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No.162:side・mako「ギルベルトの仕事」

「例の薬の完成具合はどう?」

「んあ……? ああ、嬢ちゃんか」


 あたしが錬金研究室を訪れた時、その主であるギルベルトさんはのん気に机の上にうつぶせて眠っていた。

 あたしの来訪に気が付いて起き上がり、口元の涎をぬぐった。


「……で、何の用だ?」

「だから薬よ、薬。例の害獣駆除のための薬はどのくらい完成してるかって聞いてるのよ」


 まだ眠気に頭をやられているのか、目元を擦りながらぼんやりとつぶやくギルベルトさんにいら立ちながら、あたしはギルベルトさんを催促する。

 仮に隆司の言うとおりに、今回の貴族の反乱にガルガンドの奴が絡んでいるとなれば、一番怖いのは地下をはい回っているはずのげっ歯類だ。

 ガルガンドは、例のアレに意識を上乗せして、情報を探ることができる。当然、例のアレを利用してこの国を混乱に陥れることだってできるはずだ。

 なら、さっさとあの生き物をこの国から根絶すれば、少なくともガルガンドの手札を一つ潰すことができるはずなのだ。

 ギルベルトさんが作り出したらしい、害獣駆除のための薬品があれば、それも容易いはずなんだけど……。

 苛立つあたしの気持ちを知ってか知らずが、ギルベルトさんは煩わしそうなうめき声を上げながら、机の上に突っ伏した。


「まだ全然出来とらんよ……。今日は徹夜しちまったから、このまま眠らせてくれ……」

「ちょっと! マイペースなの知ってるけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないんだって!」


 無責任とさえ言えるギルベルトさんの態度に、肩を怒らせながらギルベルトさんに近づく。

 と、どこからともなく表れたメイド長さんが、素早くギルベルトさんの体を起こし上げ、その頭に寸胴鍋を被らせ、取り出したトンカチで素早く殴りつけた。


「!?!?!?!?」

「いい加減起きなさい、ギル。今は眠ってる場合じゃないんです」


 突然すぎる音の暴力に身体をビクンと振るわせるギルベルトさんに、冷たく告げるメイド長さん。

 彼女が寸胴鍋を取り上げると、若干白目を剥いたギルベルトさんが現れた。

 さすがの扱いに、ちょっと同情するけれど、急いでいるのも確かだ。メイド長さんにお礼を言いながら、ギルベルトさんに近づいた。


「……で、ギルベルトさん。今ちょっと急いでるわけなんですけど」

「な、何なんだ本当に……?」


 涙目になりながらも、何とか話を聞く体勢になってくれたギルベルトさんに、今起こっている状況を話した。


「……貴族どもの反乱だと?」

「そうなんですよ……」

「あのボンクラどもに、よくそんな度胸があったもんだ」


 呆れたように呟きながら、メイド長さんが差し出してくれた眠気覚ましのコーヒーをすするギルベルトさん。


「その通りなんです。……しかもやり口が汚いっていうか……。どうにもボンクラっぽくないんですよね」

「……どういうことだ?」

「ぶっちゃけていえば、ガルガンドの介入を疑ってるんです」

「ああ、例の……死霊団とか言う?」

「はい」


 あたしが頷くと、ギルベルトさんは無精ひげをゆっくりと撫ぜた。


「ふぅむ……。確か、ねz」


 ガンガンガンガンッ!!


「うぉっ!? なんだレーテいきなり!?」


 不意打ちで聞こえてきた例の生き物の名前に意識が飛びかけるあたしの耳に、メイド長さんがけたたましく鳴らした寸胴鍋の音が聞こえてくる。

 おかげで、意識を保つことができた。ありがとう、メイド長さん。

 頭を振って意識をはっきりさせている間に、メイド長さんの説明を聞いたギルベルトさんが、うっとうしそうな顔つきになった。


「そういや、そんなこと言ってたな……。まあいい。ともあれ、奴さん、例の生き物に乗り移れるんだったか? だから例の薬が必要なわけか?」

「は、はい、そうなんです……。少なくとも、アレさえ殺しておければ、ガルガンドの目と耳を塞げますから……」


 それ以外にも、混沌言語(カオス・ワード)を利用して、変な化け物も呼び出せるみたいだし、殺しておくに越したことはないんだけど……。


「残念だが、さっき言ったように、ほとんど出来とらん」

「……それ、さっきも聞いたんですけど、この一週間何やってたんです?」


 ギルベルトさんの言葉に、あたしは彼を睨みつける。

 礼美の話によれば、一週間前には、すでに薬品自体は完成していたはずなのだ。

 一週間もあれば、それなりの数が作れるはずじゃないの?

 非難されて心外なのか、ギルベルトさんが憮然とした顔で反論してきた。


「ずいぶんな言い草じゃないか。某だって、薬だけ作って生きてるわけじゃないんだぞ!?」

「そうですね。混沌玉(カオス・オーブ)という形で戻られたグリモ様からも、いくつか依頼がありましたしね」

「グリモさんが?」


 グリモさんの名前が出て、あたしが目を丸くする。

 いつも一緒にいるわけじゃないけど、てっきりフィーネとジョージのそばにつきっきりなもんだと思ってたんだけど……。


「ん? ああ、坊主の頭の上に乗って、わざわざここまで来てな」


 ああ、相変わらず移動にはジョージの頭を台座に使ってるわけね。


「なに頼まれたんです?」

「……まあ、別にかまわんか」


 あたしの質問に、ギルベルトさんは少し悩むそぶりを見せたけれど、すぐに話してくれた。


「実は先生が没する前から頼まれとったんだが、一つはこのアメリア王国の地下に埋まっとる遺跡の解析の結果報告だ」

「………………は?」


 ギルベルトさんから聞こえてきた耳慣れない単語に、思わず呆ける。

 い……遺跡?


「あの、初耳なんですけど……?」

「そりゃそうだ。基本的に、アルトにも内密で進めとったからな。知ってるのは某と先生……」

「それから私くらいなものです」

「いやいやいやいや。そこでなんでメイド長の名前が上がるんです」


 小さく手を上げるメイド長さんの、なんか得意げな表情に、思わず手をブンブン振り回してツッコミを入れる。


「まあ、彼の生活に関して、グリモさんから一任されていましたし」

「他人から生活一任されないといけないとか……」


 思わず頭を抱えかけるけれど、何とか気を取り直す。


「……で? なんでそんなアルト王子にも内緒で解析なんか進めてたわけ?」

「さあ? それに関してはよくわからん。何しろ、先生から厳命されとったからな」

「基本的に、解析の記録自体も遺跡の方に置きっぱなしで、絶対に王城側に置いておくなと言われていましたから」


 顔を見合わせるギルベルトさんとメイド長さん。

 本人たちも、なぜそんな指示を出されたのかよくわかっていないようだ。

 けど、情報を王城に置くな……? 誰かに見られることを恐れたってことかしら。例えば、ガルガンドに……。

 ……あり得ない話じゃないわね。あの人なら……。


「……じゃあ、今ここで詳しい話を聞くわけにはいかないわよね」

「うむ。嬢ちゃんも、なるべくなら人に話さんように頼む」

「了解」


 ギルベルトさんの言葉にうなずく。

 この人が地下にこうして拠点を構えていたのは、そういう理由もあったのね……。


「……で、他には何か頼まれたんですか?」

「その辺は秘密だ。まあ、楽しみにしてるといい」


 ぐふふ、と文字通りいやらしい顔つきで笑うギルベルトさん。

 ……顔つきから察するに、何らかの見せ場とか、それに近い何かなんでしょうねぇ……。

 今聞いても話してくれそうにはなかったので、あたしは話を元に戻すことにした。


「……じゃあ、薬はいつになったら完成しそう?」

「一応、この間試した試薬を元に、量産を前提とした制式薬までは完成できた。あとは、材料さえあれば数をそろえられるんだが……」

「なんか問題でも?」


 あたしが首をかしげると、ギルベルトさんは唸り声を上げた。

 そこまでできてるなら、心の安定のためにさっさと害獣撲滅してほしいんだけれど。


「……具体的に薬をどれだけ用意すればいいのかわからん。そもそも、例の洞窟がどれだけの広さがあるのか、まだわかっとらんからな……」

「あー……」


 ギルベルトさんの言葉に、あたしは天井を見上げて頭を抱える。

 そこがはっきりしてなきゃ、薬の総量もはっきりさせられないか……。


「えーっと、あの洞窟、結局騎士団の人が調査してくれることになったんですっけ?」

「ええ。聞くところによりますと、広すぎるせいで、ようやく東区とその周辺分の広さの調査が完了したとか」


 メイド長さんの言葉に、思わず頭を抱える。

 たぶん、騎士団の人たちも全力で調査してくれてるんだろうけど、それでも一週間で東区の分の調査が終わったところかぁ……。

 全部調査が終わるには、後三週間は必要ってことよね?


「……ギルベルトさん。今ある分の材料で、どのくらいの分量が作れそう? 今わかってる洞窟の広さから、だいたい推測できない?」

「そうさなぁ。……正直、東区の分の洞窟を満たすので、精いっぱいだろうな」


 ギルベルトさんの言葉に、思わずガックリと肩を落とす。

 確かに期待はしていなかったけどね……。でも実際にそうだと言われちゃうと、ショックだわ……。


「仮に、調査が終わっている分と、他の場所が全く同じ構造であれば、薬は四倍必要ってことね……」

「そう言うことだな。まったく、材料費もただじゃないってのに……」


 ぶつぶつつぶやいていたギルベルトさんは、何かを思いついたような顔でこちらの方を振り向いた。


「そうだ。お前さんやお嬢、今先生から混沌言語(カオス・ワード)とやらを習っとるんだろ? そいつの力でどうにかできんのか?」

「……完全に習得してるわけじゃないからね。難しいわ」


 混沌言語(カオス・ワード)の肝は、複数の魔術言語(カオシック・ルーン)を重ね合わせて、存在しない法則を確立すること。

 ただ、魔術言語(カオシック・ルーン)を単純に重ね合わせればいいってわけでもないらしく、今のところあたしも発動が成功してる混沌言語(カオス・ワード)は二、三個ってところだ。

 グリモさんも、混沌言語(カオス・ワード)の肝になる部分がいったい何なのかは教えてくれないし……。何か秘密でもあるのかしら……?


「……まあ、仕方ないわよね……。じゃあ、ギルベルトさん。一応洞窟の規模が全部東区で判明した分と同じ過程で、薬作ってもらっていいかしら? 材料費とかに関しては、あたしからアルト王子やトランドさんに言っておくから」

「そいつぁ助かる! 薬自体は、そんなに時間もかからず作れる。材料さえ用意できれば、五日くらいで、用意できるだろう」

「わかったわ、ありがとう」


 ギルベルトさんにお礼を言って、早速トランドさんに薬の材料費のことを相談に向かう。

 たぶん、一緒にアルトもいるだろう。

 ……彼、一体どうするつもりなのかしらね。

 反乱、と聞いた時のアルト王子の表情は、妙に落ち着いて見えた。

 その時の彼の表情が、あたしの脳裏にいやに張りついて離れなかった。




 あり得るかもしれない事柄に備える真子。

 その脳裏に浮かぶ王子の表情。それは……?

 以下、次回。


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