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No.152:side・Another「ミル、真実に近づく ―ミル編―」

「仲間による救出でも奇跡のパワーが目覚めたわけでもなく、ソフィアの危機で自力脱出とか舐めてんのあんた?」

「え、なんで今俺こんな怒られてんの? ねぇ?」

「でも、真子ちゃんの言うとおり、ミルちゃんたちは助けてくれなかったの?」


「リュウジィー!!」

「リュウジさん!!」


 私たちの見ている前で、リュウジさんが大きな氷の塊の中へと飲まれてしまいました。

 シュバルツと呼ばれた大きな馬に阻まれたせいで、助けることもかなわず、あっという間の出来事……!

 あまりの出来事に固まる私たちの背後から、疲れたような老人の声が聞こえてきました。


「ああ、間に合わなかったかのぅ……」

「その声……」

「おじいちゃん!?」


 振り返るとそこには、リュウジさんのお師匠様が立っていました。

 お師匠様は、来ている衣服こそボロボロでしたが、大きな傷跡も見られません。

 ガルガンドの言っていたことは、偽りだったのでしょうか?

 その事を私が問いかけようとするより先に、チルがお師匠様に飛び掛かっていきました。


「うわぁぁぁん!! おじいちゃぁぁぁん!!」

「おぉっと、ミルちゃんや、どうしたんじゃ?」

「ごめんね、ごめんね……!!」


 泣き咽ぶチルは、ただひたすらに詫びます。

 ミーシャさんが機械へと融合させられ、さらにリュウジさんまで氷漬けにされてしまったことでしょう。

 私も、チルに続くようにお師匠様に頭を下げました。


「すみません……私たちがいながら……」

「いや、ええんじゃよぉ。無理して、お嬢ちゃんらまでやられてしもうたら、わしの方が申し訳ないわい」

「でも……」


 お師匠様は、むしろ自分のほうこそ申し訳が立たない、という表情で私たちを見つめます。


「リュウちゃんにせよ、ミッちゃんにせよ……こうなってしまうかもしれんとは言われとったからのぉ」

「……え?」

「知ってて、守れんかった。じゃから、わしのせいじゃよ……」


 懺悔するように、お師匠様はつぶやき、ゆっくりと前に出ます。

 こうなると……知っていた? いつ、どこで……?

 私の頭の中に渦巻く疑問を置いて、お師匠様はガルガンドと相対します。

 お師匠様の姿を見たガルガンドは、先ほどまでの余裕はどこへ行ったのか、きわめて険しい顔つきになりました。


「あの程度では、主は殺せぬか……」

「左様。リュウちゃんほど出ないが、わしもそこそこやるじゃろぅ?」


 不敵に言い放ったお師匠様は、ちらりとリュウジさんが封じられた氷の塊に目を向けます。

 ゆっくり歩いて氷に近づき、軽く拳で叩きました。

 コンコン、と硬い音が響き渡りました。


「……また、入念に固まっておるのぉ」

「然り。中の生き物は、その程度でも出て来やるかもしれぬ故」


 ガルガンドの言葉に、私は眉根を寄せます。

 まるで、リュウジさんが人間ではないとでも言うかのようです。

 思わず、私は声を大にして叫びました。


「何を言ってるんですか、貴方は! こんな風に氷漬けて、人間であるリュウジさんが生きられるはずがないじゃないですか!」

「否。器は人でも、中身が違う。こ奴は、この程度ではくたばらぬよ」


 私の言葉に、ガルガンドは首を横に振りました。

 中身が違う? いったい何の話でしょうか……?


「そうじゃのぅ。リュウちゃんなら、大丈夫じゃろう」

「な、何を言ってるんですか!?」


 お師匠様まで、ガルガンドに同意するように頷きました。

 た、確かに天然っぽい所もあるけれど、それでも常識人だと思っていたのに……!

 目の前の出来事に絶望しそうになる私を慰めるように、お師匠さんは苦笑しながら頷きました。


「もちろん、リュウちゃんは、人間じゃよ?」

「じゃ、じゃあなんでそんなセリフが出てくるんですか!?」

「……リュウちゃんには、与えられた役割があるからじゃよ」


 瞑目するように瞳を閉じたお師匠様の言葉に、チルが首を傾げました。


「役割?」

「左様。それは、本来であれば、魔竜姫殿に与えられるべきであったもの」

「姫様に……?」


 続くガルガンドの言葉に、私たちの困惑は広がっていきます。

 元々は、姫様に与えられるべきであった役割が、リュウジさんへと与えられたということでしょうか……?

 ですが、なぜ? 魔王国に生まれ育った姫様と、アメリア王国で育ったリュウジさんに接点などないはずなのに……。


「与えられた役割のおかげか、あるいはせいで、リュウちゃんはこの程度じゃ死ぬことができないんじゃよ」

「そ、そうなんだ……」


 お師匠様の言葉に、とりあえず納得したように頷くチルですが、何の答えにもなってません……!

 ですが、そんな私を置いてけぼりにして、話は進んでいきます。


「――だが、故にこそ我らの悲願に最も近くにあるといえよう」

「悲願、ですって?」

「左様。この者の持つ魂は、最も根源に近い強さを持つ。これを持ち帰ることができれば、我らの願いもより確実に叶うであろうなぁ」


 そう言って禍々しく笑うガルガンド。

 そんな彼の言葉に、私は思わず叫びます。


「どういうことですか、ガルガンド!? あなたたちは、マルコ様の命で、魔王軍を補佐するためについてきたのではないのですか!?」


 私たち魔王軍がこちらへとやってくる際、姫様の身を案じられた宰相マルコ様より遣わされたのが、彼が生み出した不死者(イモータル)で構成された軍団である死霊団でした。

 ですが、その行動は決して協力的とは言えませんでした。こちらに来てしばらくして、すぐに別行動を取るようになりましたし……。結局は全く連絡も取れなくなってしまいました。

 私たちが彼らを探すように命を受けた時、私は彼らに何か不都合が起きたからだと思っていました。でも、それは違ったわけですね……!

 私の疑問に、ガルガンドは頷きながら答えました。


「我らには我らの目的があって動いておったよ。この一つが、それの捕獲よ」


 それ、とガルガンドは氷漬けになったリュウジさんを指差します。

 そして、私たちに見せつけるように混沌玉(カオス・オーブ)を掲げ上げます。


「そして、これの入手もその一つ」

混沌玉(カオス・オーブ)の入手が……?」

「最後の一つが手に入れば、もうこの国には用はない」


 ガルガンドがそう告げると同時に、後ろで控えていた骸骨たちが動きはじめます。

 私たちを囲い、まるで逃げられないようにするかのごとく……。


「だが、この国を去る前に、懸念の種は消していかねばな?」

「っ! あ、貴方たちの目的がリュウジさんと混沌玉(カオス・オーブ)だというなら、なぜ私たちについてきたのです!? 無理に戦争状態に持ち込むよりは、ずっと単純に事が進んだはずです!!」


 ただならぬ気配に、私はガルガンドの気を引くように質問します。

 時間を稼いで、何とかリュウジさんを助ける隙を見出さないと……!

 こちらの意図に気づいてか気づかずか、ガルガンドは鷹揚に頷きながら答えます。


「なに、この男が現れる前は、魔竜姫殿が最も根源に近い魂を持っていたのでな。純度で言うのであれば、魔王様より生み出された魔竜姫殿の方が高いやもしれぬ」

「なっ……!?」


 軽い調子で口にされた言葉は、私にとっては衝撃的な重さを伴っていました。

 つまり、こいつらは初めから……!?


「姫様の御命が目的だったのですか……!?」

「それは正しくないぞ? 命がなくば、役に立たぬ故」

「同じことです!!」


 怒りのあまり、私は語気を荒げながら、両手を振り乱します。

 リュウジさんをこんな形で捕獲しようとしたのであれば、当然姫様にも同じような方法を取るつもりだったのでしょう。

 この男は……!!


「リュウジさんだけじゃなくて、姫様まで利用しようとしていたなんて……!!」

「だが、こ奴がいれば、その必要はあるまい。価値があるとして、せいぜい予備よ」

「予備、ですって……!?」


 敬愛する姫様を利用しようとしていただけならず、今の姫様には予備としての価値しかないなんて……!!

 ガルガンドのあまりの物言いに、私の怒りはとどまることを知らず、思わずガルガンドに向けて超攻撃的な魔法を叩きつけようと魔術言語(カオシック・ルーン)を唱えかけました。

 しかしそれは……。


「ふざけんのも大概にしろよコラ……!!!!」


 氷の奥から聞こえてきた、私以上の憤怒が篭った叫び声に遮られました。


「ひっ!?」


 その感情の強さに、チルが怯え。


「リュウちゃん」


 お師匠様がその名を呼んだ瞬間、その身を覆う氷が真っ白に染まり。


 ゴォウッ!!!!


 一瞬にして巨大な氷塊は砕け散ってしまいました。


「なっ!?」

「むぅ!?」

「おおぉぉぉあぁぁぁぁ!!!!」


 目の前の出来事に、クロエとガルガンドが怯みました。

 それに一切構わず、リュウジさんは雄たけびを上げます。

 うちから迸る感情をそのまま全部吐き出さんとするかのようなその叫び声は、大気を震わせ、大地を揺らしているかのような錯覚を引き起こします。

 さらに、リュウジさんの姿がさっきよりも大きく見えます。その身に宿る怒りのせいで、存在感が脹れあが――。


「……いや、ちょっと!? おっきくなってません!?」


 目の前の出来事に、私はパニックになりながら叫びました。

 いえ、本当におっきくなってるわけじゃないんです!

 ただ、リュウジさんの周囲の空間が膨張しているように見えるというか、リュウジさんに重なるように、巨大な人間のような何かの姿が見えるっていうか!?

 氷が砕け散る瞬間に、私たちのいる場所まで下がったお師匠様が、真剣な表情で、リュウジさんの姿を見上げました。


「あれが、リュウちゃんの魂の強さなんじゃよ」

「え!? あれが!?」

「もっと言うと、役割を果たすために与えられた力なんじゃけど……」

「クッククク、ハハハハハハハハハハハ!!!! 素晴らしい!!!!」


 唐突に、ガルガンドが狂ったように笑い声を上げました。

 そちらに顔を向けると、やはりリュウジさんを見上げながら、ガルガンドは声を上げていました。


「かつて出会った以上の純度!!!! これは、根源を通し注ぎ込まれたものか!? なるほどなるほど、これならば、魔竜姫以上の力の強さも納得がいく!! クハハハハハハ!!!!」

「こ、これほどとは……!?」


 哄笑を上げるほどに狂喜するガルガンドとは反対に、クロエの顏には恐怖と畏怖が込められていました。

 どうやら、彼らにとっても今のリュウジさんの状態は予想外だったようです。

 私たちにとって、予想外なんて話じゃありませんけれど……。


「だがぁ!!!!」

「じゃけど」


 不意に、ガルガンドとお師匠様の声が重なります。

 私がそれに対して疑問を唱えるより先日、リュウジさんの首から勢いよく血が噴き出しました。

 まるで、噴水か間欠泉の如き勢いで、地面を紅く染め上げていきます。


「!? あれは!?」

「魂の強さに、器が付いていっておらんなぁ!!!!」

「そう。今のリュウちゃんの身体に、あれだけの強さの覇気は持たないんじゃよ……」


 覇気……!? 人間の身体に、あんな強さの覇気が宿るなんて……!?

 リュウジさんの首筋から、勢いよく血が噴き出したのも納得です……!

 強い覇気は強い肉体を作りますが、逆に強すぎる覇気は肉体を壊します……!

 リュウジさんの身体から溢れている、あの大きな気配が全部覇気だとすれば、今リュウジさんの身体が形を保っているのが奇跡ですらあります……!


「あのまま覇気を出し続けてたら、リュウジさんの身体が爆発してしまうんじゃ……!?」

「そ、そんなぁ!? リュウジ、しっかりしてー!!」


 私の予想を聞いて、チルが悲鳴を上げます。

 ですが、そんなチルを安心させるように、お師匠様が背中をやさしくポンポンと叩きました。


「大丈夫じゃよぉ」

「え……?」


 お師匠様は、どこか安堵したような笑顔でリュウジさんを見つめています。


「ほら、よう見てみるんじゃ」


 お師匠様の言葉に従い、リュウジさんの方を見ると、さっきまで勢い良く噴き出していた血が、いつの間にか止まっていました。

 覇気が弱まったのかと思いましたが、相変わらずリュウジさんの全身から迸るように立ち上っています。

 血が噴き出していた場所を、リュウジさんは手で押さえます。


「……誰の身体が、ついていってねぇって……?」


 呻くようにリュウジさんが口に出し、手をどけた時にはもう血は吹きだしていませんでした。

 そんなリュウジさんの姿を見て、ガルガンドが目を剥きました。


「!? まさか!? もう御したというのか!?」

「御すもなにも、身体も魂も、俺のもんだろうが。舐めてんじゃねぇぞ」


 リュウジさんは低く呻くように声を上げ、グッと拳を握りしめました。

 次の瞬間、彼の全身から立ち上っていた覇気が一気に収まります。

 しかし、無くなったわけではありません。全身に凝縮された覇気が、湯気のように立ち上ってみえます……!


「あれだけの量の覇気を、一瞬で……! やっぱり、リュウジさんは、姫様の……!」

「行くぜ、オイ……!」


 確信をもって呟く私の目の前で、リュウジさんは勢いよく駆け出します。

 姫様の敵を、打ちのめすために……!




 もうなんか、隆司一人で全部終わっちゃうんじゃね?

 とはいえ、いまだ切り札は敵の手の中に。隆司は、混沌玉(カオス・オーブ)を取り戻せるのか?

 以下、次回。


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