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No.165:side・Another「アルトと謁見者たち ―アルト編―」

「――というわけで、現在は向こう側からの連絡を待っている状態です……。もうしばらくお待ちいただけたら……」

「そうですか……。わかりました。では、結果がわかったら、ぜひ教えてください」

「はい、それはもちろんです」


 この国で最も大きな製紙工場の持ち主は、私の言葉に納得してくれたのか、すぐに謁見の間を後にしました。

 反乱が起きてから二日。多くの方々が、私への謁見を希望し、この城へとやってきました。

 反乱とはどういうことなのか。反乱が起きたせいで交易品の流通がまた停止したりしないか。フォルクス公爵が王位を望んでいるのは本当なのか……。

 多くの人々が、不安を抱えてこの城へとやってきました。ですが、私はその不安を取り除くことはできません。

 ……やはり、私では……。


「王子……少しお休みになってはいかがでしょうか?」


 小さくため息をついた私を見て、トランドがそう言ってくれます。

 そんなトランドの優しさに、私は首を横に振って答えます。


「いえ……。今の私にできるのは、不安を抱えてやってくる人たちに、ただ誠意を持って答えることだけです。せめて、アンナに王位を譲る前くらいは……」

「王子、まだそのような……」


 トランドの、絶望したような呻き声が耳の中に入ってきます。

 ですが、決めたことです。アンナを王位につけると。

 私は水差しから一杯の水を組んで飲み干し、トランドを促します。


「……トランド、次の方をお呼びしてください」

「……はい、わかりました」


 トランドは重々しく頷き、次の謁見希望者を呼びに行きます。

 その背中が、とても弱弱しく見えたのは、私の見間違いではないでしょう……。

 ……すみません、トランド……。ですが、私では……。


「……次の謁見希望者をお連れしました」

「はい、ようこそいらっしゃい……」

「おう、アルト王子。久しぶりだな?」

「王子の御前ですよ? せめて敬語を……」

「かてぇこというな、トランド。こちとら、アルト王子のオシメ姿も覚えてるんだぞ?」

「それとこれとは話が別でしょう……」


 うつむいていた顔を上げると、そこに立っていたのは、かつてこの国の騎士団で働いていたことがある、壮年の男性でした。


「ティーガ副団長……?」

「俺はもう副団長じゃないぞ? まあ、お前さんにとってはそっちの方がなじみ深いかもしれんがな」

「あ、申し訳ありません、ティーガさん」


 かつての王国騎士団副団長であり、今は「アメリアの泉」という喫茶店のマスターである、ティーガさんは、快活に笑い声を上げます。


「なーに、構いやせんよ。ところで、フォルクスが謀反を起こしたと城下じゃ噂話でもちきりなんだが」

「……ええ、事実その通りです」


 挨拶もそこそこに、そう切り出すティーガさんに私は肯定します。


「全ては、私の至らなさが原因です……。他の貴族領からの交易品の流通に関しては……」

「ああ、待て待て。俺は別に、自分の店を心配してここまで来たわけじゃねぇんだ」

「え?」


 私の言葉を遮り、ティーガさんはまっすぐに私を見据えます。


「ティーガさん……?」

「王子、お前さん、ひょっとして自分が表舞台から降りれば何とかなるとか考えちゃいねぇか?」

「…………」


 ティーガさんの的を射た意見に、思わず黙り込んでしまいます。

 その沈黙を是ととったのか、ティーガさんは呆れたような顔でため息をつきました。


「やっぱりな。お前さん、頭はいいが度胸がないからな」

「……ですが、フォルクス公爵は私が王位に最も近いからこそ、謀反を企てたのでしょう……。なら、私がその場を辞して、アンナに王位を譲れば……」

「馬鹿野郎。そんなもん、火種が増えるだけだろう」


 私が胸の内を明かすと、ティーガさんはバッサリと私の案を斬り捨てます。

 鼻白む私を睨みつけて、ティーガさんは言葉を連ねました。


「確かにアンナ王女はお前さんよりも決断力はあらぁな。そいつは“先”を見ることができるってことだが、今のアンナ王女は“今”がいまいち見えちゃいねぇ」

「“今”……ですか」

「ああ。決断には犠牲が伴う。それを理解してねぇ奴が頭に立ったら、店だろうが国だろうが終わっちまうんだ」


 ティーガさんの言葉が、重たく私の胸の中にのしかかってきます。

 ……確かに、今のアンナには色々な経験が足りないのかもしれない……。

 けれど、私が治めるよりは……。

 そう考える私に、ティーガさんはこう言いました。


「王子。この国のトップにはな、無能な奴がちょうどいいと俺ぁ、思ってるんだ」

「むの……」


 あまりといえばあまりの言葉に、思わず言葉を詰まらせてしまいます。

 固まる私に代わって、トランドがティーガさんの言葉に眉尻を吊り上げました。


「ティーガ。仮にも、この国の代表であるアルト王子に向かって、無能とはどういうことですか」

「ああ、悪い、言い方が悪かった。もっと言えば、無能であることを自覚してる奴、だ」

「無能を自覚……?」

「ああ、そうだ」


 頷くティーガさん。

 いったい、どういう意味でしょう……。


「自分が何もできないって知ってる奴は、一人で突っ走らねぇ。素直に周りを頼るし、素直に頭を下げられる。そういう奴こそが、この国のリーダーにふさわしいんだ」

「……そうとは限りません。事実、今この国は魔王軍の脅威にさらされているうえ、反乱まで起こりました。それらに対して、私は余りにも無力だ……」

「そうか?」


 自虐的にそういう私を見て、ティーガさんはニヤリと愉快そうに笑いました。


「……? 何がおかしいんですか?」

「お前さんは何もできないとわかってるから……勇者を呼んだんだろう? アンナ王女だったら、最後まで徹底抗戦の構えを貫いたろうさ」


 ……いや、さすがのあの子でも、誰も頼らずに最後まで戦おうなんて考えないと思いますが……。

 表情から私の考えを見抜いたティーガさんは、小さく咳払いをしました。


「今のはあれだ、例えの一つって奴だ」

「はぁ……」

「ともかくだ。国にしろ店にしろ、組織の頭に立つ奴ってのはできることと出来ないことの区別ができなきゃいけねぇのさ。お前さんには、その区別がつくんだ。もっと胸を張りな」

「あ、ティーガさん……」


 ティーガさんは最後にニヤリと笑い、それで言いたいことは言い終えたのかそのまま背を向けて謁見の間を立ち去っていきました。

 私はただただ、立ち去っていく彼の背中を見送ることしかできませんでした。

 ……そういえば、彼が騎士団を立ち去るときも、前団長への恩義を果たしたというだけ言って、一方的に立ち去ったんですよね……。

 唐突にやってきたティーガさんはやはり唐突に立ち去っていきました。

 結局は何をしに来たのかよくわかりません……。


「……ええっと。トランド、次の方をお呼びしてください……」

「ええ、わかりました」


 なんとなく毒気を抜かれた私は、とりあえずトランドに次の方をお呼びするようにお願いしました。

 次の方がやってくるまでの間、ティーガさんの言葉の意味を考えます。

 無能を自覚するものが、この国の王にふさわしい……。

 私には、どうしても矛盾しているようにしか思えません。

 どうして、無能なものが王にふさわしいなどと……。


「王子、次の謁見者をお連れしました」

「ああ、はい、ありがとうございま――」


 トランドの声に、慌てて姿勢を正します。

 そんな私の目に、思いもしない光景が映りました。


「初めまして、アルト王子。ご機嫌はいかがでしょうか?」


 鈴、と鈴が鳴るような声と柔らかで穏やかな笑顔。

 手に、籠いっぱいのパンを抱えてやってきた一人の少女……。

 東区に居を構えるパン屋の看板娘さんである、シャーロットさんがそこに立っていました。

 思わず息を呑み、立ち尽くす私を、シャーロットさんは不思議そうに見つめ、首を傾げました。


「……? どうかしましたでしょうか、王子様? 私、何か粗相を……?」

「……あ。あ、ああ、いえ、その……」


 シャーロットさんの突然の来訪に、しどろもどろになりながらも何とか私は自分を取り戻します。


「よ、よくいらっしゃってくれました、シャーロットさん。本日は、どのような御用で……?」

「あ、はい。フォルクス公爵という方が反乱を起こしたと噂で聞きまして……」


 玉座の傍らまで歩いて、シャーロットさんはそっと籠を差し出しました。


「皆様もお忙しいと思いまして、パンを差し入れに」

「あ、ああ、はい。ありがとうございます。ありがたく、頂かせていただきます」


 シャーロットさんから籠いっぱいのパンを受け取ります。

 芳醇な香りが、鼻いっぱいに広がり、何とも食欲をそそります。

 シャーロットさんのお店のパンは、いくら食べてもお腹に入りそうなくらい、おいしいですから……。


「王子様の御口に会えばいいのですけれど……。騎士の皆さんや、勇者の皆様は喜んでくださったのですが……」


 少し動きを止めてパンの香りを堪能していると、シャーロットさんが不安そうな顔でこちらを見ていました。

 あ、しまった……。嬉しさのあまり、つい……。

 慌てて私はお礼を口にしました。


「ああ、いえ。パンは好きですから……。このパンも、美味しく頂かせていただきます」

「ああ、そうでしたか。ありがとうございます、王子様」


 私の言葉に、花が咲くようにパッと笑顔になってくれるシャーロットさん。

 一瞬その笑顔に見惚れてしまいます。

 つい先日、会いに行ったばかりだというのに……。

 私は、パンを取りこぼさないうちに、すぐそばの、水差しを置いているテーブルの上に籠を置きました。

 そしてシャーロットさんにきちんと向き直り、改めてお礼を言いました。


「改めて、お礼を言わせていただきます。わざわざパンを差し入れてくださり、ありがとうございます。頂いたパンの御代は、後日払わせていただきますね」

「お届けしたパンは、皆様への差し入れです。御代は、いただけませんわ」

「いえ、しかし……」


 シャーロットさんはそう言ってくださいますが、そういうわけにもいきません。

 シャーロットさんが差し入れてくださったパンは、私が頂いた分だけではなく、騎士団の皆さんや勇者様たちの分もあるわけで……。

 私が頂いたよりもはるかに大量のパンを持ってきていただいているはずです。そんな大量のパンを無償で差し入れてしまっては、シャーロットさんの御実家が大損のはずです。

 曲がりなりにも王家のものとして、そのような真似を断じて許すわけには……。

 そう思い、何とか御代を受け取っていただこうと考える私に、シャーロットさんはこう言いました。


「騎士団の皆様や王家の方々には、日々の生活を守っていただいているんです。こういった形で、少しでも皆さんのお力になりたいんです」

「そ、そうですか……い、いえ、でもただというのはさすがに……」


 なおも食い下がろうとする私に、シャーロットさんは続けました。


「それに、反乱が起きて今一番大変なのは王子様ですから……。せめて、うちのパンを食べて、元気を出していただきたいんです」

「シャーロットさん……」


 シャーロットさんからの優しい言葉に、思わず胸が詰まります。

 シャーロットさんは、目を瞑り何かを思い出すように手の平を組みました。


「王子様には、交易品が少なくなっても、全ての商店に平等に品が行き渡るように便宜を図っていただきました。レストやヨークが魔王軍に占拠されたと聞いた時には、商店街の全ての人が、店を閉じなければいけないかもしれないと不安に思っていましたのに、王子様はそんなことが無いようにしてくださいました……」


 そして、瞳を開いたシャーロットさんに目には、わずかに涙が光っていました。


「感謝しても、しきれませんでした……。今日まで、そのお礼に伺うこともできずに、本当に申し訳ありませんでした」

「いえ、そのようなことは……。王国を背負うものとして、国民の皆様に不自由が無いよう努力するのは当然のことです!」


 深々と頭を下げるシャーロットさんに、私は慌ててしまいます。

 私は少しでも、皆さんの負担がなくなるように努力しましたが、それでも足りないものはありました。

 ここまで深く感謝されるほどのことを、私は行うことはできなかったのです。

 なのに、ここまで感謝されてしまうと……。

 どうすればよいかわからないまま、時間は過ぎ、シャーロットさんは顔を上げて目尻をぬぐいました。


「でも、反乱が起きたと聞いて、いてもたってもいられなくなって……。ひょっとしたら、王子様がいなくなってしまうんじゃないかって」

「いえ、そんなことは……」


 シャーロットさんの言葉に、思わずどきりとしてしまいます。

 私が何を考えているのか知らないまま、シャーロットさんは続けます。


「フフ、そうですよね……。そんなこと、あるわけないのに……。ごめんなさい、王子様。突然の無礼を、お許しください」

「いえ……反乱が起きたと聞いて、シャーロットさんが不安に思うお気持ちはよくわかります。一刻も早く、この騒乱が収まるように鋭意努力するつもりですので、ご安心ください」


 シャーロットさんに、私はそう宣言します。

 私の言葉を聞いて、シャーロットさんはほっと安心したような笑みを浮かべました。


「そうですか……そうですね。王子様がそう言ってくださるのなら、私も安心できます」

「はい、王家の者の一人として、必ずお約束いたします」


 重ねて誓う私を見て、シャーロットさんはまた笑顔を見せてくれます。


「はい……信じさせていただきます、王子様」

「ありがとうございます、シャーロットさん」


 シャーロットさんの笑顔に、私も安堵の笑みを浮かべます。

 なんとか、笑顔に戻ってもらえました。


「王子、そろそろ次の謁見者が……」

「あ、ああ、はい。わかりました」

「それでは、王子様。私は、これで……」


 トランドの言葉に、思いのほか時間が経っていることに気が付きました。

 ハッとなる私の前で、シャーロットさんは会釈してそのまま背中を向けて、謁見の間を立ち去っていきます。

 離れていく背中に、私は若干の寂しさを覚えながら見送っていました。

 そして、シャーロットさんが謁見の間から出ていく一瞬前、わずかに振り返りました。


「それでは王子様……また(・・)、うちのパンを食べにいらっしゃってくださいね?」

「はい、いずれまた……」


 思わずそう返してしまいます。

 シャーロットさんは、私の返事を聞いて、そのまま謁見の間から立ち去っていきます。

 シャーロットさんが立ち去ってからしばらくして、トランドが問いかけてきました。


「時に王子。あの娘のパン屋に、立ち寄ったことがあるのですか?」

「え?」


 トランドに問われて、私は普段は身分を偽って彼女に会いに行っていたのを思い出します。


「………………あ」


 それだけじゃなく、初対面であるはずのシャーロットさんの名前を、伺うことなく口にしていたことに、今更気づきました。


「………何してるんだろう、私」


 思わず、力なくかつて父が座っていた玉座に座り込んでしまいます。

 しかも、退陣を決意していたはずなのに、解決に尽力を尽くすなどと誓って……。

 恨めしい。ただ自分の軽率さが恨めしい。


「……王子。落ち込むのもよろしいですが、次の謁見者をお招きしても?」

「………………ええ、お願いします、トランド」


 私の了承を得て、トランドは次の謁見者を呼びに向かいます。

 ………シャーロットさん、気づいてましたよね、あれは………。

 今更ながら、顔が赤面しているかのように熱くなります。

 私は、本当に、どうしようもないですね……。

 思わず、自嘲の笑みを浮かべてしまいます。

 しかし、誓ってしまった以上、それを為さぬのは恥でしょう。

 さしあたって……。


「みんなに、今の私の案を聞いてもらおう……。すべては、それからだ」


 そう呟く私の前に、新たな謁見者がやってきました。

 その謁見者の言葉に応えるために、私は立ち上がりました。

 まずは、彼らを何とかしませんと、ね……。




 好きな人には、いいカッコして見せたくなりますよね。

 反乱の解決を誓うアルト王子。そんな彼の今の案を聞き、勇者たちやアンナは……?

 以下、次回。


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