No.147:side・ryuzi「隆司、再び戦う」
「……ハーピー達も見つけられてない、か……」
「その時点で、王都まで来てたのかな……?」
「いや、それはねぇな」
「え? どうして、そう言えるの?」
……俺が、この村までやってきて、一週間かそこら経った。
あれからずっと、師匠に稽古をつけてもらっているが、覇気を修得できそうな気が全くしない。
師匠との立ち合いは、多少反応できるようにこそなってきたものの、それでも師匠の動きや攻撃について行ききれず、最後にはノックアウトされてしまう。
その間、師匠の身体から放たれる覇気を感じ取ろうと集中するが、ほとんど感じ取れたことはない……。
あと頼りになりそうなのは、クロエを撃破した時の感覚だろう。あの時、どんなふうに覇気を使ったのか、思い出すことができれば……。
「あんまり、根詰めないほうがいいよ? リュウジ」
「ミーシャか」
拳を握って考える俺に、ミーシャがそう声をかけてきた。
いつも通りに師匠に伸され、そのまま座り込んで考え始めた俺を見かねたんだろう。
顔を上げると、心配そうな顔つきで俺をじっと見つめていた。
「いくらリュウジに覇気の才能が溢れてるって、おじいちゃんが太鼓判を押してても、実際に身に付くのに一年かかるとかざらなんだから。そうして急いで、怪我しちゃったら元も子もないよ」
「そーだそーだ! それより遊べー!」
「おぶっ」
どーんと、背中に体当たりをかまされ、フッサフサの手羽が俺の身体を包み込む。
「ああ、もう。あとで遊んでやるから、ちょっと離れろチル」
「やーだ! 今遊ぶのー!」
「ああ、すいません、リュウジさん! ほら、チル、離れなさい」
「あー!」
俺の身体をガクガクと揺さぶるチルを、慌てて近づいてきたミルが引きはがしてくれる。
魔王軍偵察部隊である彼女たちも、まだこの村に滞在している。ただし、イルはもういない。昨日、話し合いの末、一枚しかない転移用の呪符を使って一人で帰っていったのだ。何か滞在報告がどうのと言っていたのがちらりと聞こえたが、そんなに重要なことなんだろうか。
チルを羽交い絞めにして何とかおさえこもうとしているミルに、俺は問いかけてみた。
「ところで、一枚しかない長距離用の呪符を使ってまで、イルを帰してよかったのか?」
「ほら落ち着いて! ……え? ああ、はい。あまりに長くお暇しすぎましたからね。本来なら、もうとっくに本隊に合流している予定なんです」
じゃあ、なんで帰らないんだよ。とは口が裂けても言わない。
昨日、実際に聞いて大暴れしたチルの鉤爪にエライ勢いで引っ掛かれたのだ。めっちゃ痛かった……。
たぶん、精神年齢だと間違いなくチルが一番下だな……。衛生兵のミルが、多分年齢的には一番上だろう。見た目がほぼ一緒だし、ひょっとしたら姉妹なのかもしれない……。
顔をしかめた俺を見て、昨日のことを思い出したのか、ミルは申し訳なさそうな顔になって頭を下げた。
「……本当に申し訳ありません。修行のお邪魔までしてしまいまして……」
「いや、まあ、それは良いんだけどさ」
丁寧に頭を下げてくるミルに、俺は手を振って見せる。
一応妹がいる身としては、チルの態度もわからんでもない。
こっちに来てから、恐らく初めての人間の友達だ。きっと離れがたいんだろう。
そしてそれは、ミーシャの方も同じで……。
「ほーら、チル! わがままいわないの! 今日もあたしと一緒にあそぼ!」
「うー、わかったー」
まだぶー垂れているチルをなだめながら、ミーシャは率先して彼女の相手を務めようとしていた。
たぶん、ミーシャにとって歳の近い妹みたいな感覚なんだろう。今まで一人っ子だったというのも相まって、とてもうれしそうにチルの相手をしてやっている。
師匠との修業をやっている俺が軽く話し相手になってるだけでもうれしかったといった彼女にとって、それだけでなく一緒に遊んでくれる相手となれば嬉しいなんてものじゃないだろう。例え、相手が人間でなくとも。
鬼ごっこに興じる二人を眺めつつ、俺は小さくつぶやいた。
「ホント、仲良いよな二人とも」
「ええ、本当に。ミーシャさんも、チルも、楽しそうで……」
俺と同じように二人を眺めつつ、ミルは願う様につぶやいた。
「……本当なら、このまま平和な時間が続けばいいんですけれど、ね」
「……?」
国に攻め込んでいる組織の人間にしては、妙なセリフだった。
確かに必要以上に敵意を振りまく必要はないだろうが、ミルは戦うことに対してあまり良い感情を抱いていないように感じる。
……ひょっとして、魔王軍にも反戦派がいるのか? もしそうなら、そこからテコ入れして魔王軍との和平に持ち込めたりはしねぇもんかね。
「……お前さ」
そんなことを企みつつ、ミルに声をかけようとする。
その瞬間。
「うわぁぁぁぁぁぁ!?」
「「「「!?」」」」
村の入り口……混沌の森とは反対の方から悲鳴が上がる。
急いで立ち上がり、俺たちは悲鳴が上がったほうへと駆け抜けた。
「ミーシャ! この辺で、混沌の森に棲んでる以外の獣って、危険なのか!?」
「ううん! 混沌の森に棲んでる獣に比べたらかわいいものなんだけど……!」
なら、いったい何が来たんだ……!?
距離としては、そんなものではない。家を二、三軒避けて通り、村の入り口に到着した俺たちを迎えたのは……。
「オラッシャァ! 跪かんかい人間どもぉ!」
「死霊団のお出ましやでぇ! オラオラぁ!」
続々と魔法陣の中から飛び出してくる、大量の骸骨どもの姿だった。
その異様な姿に、村人の多くが怯え、そして連中が噴き出してくる魔法陣から離れていく。
「死霊団!? どうしてここに!?」
連中の姿を見て、ミルが悲鳴を上げる。
ずっと探していた連中が、まさか自分のいる場所にやってくるとは思わなかったのだろう。
だが、どうしては重要じゃない。
問題は……。
一歩前に出て、俺は一声吠えた。
「何の用だ、お前ら!」
「アァン?」
骸骨の一人がメンチを切るように俺を睨みつけ、ガタガタと顎を鳴らした。
「何の用もあるかボケがぁ! このシマは、今日からわしらのもんじゃ! 文句言わせんでぇ!?」
「なにふざけたこと言ってるのさ! この村は渡さないよ!」
骸骨の宣言を聞き、ミーシャが噴飯しながら前に出てきた。
華奢な彼女を見て、骸骨は愉快そうに骨を鳴らした。
「ハッハハハ!! お嬢ちゃん、やる気かぁ? やんなら命がけやでぇ!?」
「フン! 骨だけのスッカスカな奴に負けるほど、私は弱くないよ!」
ミーシャは叫んで、拳を構える。
そんな彼女の隣に、チルが並んだ。
「ミーシャ! 私もやる!」
「チル! いいの!?」
「もちろん! ミーシャの敵は、私の敵だもん!」
力強く言い切るチル。
俺は、彼女の背中をちょっと困ったように見つめるミルの方を見た。
「いいのか? このままだと、死霊団と事を構えることになると思うんだけど」
「……まあ、いいです。こうして行動を起こすということは、本隊の意向を無視するということ。なら、その理由を問わないといけませんから」
チルの行動に対して、そう理由を付け、ミルも戦闘態勢に入る。
行動を開始しようとする三人の少女たちを前に、俺も一息ついて構えた。
「ああ!? なんや、この鳥娘!? やんのか!?」
「やるよ! 超やるよ!」
「おもろいやんけ! いてこましたろやないかぁ! いくでぇ!」
叫んで、骸骨がチルに向かって襲い掛かる。
が、チルは大きく羽ばたいて飛翔。骸骨の手が空しくかする。
そんな骸骨の腰骨に、勢いよくミーシャの胴回し蹴りが刺さった。
「ごばぁ!?」
砕け散る骸骨。ミーシャはその姿を見て、鼻で笑った。
「ふん! おっきなこという割には、脆いね!」
「兄弟!?」
「こんガキャァ!! ぶちころ、ぼへぁ!?」
叫んで突進しようとした骸骨を、ミルが上空から強襲。
その一撃でひるんだ一団に、俺は突っ込んでいった。
「な、何やお前らぁ!?」
「あなた方に、聞きたいことがある者です!」
「おとなしくしてくれや。しなくても、ぶっとばすけどな」
「ちょま!? ぎゃぁぁぁぁぁ!?」
骸骨の頭を掴んで、周りの連中ごと巻き込んで振り回す。
そのままの勢いで、骸骨の身体を大群に向けて投げつける。
続いてミーシャが翼を羽ばたいて強風を起こす。
「強風撃!!」
「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!??」」」」」
諸々吹き飛ばされていく骸骨ども。
さらに追撃を加えるために、ミーシャとミルも突っ込んでいった。
「やー!!」
「この村は、渡さない!!」
何とか起き上った骸骨どもを、そのまま一気に粉砕する勢いである。
……前やった時も思ったが、こいつら自体はホント弱いんだよな……。
こいつらと戦ううえで問題なのは……。
「ミーシャ、避けろ!」
「え!?」
俺の言葉に反応し、ミーシャがその場から跳ぶ。
同時に、ミーシャがいた場所へと巨大な拳が突き刺さった。
『ふっふっふっ! リッキーちゃんMk-Ⅱの一撃を躱すとは! やるわね!』
「な、なにあれ!?」
魔法陣の中から出てきた鋼鉄ゴリラpart2を見て、ミーシャが悲鳴を上げる。
リアラが乗り込んだリッキーちゃんMk-Ⅱは、下半身が存在せず、ふわふわとホバークラフトか何かの様に浮いていた。
ミーシャに向かってはなった拳も胴体につながっているわけではなく、電気か何かでつながっていた。
リッキーちゃんMk-Ⅱが肩を引くと、勢いよく拳は戻っていき、ふわりとリッキーちゃんMk-Ⅱの隣へと並んだ。
「お前も出てくるかよ……」
「そうだ。そして私も当然いるぞ」
不敵な声に目をやれば、リッキーちゃんMk-Ⅱの背後から、クロエがゆっくりと出てくるところだった。
その姿に、俺は目を剥いた。
「クロエ……!? 生きていたのか!?」
「……こうして、お前の前に姿をさらせるようになるまで時間はかかったがな……」
以前つけていたバイザーはなく、鎧の意匠も以前のものと比べるとずいぶんとスマートになっている。
相変わらず全身鎧のままだが、前のものよりずっと軽そうだ。
あの斬撃痕の深さから、まず間違いなく生きちゃいないと思っていたんだが……。
「……だが、生きているというのは正しくない……」
「……?」
一瞬、クロエの口から何かが語られかけた。
その言葉の意味に俺は首をかしげるが、クロエは一瞬の迷いを振り払うように剣を抜き払った。
「……いいや、生きている! そのために、今、戦う!!」
「……意味は分からねぇが、戦うんなら、応じさせてもらうぜ」
クロエが持つ刃は以前の戦いで見たものだ。だが、今回は状況が違う。
「シュバルツ!」
―ヒヒィーン!!―
俺の声に応じて、シュバルツが駆け抜けてくる。
その姿を見て、クロエが剣を構え、リアラもリッキーちゃんMk-Ⅱを唸らせる。
さあ、やろうか……!
平和な村にやってくる、死霊の一団。
修行もままならぬまま、隆司は戦いに身を投じる……。
以下、次回。