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No.156:side・Another「魔竜姫。その名の由来 ―マナ編―」

「そうかい、ガルガンドが……」

《はい……》


 ソフィア様が仮眠をとられているテントの中で、水晶球の中から聞こえてくるミルさんの声に、ラミレス様が重々しく頷きました。

 ガルガンド様を初めとする、死霊団の皆さんの捜索を命じられたハーピー偵察隊の中で、ミルさんとチルさんだけが戻らず、そのまましばらくして。

 イルさんによれば、現地で仲良くなった友達から離れがたがっているに違いないとのことでしたが、実際は異なっていました。

 ようやく捉えることができた、ミルさんの超長距離通信魔法。ラミレス様に呼ばれ、現野営地にその通信を増幅するための結界を施し、ミルさんの報告をラミレス様と一緒に伺わせていただきました。

 その内容は、死霊団の離反行為について。

 騒動に巻き込まれた村において、意識不明の重体者を出しながらも、タツノミヤ・リュウジの活躍で事なきを得たとのことですが……。


《それで、その……ラミレス様。私はこのまま村に滞在し、ミーシャさんの看病に専念したいのですが……》

「ああ、構わないよ。折を見て、こちらから何人か医療専門の魔導師も派遣しないといけないね……」

《はい、できれば……》


 ミルさんからの報告を受け止めたラミレス様は、続く滞在許可を出し、さらに二、三指示を出して、通信を切りました。


「はぁ……」


 そして、大きなため息を吐くラミレス様に、私は恐る恐る尋ねます。


「あの、ラミレス様……」

「ん? なんだい?」

「いえ……その……」


 わずかな逡巡を振りほどき、私はその疑念を口にしました。


「ひょっとして、ラミレス様は、ガルガンド様が離反なさると予想されていたのですか……?」

「……ああ、まあね」


 私の質問を肯定するラミレス様。

 ああ、やっぱりと頭の中で納得します。何しろ、ミルさんから報告を受けたラミレス様に動揺は見られず、むしろ「この日が来たか」という覚悟のようなものさえ垣間見えたからです。


「……元々、ガルガンドには怪しい所があったからだけれどね。疑念を抱いたのは、向こうとの情報の食い違いがあったからだよ」

「情報の、食い違いですか?」

「ああ。前に、勇者たちが少数で領地奪還に動いたことがあっただろう?」

「あ、はい……」


 忘れることなど、できません。

 初めて、ラミレス様にお供した戦場で受けた恥を……。

 何しろ、ガオウ君との仲を……。


「っ!!」


 一瞬赤くなりかける顔を、ブンブン横に振って冷やします。

 い、いけないいけない! ラミレス様の前だし、何より大事なお話の最中じゃない!


「ガルガンドから、王都が動くようなら情報を流すようにと、指示は出しておいたのは知ってるだろう?」

「は、はい」


 幸いラミレス様は、私の様子を指摘するようなことはなさらずに話を続けてくださいました。

 私は、ラミレス様の言葉にじっと耳を傾けます。


「その時の内容なんだがね、タツノミヤ・リュウジの動向は必ず正確にと伝えておいたのさ」

「タツノミヤの動向を……ですか?」

「ああ」


 ラミレス様は、そっと後ろへ視線を向けます。

 天幕に覆われが天蓋付ベッドの中では、ソフィア様がそっと仮眠をとっておられます。

 ソフィア様がゆっくり寝息を立てられているのを確認し、ラミレス様はソフィア様を起こしてしまわないようにか、声を落としました。


「……今回の戦争の目的は、何よりソフィア様と十二分に対峙できる相手を探すことだからね。タツノミヤ・リュウジにそれだけの実力があるか……はっきりさせておきたかったのさ」


 私は、ラミレス様の言葉にゴクリとつばを飲み込みました。

 それは、ソフィア様には絶対に知られてはいけないこの戦争の真の目的。ソフィア様以外の全員が、そのことを知っています。

 私は、ラミレス様に質問しました。


「では、始めにレストへ赴いた時は、そちらにタツノミヤが赴くとガルガンド様は……?」

「明言は、しなかったね。あくまで勇者たちがレストへ向かうといっただけさ。ただ……誰かが残るとも言わなかった」


 ラミレス様の瞳に、一瞬鋭い険が宿ります。


「あいつだって、姫様の性質は知ってるはずさね。だけど、あいつはそれを知っていて、わざとタツノミヤに会えないように誘導したのかもしれない」

「……っ」


 ラミレス様から迸る鬼気に、一瞬尻尾の毛が広がってしまいます。

 そんな私の様子に気が付いたのか、ラミレス様がすぐにすまなさそうなお顔になりました。


「ああ、すまないね。怖がらせたみたいだね」

「い、いえ……。私こそ、申し訳、ありません……」


 これが戦争なら、慣れなきゃいけないのに……。


「ともあれ、あいつはタツノミヤの動向については何も知らせなかった。ただ、勇者の動向だけを、伝えただけさ。結果として、姫様とタツノミヤの会えない時間がかなり長く続いたね」

「はい……」


 私は少しだけ申し訳なく思いながら、何とか言葉を続けます。


「では、本格的に疑い始めたのは……やはり、連絡が途絶えたからでしょうか?」

「そうだね。疑念が確信に変わったといってもいいかもしれない……。そもそも、死霊団がこの戦争に参加するメリット自体もほとんどないんだ。マルコからの進言だったから、油断したけれど……初めから、ガルガンドは自分の目的のためにマルコに何か進言したのかもしれない」


 今も魔王国で、民たちを導いているであろう、四天王のマルコ様。

 死霊団の参戦は、元々マルコ様からの進言があったからとは伺っていましたけれど……。


「でも、マルコ様が、そのことにお気づきにならないなんて、ありますでしょうか……?」

「………」


 私の質問に、ラミレス様が黙り込んでしまいました。

 四天王のマルコ様は、魔王国において初めての不死者(イモータル)であり、魔王国の政務を一手に取り仕切る宰相でもあります。

 故に、思考の幅と深さは四天王でも随一であるといわれ、魔王国において誰よりも知略に長けたお方です。

 こうして魔王軍がほぼ全軍こちらにやってこられるのも、マルコ様が残っておられるからです。あのお方の采配は、少数で最大の効果を上げるもの……。わずかな防衛兵さえいれば、魔王国の平和は保たれます。

 そんな方が、ガルガンド様の考えを見抜けないなんて、私には……。


「……仮に、マルコもガルガンドの目的に乗っかっていたら?」

「それはっ……」


 ラミレス様の口からこぼれた言葉に、思わず声を大きく仕掛けますが、何とか飲み込みます。

 思わず口を閉じる私に向かって、ラミレス様は矢継ぎ早に口を開きました。


「それなら、納得がいくんだよ。ガルガンドが好き勝手にこちらで動き回っているのも。そもそも、ガルガンドはマルコが生み出した不死者(イモータル)のうちの一人。不死者(イモータル)は創造主の命令を裏切ることはできない。魔王国の平穏を願うマルコの命令を、ガルガンドが無視するような行動を取っているということは……」

「マルコ様にとって……ガルガンド様の離反行為は織り込み済みだということですか……?」

「………ああ」


 ラミレス様が、重々しく頷きました。

 信じ、られません……。マルコ様は、何よりも平和と平穏を愛されるお方……。

 でも、それならどうして戦争なんて手段を用いられたのか、という疑念も今更ながらに湧いてきます。

 いくら、ソフィア様があの当時――。


「騒々しいぞラミレス……眠れぬではないか……」

「「!!」」


 瞬間、天幕の奥から煩わしそうな声が聞こえ、私たちは身を固くします。

 ゆっくりと天幕が取り払われ、中からソフィア様がお姿をお見せになりました。

 不機嫌そうにしかめられた眉の下にある鋭い目が、ラミレス様のお顔を射抜きます。

 瞬間、ラミレス様はすぐに頭を垂れ、膝を突く体勢を取りました。慌てて、私もそれに続きます。


「私の眠りを妨げるのだ……。さぞ愉快な話をしていたのだろうな……?」

「は……次の、侵略戦について、マナと話をしておりました」


 普段のソフィア様からは、想像もつかないほどに威圧的な言葉が、その口から放たれました。

 そんなソフィア様のお声を耳にするたびに、背中が泡経つような感覚が私の身体を襲います。


「タツノミヤ・リュウジも、そろそろ戻ってくるようです。機を見て、仕掛けようかと」


 ラミレス様は、ソフィア様を刺激しないように慎重に言葉を選んでおいでのようでした。

 次の瞬間。


「遅い」


 ソフィア様は、傲然と言い放ちます。


「何をちんたらやっているのだ……? 私は乾いている。前にも言ったはずだ」

「はい……」


 ソフィア様の言葉に、ラミレス様はただただ頭を垂れるだけです。

 そんなラミレス様を小馬鹿にするように見つめていたソフィア様が、不意に私の方を見ました。


「マナ」

「っ! は、はい!!」


 名を呼ばれ、びくりと体を震わせながら顔を上げました。

 スイッ……と血のように真っ赤な(・・・・・・・・・)ソフィア様の瞳が私を射竦めます。


「私は、寝る。術を掛けよ」

「は、はい!」


 ソフィア様の言葉に急いで立ち上がり、ベッドに身体を横たえるソフィア様の枕元まで近づきます。

 そして、ソフィア様が瞳を閉じられ、寝る体制に入る寸前、再び口が開かれました。


「……ラミレス。しばらく起こすな。軍議であれば、余所で行え」

「はっ。申し訳ございませんでした」


 ラミレス様がお返事されたのを聞き、ソフィア様はゆっくりと全身から力を抜きました。

 私はそんなソフィア様の額にそっと手を触れ、呪文を唱えます。


眠呪(スリープ)……」

「―――」


 すると、数瞬も立たずに、ソフィア様が寝息を立て始めました。

 その御様子を確認し、私はラミレス様に目くばせします。

 ラミレス様は私の目配せに頷き、水晶玉を持って、テントの外へと出ていきます。

 私もそれについていき、テントの外に出てからテントの周辺に防音の結界を張っておきます。


「……前より、間隔が短くなっていますよね……?」

「ああ。タツノミヤに出会う前は、もう少し長く保ってくれてたんだけどね……」


 いつもより、ずっと静かな野営地の中心で、ラミレス様が悔しそうに唇を噛みます。

 ……あのソフィア様こそが、開戦のきっかけ。

 魔王様の娘であるソフィア様は、普段こそは勇ましさと優しさを兼ね備えた素晴らしき王女様です。

 ですが、その体の中にある魔王様の血がうずくのか、何の前触れもなく傲慢で好戦的な性格になってしまうのです。何らかの周期があることはわかっているのですが、ほぼランダムなせいで、どのタイミングでソフィア様がそうなってしまうのかは、まだわかっていません。

 そうなってしまったソフィア様は、ヴァルト将軍でも止めることが叶わず、敵の身体をご自身が返り血で血みどろになるまで引き裂かねば止まることがありません……。

 かつて見たことがある、その瞬間のソフィア様のお姿を思い出し、身体を震わせます。

 ……まだ、魔王国を脅かす敵であったからよかったのです。ですが、ああなったソフィア様の敵意は、ふとしたきっかけで魔王国の民たちに向けられたら……。

 そんな忌避すべき未来に対し、マルコ様が提唱されたのが、今回の戦争。

 迫り来る危難に立ち上がる勇者。そのような存在がいれば、あるいはソフィア様も安定されるやもしれない、と。

 あまりにも、荒唐無稽な話でした。ですが、ソフィア様が十六の誕生日を迎えられたとき、すでに魔王国にソフィア様に立ち向かう勇気を持つ者がいなかったのです……。

 そうして、私たちはこの大陸に渡り来ました。ソフィア様を止めてくれる、あるいは受け入れてくれる勇者を探すために。

 そうして、あの男に……タツノミヤ・リュウジに出会った。

 けれど……。


「タツノミヤに会っている間は、確かに安定する……けれど、そのせいでああなる周期が短くなるんじゃ、意味がないねぇ……」

「はい……」


 タツノミヤ・リュウジはソフィア様の全力を受け止めるほどの素養を持ち、さらにソフィア様を嫁と呼ぶほどに受け入れてくれました。ソフィア様は否定なさっていますが、ソフィア様自身もそんな彼のことを憎からず思っておられるようです。

 しかし、そんな彼も今のソフィア様を見れば、どう思うのか……。

 私たちの最大の懸念は、まさにそれです。今の凶暴なソフィア様……。それを見て、タツノミヤがソフィア様を見限りはしないか……。

 もし、見限られてしまえば、ソフィア様はその絶望からずっとそのままになってしまうかもしれないという、ラミレス様の予見もあります。ことは、慎重に進めていかないと……。


「どうにか、ソフィア様の状態が収まるまで、やり過ごすしかないね……」


 ラミレス様が、悔しそうに溜息をつきます。

 私の鎮静(マインドクール)も、ほとんど効きません。今のソフィア様を押さえ続けるのは、至難の業かもしれない……。

 私は、今のソフィア様の目のように真っ赤な月を見上げながら、今この場にいない魔王様に祈りを捧げました。

 どうか、貴方様の愛娘に、平和な幸せを与えてあげてください、と……。




 明らかになる、魔王軍の目的。それは、ほかならぬソフィアのためであった……。

 今、狂気に駆られかけているソフィア。果たして、魔王軍はそんなソフィアを鎮めることができるのか?

 舞台は再び、アメリア王国。勇者たちは、力を蓄えるために修行を始める。

 以下、次回。


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