頬を染めながらフィーネが感極まったようにその名前を呼ぶ。
ああ、はいはい御馳走様、御馳走様……。
………………。
「……サンシター、いる!?」
「はいでありますよ」
あたしが呼ばわると、すぐにサンシターが来てくれる。
昨日と違い、鎧兜を身に付け、腰には警棒もくくっている。
だが、いまいち鎧に着られているような印象がぬぐえず、何とも似合っていない。
やっぱり、サンシターにはエプロン姿がよく似合うなぁ……。
「……あたしが無茶しないか、見ててもらっていい?」
「はいでありますよ」
だが、今はそんなことを言ってる場合ではない。
一気呵成に攻め込んで、フォルクスの首根っこを押さえないといけないのだ。
……そのことを考えたら、サンシターも置いていった方がいいとは言っちゃいけない。
主にあたしのモチベの問題で。
………………フィーネが羨ましいんじゃないんだからね?
「団長、準備はよろしいか?」
「いつでも。アルト王子」
開けた城門前に、騎士団が集結し、その先頭に王子が立つ。
腰に帯びた剣を引き抜き、陽光にかざすように刃をフォルクスがいるであろう方向に突き付けた。
「サカー・フォルクスは、女神様の御心に背き、私欲に塗れた心で我が王国の領地を占有しようと目論んでいる! これを決して許してはいけない!」
「「「「「おおぉぉぉ!!!!」」」」」
王子に応えるように、騎士団が鬨の声を上げる。
「我らはそれを正すために往く! サカー・フォルクスの暴挙を許さぬために!! 彼の者の私欲から、我らが民たちを守るために!」
「「「「「おおぉぉぉ!!!!」」」」」
「往くぞ、アメリア王国騎士団よ!!! 我らが敵を捕らえるために!!!!」
「「「「「おおおぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
大気を震わせる轟音が、あたりに広がっていく。
だが……。
「……マコ、なんか、変」
「……わかってる。でも、行くしかないわ」
フィーネが怯えるように、領地を見つめる。
………さっきから、騎士団の鬨の声が聞こえているはずなのに、しんと静まり返った元フォルクス領を。
……腹、括っといたほうがいいかも。
いやな予感に、あたしはゆっくりと唇を舐めた。
私欲でのみ動こうとするフォルクスを、王子はついに断罪する。
だが、ガルガンドはここにいる。アメリア王国で動いているのは一体?
以下、次回。




