No.149:side・ryuzi「隆司、混沌言語を体感する」
「法則崩壊言語に、混沌言語……?」
「混沌玉も出てきたよね?」
「ガルガンドは、それを手に入れるために?」
「そういうことだな」
「ちぃ!」
舌打ちを一つ打ち、俺は勢いよく駆け出す。
これ以上、ガルガンドに何かをさせる前に……!
ほとんどの連中が混乱から覚めない中、クロエだけが俺の動きに気が付いた。
そして立ちはだかるように、俺とガルガンドの間に立つ。
「させるか!」
「だぁらぁぁぁ!!」
「なに!?」
だが、一々相手にしている暇はない。
地面を踏み砕き、一気に飛び上がる。
クロエの頭上を軽々と越え、ガルガンドに肉薄する。
「おぉらぁぁぁぁ!!」
「―――」
そして手にした石剣を叩きつけようとした瞬間、ガルガンドがニヤリと笑った。
口からこぼれてくるのは、先ほどの不協和音。
「っ!」
背中が泡立つのと同時に、俺は地面に着地した。
少し離れた位置に、死霊団の姿が見える。というか、この位置は……。
「リュ、リュウジが飛んで行ったと思ったら、いつの間にか……!?」
ミーシャの声がずいぶん近くに聞こえる。
やっぱり、さっき俺が立ってた場所か……っ!
「くそっ!!」
「そう急くな。我もまだ、全てを手にはしておらなんだ」
苛立ちを隠さない俺に対し、悠々と語るガルガンド。
その余裕ぶりが、余計に腹立たしい。
「全てを手にしてねぇだ……? ここまでやらかしておいて、まだ何かあるってのかよ!?」
「左様。学ぶ時間が、あまりにも少なかった故な」
俺の言葉にそう返すガルガンド。
奴は手に持った混沌玉を両掌で包み込むように持ち直した。
「我としては、もう少しあの場で学んでおきたかったのだがなぁ。無粋な輩に勤勉の邪魔をされてしまったのよ……」
「無粋な輩……?」
ガルガンドの独白に、眉根を寄せる。
つまり、こことは違うところで、奴は何かを行っていたわけか? だが、そこで行っていたことは、誰かに邪魔されて……。
いや、待て。
そもそも、あのオーブ……いったいどこにあったものだ?
ニヤリと笑ったガルガンドがつい、と手を上げた。
思わずそれに従い、後ろを見る。
先に見えるのは、混沌の森。
……ああ、そうか。
「……師匠がとりに行ってもらいたいって言ってたのは、その混沌玉か……」
「左様」
氷解した疑問を肯定するように、ガルガンドは頷いた。
混沌の森と呼ばれるこの場所は、きっと混沌玉を守るために、混沌玉を設置した物が据え置いた場所なのだろう。
そして、この村は混沌玉を守るために、こんな場所に居を構えているのかもしれない。
解けた謎に満足して頷きつつ、俺はガルガンドへと向き直る。
ニヤニヤと笑うガルガンドに対し、俺は努めて無表情を装って尋ねた。
「……ところで、どうして師匠がそれを俺に取りに行かせようとしていたのを知ってるんだ?」
「本人に聞いたからよ」
「……おじいちゃんから?」
尋ねられたガルガンドは、そう答える。
その答えを聞き、ミーシャが一歩前に出た。
「……どういうことよ? どうして、おじいちゃんがそのことをあなたに……」
「ミーシャ」
さらに二歩、三歩進もうとするミーシャの肩をグッと掴む。
そんな彼女の様子を見て、ガルガンドは笑みを深めた。
「どうしてもなにも、先ほど会ってきたところよ」
「会ってきた!? どういうことなの!? おじいちゃんは、家にいるはずよ!? なのになんで……!?」
「落ち着け、ミーシャ!」
ガルガンドの言葉に激昂するミーシャ。
ミーシャをなだめながら、俺は奴の言葉に納得していた。
そもそも、ここまで大騒ぎしておいて、師匠がまだ出てこないというのはさすがにおかしい。
奴の言葉が事実であれば、混沌玉が安置してあった場所まで師匠は出向いているということだ。
そして、奴はここにいる。そのことが示す事実は……。
「なに。我が勤勉に励んでいるところへ現れてな。これはタツノミヤリュウジのものだと喚いて襲い掛かってきおったのよ」
「襲い……!?」
「ミーシャ!」
ガルガンドが、ミーシャを挑発するように言葉を吐き出す。
一瞬、前に出かかるミーシャを俺は全力で抑え込んだ。
混沌玉を手に持つ今のガルガンドは、圧倒的に実力で勝る。そんな相手に、下手に突っかかっても無駄だ。
どうにか、攻略の糸口を見つけないことには、混沌玉を取り戻すこともままならない……!
「っ! 離してリュウジ! あいつ、おじいちゃんに!」
「まだそうだと決まったわけじゃ……!」
「大層激しく動く翁であったなぁ。まあ……」
俺を振り切ろうと暴れるミーシャをまっすぐ見据え、ガルガンドは口が裂けたかと思うほどに口角を吊り上げた。
「ああして痛めつけておけば、ここまで駆けつけることはあるまい。墓穴も、混沌玉を収めていた祠がある故、案ずることは」
「き……さまぁ!!」
「づぁっ!?」
ガルガンドのさらなる挑発に、ついにミーシャの堪忍袋が切れる。
叫び声と同時に、ミーシャは全身を振り乱し俺の手を無理やり引きはがした。
その時受けた痛みに、覚えがあった。ここ一週間で慣れ親しんだ、師匠の一撃だ。
口で何と言おうとミーシャも師匠の弟子ってことか……!
「ミーシャ!」
「邪魔っ!!」
「ごっ……!?」
ミーシャを押さえつける為、後ろから勢いよく抱き付こうとしたが、ミーシャの肘鉄を喰らって俺は後ろに吹っ飛んだ。
そのまますっ飛んだ俺はゴロゴロと無様に転がっていく。
俺をぶちのめしたミーシャは、そのまま勢いよくガルガンドに向かって駆けだした。
「うああぁぁぁぁ!!」
「フム。――」
向かってくるミーシャに手を差し伸べたガルガンドの口から、また例の音が零れる。
だが、ミーシャの姿が転移するということはなかった。
「なに……!?」
「やはりな」
思わず目を剥く俺の耳に、ガルガンドのつぶやきが聞こえてくる。
飛び上がり、蹴りを放つ彼女を躱し、ガルガンドはクロエへと目配せした。
クロエは頷き、刃から冷気をほとばしらせた。
「はぁっ!!」
「うくっ!!」
放たれた冷気を真っ向から浴び、ミーシャの動きが鈍る。
援護しようと、痛む腹を押さえて駆け出す俺に、ガルガンドは掌を向け、また呪文を唱える。
「そこにいやれ」
「ぐっ!?」
前に進んでいるのに、距離が遠のくという奇妙な現象に、思わず足をもつれさせる。
俺を元の位置に戻したガルガンドは、今度は空に手を向けた。
「貴様らも、そこにいやれ」
「きゃぁ!?」
「く!?」
いつの間にかガルガンドの上空を飛んでいたらしい、チルとミルが俺のそばに転移させられる。
不意を打つつもりだったか、あるいはこの場から離脱する気だったのか。
どちらにせよ、この二人もガルガンドから逃れられないか……!
「今、ヴァルトあたりに知られると厄介故なぁ……」
「くそぉ!!」
「縛土蛇」
「ぐぉ!?」
「リュウジさん!」
もう一度駆け出そうとすると、今度は魔法の縄で縛り上げられた。
土でできた蛇のような縄だが、中に通ってる魔力のせいでうまく引き千切れねぇ……!
ミルも慌てて俺に近づいて解こうとしてくれるが、緩む気配さえない。
むざむざ縛り上げられる俺の目の前で、懸命に戦うミーシャが少しずつ消耗させられていく。
「う、く……! こ、のぉ……!」
「フン!」
決して至近距離で競わず、離れた場所から冷気を浴びせ続けるクロエ。
ミーシャも覇気で対抗するが、少しずつその動きが鈍っていった。
「フム。さすがに、これだけ連続で冷気を浴びせれば、源理の力と言えど鈍るか」
「源理の力……!?」
俺をそのまま捩じ切ろうと凶悪に縛り上げてくる縄に苦しむ俺の言葉に、ガルガンドは小さく頷いて見せた。
「主にも縁ある力よ。もっとも……これより先に関わることはあるまいが」
「どういう意味…、が……!?」
「また、強く……!?」
さらに強く縛り上げる縄のせいで、言葉を無理やり中断させられる。
くそぉ……! いつもなら、とっくの昔にこんな縄ちぎってるってのに……!
何とかガルガンドの拘束を解こうとするが、結局引きちぎることも、ミルが解くこともできず。
「う……あ……」
ついに、ミーシャが膝を突く。
「ミーシャァ!!」
「さえずるな小鳩よ。頭に響く」
叫んでミーシャの元に駆けつけようとするチルを、また元の場所に飛ばすガルガンド。
さらに飛び立とうとするチルに、骸骨たちがのしかかっていった。
「おとなしせい、アホンダラァ!」
「うわぁ!! 離せぇ!」
「チル!? ……すいません、リュウジさん!」
チルが襲い掛かられるのを見て、ミルが俺から離れて彼女を助けに行く。
ミルは俺に謝ったが、別にかまいやしない。ミルには悪いが、今の状況じゃ、いてもいなくても変わらねぇ……!
「さしもの主も、解けぬか」
「ぐ……っ!!」
愉快そうに俺を見下ろすガルガンド。
反論してやりたいところだが、歯を食いしばっていないと気絶してしまいそうなほどの痛みが全身から響き渡る。
そんな俺の姿に、ガルガンドは満足そうに頷いた。
「やはり混沌言語による呪文強化は有効か。源理の力には優位に働かんようだが……」
なるほど。この解けない縄は混沌言語とやらによる強化の結果か……!
土を元にしたにしては、不自然なほどに拘束力が強いしな……!
自らが施した魔法の結果に満足したのか、ガルガンドはミーシャのそばにまで降りていった。
「さて。では、次の実験といこうか」
「く、そぉ……!」
もはや唇は青く、顔も真っ白なミーシャが何とかガルガンドを睨みつけるが、意に介した様子もなくガルガンドはリッキーちゃんMk-Ⅱに乗るリアラに指示を出した。
「リアラどの。それから降りてはもらえぬか?」
『ふえ? なんで?』
「これより先のための実験と、リッキーちゃんMk-Ⅱが究極の肉体にどれほど近づいたのか試したいのです」
『おっけー!!』
ガルガンドの言葉に機嫌がよさそうに叫んで、リアラがリッキーちゃんMk-Ⅱから飛び出してくる。
リアラが飛び出したコックピットにミーシャを収め、ガルガンドは俺の方へと振り向いた。
「――時に、こちらへと主が向かう際に主が対峙してきた化生であるが、あれはこの世界の生物に魔術言語で干渉したものよ」
「あぁ……!?」
痛みに顔をしかめる俺に、ガルガンドはさらに続けた。
「魔術言語には限界があり、そのものが持っている固有の属性に手を加えることはできても、全く別のものを植え付けることは叶わぬ。
――魔法とは、あくまで法則を再現するにとどまるものゆえ。完全な無より有を生み出すことは叶わぬのだ」
唐突に語られた魔法の真実。
だが、理解できない。そもそも魔法の原理なんて知ったこっちゃないし、そもそもそれを俺に対して解説する意味も分からねぇ……!
リッキーちゃんMk-Ⅱのコックピットをしっかり締めるガルガンドの話は止まらない。
「この機会兵には強い肉体を持つが意志力は持たぬ。そしてこの娘は意志力を持つが強い肉体を持たぬ。どちらもいまだ究極には程遠いものよ。あるいは、この二つが合わされば、究極に近づけるの矢も知れぬが……」
どこかわざとらしい調子で、ガルガンドは悲しそうに言葉を紡ぎ。
不意に。ガルガンドの口が裂けた。
「時に混沌言語がこの二つを混ぜ合わせることができると言ったら……主はどうする?」
一瞬、痛みも思考もどこかへと跳んでいった。
ガルガンドの言葉の意味が理解できなかった。
つまり……何を言いたいんだ? こいつは?
そんな俺を愉快そうに眺めながら、ガルガンドはリッキーちゃんMk-Ⅱに手をかけた。
「では……実践してみよう」
ガルガンドが手に持つオーブから、鈍い光が放たれ始める。
奴の口からはまた聞き難い音が漏れ始め、やがてリッキーちゃんMk-Ⅱの巨体が輝きはじめる。
決して眩しくない、虹色の光がリッキーちゃんMk-Ⅱを覆い隠し、そしてその姿を少しずつ変え始めた。
離れていた腕はくっつき、少し輪郭が変わっていき……頭頂部と思しき場所から小さな何かが生えてきた。
ガルガンドの顔が深く歪む。
やがてガルガンドの口から洩れる音が止まり、リッキーちゃんMk-Ⅱを覆っていた光も収まる。
そうして姿を現したリッキーちゃんMk-Ⅱは……その姿を大きく変容させていた。
世界に存在する法則を組み合わせ、そして再現するのが魔法であり、魔術言語。
ならば、混沌言語はいったい何を行えるのか? その答えは――。
以下、次回。