No.166:side・ryuzi「王子の決意表明」
とっぷりと日も暮れ、ご飯も食べておなか一杯になったところで、アルトから話があるといつもの会議室へと呼び出された。
俺たちは首をかしげながら会議室へと赴くと、そこにはこの国の主要人物が勢ぞろいしていた。
中にはフィーネの御付き扱いのジョージや、アンナ専属のメイド長なんかも交じっていたが、その辺りはいつものことだろう。
「……お待ちしておりました、皆さん」
「あー、んー、悪い。遅れたか?」
「いえ、それほどではありません」
どうも遅れたと考えた俺の謝罪に、アルトは首を振って答える。
その表情は真剣ではあるがどこか無表情で、今アルトが何を考えてるのかはいまいち読みづらい。
「それで? あたしたちまでこの場に呼び出して、いったい何を話そうっていうわけ?」
「はい。今後のこの国の舵取りに関して……皆様にも聞いていただきたいことがありまして」
真子の言葉にそう前置きし、アルトはゆっくりと語り始めた。
内容としては単純で、いまだ空席である王位にアンナに譲り、自身は国の政治から一切の手を引くという物。国に反乱が起きたのは、今の自分のやり方に不満があるからだ。ならば、別の者が王位に付けば、きっと民の不安も収まるに違いないというのがアルトの考えだった。
アルトの告白に、フィーネとアンナは目を見開き、光太と礼美は息を呑んだ。……俺も含めたそれ以外の連中は特別反応を返さなかったが。
「……驚かれませんね、リュウジさん」
「まあなんつーの? 予感みたいなのはあったしな」
「そうですか……」
俺が驚かないことを疑問に思ったらしいアルトにそう返す。
実際、ここ最近のアルトは妙に思いつめたような雰囲気を醸し出していたので、そうなるんじゃないかなーという予感のようなものはあった。
ただまあ、そうなったとしてもそれを決めたのはアルトだ。男が決めたことに一々横から口出しするのも馬鹿馬鹿しい。
ただ気になるのは、今目の前にいるアルトから、今朝感じたような張り詰めた雰囲気があまり感じられないってことなんだが……。
「そもそも私に、この国を治めることなんて荷が勝ち過ぎたんです……。アンナなら、きっとこの国をより良い方向に――」
アルトはゆっくりと周りに語りかけるように、そう話し始めた……。
瞬間。
アンナが跳んだ。
ジョージも駆け出した。
何故か光太と礼美まで一緒になって。
「お兄様の、ばぁかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
アンナのドロップキックが華麗にアルトの顔面に決まり、ジョージのスーパー頭突きがアルトの鳩尾に突き刺さり、倒れたアルトの両足を光太と礼美が協力して持ちジャイアントスイングで放り投げ、後ろで構えていたフィーネの火炎球(弱)が止めを刺した。
「何かをお考えになっていると思ったら、案の定ですわ! いい加減、お兄様こそこの国の後継者であると御認めなさい!!」
ぶすぶすと黒煙を上げて痙攣するアルトに、アンナがビシリと指を突きつける。
「今までこの国を平穏に導いてきたのはいったい誰のおかげですの!? 多少の不満はあれ、多くの国民たちが納得できる采配をとってきたのは誰ですの!? 例えトランドの補佐があったとはいえ、多くの決定をこなしてきたのは誰ですの!?」
「……みんな、私だ……」
「そうでしょう!?」
ふらふらになりながら立ち上がるアルト。
節々が焦げっぱなしのアルトを、ギンとアンナは睨みつけた。
「それほどの経験を積み、そして成功を収めてきたお兄様を押しのけて、私が王などと、いったい誰が納得すると御思いですの!? 戯言ぬかしてますと、一度海湖に付けて頭冷やしますわよ!?」
「スゲェ物言いだなオイ」
あまりの物言いに、思わず合いの手のようにツッコミを入れてしまう。
まあ、アンナにとって敬愛する兄が全てを捨てて逃げ出そうとしているように思えたのだろう。このくらいの物言いは甘んじて受けるべきだ。
さて、アルトは今にも憤死しそうなアンナをどう諌めるつもりだ?
「――確かに、その通りかもしれないな」
遠い目をして、どこかを見つめるアルト。
「父上の為したことの、延長線上のことしかできてはいないが、少なくとも今のこの国は私の采配で動いてきた……。なら、問題が起きたのであれば私が解決すべきだ……」
「お、お兄様?」
兄の言動のひるがえしっぷりに、目を白黒させるアンナ。
そりゃそうだ。さっきまでは自分は王族をやめる、みたいなことを言っておきながら、ちょっと叱られたとたんやっぱり続けるみたいな雰囲気だ。アンナでなくとも拍子抜けするだろう。
「あら? あたしはてっきり、本気で王になるのを諦めたかと思ったわよ?」
「ええ、そのつもりでしたよ」
真子がアルトの豹変っぷりを茶化すと、アルトは頷いてそれを肯定した。
「私は王位にふさわしくないと、常に考えていました……。今でもその考えは変わりません」
「なら、どうしてです?」
「……約束をしてしまいましたから」
「約束、ですか?」
「ええ」
光太の言葉に、アルトは少しだけ恥ずかしそうにつぶやいた。
その約束とやらがどういう物かは知らんけど、アルトを今の地位に踏み留まらせるだけの力のある物なんだろう。
アルトから、今朝まで感じていた雰囲気を感じなくなった理由も、その辺にあるのかもしれねぇな。
「なら、反乱を収める方法にもアタリはつけてあるんでしょうね?」
「一応、ですけれど」
アルトは小さく頷き、そのアタリとやらを話した。
「反乱の発起人であるフォルクス公爵に話し合いを持ちかけて、反乱をやめさせたいと思います」
「……なにそれ? 本気で言ってんの?」
アルトの出した案を聞き、真子は露骨に眉根を寄せて不機嫌な表情になった。
要するに、話し合いだけで反乱を収めたいと言っているわけだが、相手はフォルクス。ボンクラ貴族筆頭であり、これでもかと自分本位な考え方で反乱を起こしたようなバカたれだ。
そんなの相手に話し合いの余地などない、と真子は考えているんだろう。
「荒唐無稽なのは認めます。ですが、今の私に思いつく案はこのくらいしかなかったのです」
全面的に不可能な案であるとは認めつつも、アルトはこれ以外を認めるつもりもないのか不退転の気配を醸し出しながら真子に向き直った。
「私は今まで……ありとあらゆる方とお話をしました」
「………」
「材料が足りず、十分な回転率を確保できない工場の方々。季節の果物が手に入らずに、看板メニューを下ろさなければならなくなった料理店のオーナー。過剰な量の交易品を要求せざるをえなかった貴族領の貴族たち。私には、これらの方々に誠意をもって接するしか術を持ちませんでした」
今までのことを思い出すかのように、瞳を閉じるアルト。
短く瞑目し、すぐに瞳を開いた。
「ですから、この反乱に対しても、私は誠意をもって彼らに接したい。彼らが私の何に不満を持って反乱を起こし、如何様にすれば収めてくれるのか……とにかく話をしなければ、はじまりません」
「……そのために、敵陣に赴くっていうの? 魔王軍を乗り越えて?」
「はい」
痛いほどの沈黙が、会議室の中を包み込む。
そんな中で、一番最初に動き出したのは団長さんだった。
「なら、騎士団一同、全て王子のためについていかせてもらおう」
「ゴルト団長……」
「話し合いといっても、向こうは曲りなりに武装蜂起したんだ。護衛もなしに会いに行けば、お前さんが人質に取られる可能性もある」
団長さんはにやりと笑い、ポンとアルトの肩に手を置いた。
「話し合いのテーブルに着くのはお前の仕事だが、そこまでお膳立てするのは俺たちの仕事だ」
「……はい、ありがとうございます」
「ならば反乱領までの道を用意するのは某たちの仕事だなぁ!?」
ズバーン!とものすごい物音をたてながら、会議室の扉が開かれる。
どうやらスタンバっていたらしい白衣の魔導師が、ものすごいいい笑顔で会議室に踏み込んできた。
「ギルベルト? いったい、何しに来たの?」
「秘策を授けに来たのにその言い方は無かろうよ、お嬢!?」
「秘策?」
フィーネが首をかしげると、ギルベルトとやらはフッフッフッと怪しげな笑い声を上げた。
「こんなことも……こんなこともあろうかとぉ!!!」
白衣の内側にしまいこんでいたらしい、一つの……えっとなんだあれ?
イースターエッグの出来損ないみたいな道具を見て、光太が驚いた。
「それって、小型の転移装置ですよね?」
「その通り! 某は研究の末、これを複数使用することで多数の人数を特定の箇所まで一息に転移できることを発見したのだ!!」
「ということは……?」
「うむ! 騎士団と王子を一息にフォルクス領まで飛ばすことも可能であるということだぁ!!」
褒め称えよといわんばかりのいい笑顔で、胸を張るギルベルト。
そんなギルベルトに、アルトは笑顔で近づいた。
「ありがとうございます、ギルベルトさん!」
「よいよい! ……ただ、もし可能なら、某の研究費にちょっと色を」
「それは魔導師団の予算になるから許可しません」
最後の最後でせこい所を見せるギルベルトを、フィーネが一刀両断する。
両手と膝を突いてがっくりうなだれるギルベルトを放っておいて、オーゼさんや大臣も前に出た。
「行ってなさいませ、アルト王子。御留守の間は、我ら女神教団が預かりましょう」
「政務に関しても、私が一通りこなしておきましょう。王子の判断が必要な案件に関しては、王子が御帰りになるまで差し止めておきます」
「オーゼさん、トランド……」
続々と協力を申し出る関係各所の長たちの言葉に(いや、ギルベルトは違うかもしれんけど)、感極まったように涙ぐむ。
目の前で繰り広げられる光景に、ついに真子は折れる。
「……あーもー。これであんたが向こうに行くの反対したら、あたしがバカみたいじゃない」
「マコさん……」
「好きになさいよ。あんたが納得いく方法で、ね」
肩を竦め、アルトのやり方を認める真子。
現実的に考えりゃ、アルトのやり方で成功する目があるなんて到底思えねぇ。
ただまあ、応援はしたくなるよな。まっすぐに、自分のやり方を貫きたいと頑張る馬鹿は……俺も嫌いじゃないしな。
「もちろん、僕たちも協力しますよ!」
「ちょ、おま」
「何かあったら、必ず言ってくださいね!」
「だからまち」
「コウタさん、レミさん……。ありがとうございます!」
真子の両脇から光太と礼美がそんなことを言い出して、真子が慌てて止めようとするが時すでに遅すぎるわけで……。
こうして満場一致で、反乱を収めるアルトの手助けをすることが決まってしまった。
……この辺は、アルトの人柄かね?
「お兄様……」
「アンナ……」
アンナがアルトの前に出てくる。
さすがに顔面にドロップキックをかましたのは恥ずかしいのか、手をもじもじとこねくり合わせている。
これから反乱を治めるために、相手の懐に赴こうとする兄を励ましたいのだろう。だが、言葉が出てこないという様子だ。
そんな妹の様子から、何を言いたいのか察したアルトは、ポンと頭の上に掌を置いた。
「あ……お兄様?」
「行ってくるよ、アンナ」
「………はい! 頑張ってください、お兄様!」
力のこもった兄の言葉に、満面の笑みで答えるアンナ。
妹の笑顔に笑顔で返し、アルトは周りを見回した。
「騎士団は反乱領地へ赴くための人員を選出してください。確かに反乱を治めることも重要ですが、今は魔王軍との戦争の最中……。防衛のために戦力にも十分力を注いでください」
「了解だ」
アルトの言葉に、団長が力強く頷く。
「魔導師団や女神教団からも、数名の助力を願います。場合によっては、戦闘になるかもしれません」
「わかりました、王子様」
「う、うん、わかりました」
神官長はスッと瞳を閉じて答え、フィーネも戸惑いながらもしっかりと頷く。
「トランド、一時的にアンナの補佐に入ってください。しばらくの間、彼女に案件を託したいと思います」
「かしこまりました、王子」
「アンナ、少しの間城を開けるけれど、自分で決められないと思ったのであればトランドに頼んで差し止めてもらいなさい。それらは、私が戻ってきてから決めましょう」
「はい、お兄様!」
大臣とアンナ王女に後のことを託し、アルトはその場で宣言した。
「この反乱、必ず治めます……。だからみなさん、私に力を貸してください……!」
深々と頭を下げるアルト。その場の一同は、大きな声でその姿に応じた。
「「「「「王子の御心のままに!」」」」」
「どうでもいいが、ジョージ。あのタイミングでなんで飛び出したよ?」
「いや、アンナの奴が「お兄様が戯言ぬかしたら、私と一緒に折檻してください!」って、俺とフィーネに頼んできてたから」
「ああ、見抜いてたのね。で、あんたたちは何でよ?」
「い、いや、アルト王子の態度があんまりだったから、その……」
「ゆ、ゆるせなくなって、それでね……?」
「……あとでちゃんと謝っておきなさいよ?」
アルトはシャーロットとの約束を果たすために、反乱領へと赴く決意をする。
そんな中、勇者たちはといえば?
以下、次回。