No.168:side・mako「やってきたのは小さな子猫」
アルト王子に付き添って反乱を治めにフォルクス領までやってきてもう二日。
正直精神的にもうだめです。頭が沸騰しそうです。
「アルト王子、無事……? 主に精神的な意味で」
「大丈夫、お気遣いは無用です」
「そう。そんならいいけど」
ぐったりと簡易テーブルに身体を横たえるあたしに、王子は背筋を伸ばしながらハキハキと答えてくれた。この辺は教養の差かしら……。
今あたしたちが居を構えているのは、フォルクス領の目の前の平原。そこにテントを立てて、拠点としているのだ。フォルクス公爵は自治領内へとあたしらを導こうとしたけれど、何が悲しくて敵対関係にある相手の陣地に踏み込んで寝泊まりせにゃならんというのだ。丁重にお断りさせていただいた。
「……予想はしてたけど、全く妥協点がないわね」
「……そうですね」
うんざりしたようなあたしの言葉に、王子は小さく頷いた。
フォルクス公爵との話し合いは案の定平行線……というより、一方通行で展開されていた。
文章に起こすのもうっとうしいし腹立たしいんで省略するけれど、向こうの言い分を三行でまとめると。
「自分は公爵位を持つ貴族である」
「貴族は偉いから、貴族なのである」
「故に、偉い自分が国を治めるべきである」
ということになるらしい。小学生だってもっと論理だって会話するわ。
以上の主張を、フォルクス公爵側は一方的にがなるばかりで、まるで話が進まない。
王子が何か妥協点や解決案を出そうとも「いいや、それは違う!」とばかりになじり倒してから、オウムか何かの様に同じことを繰りかえ……いや、オウムがかわいそうね。
訂正。壊れたラジカセのように同じことを繰り返す。
一日目だけならともかく、二日目も同様の主張を繰り返すばかりだったので、騎士団長さんはかなり辟易してきている。オーゼさんも、顔には出さないが、かなり参ってるようだ。
フィーネは、一日目に顔を出した途端、唾を吐きかけられる勢いでなじられたせいでかなり凹み、二日目は不参加となった。危うく元始之一撃をブッパしかけたけれど、あたしに罪はない。だって未遂だし。
あたしも同様になじられたけれど、ばっちりなじり返してやったので御相子だろう。
「………」
あたしはちらりとアルト王子の方を見る。王子はブツブツと口の中で何かを呟きながら、明日の話し合いに向けていろいろ考えをまとめているようだ。
そんなフォルクス公爵の話を真っ向から受け止め、真摯に対応を続けている王子は本当に尊敬に値する。
あたしなら鼻で笑って終わるようなフォルクス公爵の意見も、しっかりと受け止め、それを尊重したうえで妥協案を導き出す……。伊達に国を運営していないわね。
しかし、そんな王子の意見にも耳を貸そうとしないフォルクス公爵。現状、一番の問題はフォルクス公爵自身だ。話し合いが進まない原因の十割は間違いなくフォルクス公爵にあるわね……。
貴族連盟のトップがフォルクスのままだと、間違いなく話し合いは終わらないわね。
王子はそんな現状にもめげず、話し合いでこの反乱を終わらせるつもりみたいだけど……正直、一気呵成に制圧してしまった方が手っ取り早い。
話し合いが始まる前に、一応オブザーバーとしてその意見も出してみたけれど、王子は首を縦には振らなかった。
「私たちは、侵略者ではありません。話し合いで解決できるのであれば、そうするに越したことはないのです」
そう答えた王子から感じる意志の強さに、あたしも素直に引き下がったけれど、今となっちゃ王子の意見を尊重もしてられないわね……。
だけど、何の大義名分もなしに王子が首を縦に振ってくれるとも思えない。この反乱は、まだ話し合いの余地がある段階なのだ。
「むぅん……」
「失礼します!」
あたしも王子と一緒に腕を組んで首をかしげていると、一人の騎士がテントの中へと入ってきた。
「ん? なに?」
「……あ、はい。どうかしましたか?」
「はい、実は……」
あたしと、一瞬遅れて王子が反応したのを確認して、騎士の報告が始まった。
「拠点の周辺に、魔族の斥候と思しき存在を確認しまして」
「魔族の斥候、ですか?」
魔族、の言葉に王子が首をかしげる。
確かに不審だけど……。
「なら、とっとととっ捕まえたらいいじゃない」
「そうなのですが、どうにも捕らえにくい雰囲気でして……」
あたしの言葉に、気まずそうに首を横に振る騎士。
騎士の言葉に、思わず顔を見合わせるあたしと王子。
捕らえにくい雰囲気も何もないと思うけど……。
「……まあ、行ってみたらわかるでしょ」
「そうですね」
あたしと王子は頷き合い、騎士の導きにしたがってその魔族とやらを見に行くことにした。
「ほら、あれです」
騎士が案内してくれたのは、公爵領地側に近い場所。雑木林……というには木の密度が若干足りない、そんな場所。
いくらか生えた木の根元。その付近から、じっとこっちを見つめる光点が二つ……。
「……野生のネコにしちゃデカいわね……」
こちらの様子を伺う……たぶん猫魔族を見てあたしはそう呟いた。
なんというか、野良猫がこっちの様子を伺うのに似てるわね。
「……で? アレの何が捕まえにくい雰囲気なのよ」
「そこの方。なぜ、こんなところに――」
「フシャーーーー!!!!」
「「うわっ!?」」
王子がそっと近づこうとした瞬間、突然叫ぶ猫魔族。
思わず悲鳴を上げて飛びのくあたしと王子。
二人そろって後退したのを見届けて、しばらく唸りながらも魔族はまた大人しくなった。
「……と、このように近づこうとすると唸り声を上げまして……」
「怯えてるようにも見えますので、何とか保護したいんですけど、さっきからあの調子なんです」
「……なるほど」
ほとほと困り果てたというような騎士たちの言葉に、あたしは思わず納得して頷いた。
下手に近づけば、顔面引っ掛かれるだけではすまなさそうだ。さすがに首筋をかまれたりしたら、重傷だろうし……。
「んー……サンシター!!」
「はいでありますよー」
あたしが一声呼ばわると、エプロンとお玉装備のサンシターがすぐに表れてくれた。
どうでもいいけど、気持ち悪いぐらい似合うわね……。
「ちょっとホットミルク作ってくれない? コップ一杯くらい」
「わかったでありますよー」
あたしのお願いに快く頷いてくれたサンシターは、ものの数分で程よい温かさのホットミルクを持ってきてくれた。
「はいどうぞであります。ちょっと熱めなので、飲むときは気を付けて欲しいでありますよ」
「うん、ありがとう」
サンシターの入れてくれたミルクかぁ……。
サンシターからホットミルクを受け取ったあたしはしばし迷いながらも、猫魔族を刺激しないように近づいていく。
「マコさん……?」
「あれ、マコ様?」
あたしの行動を見て、いぶかしむ王子とサンシター。
あたしはそれに構わず、猫魔族と彼らのちょうど間くらいにそっとホットミルクを置いた。
そして、背中を見せないようにまた彼らの元まで戻る。
「マコ様、ミルクが飲みたかったんじゃ……?」
「シッ! 黙って!」
サンシターを黙らせてから、あたしはそっとそよ風の魔法を唱えて、猫魔族に向かってミルクの匂いを飛ばす。
甘く暖かなミルクの匂いが届いたのか、目に見えて魔族の動きに落ち着きがなくなる。
「………」
猫魔族が動くまで、じっと待つあたし。
固唾を飲んで見守る騎士たち。
やがて、猫魔族がそっと木の陰から……。
「おおっ……!」
「っ!」
感極まったような騎士の声に、猫魔族は我に返ったのか素早く木陰に逃げ込んだ。
「あ、ちょ!?」
「おい、何やってんだ馬鹿!」
「いたっ!? す、すまん!!」
思わず声を上げてしまう。くぅ、もう少しだったのに……!
こちらをじっと見つめる瞳に、なんだか警戒心が増した気がする……。
「くっ、ミルクだけじゃもうだめかもしれない……! サンシター! 魚! 魚焼いて持ってきて!」
「はい、了解であります!」
一連の行動であたしが何をしたいのか察してくれたらしいサンシターが、素早く魚を一匹丸焼きにして持ってきてくれた。
「はい、マコ様!」
「あたしちょっと風送んなきゃいけないから、アルト王子よろしく!」
「わかりました!」
そよ風の魔法を維持し続けるあたしの代わりに、アルト王子が魚を置きに行く。
ミルクの隣に、魚の丸焼きが追加される。
「……………」
「……………」
固唾を飲んで見守る一同。
しかし、猫魔族は少し体を揺らしただけで出てこない。
「警戒心上がってるわね……。次! 肉!」
「わかったであります!!」
次の品を持ってくるようにサンシターに指示。
だがしかし猫魔族は出てこない。
そしてまた指示。
でも魔族は(ry
………なんてことを繰り返していたら、いつの間にか満漢全席のような勢いで猫魔族の目の前にえらい量の御馳走が勢ぞろいしていた。
途中から甘味やら酒やらまで持ち出して置いて行かれたけど、ノリと勢いで許可。もう出てくりゃなんでもいいわ。
あたしの背後にも、かなりたくさんの騎士や神官、魔導師まで集まっていた。
「「「「「………………」」」」」
固唾を飲んで見守る一同。
そんな一同の熱い視線に、ついに猫魔族が根負けした。
「…………た、食べていい?」
「「「「「どうぞどうぞ」」」」」
思わずハモる、みんなの声。
そして、ようやく警戒心を解いた猫魔族が、勢いよく目の前の食べ物をがっつきはじめた。
「ハム、ハグ、ハグハグハグッ!」
「……っていうか子供? 今更だけど子供じゃない!?」
「小っちゃいでありますね……」
木陰から飛び出してきた猫魔族の大きさは、フィーネより少し大きいくらい……。い、いや、ハーピーは成人しても小柄な体型の人が多いらしいから、こいつもそういう。
「ふぐっ!? むーむー!!??」
「あーあー、そんながっつくから」
「ほら。お水だぞー」
「むぐ! んぐんぐんぐ……ぷはー!!」
……いや、見た目通りかも。
大急ぎで食べ物を食べて喉を詰まらせる魔族を見て、あたしは考えを改める。
そしてしばらくして。
「ハム、ハム、ハム……!」
「おお、全部喰っちまったよ」
猫魔族、無事満漢全席完食。
「んぐんぐんぐ……ぷはー! ご、ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末様。って言っても、あたしが作ったんじゃないけどさ」
丁寧にお辞儀する猫魔族にそう答え、あたしはようやく本題に入った。
「……で、あんた。なんでこんなところに?」
「え? あ、そうでした!? お、お願いします! 皆を助けてください!!」
ようやくここまでやってきた目的を思い出したらしい猫魔族が、あたしにすがりついてきた。
「み、皆が、お城の地下につかまってて、ご飯全然食べられなくて、これからいじめられそうで、私だけ皆逃がしてくれて、とても大変なんです!」
「うん、だいたい分かった」
「わかったのでありますか!?」
支離滅裂な猫魔族の言葉にうんと頷いてあげる。
まあ要するにフォルクス公爵が魔族に対して人以下の扱いをしてるってことだろう。
あたしはひたすらすがりついてくる猫魔族を神官さんに預けて、王子に向き直った。
「……王子、ここいらが潮時だと思うわよ?」
「……どういう意味でしょう?」
「フォルクス公爵の言うままに話し合いを続けるか、それとも反乱を力で治めるかのよ」
あわてすぎて涙まで出始めた猫魔族の頭をよしよしと撫でてやりながら、あたしは続けた。
「少なくとも、魔王軍は戦争における仁義は守ってるわ。それだけじゃなくて、負傷兵を無事に返還までしてくれた。至れり尽くせりね」
「……」
「対して、フォルクス公爵にはそれがないみたいね。それどころか、無為に捕虜を傷つけようとさえしてるみたいね。下手をすれば、魔王軍との間に遺恨が残っちゃうかもしれないわね」
「……それは……」
「だが、そいつの言うことが本当かわからねぇぞ?」
迷うように言葉を詰まらせる王子に代わり、団長さんがあたしに問いかけてきた。
彼の言葉にあたしは素直に頷く。
「まあ、そうね」
「ええっ!? ひ、ひどいです!!」
「こっちの用意したご飯食い尽くしといてひどいも何もないでしょうが。……でも、大義名分にはなると思わない?」
非人道的な行いをしようとしているフォルクス公爵領を検める……その理由にはなるだろう。
例え敵国の人間だろうと、無為に傷つけるのは倫理的におかしい。そう、アルト王子が声高に叫べば、少なくとも騎士団が公爵領を攻め入る理由にはなる。
例え、この猫魔族の言うことが嘘だったとしても、あたしらが失うものはほとんどない。
……まあ、この子が嘘を吐くメリットなんて、ほとんどないんだけどさ。
憤慨している猫魔族を撫でて宥めつつ、あたしは王子を促した。
「まあ、あたしはあくまでオブザーバー。最終決定権は貴方のものよ、王子。どうするのかは、あなたが決めてちょうだい」
「………………」
アルト王子は私の言葉にしばし黙り込み。
「お願い! 皆を助けて!」
「……ええ、わかりました」
どうやら一番偉い人が王子だと気付いたらしい猫魔族のお願いに、小さく頷いた。
「いささか強引かもしれませんが、貴方の仲間が傷つくかもしれないというのであれば、やむを得ないでしょう」
アルト王子は顔に悲しみを湛えながら、周りの騎士たちに命じた。
「明日、公爵に事の真偽を問いただします。場合によっては戦闘もあり得るでしょう。全軍に、そのように伝えてください」
「ああ、わかった」
一つ頷いた団長さんが、さらに周りの騎士たちに指示を出す姿を、王子はじっと見つめていた。
まるで、自分の力不足を嘆くように……。
二日続いた話し合いも、結局は強硬策へと向かっていく……。
その頃一方、平和な王都でも、怪しい影が近寄っていた……。
以下、次回。