No.167:side・mako「向こうに赴くのは誰?」
アルト王子の決意表明から一夜明け、王城の中はにわかに騒がしくなっていた。
何しろ国のトップである王子が、騎士団を率いて反乱の鎮圧に向かうわけだしね。そりゃ騒がしくもなるってものよ。
うちのバカ正直な勇者二人は協力を約束してしまったので、私たちもできることをしよう!と朝っぱらから張り切っている。
そんな二人に向けて、隆司から一言。
「絶対にNO!」
「「なんで!?」」
両腕を大きく交差してバッテンマークを作る隆司。
「ただでさえ嫁成分“ソフィアリン”が不足しているというのに、絶対に会えないことが確定しているアホ貴族の領地まで赴くだと!? 絶対にNOだ! 俺、NOと言える日本人!!」
「で、でも、ガルガンドが向こうにいるかもしれないんだ! 王子や騎士団の人たちだけじゃ危険なのは、実際に戦った隆司が一番よくわかってるだろう!?」
頑として反乱鎮圧への協力を断る隆司に食い下がろうとする光太。
礼美は礼美で、あたしに助力を乞おうとしてきた。
「ま、真子ちゃん! 隆司君を……!」
「まあ、いろいろ突っ込みどころはあるけど、とりあえず一言」
近寄ってきた礼美の額にデコピンを打ち込み、そもそもあたしたちがこの国にいる意味を思い出させてやる。
「痛い!? 真子ちゃん!?」
「あんたねぇ。あたしら全員が王子についていったら、この国の防備はどうなるのよ? アルト王子も言ったでしょう? この国は、まだ戦争中なのよ?」
「あ、う……。そ、それはそうだけど……」
「反乱がどのくらいで収まるかはアルト王子の手腕次第だけど、それでも一週間ちょっとで収まれば御の字よ? その間に魔王軍が攻め込んできて王都が制圧されてたりしたらどうするつもりよ?」
「うー……」
あたしの言葉に、悔しそうに呻く礼美。
光太も礼美も、王子にくっついて行って手助けするつもりみたいだけれど、魔王軍がいる限りはあたしらが下手にここを動くわけにはいかない。
前に領地を取り戻しに行ったのとはわけが違うのだ。こっちの私事に向こうが律儀に付き合ってくれるはずもない。
「もし魔王軍を正面から突っ切る……とかそういう話になってたんならあたしらにも出番はあったでしょうけどね。ギルベルトさんの転移装置のおかげで、その必要もないわけだし」
「で、でも、光太君も言ったけど、ガルガンドがいるかもしれないんだよ?」
「そこがネックよねぇ」
礼美の言葉に、あたしは腕を組んで唸る。
確定ではないにしろ、今回の反乱の裏にガルガンドの影が見え隠れしているのが気にかかる。
仮に向こうにガルガンドが付いていて、奴が反乱に全面協力しているのであればかなりまずい。
グリモさん曰く、奴が混沌玉から引き揚げた知識はごくわずからしい。けれど、たとえ一部だけでも混沌言語の威力は決して侮ることはできない……。
どんな法則を向こうが確立しているかにもよるけれど、混沌言語に対抗する方法は必要でしょうね……。
「……もちろん、一番いいのはあたしらが行くことだけどね」
「だ、だったら……」
「だからって、戦力を分散させるのはいただけないわ。あたしらが主目的とするべきことは魔王軍に対抗すること。隆司一人いなくなっただけで、あたしらは向こうに押されかけたのよ? 負けたときのこと、忘れてないわよね?」
「それは……」
礼美がクシャリと顔を悲しみに歪めた。
あたしも、あのときの気持ちを思い返して顔をしかめる。正直、何度も思い出したい思い出じゃない。
また負けるのは癪だからね……。戦力は絶対に分散すべきじゃないわ。
しかし、反乱鎮圧に協力したいという礼美の願いを叶えるのはやぶさかではない。判断をあたしらに委ねようとするのならともかく、アルト王子が自分の意志と考えで反乱を治めようとしているなら、それには協力すべきよね。その程度の良心はあたしにもあるわ。
……とはいえ、どうするのが最良なのか。下手に王都を開ければ魔王軍が攻め入るかもしれないし。
「じゃあ……どうしたらいいの?」
「どうすべきかしらね……」
「皆様、ここにいましたか」
どうやって協力すべきなのかを悩んでいると、アルト王子があたしらのいる部屋に入ってきた。
「アルト王子? どうしたんですか?」
「よう、アルト。今は忙しいんじゃないのか?」
「ええ、まあ」
光太と隆司に曖昧に答えつつ、アルト王子があたしに近づいてきた。
「……ん? え、あたしに用?」
「はい。マコさん、貴族たちとの話し合いに、オブザーバーとして参加していただけませんでしょうか?」
「オブザーバーとして?」
「ええ」
アルト王子は恥じ入るように頷いた。
「あの場ではああ宣言しましたが……何分、時間も情報も足りません。貴族たちの話し合いの際、それらの不足が何かの形でこの国への不利益をこうむらないとは限りません」
「……だからあたしに?」
「はい。マコさんは、こういったい問題に長じているように見受けられましたので」
「い、いや、そんな買いかぶられても困るわよ?」
何やらとんでもない評価を受けているらしいので、慌てて訂正する。
「この国の政治やらやり方に関して一番詳しいのは貴方でしょう? だったら、わざわざあたしに頼まなくても……」
「もちろんそれだけではなく、完全な第三者からもご意見を賜りたいというのもあります」
「そりゃなんでだ?」
隆司が横から口を挟んできた。
アルト王子は律儀にそれに答えた。
「この国において、反乱そのものの前例がないからです。貴族領同士の小さな小競り合い……というのはありますが、王都への反乱となりますと……」
「……つまり自分に経験がないから、少しでもブレインが欲しいってことか?」
「はい、恥ずかしながら」
……んー、そういうことかぁ……。
「私以外には、騎士団長であるゴルト、神官長のオーゼ、宮廷魔導師のフィーネも共に反乱領へと向かう予定です」
「そんだけいりゃ充分な気もするが……」
「万全を期したい、ということでしょうか?」
「その通りです」
光太の言葉にアルト王子が首肯する。
……ふむ。都合がいいといえばいいわね。
「なるほど……わかったわ。あたしなんかでよければ、同行させてもらうわね」
「本当ですか!? ありがとうございます……!」
あたしが同行に同意すると、アルト王子は深々と頭を下げる。
そんなアルト王子の姿を見て、思わずあたしは頬を掻いた。
「まあ、必ずお役に立てるとは言えないんだけれどね」
「いえ、マコさんの鋭い観察眼と着眼点は得難いものです。供に来ていただけるだけでも、十分に心強いです」
「んー、ありがと。そう言ってもらえると、勇者冥利に尽きるわね」
過分なアルト王子の評価に、思わず照れ笑いを浮かべながら、簡単に日程の確認を行う。
「で、実際に行動に移せそうなのはいつごろ?」
「現在、騎士団、女神教団、魔導師団の各位より、反乱領へと向かう者たちを編成している最中です。一両日中には終わるだろうとのことですので、明日の朝に出発する予定です」
「ん、わかった。そのつもりでいるわね」
「ええ、お願いします。それでは……」
アルト王子がもう一度あたしに頭を下げ、そのまま部屋を後にする。
ふう、とあたしが一息つくと、何やら袖を引っ張られるような感覚が。
振り返ると、礼美が心配そうな顔であたしを見つめていた。
「なによ、どうしたのよ?」
「真子ちゃん、あたしも……」
「呼ばれたのはあたしよ? あんたはお呼びじゃないのよ」
「あうっ」
ビシリと額にデコピンしてやると、礼美は大げさに仰け反って額を抑えた。
「うう~……真子ちゃん、大丈夫なの?」
「大丈夫よ、大丈夫。基本的に話し合いに行くわけだし。ガルガンドが出てきても、あたしとフィーネがいれば何とかできるでしょうし」
「お前はともかくフィーネもか?」
「そーよー。あの子もちゃんと、混沌言語を学んでるんだからね?」
怪訝そうな顔をする隆司にそう答えてやる。
混沌言語自体は、魔術言語を組み合わせたものだ。この国で一番魔術言語に長じているのは、あたしのようなずるい人間を除けばフィーネだ。あたしより進捗は遅いけれど、あの子も少しずつ混沌言語を学んでいるのだ。
……それに。
「真子ちゃん、どうかした?」
「……ん、え? 何、光太?」
「ううん。なんだか、難しそうな顔してたから」
光太からそう声をかけられ、思わず顔をぺたりと触る。
……顔に出てたか。気を付けないと。
「……なんでもないわ。ともあれ、これでガルガンド対策もばっちりね」
「そうだな。混沌言語に混沌言語で対抗ってわけだ」
「……うん、そうだね。真子ちゃんが行ってくれれば、安心だよね」
しばらく不安そうな顔をしていた礼美が、ようやく納得したのか笑顔で頷いた。
「真子ちゃん、頑張ってね! 私、応援してるから!」
「うん、ありがとー。あんたはあんたで頑張んなさいね?」
「うん、大丈夫だよ! 光太君も隆司君もいるし!」
あたしの言葉に胸を張る礼美。
ちらりと光太の方へと視線を向けると、何か微笑ましいものを見る視線であたしと礼美のやり取りを見つめていた。
あたしと礼美が喧嘩してから、なんか保護者のような視線が入り混じってんのよね、光太って……。
「……まあ、あたしは明日からいなくなるわけだけど……羽目外すんじゃないわよ、隆司?」
「なんで俺に言うわけ? 羽目外そうにも、嫁が来てくれなきゃ外しようもねぇし……」
「……光太、しっかりそのバカ見張っときなさい」
「あ、あはは……努力はするよ」
いうだけ無駄でしょうけれど、一応隆司に釘はさしておく。変に暴走されても、あれだしね。
そして三人で固まって、もし魔王軍が来た時にどう対応するかを話し合い始める礼美たちの背中を見ながら、あたしは適当な椅子に腰かけた。
……まさか、もうなのかしら。
以前、フィーネを宮廷魔導師にした理由をグリモに問い詰めた時に、話してもらった予言。
グリモの行動は、全てそのためにあったという。
愛する娘と息子を、厳しい運命から守るために、グリモはすべての行動を混沌玉に取り込まれる前に行っていたという。
そしてその予言の中には、あたしたちの名前もあったらしい。
「………」
話し合いを続けるみんなの声を聞きながら、そっと目を閉じる。
……せめて、最悪なことにならないように努力するだけかしらね。
そう心に決め、あたしは混沌言語の構成を脳裏に浮かべる。これらの構成が、役に立たないことを祈りながら。
反乱領地には、真子ちゃんが付いていくようです。
赴いた先で行われた話し合いに辟易する真子たち。
そんな彼女たちの元に、一人の斥候が現れた。
以下、次回。