No.16:side・remi「礼美勉強中」
「つまり、呪文の中の長くて無駄な部分を別の魔術言語に置き換えるわけね?」
「それだけじゃねぇけど、つまりそういうこと」
ジョージ君の言葉に、真子ちゃんがウンウンと頷きました。
私はそんな二人をむすっとした顔で見ているのでした。
結局、ジョージ君は真子ちゃんとフィーネ様に謝ってません。
何度かお説教したし、何度も謝らせようとしたんだけど、最後は真子ちゃんにそんなことさせなくていいって言われちゃいました。
こういう教育は最初が肝心なんだよ!って言ったのに、いや別に教育しなくてもいいでしょ?って……。
「でもそう簡単に置き換えなんてできるの? 文字って普通は意味が重複しないと思うんだけど」
「魔法の基礎を形作る基本言語が98文字、でその意味を補助する追加言語がその三倍以上あるんだよ。しらみつぶしになるけど、探せば案外見つかるぜ?」
真子ちゃんは今、ジョージ君に魔法詠唱の効率化というのを習っています。真子ちゃん曰く、効率化が図れるなら戦術的威力の上昇につながるとか……。私にはよくわかりません。
魔法を唱えるのが早くなる、というのは理解していますけど……。
でも、改めてジョージ君のお話を聞いていると、ジョージ君はすごいってことに気が付かされます。
真子ちゃんと専門的なお話をしているのもそうですけれど、それを実践に移しているんです。
さっきも私が覚えたての光の魔法を、たった一言で発動させていました。ヨハンさんに聞いてみても、初歩の発光魔法とはいえたった一言での発動はジョージ君にしか使えないそうです。
無詠唱の発動なら、ヨハンさんもできるみたいだけれど、一言となると逆に難易度が上がってしまうとかで。
「つまり、全部合わせると最低でも400近い文字があると……それはほんとに文字なの? もはや漢字の領域ね……」
「カンジ? 言ってる意味はわかんねぇけど辞書ならそこに入ってるから見たらわかるぜ。一文字一文字に込められてる文字が違ってくるからよ」
「それは嫌ってほどわかってるわよ」
真子ちゃんがため息をつくと、立ち上がって辞書を取りに行きました。
私がじとーっとその背中を追っていると、ジョージ君が落ち着きなさげに体をゆするのが視界の端で見えました。
「……なあ、あんた」
「………」
つーん。
「……なあ、オイ。聞いてんだろ」
「………」
つーんつーん。
「聞いてんだろ! 返事しろよ!」
「私はあんたなんて名前じゃありませんー」
名前を呼ばなきゃ返事しないもん。
あたしの言葉にうんざりしたように、ジョージ君は頭を掻きました。
「えぇい、チクショウ。……レミ!」
「……はい、なんですか?」
仕方ない、というようなジョージ君の態度に、私も仕方なくという風に答えます。
答えたくないわけじゃないですけれど、いやいやという風に名前を呼ばれて気持ちよく返事ができるわけもありません。
「なんですかじゃねぇよ、こっち睨むのやめろよな!」
「睨んでません。授業の様子を見てるんです」
「同じじゃねぇか!」
「同じじゃないですー」
私の反論に、ジョージ君の目つきがどんどん悪くなっていきます。
子供っぽい反論だってわかってます。でも、ジョージ君の態度につられてついこんな風になってしまいます。
いけないって、わかってるんですけど……。
私も負けじと睨み返すと、ジョージ君もまっすぐ私の目を睨みつけてきます。しばらくお互いの顔をまっすぐに見て、睨み合いっこです。
不意に、にらめっこのような状況であることに気が付いて、私は笑いそうになりますけど我慢します。
く、と少しだけ頬を膨らませて耐えると、なんだかジョージ君が落ち着かなさげになってきました。
あ、そういえばこれ、にらめっこの初めっぽいなー。
「ちょっとジョージー? そういえばあたし、公用語が読めないんだけどー?」
「はぁ!? 魔術言語が読めて、公用語が読めないってどんな頭してんだよ!?」
なんて考えていると、突然真子ちゃんがジョージ君に声をかけました。
ジョージ君はその声を聴くと、私とのにらめっこを中断して真子ちゃんの方に駆けていきました。
真子ちゃんの方に行くとき、なんだかほっとしたような顔してたのは気のせいかなぁ……。
「はぁ……」
「いかがなさいました? レミ様」
「あ、ヨハンさん」
ため息をつくと、横からヨハンさんがそっと紅茶が差し出してくれました。
ヨハンさんはこちらの世界にきて以来、私たちのお世話を買って出てくれた人です。あまりこちらの常識に馴染みがない私たちに、いろいろなことを教えてくれます。
それに、細かいことにも気が付いてこうしてよく差し入れをしてくれる、優しい人です。
優しい人、なんですけど……。
「ヨハンさん、紅茶ありがとうございます」
「ああ、なんてありがたきお言葉………!」
暖かな紅茶に思わずほっとして笑顔でお礼を言うと、ヨハンさんがいきなり片膝をついて私の前で両手を組んで祈るようなポーズになりました。
優しい人なんですけど、ちょっと困ったところがあるんです。
「私のような未熟者にそのようなお言葉をかけてくださるとは……!」
「あ、あの、ヨハンさん……?」
「不肖このヨハン、レミ様の今のお言葉、子子孫孫受け継いでいきたいと思います……!」
そのまま深く頭を下げて、なんだか男泣き?っていうのかな? そんな風に声をあげて泣き始めるヨハンさん。
ヨハンさんの困ったところは、このオーバーリアクションなんです。
私がちょっとお礼を言ったり、ヨハンさんの言葉に感動したりすると、すぐにこんな風に泣き始めちゃって……。
真子ちゃんにこの子と相談したら、若いけど涙腺ゆるいんじゃない?って魔術言語のお勉強しながら言われちゃって……。
そういうのじゃないように見えるんだけどなぁ。
どうしようかと困っていると、ジョージ君と一緒に何冊かの魔導書を抱えて戻ってきた真子ちゃんが、膝をついて泣いてるヨハンさんの姿を見てジトーっとした目になりました。
「……何してんの、ヨハンさん」
「おやこれはマコ様。ご機嫌麗しく」
呆れたような声で真子ちゃんがそういうと、途端にヨハンさんが泣くのをやめて立ち上がりました。
よくわからないんですけど、真子ちゃんが声をかけるとこうなるんです。
「実はよい茶葉が手に入りまして。レミ様とマコ様にもご賞味いただこうかと」
「……もらっとくわ。ありがとう」
「いえいえ。これも勇者様に使える神官としての務めですゆえ」
ヨハンさんは朗らかに笑うと、真子ちゃんとジョージ君のために紅茶を用意し始めました。
なんで真子ちゃんのとこは普通で、私が声をかけるとオーバーリアクションになるのかなぁ?
私もヨハンさんと普通にお話ししたいのに……。
ため息つきながら椅子に座った真子ちゃんの隣まで移動して、こっそり聞いてみます。
「真子ちゃん、真子ちゃん」
「なに?」
「今度、ヨハンさんと二人っきりでお話ししてみていい?」
「……やめときなさい。今のヨハンさんと話したら、間違いなく滂沱の涙で溺れて死ぬわ、彼」
ダメでした。ヨハンさん、そんなに涙腺ゆるいのかなぁ……?
でも、真子ちゃんがいい加減なことを言うとは思っていないので、我慢です。
きっといつか、きちんとお話しできるよね?
「それで、今日はジョージ君もそろって何を?」
「構成構築の効率化の勉強ね。魔法構成を効率的に運用できるなら、少ない魔力で魔法を発動させたり、逆に使用魔力量を変えずに威力強化を図ったりできるようになるしね」
「なるほど。女神様の御威光をより世に広めるためと……。マコ様は勤勉でございますね」
「いや、うん、まあ。そういう意味にとれなくないけど……」
ヨハンさんの言葉に、そういえばそうかと頷きます。
元々魔術言語は女神様が人々に、よりよい生活が送れるようにと賜ったものなんだそうです。
元になった言葉は、今アメリア王国に攻め込んできている魔族さんたちが使っていた法則破壊言語と呼ばれるものだそうで、それを人間でも発音できるように変換しているんだそうです。
だからこの世界では、神官の人でも魔法を使えるし、神官の人と魔法使いの人の仲が悪い、なんてこともないようです。
だからこうして、ヨハンさんとジョージ君が顔を合わせても何の問題もないんですけど……。
「それにしてもジョージ君? あなたは少しレミ様のお言葉を無視しすぎる。人間、素直になることも重要ですよ?」
「うるせー。キッチリ謝ったのに、いつまでも絡んでくるやつのいうことなんて聞けるかよ!」
「謝罪とは誠意の表れ。謝る相手に対する誠意の欠けた言葉は、謝罪とは言えませんよ?」
「やかましい! 女の尻にべたべたくっつくだけのヤローにいろいろ言われる筋合いはないんだよ!」
「ほう……?」
「なんだよ! やるのかよ!?」
バチバチと火花を散らして言い合うヨハンさんとジョージ君。なんだかとっても仲が悪い感じです。
ガタリと立ち上がった二人は睨み合いつつ、口々に魔術言語を唱え。
「ってだめー!?」
私は慌てて二人の間に割って入りました。
今の攻撃魔法の詠唱だったよ!? 習ってまだ五日くらいだけど、私にもわかるくらいはっきりとした攻撃魔法の詠唱でした。
慌てて割って入ったせいで、二人の目と鼻の先にシールド張っちゃったし、本当に驚いたよ!?
「どうして攻撃魔法なんか唱えるんですか!? それでなくても喧嘩はだめです!」
「うっせぇ、どけ!」
「はい、レミ様の御心のままに」
ジョージ君はまだ掌の上に魔法の構成保ったままだったけど、ヨハンさんはすぐに戦闘態勢を解いてくれました。よかったぁ……。
あとはジョージ君だけど、どうしようかな……。
と迷っていたら、真子ちゃんがゆっくりジョージ君の背後へと周り。
「消去」
構成除去の魔法を唱えて、発動寸前だったジョージ君の魔法を握りつぶしちゃいました。
「うえ!? 高位魔法!? 誰がそんなもん教え」
「私じゃ」
いきなりの真子ちゃんの対応に驚いたジョージ君が振り向くと、真子ちゃんの背中からひょっこりとフィーネ様が顔を出しました。
「フィーネ、テメェ!」
「ジョージ。ここ最近の行動は特に目に余るぞ。それでなくとも、普段から素行が悪いといわれとるのに……」
「うるせぇ! 宮廷魔導師だからって、お前の指図に従う義理はねぇぞ!」
そういって、フィーネ様を追い払うように腕を振るうジョージ君。
罵声にも近いその声に、フィーネ様の顔が一瞬悲しげに歪むのが見えました。
でも、フィーネ様はすぐにその表情を消すと宮廷魔導師の顏になってジョージ君の説得を続けました。
「確かにそうじゃ。だが、王城に存在する規律を乱す者あらば、それを処罰する権利があるのを忘れるな」
「だからなんだ!? お前が、俺に勝てるのかよ!?」
獰猛に笑って吠えるジョージ君。フィーネ様はそんな彼に答えるように、悔しそうに下唇を噛みました。
「………勝てぬ」
「そら、みろ! 宮廷魔導師なんて言っても、どうせそんなもんじゃねぇか!」
フィーネ様の言葉に我が意を得たりといった様子のジョージ君。
でも。
「お前なんかが宮廷魔導師になったのが間違いなんだよ! ばあさんが指名したからって……!」
そうやって勝ち誇るジョージ君はどうしてかボロボロになっていくみたいで。
「みんなが認めたって、俺は認めねぇ……! お前は宮廷魔導師になんかなれやしねぇ!」
気づけば、私はジョージ君を背中からぎゅっと抱きしめていました。
「な!? おい、いきなりなにしやが」
「ダメだよ、そんなこと言っちゃ」
今度ばかりは逃げられないように、ギュッと力強く抱きしめます。
ジョージ君が渾身の力で振りほどこうとするけれど、まるで鋼が通ったみたいに私の体は小揺るぎもしませんでした。
「また説教かよ! おおきなお世話――」
「そんな、無理やり自分を傷つけることしちゃ、ダメだよ」
私の言葉に、ジョージ君の動きが止まります。
「なに、言って……」
「気づいてないならもっとダメ。そんなの、誰も幸せにならないもの」
私には、さっきまでのジョージ君の言葉が、まるで自分を責めているように聞こえました。
宮廷魔導師に選ばれなかった、宮廷魔導師に慣れなかった自分を責めるような……そんな風に。
フィーネ様は、先代様の指名で宮廷魔導師になったと聞きました。でもそれは望んだからそうなったわけではないのかもしれません。
人には言えない苦労があって、誰にも聞かれないように泣いていたのかもしれなくて。
ジョージ君はそんな彼女のことを知っていたのかもしれません。
「誰もジョージ君を責めないよ。……誰もジョージ君を責められないんだよ……?」
だからこそ、ジョージ君はこんな態度を取るのかな。誰かに、罰を与えて欲しくて。
フィーネ様の代わりになれないから、自分を責めて欲しいから……。
「―――」
ジョージ君はしばらく黙ったままでしたが。
「――転移術式――」
また、転移術式でどこかに行ってしまいました。
私は、今度は無理には追いません。
きっと、踏み込んではいけない部分にまで私は踏み込んじゃったから。
今度は、私が謝らなきゃね……。
「……礼美、あんた……」
「真子ちゃん……」
真子ちゃんの声に顔をあげると。
「どんだけ人間離れしていくわけ……?」
なぜか恐れおののいたような真子ちゃんの顏が見えてきました。
わけがわからず、首を傾げてしまいます。
「え?」
「いやあんた。さっきジョージ抱きしめた時、体が光ってたわよ?」
「ええぇ!?」
体が光ってって、なに!?
慌ててフィーネ様の方を向くと。
「確かに光っておった」
何かをあきらめるような顔で首を振ってました。
ならヨハンさんは!?
「ああ、女神レミさまぁ……!! なんて慈愛に満ちたお姿とお言葉……!!」
すごく感動した表情で、滝のように涙を流しながら私に膝をついて祈りをささげていました。
ちょっと待ってよぉ!?
「いやー、さすが女神の再顕現。体が光るとか、ぱないわぁ」
「肉体強化の術式? いや、構成そのものが未知のものに見え取ったし……」
「レミ様ぁ、レミ様ぁ~!!」
三者三様の反応に、私は思わず涙目になります。
だって、人間離れなんてしてないもん!
でも反論の言葉が思い浮かばなくて。
「うわ~ん!?」
私の涙交じりの悲鳴が、魔導師詰所の中に響き渡るのでした……。
シリアス? いいえ、シリアルです。思いのほか長くなったなぁ……。
普通にラブコメっぽい空気の光太サイドに比べると、ジョージ中心に人間関係が回ってる感じですねー。あんまり湿っぽくはしたくないんだけどなー。
次回はついに奴らが動き出す?