No.151:side・ryuzi「隆司、夢と現の狭間へ」
「え、隆司、そんなところでそんな極まった状況に陥ってたの!?」
「で、無事に脱出してくるあたりあんたよねぇ」
「それって、褒めてんだよね? 褒めてくれてんだよね?」
どうして、こうなった。
閉じた意識の中で繰り返し、自問する。
どこで、間違えた。
吹雪の町で、クロエを倒した辺りか?
それとも、助けてくれたお医者様の助言に従った辺りか?
戦う意味に、疑問を持って帰ろうかと考えた辺りかもしれない。
ひょっとしたら、師匠に出会った辺りか?
覇気の修業がうまくいかないまま、死霊団と戦った辺りや……。
ミーシャがあんな姿にされて、そんなミーシャを殺そうと考えたあたりかもしれない。
めぐる思考は、しかし答えを出すことが叶わない。
どこまでも延々と、自問自答を繰り返す。
閉じた氷の中で出来ることなど、敵に敗れた俺にできることなど、それしかないのだから……。
―そうして、全てを諦めるのか? 貴様は―
不意に、俺の思考に割り込んでくる奴がいた。
居丈高というか、完璧上から目線で偉そうに俺の中には言ってきたそいつは尚続けた。
―誰かに何かを言われねば、貴様はそうして何かを為すこともできぬのか?―
何が言いてぇんだてめぇ。
余りといえば余りの言い草に、俺は思わず反論する。
思考の中に割り込んできた奴は、俺の怒りなど意に介さぬようだ。
―たかが氷如き、砕いてみせぬか。それだけの力を貴様にはくれてやったはずだ―
バカなことぬかしてんじゃねぇよ。氷に閉じられて、中から砕けるわけ……。
そこまで考えて、不意に思考が止まる。
お前、今なんて言った?
―たかが氷如き……―
いや、そのあとだ。
―力をくれてやった、か?―
その言葉を聞き、俺は尋ねる。
……お前が、俺たちをこの世界に呼んだのか?
声の主は答えた。
―そうだ―
いきなり人の思考に割り込んできた、この横入り野郎が俺たちをこの世界に呼んだ張本人……?
聞こえてくる声に、いくらでも聞きたいことがあった。俺たちをこの世界に呼んだわけ。力をくれてやったという言葉の意味。そもそも、俺たちはこの世界で何をすべきなのか。
声の主は、俺が何か言うよりも先にそれらすべてを理解したようだ。
―聞きたいことは山ほどあろう。だが、今答えるわけにもいくまい―
しかし、答えてはくれないと来たものだ。
ある意味お約束と言えなくもないが、それでも俺は食いついた。
別に、答えてくれてもいいじゃねぇかよ。
―別にかまわんが、どのみちここでのことは覚えてはおれまい―
……何、なんか特別な場所なのかここは?
―ここは、夢と現の境界線。貴様らの知る言葉で表すなら、天国という言い方ができる―
ああ、やっぱり死んだのか俺は。
なんとなくしょんぼりとした気分になりながらそう考える俺を、声の主は一笑に付した。
―馬鹿を云え。貴様には特に多めに力を分け与えたのだ。あの程度のことでくたばるわけがあるまい―
いや、あの程度ってお前。
―氷漬け程度、貴様を殺すには涼しいほどだ。とはいえ、意識はそうもいくまい。故にここを、貴様は訪れた―
どうやら。俺の身体というのは、とことんまで人間離れしているらしい。
はっきりそう断言されて、さらにしょんぼりとなっていると声は言う。
―貴様の旅は、あそこで終わらぬ。役割を果たすか、この世で代替えを見つけるか。そうでなければ戻ることは叶わぬ―
はっきりそう言い、声は続けた。
―さあ、ここまでの道は提示してやった。貴様はどうする?―
いや、どうするとか言われても。
そもそも役割ってのがなんなのかわからねぇ以上、それを果たすにしろ、俺の代わりを務めてくれる奴を探すにしろ、しようがない。
声が提示した選択肢はたった二つだが、俺に与えられた情報があまりにも少なすぎる。それなのに、決めろとか言われても。
困惑する俺に、声はあきれ果てたようだ。
―こうして道を示してやって、まだ迷うか?―
いや、迷ってるわけじゃ……。
―提示された道は二つ。この程度ははっきりと決めてもらわねば困る―
さらに迫られ、俺は怒りを覚える。
死にかかってる俺に対して、あんまりといえばあんまりじゃねぇか。
そもそも、そんな道を提示されたとしても、ここでのことはどうせ覚えてねぇんだろうが。答えを出したって、意味ねぇじゃねぇか。
―そうだな。だが、そうして決めることができぬのが貴様だ―
……なんだと?
―貴様は、その時その時で求められた役割を演じ続けてきた。故に、求められなくなった時、貴様は進むべき道を見失う―
言われて、俺は怒りよりも何故か納得を得た。
吹雪の町で、死にかけた時、そのことを理不尽だと思ったのは、助けるべき人たちの姿が見えなかったからか。
師匠の町へ渡る途中、城に戻ろうかどうか迷ったのは、師匠に会うことをあのお医者様に求められたわけじゃないからか。
誰かに期待されたわけではない。だが、誰かが求めれば、それに応えるのが、あるいは俺という人間なのかもしれない。
考えてみれば、俺の人生はずっとそんな感じだったのかもしれない。
光太の姉貴に礼を言われ、そう求められたから、光太と友達になったのかもしれない。
光太が暴走するたび、あるいは光太や周りの奴にそのストッパーになることを求められていたから、一緒に巻き込まれていたのかもしれない。
こちらに来てからも、あるいはその時その時の求めに応じてきただけなのかもしれない。
そんな風にすんなり納得する俺に、声は続けた。
―だが、そんな貴様も唯一自ら求めたものがある―
俺が自分から求めたもの?
―そうだ。貴様自身が、心の底から渇望したものが、この世界にはあっただろう?―
そう、声に言われて、俺は考える。
自分なんてものが欠片もないような俺が、自分から求めたもの……?
それは……?
問いかける俺を鼻で笑う声。
―まさか、忘れたわけがあるまい? あれだけ、熱烈に求めていたではないか―
熱烈に……。
―鱗だの尻尾だの―
あ。
―誰に言われたわけでもなく、貴様自身がだ。そんな特殊性癖、誰も求めんわ―
馬鹿にするように言われ、思わず俺は言い訳する。
いや、胸とか尻に興味がないわけじゃないのよ? ただ、そういう部分がより愛おしいっていうだけで。
―言い訳してどうする。その想いすら、否定するか―
「まさか!」
声にはっきりと声に出して、そう答えた。
「確かにきっかけは、ソフィアがモンスター娘だったからだ。けど、今ソフィアを想うこの気持ちは嘘じゃねぇ!」
―そうだな、その通りだろう―
俺の答えに満足したように、声は頷くような気配を見せた。
―求めに応えることは悪くない。その中で、己を忘れた結果が、今回の話というわけだ―
「いやまあ、確かにその通りかもしれねぇけどさ」
声に対し、俺は以前から気になっていたことを口に出して聞いてみた。
「ソフィアが好きなのと、死霊団と戦うのって、関係ないんじゃ……」
―自らの命を脅かすものと戦うのに理由がいるのか?―
「あ」
呆れたような声の言葉に、思わず間抜けな声が漏れる。
いや、確かにその通りだ。下手をすれば死ぬような目に合っているというのに、俺は生きることを理由にしようとしなかった。
なんだろう。超恥ずかしいんですけど。別に死ぬつもりだったわけじゃねぇのに。
―フ。間抜けよな―
「いや、ホントにな」
そう言い合い、俺は声の主と笑い合った。
己の間抜けさ加減を。あるいは、身近にあった俺自身に気が付かなかったことを。
そうしてひとしきり笑い合った後、声はこういった。
―そうして己を見出すことができれば、後はどうとでもなろう。感ずるままに、思うままに力は振るえばよい。貴様の力は、そういうものだ―
「そういうもの、ねぇ」
言われて、いつの間にか存在していた自分の手を握って、開いてみる。
確かミーシャはこう言ってたっけか。考えるな、感じろ、って……。
「俺に足りなかったのは、戦ったり助けたりする理由じゃなくて、自分を信じる気持ちだったのかね」
だれに言うでもなく呟いた言葉に、微笑んだような気配がした。
声の主に対して俺も笑顔を見せ、俺は現実へと戻る決意をした。
「それじゃあ、いっちょやってみますかね」
―そうするが良かろう。せいぜい、後悔の無いようにな―
「ああ、しっかりミーシャも助けてみせるさ」
ガルガンドは、混沌言語では救うことができないといった。
奴の力が源理の力の一つであるならば、あるいは俺の持つ覇気であれば救うことができるかもしれない。
もちろん、確証はない。だが、試さない道理はないだろう。
どんなふうに力を使えばいいかもわからないが、ミーシャを殺すと決意した瞬間より、ずっと晴れ晴れした気持ちで俺の意識は現実へと戻っていく。
そんな俺を見据えながら、声の主は最後につぶやいた。
―しっかりやるのだ、……ノミヤリュ…ジ。果て……が愛………になる……よ。この………害、乗り……て…ら…………るぞ?―
遠のいていく声は、ところどころ途切れてうまく聞こえない。
だが、俺はその声に全力で答えた。
必ず、やってみせる、と。
……気が付いた時、俺は全身を凍てつくような氷塊に覆われ、身動きのできない状態になっていた。
眠っている間に、奇妙な夢を見たようだ。
声も覚えていない誰かと、ただ話をするだけの夢だ。
だが、自分の言ったことは妙に覚えている。
(そうだよな……。ソフィアが待ってんのに、こんなところでは死ねねぇよな……!)
決意とともに、全身を力ませる。
吹雪の町で、右腕を包み込んだあの感覚が、今は全身を駆け巡っているのが分かった。
極端に狭い場所に押し込められたおかげで、俺の全身からあふれ出る覇気が凝縮されているのかもしれない。
おかげで、寒さに凍えることはなくなった。だが、息はあまり長くは続きそうにない。
というか、そもそも凍らされる瞬間に吸い込んだ分しか俺の肺にはないはずだ。心肺機能も、覇気のおかげで強化されていることを祈るが、それでも長くここにいられはしない。
(覇気を使えば、一気にこれを砕くこともできるのかもしれねぇが、そう簡単にはいかねぇか……!)
今、全身を覆うこれが覇気だというのはわかるが、それを全身に向けて放出するという感覚まではわからない。
軽く腕を動かそうとしてみると、ミシリと氷が軋むのが分かった。
少しでも動けば、全身をそのうち砕けるかもしれないが、そんなに持つのかね、俺の肺は……。
(……? なんか聞こえてくるな?)
この絶望的な状況に、少し焦り始める俺の耳に、外の連中の会話が聞こえてきた。
覇気が集中してるおかげで、聴覚も強化されてるのかもしれない。
聞こえてきたのは、こんな内容だ。
〈リュウジさんだけじゃなくて、姫様まで利用しようとしていたなんて……!!〉
〈だが、こ奴がいれば、その必要もあるまい。価値があるとして、せいぜい予備よ〉
(………)
ちょっと待て、割とありえないセリフが聞こえてきたな?
姫様を利用しようとしてた?
あの場において、姫と呼ばれるべき対象は、今ここにいない俺の愛しい人以外にいない。
聞こえてきた嗄れ声は、ガルガンドのものだろう。奴は言った。俺がいれば、ソフィアには予備としての価値しかない、と。
なる、ほど……………………。
「ふざけんのも大概にしろよコラ……!!!!」
ひどくドスの効いた声が聞こえるのと同時に、目の前全てが一瞬にして真っ白になった。
それが俺を覆う氷全てにひびが入ったのだと、どこか遠くに旅立った理性が理解するのと同時に、俺は外へと飛び出していった。
色々と耐えられなくなった(作者の本音)。
夢と現の狭間で邂逅した存在のおかげで、自分を再認識した隆司。
今こそ彼は、愛しい人のために飛翔する!
以下、次回!