No.148:side・ryuzi「隆司、ガルガンドと相対する」
「死霊団の連中が攻めてきた……」
「大丈夫だったの!?」
「……まあ、形的にはな」
クロエの持つ刃から、鋭い冷気が迸る。
「ハァッ!」
呼気とともに放たれた斬撃が冷気を解き放ち、通り道にあった雑草が音を立てて凍りつく。
前回の、吹雪いた街の中であれば、避けられなかった一撃だが、今回は違う。
俺はその一撃をなるたけ軽い動作で避け、一気に間合いを詰める。
そして手にした石剣を振り上げ。
「……シッ!」
一気に振り下ろす。
クロエはそれを紙一重で躱し、避けられた刃は地面を深く抉る。
クロエは回避した勢いを利用し身体を回転させ、一撃を見舞う。
返す刀でそれを受け止め、全身を一気に押し込んでクロエの身体を弾き飛ばす。
「っらぁ!」
「くぁっ!?」
たまらずたたらを踏むクロエに、蹴りを打ち込む。
カァン!と思っていた以上に軽い音が響き渡り、クロエの身体がゴロゴロと吹っ飛んでいく。
……死霊団と俺たちの戦いは、今のところは俺たち優位に動いていた。
「そーれ、吹っ飛べー!!」
「「「「「ぎゃわー!?」」」」」
「本当に軽いです……」
そもそも主力たる数で勝る骸骨どもだが、ミルとチルが強く仰いだだけで飛んでいくような軽さである。攻撃が当たらないくらいの位置から、下に向かって強く羽ばたいて飛んでもらうだけで、もう骸骨どもはなすすべがない。
リッキーちゃんMk-Ⅱの相手は、ミーシャとシュバルツのコンビにお願いしている。
といっても、倒すのではなくひきつけてもらうのが目的だ。
『むぎー!! 一発くらい当たりなさいー!』
「当たったら大変じゃない!? シュバルツちゃん、お願い!」
―ヒヒィン!―
飛んできた拳をミーシャが躱し、着弾したそれを引き戻さぬうちにシュバルツが蹴り飛ばして破壊を試みる。
表面装甲が凹むほどの後ろ蹴りが決まるが、それでも元気にリッキーちゃんMk-Ⅱは拳を引き戻す。
『フッフーンだ! 何度やっても同じだもんねー!』
得意げにリッキーちゃんMk-Ⅱの中から吠えるリアラだが、その間に骸骨どもが大量にやられていっているのには気が付いていない。
一番めんどくさいのが、リッキーちゃんMk-Ⅱ操るリアラとクロエが一緒に行動することだ。最低限、それさえ凌げれば、後は各個撃破の形でなんとかなる。
「……というわけで、さっさと倒れてくれや。あまり、長くミーシャに相手してもらうわけにもいかんしな」
「減らず口を……!」
クロエが立ち上がる。
今の蹴りも、大したダメージが入っていないようだ。少なくとも、蹴りを入れた腹を抑えるような動作はしていない。
……いや、そもそも、中身があるのか? そう疑いたくなってきた。
実際に奴の体そのものに攻撃を加えられたのは、今日が初めてだが……。
「……フン、気になるか? 私の身体が」
俺の不審そうな眼差しを見て、何を考えているのか理解したらしい。
クロエはそう言いながら、剣を地面に突き立てた。
「こうして鎧を着ている割には軽い……。そう言いたいのだろう?」
「……まあな」
クロエの言葉を肯定するように、俺は肩をすくめた。
先ほどの蹴りを入れた時に響いた音……あれは、中身が詰まっていないパイプを叩いた時に響き渡る音に似ていた。
さらに、全身鎧を着ている割には機敏に動くし、吹き飛び方も何だか軽いように感じる。
人間の身体というのは意外と重い。俺もこっちに来てから覇気のおかげか相当な身体強化がされているが、それでも全身鎧を着た相手を吹き飛ばすのはそこそこ骨だ。
持ち上げて投げ飛ばすのと、攻撃した余力で吹き飛ばすのとだと力の入れ方が違うからだろう。だが、それにしたって……。
そんな俺の疑問を、クロエは一発で氷解させた。
「ならば答えてやるよ……。これが私の身体だ!」
叫んで、クロエは上半身の鎧の前の部分を外した。
その中には……。
「なっ……」
何も、無かった。
クロエの鎧の中はまったくのがらんどうであり、その中に収まるべき人の肉体が存在しなかった。
そんな中で首だけは優雅に浮いており、それが一際クロエという騎士の存在を異形たらしめていた。
……がらんどうの鎧と生首を片手に戦場をかける異形の騎士……。
「そうか、お前……首なし騎士か!」
「よく知っているな。察しの通り、私は首なし騎士だ」
首なし騎士クロエはそう言って、元のように鎧を付け直す。
見た目純正騎士のクロエがどうして死霊団にいるのかやや疑問だったが、これでようやく分かった。
首なし騎士は死を告げる存在だが、妖精という解釈のほかに上位のアンデットとして考える向きもある。
この世界での首なし騎士は、多分アンデットとして扱われるのだろう。
そうなると馬がいないのが残念だが、その馬に当たるのがシュバルツの予定だったのだろう。
「……あの一撃を喰らっても無事だったのは、そういうわけか」
「理解が早い……その通りだ。私たちアンデットにとって、肉体の欠損は魔力で補うことができる。全身を一撃で消滅させるか、あるいは源理の力で触れぬ限りは私たちを滅することはできない」
クロエの言葉に、俺は考える。
まずいな……。源理の力とやらがいったい何なのかも検討が付かねぇし、こいつを一撃で消滅させる方法なんて思いつかねぇぞ。
そうなると、身体のないクロエが圧倒的に有利だ。今まで魔王軍との戦いは、向こうがある程度消耗すれば撤退してくれていたが、クロエにそれを望むのは難しいだろう。たぶん、今までの町での占領戦も、疲れ知らずの死霊団が、その物量と体力量の差を利用して押し切ったのだろう。
今回も同様に、連中は数で勝る。これじゃあ、圧倒的に俺たちが不利か……。
「チッ。不死のアンデットが相手とはな……」
「………羨ましいか? この身体が」
現状を理解して顔をしかめる俺を見て、クロエが不意にそんなことを伺ってきた。
唐突過ぎる質問に眉をひそめるものの、俺は首を横に振って否定した。
「んにゃ。あいにく、不死に興味はなくてな。今の状態も、正直持て余してるくらいだ」
「そうか……」
正直に答えた途端、クロエの表情が変わる。
「私は羨ましいなぁ、お前が……」
羨望と嫉妬……そして憎悪が入り混じった、きわめて凶悪な表情に。
「生きた人間……魔力と覇気と意志力を行使する者たち……。私はそれらがひどく羨ましい……」
クロエは言って、何かを掻き抱くように自分の身体を抱きしめた。
「マルコ様に生み出されて幾星霜……! 我が身を望まれず、疎まれ続けた日々……! 私は憎んだよ、このがらんどうの身体を! あのお方は人を望んだ! 源理の力を行使するものを!」
今まで溜めこんできたナニカを吐き出すように言葉を紡ぎ続けるクロエ。
その鬼気迫る様子に、思わず後ずさりする。
そんな俺を睨みつけて、クロエは続けた。
「わかるか、お前に……! 望まれていないと、面と向かって言われたものの気持ちが! マルコ様に生み出されながらも、存在そのものを否定された私の気持ちが!?」
「……わかんねーよ、そもそも」
思わず反射的にそう呟いてしまう。
だいたいマルコなんて名前の奴すら知らねぇし。どっかで聞いたことはあるんだが……。
俺の返答を聞き、顔を怒らせるクロエ。
「ああ、そうだろうなぁ! だから私は、私たちは――!」
叫んで刃に伸ばされた彼女の手を、しわがれた掌がそっと抑え込んだ。
「そこまでよ、クロエ。余計なことを啄むな」
「………っ!! ガル、ガンド殿……!?」
驚愕に顔をゆがめるクロエ。
そんな彼女を見下ろすガルガンド。
……っていうか、ちょっと待て。なんだ、今の。
あいつ、いつ現れた?
「そなたの希望は我が知る。しかし、余計なところでこぼせば、その芽も潰えるぞ?」
「……申し訳、ありません」
ガルガンドに窘められ、クロエは冷静さを取り戻したようだ。
先ほどまで纏っていた鬼気は収まり、ゆっくりとした動作で剣を取り戻す。
ガルガンドはそれを確認して、改めて俺に向き直った。
「久しいな、戦士よ。いつ以来ぶりぞ?」
「さあな。覚えてねぇよ」
そう言いながら、俺は油断なく構えた。
こいつが現れたからにはろくなことにはならねぇ……。そもそも、道中の化け物どもだって、こいつが手がけた作品だろう。
こうして出てきた以上、何らかの秘策を引き連れているに違いねぇんだ……。
ついでに言えば、さっき唐突に表れた種も割れてねぇ。
転移で飛んできたなら、空間が歪むとか、それなりにわかりやすいエフェクト的なものが見えるはずだ。それすらないというのは、正直ありえない……。
「……不思議か? 我が唐突に表れた故に」
「……まあな。どんな手品だ?」
慎重な俺の様子を愉快そうに見つめるガルガンド。
正直に肯定すると、ガルガンドは手に持っていたオーブを掲げてみせた。
「隠す意味もない。教えてやろう。これが仕掛けよ」
「……ただのオーブじゃねーか」
鈍色に輝く水晶球は、どう見てもただのオーブにしか見えない。
そんな俺の無知をあざ笑うように、ガルガンドは続けた。
「知らぬで当然。これぞ、旧世界からの遺産の一つ混沌玉……」
「……かおすおーぶ?」
またなんかそれっぽいものが出てきたが……。
いぶかしげに混沌玉を見つめる俺の前で、ガルガンドはオーブに魔力を込める。
「これぞ、古の太古より知識を……言葉を伝えるもの……。その言葉は摂理を、法則を、理を……あらゆるすべてを捻じ曲げて、ただ結果だけを残す」
ゆるりと輝きを増すオーブ。
なぜか背筋に嫌な汗が流れおち、全身に鳥肌が立つほどの寒気が起こる。
「なにしてんだテメェ……!!」
「ほんの余興よ。軽く、実技というこう」
ニヤリと笑ったガルガンドは、口から何かを唱え始める。
……それは、音というにはあまりにも冒涜的とさえ言えた。
全身に沸き立つ嫌な予感は加速し、空間が歪んだガラスのように軋んだ音を立てたように見えた。
……だが、全ては一瞬のうちに終わっていたらしい。
気が付いた時には、俺の背後にミーシャたちがまとめられ、逆にガルガンドの背後にはリッキーちゃんMk-Ⅱや骸骨たちの姿があった。
「え? え!?」
「な、なにがあったのー!?」
「魔法……!? いえ、魔力は感じなかった……!?」
突然の出来事に、ミーシャたちが悲鳴を上げる。
向こうもそれは同様なようで、骸骨たちが突然の出来事に混乱している。
そんな悲鳴をBGMに、ガルガンドは得意げに混沌玉を掲げ上げてみせた。
「見たか? これぞ、混沌玉より賜る源理の力……法則崩壊言語・混沌言語よ」
「法則崩壊言語……混沌言語……?」
耳慣れぬ言葉に首をかしげるが、それ以上のヤバさに背筋が凍る。
骸骨たちやリッキーちゃんMk-Ⅱだけならまだしも、ミーシャやチル、ミルまで転移させただと……!?
……以前、フィーネに聞いたことがある。どうせなら、魔王軍を一気に後ろのほうに転移させれば一発で蹴りが付くだろうと。
フィーネは答えた。それは無理だと。
自分以外の何かを転移させるなら、マーカーが必要不可欠であり、それを魔王軍に気が付かれないようにしかけるのは不可能だと。
ガルガンドが、あの一瞬でミーシャたちに何らかのマーカーを仕掛けられたとは思えない。
つまり奴は、マーカーなしにすべてのものを転移させたということだ。
これは、今この場にいるすべての存在がガルガンドの掌の上にいるということに等しい……!
「怯えるか……? そう、当然よなぁ……?」
「く………!」
にやりと笑うガルガンドを見て、俺は思わず後ずさりする。
やばいってレベルじゃねーぞ、マジで……!!
旧世界からの遺産、混沌玉。それが、ガルガンドの手に堕ちた。
それを取り戻すことが、隆司にはできるのか?
以下、次回。