No.150:side・ryuzi「隆司、決意する」
「魔法は法則の再現? ……初めて聞いたわよ、そんな話……」
「それって、どういう意味なんだろう?」
「さあな。それを理解してんのは、言った本人だけだろうさ」
―ギ、ギギ……―
現れたリッキーちゃんMk-Ⅱが、ゆっくりと瞳を開く。
全身を覆っていた装甲は、甲殻のような丸みと光沢を帯び。
切り離されていた腕部は、触手のような物体でつながり。
コックピットハッチも兼ねていた頭頂部は、より有機的、生物的な雰囲気を帯び。
「あ、あ……?」
そして。
「みー、しゃ……!?」
そのコックピットから、その身を乗り出すように。
「ひどい……!」
ほぼ全身を完全に、機械と融合させられたミーシャの姿があった。
瞳は閉じており、顔から血の気は完全に引いていた。
それでなくとも、生身の部分は肩から上くらいまでしか露出しておらず、それより下はリッキーちゃんMk-Ⅱの中に埋まっていた。
それもただ埋まっているだけではなく、鋼で出来ているはずの装甲と、ミーシャの肌がほぼ完全に融和していた。少なくとも、境目に隙間のようなものは、見当たらなかった。
「さて、ここまではよい」
絶句する俺たちを尻目に、ガルガンドはゆっくりとリッキーちゃんMk-Ⅱ改め、合成獣ミーシャに手を這わせた。
しばらく、その身体の具合を確認していたかと思うと、やおら俺の方へと振り返った。
「そうさな。さしあたって、腕力でも確かめようか?」
―ギギ……、ガァァァァァ!!―
そうガルガンドが呟くのと同時に、合成獣が勢いよく手を振り上げ、口から遠吠えを放つ。
音圧で体が震えるが、拘束が解ける様子はなく……。
―ゴアァァァァ!!―
「ぶ、ぐがぁ!?」
襲い掛かってきた合成獣の拳は、避けるすべのない俺を、容赦なく打ち据えた。
土でできた蛇縄ごと、俺の全身の骨が砕け散る。
が、身に余る覇気はそれをすぐに修復してしまう。
「げ、がふっ!?」
「リュウジさん!」
「がはっ! く、来るな!」
ゴロゴロと転がる俺に向かってミルが駆け出そうとするが、俺はそれを手を上げて制する。
ほとんど間をおかずに迫ってきた合成獣のせいだ。
こんな奴の一撃を喰らったら、ミルなんぞ一発で粉になる……!
―ガァァァァ!!―
「そう何度も!!」
迫り来る合成獣の拳を、今度は全身で受け止める。
筋肉が軋み、拳の衝撃で地面に足が埋まる。
が、吹き飛ばない。
―ギァ!?―
「おおおらぁぁぁぁぁぁ!!!」
受け止められて、一瞬動きを止める合成獣の腕を一気に捩じる。
「このまま、捩じ切ってやるよ!」
―アアァァァァァ!!??―
どうやら痛覚があるのか、合成獣の口から悲痛な悲鳴が上がる。
いっぱしの人間のようなその姿に一瞬逆上しかけ、奴の腕をねじる力をさらに込めようとしたとき。
「――イアァァァァァァ!!??」
「!?」
不意に、響き渡る少女の悲鳴。
今度は、俺がその声に硬直する。
―ギ、ガァァァ!!―
「ぐぉ!?」
その一瞬の隙を突き、合成獣が勢い良く腕を振るい、俺を弾き飛ばす。
また腕の骨やらが折れたが、そんなことはもはやどうでもよかった。
さっき響き渡った悲鳴……それは、さっきまでそこにいた少女のものだった。
「ま、さか……!」
―ガァァァァァ!!―
「あ、ああ、ぁぁぁ……」
痛みに怒り猛る合成獣。両腕を振り上げる、その額に融合させられた少女。
閉じられたその両の瞳からは、大量の滴が零れていた。
「ミーシャ!? 痛いの!?」
チルが、悲痛な叫び声を上げる。
痛みに涙を流す胸像の如きミーシャは、それに応えることはない。
……おそらく、自意識なんぞ存在しないだろう。条件反射による、生理現象と見るべきだ。
だが、それにしたって、ついさっきまで普通に話をしていた少女の悲鳴が聞こえてくるというのは、気持ちのいい話じゃねぇな……!
「ずいぶん、あくどいじゃねぇかよ……えぇ!?」
ふわふわ浮いて、こちらを見下ろしてくるガルガンドを睨みつけるが、奴は涼しい顔でこういってのけた。
「何を言う。こうして、少しでも意識を残しておかねば意志力が出ん故、自律稼働せんではないか」
「そう言うことが聞きてぇんじゃねぇよ……!」
俺は標的を変え、無表情でこちらを見つめるクロエと、チルたちと同じように顔を真っ青にしているリアラに叫び声を叩きつけた。
「おいテメェら! テメェらはこれを許すのか!? あぁ!?」
「………」
「う……いや、それは……」
俺の叫びに、クロエは無表情を貫き、リアラは落ち着かなさげに手をこねくり合わせた。
クロエはともかく、リアラはまるで予想していなかったという風情だ。
そんなリアラの態度に腹が立ち、さらに続けようとする俺の視界の端に鋼の拳が迫る。
―ガァァァァ!!―
「ちっ!」
間一髪でそれを避け、振り向きざまに拳を一発叩きこむ。
装甲が凹み、合成獣の口から悲鳴が上がった。
―ギィアァァァァ!!??―
「あああぁぁぁぁ!!!」
ミーシャの口からも、また悲鳴が上がる。
「も、もうやめて、リュウジ! ミーシャが、ミーシャが……!」
ミーシャの悲鳴に耐えられなくなったチルが、そう俺に嘆願してきた。
だが、聞き入れる気はない。
俺はチルに向かって吐き捨てた。
「ならどうしろってんだ!? 俺におとなしく殺されろとでもいうのかよ!?」
「ち、違うよ! そうじゃない! そうじゃないけど……!」
俺の言葉にチルは混乱極まったように頭を抱え、涙をボロボロ流しながらも懸命に叫ぶ。
「でも、でも! ミーシャが痛がってる! 助けてあげてよぅ!」
「助けるっても、どうしろってんだ! 俺ぁ、魔法なんぞ使えねぇぞ!」
―ガァァァ!!―
連続で拳を振るう合成獣の攻撃を避けながら、俺は叫び返す。
ガルガンドの混沌言語とやらによって融合を果たしたリッキーちゃんMk-Ⅱとミーシャ……。この二つを分離させるにはやはり混沌言語による何らかの術が必要になるだろう。
だが、そのカギとなるであろう混沌玉はガルガンドの手にあるし、そもそもそれを使いこなせるだけ魔法が習熟してそうな奴はこの場にはいない。
思わずガルガンドの方に視線を向けると、奴はこれ見よがしに混沌玉を掲げてみせた。
「これを欲すか? 主が?」
「……ああ、今はのどから手が出るほど欲しいね! なんなら、土下座でもしてみせようか!?」
ガルガンドの挑発に、俺はやけっぱちになりながらそう叫ぶ。
すると奴は意外な反応を見せた。
「くれてやっても良いぞ?」
「なんだと!?」
「そ、それホント!?」
ガルガンドの言葉にむしろ食いついたのはチルだった。何とかして、ミーシャを助けたいのだろう。
だが、続くガルガンドの言葉は非情なものだった。
「これを手渡したとて、もはやその小娘を戻す方法にはならぬ故」
「……え?」
ぽかんと、大きく口を開けるチル。
そんな彼女を愉快そうに見つめながら、ガルガンドはさらに言葉を続けた。
「混沌言語にできるのは、あくまで混ぜ合わせるところまで。例え混沌言語で切り離したとて、よく似た肉人形とゴーレムが出来上がるだけで、小娘は元には戻らぬよ」
「そ、そんな……」
ガルガンドの言葉に絶望し、チルが膝を突く。
奴の言葉に反感を覚えた俺は、何とか反論を試みる。
「その言葉が事実である根拠は!? 混ぜたものが元に戻らねぇなんて話があるかよ!!」
「主は、混ぜ合わせた絵具を元のように別けることができるのか? それと同じよ」
ガルガンドの言葉に歯を食いしばる。
奴の口にした理論に、納得してしまった。
そういう理屈であるならば、確かに元に戻せないかもしれない。
……なら。
合成獣の攻撃から逃げるのをやめ、少し体から力を抜く。
―ガァァァァァ!!―
それを好機と見て、合成獣が全力で俺に拳を振り下ろしてくる。
「ハァッ!!」
俺はそれをカウンターの要領で迎撃した。
固めた拳と拳が打ち合わさり、俺の拳が砕ける。が、同時に合成獣の拳も砕け散った。
―ギガァァァァ!?―
「ああぁぁぁ!!」
合成獣とミーシャの悲鳴が響き渡り、チルが息を呑む。
それらに一切構わず、俺は合成獣の懐に入り込んで蹴りを打ち込む。
「だりゃぁ!!」
ずん、と重い音が響いて合成獣の身体が吹き飛ぶ。
―ギィィィィィ!!??―
「あ、ああ、あああああ!!!!」
轟音を響かせ、合成獣の巨体が地面に叩きつけられる。
一瞬、空白の様な間が生まれた。
「……元に戻せないんなら」
俺は、周りの連中に聞こえるようになるたけはっきりと宣言した。
「俺が、ここで殺してやるよ……!」
「リュウジ!?」
「リュウジさん!?」
チルとミルが、信じられないというように俺を睨みつける。
彼女たちの方を見ないようにしながら、俺ははっきりと告げてやった。
「もう戻れないなら、ここですっぱり終わらせてやるのがやさしさだろうが……!」
「だ、駄目だよ!? まだ、まだ何か方法があるよ!?」
「そうです! ガルガンドには駄目でも、ラミレス様なら……!」
「それをおとなしくさせてもらえるのか!?」
俺の声に応えるように、ガルガンドはニヤリと笑い、さらにクロエも剣を構える。
「そ、れは……でも!」
「でもも何もねぇよ! 俺は決めた……! シュバルツ!!」
俺が声をかけると、ずっと事態を静観していたシュバルツが、無言でチルとミルの前に立ちはだかった。
「そいつらを、こちらに近づけるな……!」
「リュウジ! だめ! やめて! お願い!!」
「そんなことをしちゃ、駄目です! 早まらないで、リュウジさん!!」
チルとミルが必死に止めるが、俺はそれに一切耳を貸さずに合成獣と向かい合う。
―ガァァァァァ!!!!―
やられっぱなしで腹を立てているのか、両手を振り乱して俺を威嚇する合成獣。知能は獣程度らしい。
そして、その額のミーシャは変わらず涙を流し続けている。
「……悪い、ミーシャ」
そんな彼女に、俺ははっきりと詫びた。
瞳を一度閉じ、迷いとともに少し零れた涙を振り払う。
「行くぞ……!」
歯を喰いしばり声を絞り出し、俺は合成獣に向かって駆けだした。
それを迎え撃つように、合成獣は拳を振り上げる。
「おおおぉぉぉぉ!!!!」
―ガァァァァァァ!!!!―
悲鳴と咆哮がぶつかり合い、互いの一撃が寸前まで接近する。
それが衝突しようとした瞬間。
「――だが、我はそれを止める」
「!?」
視界が、狂う。
まるで、何かに足を取られたように、俺は盛大に転んだ。
だが、寸前まで迫っていた、合成獣の拳は来ない。
「我には我の目的がある故」
聞こえてくる声には、喜びが満ち満ちていた。
まさに、自分の思い通りになったと。この結果こそを望んでいたと。
そう、はっきり告げるように。
「故に、封じよ。クロエ」
「わかった……!」
ぐるぐるとめぐる視界にめまいを起こしながらも、何とか立ち上がる。
俺の身体に、クロエの鎧がぶつかってきたのはその瞬間だった。
「ごはっ!?」
「とったぞ、タツノミヤ、リュウジ……!!」
腹に感じる灼熱の気配は、そのまま背中を貫いていた。
クロエの身体が一気に離れる。
ボタボタと、俺の身体を貫いた剣から大量の血が零れ落ちていく。
「ぐ……!? く、そ!」
「まだ意識を失わないとはな……。さすがと言える」
血を失ったせいで消えそうになる意識を必死につなぎ止めつつ、俺は剣を抜こうと手をかける。
それだけで、体中を灼熱の痛みが駆け抜けた。
だが、クロエはそれを許さない。
「だが、止まってもらうぞ! ハァッ!」
「!?」
クロエが俺に向けて、魔力か何かを放った瞬間、剣が差し口から凍てつきはじめる。
灼熱が絶対零度の痛みに取って代わり、それが少しずつ俺の身体を浸食していく。
まさか、このまま……!?
「させる、か!?」
「遅いぞ、タツノミヤ!!」
何とか反撃しようと試みるが、それより圧倒的にクロエが速い。
勝利を確信したクロエは、そのまま大きな声で叫ぶ。
「眠れ! 凍獄の棺!!」
その言葉とともに、凍てつく波導は俺の全身を覆いつくし。
俺の意識は、そのまま眠りについた。
氷の棺の中に封じられた隆司。果たして、もう打つ手はないのか?
そうして眠りについた彼の意識に、何かが介入する。それは一体?
以下、次回。