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No.154:side・ryuzi「隆司、絶望と希望を知る」

「ガルガンドを倒したとか、あんた……」

「でも、ガルガンドは真子ちゃんと……」

「アンデットだけに、不死なんじゃねぇのかね……」


 ――いやに、軽い。

 ガルガンドを一撃で粉砕しておきながら、俺の頭の中にはそんな感想しか浮かばなかった。

 あれだけ皺だらけのガルガンドが、そもそも肉の詰まった動物と同じ扱いをするのもおかしな話かもしれない。

 だが、それでもあいつを打ち砕いた拳には、まるでそこに何もなかったかのような違和感しか残らなかった。


「み、みんなー! 逃げるよ! てったいー!!」


 クロエの頭を抱えたリアラがそう言って、レジャーシートのようなものを広げる。表面には、何らかの魔法陣が描かれていた。

 どうも転送ポータルのような役割を果たすもののようで、一目散に駆け込んだリアラの身体がどこかへと消えていった。

 それに続いて、骸骨たちも我先にと魔法陣の中へと飛び込んでいった。


《追わないのかい?》

「……ガルガンドは潰したんだ。この後、連中にできることなんて、たかが知れてるだろうさ……んん?」


 聞こえてきた声に反射的に答えるが、今この場にいる誰の声でもなかった。

 思わず左右を見回す。

 だが、骸骨どもは次々と魔法陣に飛び込んでるし、チルはミーシャの看病してるし、師匠とミルは俺の方を向いて目を丸くしてるし……。

 と、ミルが俺の方に近づいてきて、遠慮がちにこう尋ねた。


「あの、リュウジさん……」

「ん? なんだ?」

「痛くないんですか? 頭……」


 頭?

 言われて思わず頭に手をやる。

 まあ、さっきの戦闘で頭をけがするようなことは特別。


 コツッ。


 ………頭の天辺触ろうとしたら、指先になんか堅い感触が当たったんですけど。


《鈍い子だねぇ。今更気づくなんて》

「なにもんだテメェェェェェェ!!!!」


 唐突に聞こえ始めた声の主がこの硬い感触だと直感した俺は、なんかめり込んでるっぽい球体を無理やり頭から引きはがす。

 ベリッ、と生音立ててはがれたそれは、師匠の手の中に収まっていたはずの混沌玉(カオス・オーブ)だった。


「ってぇなチクショウが!? なんの恨みがあって人の頭に張り付いたんだテメェ!!??」

《あんたにあたしの声を聞かせるには、こうするのが手っ取り早かったんだよ。頭がいやなら、手をお放しでないよ》


 全力で叫ぶ俺に、混沌玉(カオス・オーブ)は偉そうにそう言った。

 思わずブン投げてやろうかと思ったが、次に瞬間にはチルが叫んでいた。


「――……! 目を開けて、ミーシャァ!!」

「!」


 チルの悲痛な叫びにそちらを向けば、涙目でミーシャの身体を揺さぶるチルの姿。

 ミーシャは俺が無理やり合成獣から引きはがした時のまま、瞳を閉じていた。

 そちらに駆け寄って、ミーシャの顔を覗き込む。

 耳元でチルが叫んでいるというのに、ピクリとも反応らしい反応を見せない。これなら、合成獣に融合させられていた時に痛みに叫んでいた時の方が、まだ人間らしく反応していた。


「どうなってんだ、オイ……。うまく、いかなかったのか!?」

《いいや。あんたはあの時、最善手を打ったさね。ただ、足りなかっただけだよ》

「足りなかった……?」


 混沌玉(カオス・オーブ)はそう言い、軽く明滅を繰り返す。

 途端、ミルが飛び跳ねるほど驚いて、左右を見回した。


「? ミル?」

「え、あ、はい! 確かに、私は医療班ですけど……え、ええ? 今ですか!?」


 俺には聞こえない声で、誰かと話をしているらしいミルが、困惑しながらもミーシャのそばにしゃがみ込んだ。


「はい、はい……わかりました。チル、ミーシャちゃんを運んで。おうちのベッドに寝かせてあげよう?」

「うん……わかった……」


 チルがミーシャを抱きかかえ、そのまま師匠の家まで連れて行く。

 そんなチルの背中をちらちらと見ながら、彼女に聞こえないよう声を抑えて、ミルが俺にこういった。


「すいません……。ちょっと、ミーシャさんに仮死魔法(リューテ・トート)っていう、仮死状態にする魔法かけてきますね……」

「え、なにそれ。大丈夫なのかそんな魔法……」

「駄目に決まってますよ……! でも、ミーシャさん、意志力(マナ)がない状態らしいので……。それなら、身体も眠らせないと、まずいですから」

意志力(マナ)が……?」


 意志力(マナ)がない、という言葉に俺は首をかしげるが、それを説明することなく、ミルは一つ頭を下げてそそくさとチルの後を追った。

 思わずその背中に向けて手を伸ばす俺だが、そんな俺を止めるように師匠が混沌玉(カオス・オーブ)に手を重ねてきた。


「久しぶりじゃのぅ、グリモ」

《まったくだね、レーヴェ》


 実に懐かしそうな様子の師匠に、混沌玉(カオス・オーブ)は軽い調子で返した。

 っていうか、グリモって、確か先代の宮廷魔導師の名前じゃ……?


《程よく混乱してるねぇ》

「当たり前だろうが。訳が分からないことが続きすぎてるんだぞ」


 からかう様な声色の混沌玉(カオス・オーブ)に、俺は若干不機嫌になりながらも答えた。

 混沌玉(カオス・オーブ)はそんな俺の様子をおかしそうに笑いながらも、ゆっくりと説明を始めてくれた。


《まあ、落ち着きなよ。一つずつ、説明してあげるからね?》

「……わかったよ」

《まずは、ミーシャのことだ。……どうして、あの子が目を覚まさないのか》


 混沌玉(カオス・オーブ)の言葉に、俺は体を固くする。

 あの瞬間の出来事は、俺も完全に理解したわけじゃない。だが、合成獣とミーシャのつながりを切り離すことには成功したはずだ。

 それでも、ミーシャは目覚めなかった。その理由を、こいつは知ってるのだろうか。


《そう、固くならなくていいよ。さっき言った通り、あんたはあの瞬間で最も善い手を打ったんだ。……まさか、あの瞬間に竜種言語(ドラゴン・スペル)を使うとはね》

竜種言語(ドラゴン・スペル)?」


 また訳の分からない言葉が出てきたが、混沌玉(カオス・オーブ)はその言葉に関してそれ以上何か説明することはなかった。


《そいつはまた今度だよ。それで、ミーシャだけどね。今のあの子には意志力(マナ)が一切存在しない。だから、あの子は目を覚まさない……いや、覚ませないのさ》

「……? ごめん、もうちょっとわかりやすく」


 意志力(マナ)ってのは、確か覇気やら魔力やらを顕現させるための潤滑油的な力だよな? それが一切ないと、どうして目を覚ませなくなるんだ?


《じゃあ、聞くけど、あんた目を覚まして体を起こしたり、何か意味のある言葉をしゃべったりするのを、完全無意識で出来るのかい?》

「できるわけねぇだろ。完全無意識でそれができるのは夢遊病患者だけだろ」

《そう、それが当たり前だ。理屈的にはそういうことさ》

「いや、だから……」


 混沌玉(カオス・オーブ)の言葉の意味がやっぱり解らない俺。

 だが、混沌玉(カオス・オーブ)はそんな俺に続けて説明を続けた。


《早い話、意志力(マナ)ってのは、人間の意志そのもの(・・・・・・・・・)なのさね》

「人間の意志……そのもの?」

《そう。身体を動かそうとか、言葉を話そうって考える思考ともいえるね。それがゼロになっちまえば、その人間は身体を動かすこともままならなくなる。当たり前の話さね》


 オーブの口調は淡々としてはいたが、衝撃的な話だった。意志力(マナ)がそこまで重要なものだったとは……。

 だが待てよ? 覇気……いや体力も魔力も、魔法やらなんやらで回復させることができる。

 なら、意志力(マナ)だって何らかの方法で回復させることができるんじゃ……。

 そんな俺の疑問をくみ取ったらしい混沌玉(カオス・オーブ)はさらに続けた。


《あんたが今考えた通り、意志力(マナ)を回復させる方法ってのはそれなりにあるよ》

「ホントか! なら、それを……!」

《残念だけど、無理だね》

「なんでだよ!」


 勢い込む俺を冷たくはねのける混沌玉(カオス・オーブ)

 思わず激昂しかける俺に、淡々と事実を突きつけてきた。


意志力(マナ)に限った話じゃないけどね。源理に根差す力ってのは、基本的に自力で回復させるしかないのさ》

「だけど、魔力や体力は魔法で……!」

《他人の魔力や体力を、すんなり受取れてるとホントに思ってるのかい? 自分の力に混ぜ合わせて、何とか水増ししてるだけさね》

「グリモの言うとおりだよぅ、リュウちゃん。体力、魔力、意志力(マナ)……。この三つが尽き果てた死者を蘇らせる方法はない。つまりはそういうことなんだよぅ」


 師匠が俺を落ち着かせるように、ゆっくりとした口調で説明してくれる。

 だが、その説明に俺は納得しきれない。何しろ、さっきまでその死者と戦っていたのだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! じゃあ、死霊団の連中はどういうことなんだ!?」

《あんなもの、動かなくなったパーツに無理やり魔力通して動かしてるだけさね。死人が蘇ったなんて、口が裂けても言えないね》


 ぐうの音もでなくなる俺。

 それじゃあ、ミーシャのことは諦めるしかないのか……?

 そう、絶望しかけた俺に、混沌玉(カオス・オーブ)は一筋の希望を示してみせる。


《……だが、何事にも例外ってのはあるのさ》

「……例外?」

《そう。この世界でただ一人、尽き果てた意志力(マナ)を回復させることができる者がいる……》


 混沌玉(カオス・オーブ)はゆっくりとした口調で、その人物の名を語った。


《この世界で、そいつの名は女神と呼ばれているのさ》


 数百年前に、魔王にさらわれた女神が……!?


「女神は、尽きた意志力(マナ)を回復させることができるのか!?」

《そう。そもそも、女神とは人から人へと受け継がれる称号。古の昔から、純粋な意志力(マナ)を受け継ぎ続けた者たちの総称なのさ》


 それが、この世界における女神の正体……!

 しかし、俺たちの世界で言うところの神様とは違うんだな。てっきり超常の存在かと思ってたんだが、純粋な意志力(マナ)を受け継ぎ続けた人間だったなんて……。

 だが、そんなことは今はどうでもいい。俺は、混沌玉(カオス・オーブ)に問いかける。


「つまり、女神さえ取り返せばミーシャを助けられるのか!?」

《そういうことだね。女神はその慈悲深い祈りで摂理を曲げる。意志力(マナ)が尽きただけの小娘を復活させるくらいはわけないさね》


 混沌玉(カオス・オーブ)の言葉に、俺は俄然やる気を取り戻した。

 つまり話は簡単ってわけだ……! 王都に戻ったら、速攻で魔王軍と和平でもなんでも結んで、向こうにいるはずの女神を返してもらえばいい!

 なら、ここでじっとしているわけにはいかねぇ……! 今すぐ王都に戻って……。


「リュウちゃん」


 そうしてシュバルツの元に駆け寄ろうとする俺を、師匠は押し止めた。


「な、何だよ師匠?」

「焦っちゃ、ダメだよぅ。また、覇気が漏れちょる」

「うぉ」


 師匠に言われて、自分でも気が付いた。ブワッと、結構な範囲に俺の覇気が漏れ出していた。

 しかも、師匠が以前に示してくれた範囲より、ずっと広くなっているような気がする。

 やべぇ、さっき氷を砕いた勢いで、無意識に閉じてた栓が開きっぱなしになってるのかもしれねぇ。

 さすがにこのまんまじゃ帰れねぇな……。


「……師匠」

「ん、大丈夫じゃよぅ」


 俺が振り向くと、師匠は笑顔で頷いてくれた。


「今のリュウちゃんなら、ここに来た時より、ずっと早く覚えていけるよぅ」

「……おっす! よろしくお願いします!!」


 師匠に向けて、俺は勢いよく頭を下げた。

 ミーシャを助けることは、できなかった……。だが、救うことはできる。

 すべての禍根を断ち切るために……やってやろうじゃねぇか!




 ガルガンドは倒した。だがしかし、真子たちの元へとあらわれている……?

 さて、そろそろ隆司の話も終わるようです。彼はこの後修行を終え、一路王都へ……。

 以下、次回。


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