No.160:side・mako「貴族の反乱」
「フォルクス……ああ、そういやいたわね、そんなボンクラ」
突然召集された会議室の中で、あたしはようやく反乱を起こしたという貴族のことを思い出していた。
一言でいえばボンクラ。二言で言えば、超・ボンクラ。その程度の表現くらいしか思いつかない貴族だ。
そういや、あたしが前線押し上げてから、特別目立った行動をしていなかったけれど……まさか反乱を企ててたなんてねぇ。
アルト王子やアンナ王女、それから関係各所のトップまで集まった異様な雰囲気の中で、アルト王子が重々しく口を開いた。
「それで、フォルクス公爵はどのような要求を……?」
「はい、ただいまお待ちを……」
アルトの言葉に、トランドさんが手元の手紙を開いた。
「まず第一に、アルト王子の退陣……次に、フォルクス公爵を中心とした貴族連盟の発足を認めること。そして、その長にはフォルクス公爵を据え置き、この国のかじ取りを行うために全権を委任すること……以上が、フォルクス公爵からの要求です」
「わかりやすいわね」
なんとも、何も考えてない、自分のことしか考えてない自己中貴族が要求しそうなことだ。
そもそも、そんなこと認めたってこの国にメリットなんかないでしょうに……。
「その要求を蹴った場合、連中はどうするといって来てるんだ?」
騎士団長の言葉に、トランドさんがさらに手紙の内容を読み進めていく。
「……この要求文によれば、早急にこれらの要求を呑まなかった場合、魔王軍を自戦力で打ち破り、そのまま王都への侵攻を行う……となっております」
「ああ、なんということを……」
王都へ侵攻を行う、という文言を聞き、オーゼさんが頭を抱えた。
同胞が同胞に向けて剣を向けるという状況に懊悩してる彼には悪いけれど……正直その文言がどこまで正しいのか怪しいものだ。
そもそも、この国の戦力では魔王軍を追い払えないからあたしらが呼ばれたんであって、ボンクラ貴族の手下程度で魔王軍を打ち破れれば苦労はしない……。
「その証拠に、現在フォルクス公爵を中心とした貴族連盟は、占領されていたはずのフォルクス領を奪還。そこを根城にしているようです」
「そ、それは本当ですの、トランド!?」
「はい、この手紙に書いてあることを信用するのであれば、ですが……」
トランドさんが読み上げた事実に、アンナ王女が驚愕の声を上げる。
その言葉が本当であれば、連中は魔王軍に気が付かれないようにフォルクス領まで向かったことになる。
「フォルクス領って、どこだっけ?」
「魔王軍の本営を挟んで向こう側になります」
あたしの疑問の言葉に、トランドさんはさらりと答えてくれる。
そういやそんな話、前に聞いたこともあるような……。
遠い目をするあたしの耳に、光太の声が聞こえてきた。
「要求に対する返答に、刻限などはあるのでしょうか?」
「これによれば、手紙を開封してから一週間以内に返答せよとのことです。一週間経って返答がないようであれば、侵攻を開始すると……」
光太の質問に、トランドさんが答える。
一週間……それがリミットね。
ボンクラ貴族の戦力がどれくらいかは知らないけれど、この場合戦力は問題じゃないわね。
リミットを確認したアンナ王女が、フンスと勢いよく鼻息を鳴らす。
「一週間もあれば、問題ありませんわ! こちらには、勇者の皆様が――」
「まず最初に言っておくけれど」
あたしはアンナ王女を遮るように声を上げ、ぐるりと会議場の中にいる面々を見回した。
「あたしたち勇者は、今回の問題には基本的にノータッチの姿勢を貫かせてもらうわよ」
「「「ええっ!!??」」」
あたしの言葉に、アンナ王女、そして光太と礼美が驚愕の声を上げた。
……それ以外の面々から声が上がらなかったってことは、一応あたしの言いたいことは伝わったってことか。
それを理解してくれなかったアンナ王女が、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
「ど、どうしてですのマコ様!? アメリア王国のこの一大事に、皆様のご助力は必要不可欠ですわよ!?」
「そうだよ真子ちゃん!! せっかくお世話になってる皆さんに、協力してあげないと……!」
「落ち着きなさい、二人とも。別にあたしは意地悪でこんなこと言ってるんじゃないんだから」
痛む頭を押さえるように目頭を揉みながら、あたしはアンナ王女の方を向いた。
「アンナ王女。あたしたちを召喚した、元々の目的は「魔王軍を打倒するため」ですよね?」
「え、ええ。そうですわ……」
小さく頷くアンナ王女。
あたしはそれを確認してつづけた。
「魔王軍という、対処不可能な事柄に対して、それができる立場の人間を招きよせるというのは、正しい選択です。出来ることと、出来ないことの区別はつけるべきですから」
「で、ですから――!」
「でもっ!」
アンナ王女に何も言わせまいと、強く声を放って機先を制する。
あたしの声の強さにびくりと身をすくませる王女に、噛んで含ませるようにあたしはゆっくりと説明した。
「……でも、今回の反乱は違います。これは、アメリア王国内部の問題。元々門外漢である、あたしたち勇者が何らかの形で関与するというのはお門違いといってもいいでしょう」
「そ、そんなぁ……」
「……そう、かもしれないね。けど、アメリア王国の人たちにはお世話になってる。それを助けるのは、人として当然じゃないかな?」
今にも泣きだしそうなアンナ王女を助けるように、光太が自分の考えをまとめつつあたしに反論してきた。
まあ、言いたいことはわかるわよ。あんたと礼美は、何もしないなんて我慢ならないでしょうしね。
けどね、光太。手を出していい問題と、駄目な問題ってあるのよ?
「確かにあんたの言う通りよ、光太。けどね? もし仮にあたしたちがこの問題を解決したとして、実際に解決に乗り出さなかったアメリア王国そのものに対して、この国の人たちはどう思うと思ってんの?」
「え……?」
光太はあたしの言葉に一瞬呆けたような表情になるが、すぐに気が付く。
「……そうか、僕たちが解決しちゃったら、フォルクス公爵が反乱を起こしたのは必然になってしまうのか……!!」
「そういうこと。フォルクス公爵が、反乱を起こした大元は、いつまでたっても自治領を取り戻してくれない、王家への不満。その不満に対して、王国が何らアクションを起こさない、あるいは別の人間が解決しちゃうと、王家そのものを不審に思う領地が出てきちゃうかもしれない」
まだ理解しきれないらしいアンナ王女への説明のため、状況をゆっくりと説明していく。
「ただでさえ戦争中で、いまだに領地を取り戻してもらえていない貴族がいる現状、これ以上貴族連中の不満を募らせるわけにはいかないわ。まずは、アメリア王国そのものが、反乱に対して対処すべきなのよ」
「確かに、そのとおりかもしれません……。で、でも……っ!!」
「アンナ」
頭で理解できても感情で納得できないアンナ王女は、それでも食い下がろうとした。
けれど、それをアルト王子が押し止める。
「お、お兄様……」
「マコさんが言っていることは、すべて正しい。フォルクス公爵の反乱は、アメリア王国の問題なんだ。彼ら、勇者の皆さんにその解決をお願いするのは筋違いだよ」
「は、はい……。わかりました、お兄様……」
優しく、しかし反論を許さない強さで、兄に言われてようやくアンナ王女はおとなしくなる。
アルト王子も、この問題の本質には気が付いていてくれてたわけね……。
でも、それだと疑問も出てくる。
「……じゃあさ、アルト王子。あたしたちをこの場に呼んだ理由は?」
「……そ、そういえばそうです! 私たちに解決を依頼しないなら、どうして、そんな重要な場に私たちを……?」
あたしたちに解決させる気がないなら、私たちをこの場に呼ぶ理由自体がない。
そんなあたしたちの疑問に、アルト王子は静かに答えてくれた。
「一つは、皆様と我々の意思確認のためです」
「意思確認?」
「はい。マコさんやリュウジさんはともかく……コウタさんやレミさんは、止めても聞いてくれそうにないので」
「「う……」」
アルト王子の的を射た意見に、光太と礼美が息を詰まらせる。
確かにこの二人の場合、放っておいたらチャッチャと突っ込んで問題を解決しちゃうからね……。特にアメリア王国の人たちとはずいぶん仲良くなっちゃったしね。誰ひとり傷つかないように立ち回ろうと躍起になっていたでしょう。
黙り込む二人を満足そうに見てから、あたしはアルト王子に先を促した。
「で? 他には?」
「もう一つは、外部の人間である皆様の忌憚のない意見を聞かせていただきたかったからです」
「意見? あたしらの?」
「はい。このアメリア王国が開国してから、貴族領が反乱を起こすなど前例がありません……。もし皆様に、そういった知識がありましたら、少しだけお知恵を拝借したいと思いまして……」
ふぅむ……。まあ、意見くらいならいいか。前例がないんじゃ、さすがに対処も難しいでしょうし。
あたしは一つ頷いて、アルトに話した。
「相手のボンクラ貴族は、王都を侵攻するという形で、こっちを脅してきてるわ。こちらの行動を正当化する大義名分はあるって考えてもいいと思う」
「では、制圧した方が良いと?」
「それはさすがに焦り過ぎね。仮に、フォルクス領を攻めるとして、そこにいる領民の人たちには罪はないもの」
今回はあくまで貴族の反乱。領民たちがその反乱に同意しているとは限らない。
なら、なるべく一般人は巻き込むべきじゃないとあたしは思う。
「まあ、向こうが攻めてきたらその限りじゃないけれど、一番大事なのは向こうの要求は絶対に飲まないこと。この反乱が通っちゃったら、他の貴族も真似をすれば意見が通ると考えちゃうかもしれないからね」
「前例は作るな、ってことか……」
「そういうことですね」
騎士団長の言葉に、あたしは頷く。
これはテロ対策の基本なんだけど、まあ、反乱でも一緒でしょう。
あたしはアルト王子へと向き直り、さらに言葉を重ねる。
「ただ、最終的にどういう風に反乱を収めるか……それに関してはあんたが決めなさいな、アルト王子」
「私が……ですか?」
あたしの言葉に、一瞬王子の顏が曇る。
「私にそんなことが……」
「できる、できない、じゃなくて、やらなきゃいけないのよ」
まっすぐにアルト王子の目を見つめて、あたしは続けた。
「ノブレス・オブリュージュ……。あたしたちの世界の言葉で、高貴に属する故の義務、って意味の言葉よ」
「高貴……」
「そう。あんたは、望む望まざるにかかわらず、王子という立場にいる……。なら、義務を果たしなさい。あんたがこの国のためになると考える行動で」
「………」
あたしの言葉に、アルト王子が唇を噛む。
悩んでいるようだ。自分に、何ができるのか。
「……私、は」
アルト王子が、ゆっくりと口を開こうとした瞬間、会議室の扉が大きな音を立てて開かれた。
転がるように入ってきたのは、一人の神官だった。
「た、大変です!」
「会議中だぞ! なんだ!?」
「も、申し訳ございません! ですが、南区に不審な男が現れ……此度の反乱について国民たちに吹聴して回っているのです!!」
「はぁっ!?」
予想だにしない事態に、思わず声が裏返る。
吹聴して回ってるって……!
「団長さん、オーゼさん! この反乱のことって……!」
「当然、王城の外に漏れないようにしていた!」
「なるべくなら、漏れないうちにと思っていました故……!」
やっぱりね。ということはまずい……!
そんな重要なことを隠していた王家に対して、小さな疑念が国民たちに生まれるかもしれない……!
もしそれを目的としているなら、この反乱の本当の理由は……!
神官の報告を聞き、アルト王子が立ち上がる。
「オーゼ神官長! 今すぐ神官たちに連絡して、国民たちに不安が広がらないように尽力するよう伝えてください! もし、質問されることがあれば、今の時点ではっきりしている事柄についてだけ答えるように!」
「は、かしこまりました!」
「団長! 今すぐその不審者を拘束し、身柄を確保してください!」
「了解した!」
先ほどまで悩んでいた姿が一転し、素早く檄を飛ばし始めるアルト王子を横目で見つめながら、あたしは爪を噛む。
やっかいね……この問題。意外と根が深いかもしれないわ……。
「こ、これは大変な問題になってきたでありますよ、リュウ様……!」
「………」
「……リュウ様?」
「………グー………」
「め、目を開けたまま寝てるでありますか……!?」
フォルクス公爵の反乱。それはアメリア王国に大きな波紋を呼ぶこととなる。
それに対応するため駆けまわるアルト王子。そんな彼のことを、国民は……。
以下、次回。




