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No.15:side・kota「光太修行中」

 木剣と木剣が打ち付けあう乾いた音が、兵舎脇の訓練場に響き渡る。

 今日、僕の相手はこの国の王子である、アルト王子だった。


「ハッ!」

「……!」


 掛け声とともに打ち掛かると、冷静にそれを受け止められる。

 木剣をはじかれて打ち掛かられるけれど、今度は僕が受け止める。

 剣劇の応酬。凡庸といわれちゃうとそれまでだけれど、僕らは常に真剣にそれに挑んだ。

 さらに二、三度打ち合いを続け、僕は勝負に出ることにする。


「……ィヤッ!」


 打ち込む瞬間、相手が剣で受け止めるタイミングでさらに一歩踏み込んだ。

 ガギリ、と今までにない音を木剣が奏でた。


「う……!?」


 王子がたまらずたたらを踏んだ。


「セェイ!」


 僕はそのまま体ごとぶつかって、王子の体を弾き飛ばす。


「うぁ!」


 たまらず尻餅をつく王子。そして王子の喉元に木剣の切っ先を突きつければこの打ち合いは終了だ。


「そこまで!」


 王子の喉元に木剣を突きつける前に、勝敗が決したとみたらしいアスカさんの制止の声が聞こえてきた。

 僕はその声に従って、素早く剣を引き、王子に一礼。

 そして息を荒げている王子に向かって手を差し伸べた。


「王子、けがはありませんか?」

「ああ、はい……」


 王子は僕の手を取って体を起こし、ゆっくりと呼吸を落ち着けていった。


「これで三勝四敗。あと一勝で、王子に追いつけますね」

「ええ、そうですね……」


 僕が笑ってそういうと、王子も笑って返してくれた。

 でも、その笑顔は申し訳なさそうというか、壁一枚隔てた遠慮のようなものが見え隠れするものだった。

 ……この間、礼美ちゃんと一緒に街を案内してもらった時もそうだったけれど、アルト王子は僕たちに対して遠慮というか、少し距離を取って接しているような気がするんだよね。

 やっぱり異世界から来た子供が相手だからかな?と思ったんだけど、それも少し違う。

 僕らが王子にこの国や世界について質問するたび、王子は申し訳なさそうな顔をするんだ。

 まるで「ごめんなさい」と謝りたさそうな顔を。


「王子、先ほどのように――」


 アスカさんにさっきの試合の内容に関して注意されている王子の背中を見つめながら、僕は王子の表情の理由を考える。

 王子が僕たちに感じている感情の正体が、僕の考えているように申し訳なさだったとしたら、どうしてそんなものを感じているんだろう?

 ひょっとして、僕たちを召喚してしまったことに対する謝罪なのかな?

 もしそうなら、僕はどうすれば王子の心を晴らしてあげられるんだろうか……。


「おう、アスカ。お疲れー」

「ハッ。団長も、お疲れ様です!」


 そうしてうんうん唸っていると、僕の背後から団長さんの声が聞こえてきた。

 振り返ると、団長さんがいつものように棒を担いで立っていた。でも確か、隆司の訓練をやっていたと思ったんだけど……。


「団長さん、隆司はどうしたんですか?」

「ああ、あいつか? さっき、ギルドの使いとやらが来て喜び勇んででてったぜ?」


 ああ、ギルドに行ったのかぁ……。この間ギルドからお肉を持って帰ってきたときは、本当に嬉しそうだったからなぁ。

 ちょっと、うらやましい。せっかく異世界に来たんだから、この世界ならではの生き物を見つけたり、ギルドに登録して依頼とかこなしてみたいなぁ……。


「……コウタ様。コウタ様はまだこちらに来て日が浅いのです。今しばらくは、修練を重ねていただきますよ?」

「え? あ、はい」


 アスカさんが急にそんなことを言ってきた。ひょっとして、顔に出てたのかな?

 隆司にも、お前顔に出やすいなぁ、なんて言われたことがあるし、気を付けたほうがいいのかなぁ。


「おいおいアスカ。いくらコウタと離れたくないからって、そんな物言いはないんじゃないか?」

「なっ!?」


 団長さんの言葉に、アスカさんが顔を真っ赤にした。

 ? どういう意味だろ。

 意味が解らず首を傾げると、にやにやとなんだか悪いことを考えている隆司みたいな顔をしている団長さんに、アスカさんがガー!と吠えるように詰め寄っていった。


「だ、団長! そのようなことは決してありません!」

「そうか? じゃあ、俺が見た朝から晩までみっちりきめられたコウタのトレーニングメニューは見間違いかなぁ……?」

「み、見たのですか、あれを!? というか、その手に持っているのは!?」


 いつの間にか団長さんがひらひらさせていた一枚の紙を見て、アスカさんが顔色を変えて一生懸命取り戻そうとしている。

 ぴょんぴょんアスカさんが飛んでも絶妙な位置取りで動いて紙を取らせない団長さん。さすがだなぁ。って、感心してる場合じゃないか。


「団長さん。アスカさんが嫌がってますよ?」

「フフフ、これは愛の鞭さコウタ」

「愛の鞭、ですか?」

「そう。今までたった一人の剣士ということで団の中でも浮いていたアスカに、ようやく訪れた転機……。これを逃せば次の機会いじるタイミングはないと俺は思うのだよ!」

「何の話ですかっ!!」


 怒声一発。何とか紙を取り戻したアスカさんは、大急ぎでそれをポスターみたいに丸めてしまう。

 でも、団長さんの言葉を借りれば、あれは僕のトレーニングメニューなのかな?

 ちょっと気になるかな? やっぱり僕のトレーニングだし。


「アスカさん、それ見てもいいですか?」

「だ、ダメです!? それだけは、絶対に!!」


 アスカさんの声に込められた絶対の拒絶意志に、思わず僕は目を丸くした。

 そんなにひどいメニューなのかな? たとえば、一日で百人斬り達成とか……。

 そんな僕の様子を見てか、ハッと気が付いたようなアスカさんは気まずそうな顔になった。


「こ、これはまだ完成してないトレーニングなのです。なので、完成したら御覧に入れようと……」


 アスカさんの言葉に、ああと頷く。

 それならさっきの言葉も納得だね。まだ未完成なら誰にも見せたくないのは当たり前か。


「そうなんですか? なら、楽しみにしてますね」


 僕はそういって微笑んだ。アスカさんが作ってくれるメニューなら、きっと隆司やみんなの足手まといにならないように強くなれるはずだ。

 すると目の前で急に紅くなったアスカさん。ボンと音が聞こえてきそうな勢いだ。


「ど、どうしたんですかアスカさん!?」

「な、なんでもありません! お気になさらずぅ!!」

「そ、そういわれても……」


 ホントにいきなりだよ!? 大丈夫なの!?


「勇者様ぁ~」


 アスカさんの肩に手を置いて支えようか迷っていると、城の方からアルルさんの声が聞こえてきた。

 バスケットを抱えてこちらに駆け寄ってきたアルルさんは、顔を真っ赤にしているアスカさんを見てクスクスと小さく微笑んだ。


「あら~? アスカってば、相変わらずねぇ」

「な、何が相変わらずだっ!?」


 アスカさんがどなり声をあげるけど、気にした様子もなくアルルさんは僕の方を向いた。


「勇者様~。アスカってば昔から赤面症の気がありますからぁ、あまりお近づきになってはダメですよ~」

「赤面症、ですか?」

「アル、もがっ」

「はい~。昔なんかぁ、男の子がそばにいるだけで顔真っ赤にしてぇ、大変だったんですから~」


 なぜかアスカさんの口をふさぐアルルさんの言葉に、僕は小さくうなずいた。

 そうなんだ。でも、普段騎士さんといるときはそんな風には見えないんだけどな?

 首を傾げると、僕の言いたいことを察してくれたアルルさんが補足してくれる。


「騎士団に入ってからはぁ、多少はましになったんですよ~? 男の人がたくさんいますから~」


 ああ、なるほど。結構女の人もいるけど、男の人が多いものね。いつも一緒にいれば慣れちゃえるか。


「~! ぷはぁっ!」

「もちろん、それだけじゃないわよね~?」

「やかましいわっ!」


 何とかアルルさんの手をはがしたアスカさんは、顔を真っ赤にしながらアルルさんに怒鳴り声をあげる。

 ニコニコと笑顔になりながら「きゃ~♪」と言いながらアスカさんから逃げ回るアルルさん。

 何とも微笑ましい光景に、思わず顔がほころんだ。

 アスカさんとアルルさん、本当に仲がいいなぁ……。


「くそ、のらりくらりと!」

「きゃ~こわ~い♪ 勇者様ぁ、助けてください~♪」

「うわ!?」

「なっ!?」


 急に胸の中に飛び込んできたアルルさんを、あわてて受け止めた。

 びっくりしたぁ……。


「あ、アルル……! 早くコウタ様から離れろ!」

「勇者様~、アスカが怖いです~」

「えぇい、猫なで声を出すなぁ!」


 僕が何かを言うより先に、アスカさんがアルルさんを僕から離してくれた。


「あ~ん、勇者様~」


 声は助けを求めるそれだけど、顔は明らかにアスカさんの態度を面白がっているそれだった。

 これ、どうしたらいいんだろ……?

 とりあえず、助けを求められたので、アルルさんに味方することにしよう。


「ええっと……。アスカさん、もうそのくらいで……」

「いいえなりません! このアホには一秒でも早く常識を叩きこまねば……!」


 それほど常識破りじゃないと思うけど……まあ、多少は目に余るかなぁ……?

 ちょっと判断に困っていると、アルルさんは頬を膨らませて手に持ったバスケットを見えるように持ち上げた。


「ぶぅ~! そんなこというんならぁ、アスカにはお昼ご飯上げないんだから~」

「え、お昼ごはん?」


 アルルさんの言葉に空を見上げると、もう太陽が天上に差し掛かる頃合いだった。

 王子と七連戦してる間に、結構時間過ぎてたんだなぁ。


「はい~。私ぃ、お料理もできますから~」


 にっこり笑ってバスケットの中身を見せてくれる。

 中には具がたくさん詰まったサンドイッチだった。

 それを見た途端、僕の体はお腹がすいたと激しい自己主張を始める。


 ぐー。


 遠慮ない音に思わず顔が赤くなるけど、アルルさんはそんな僕の反応に嬉しそうに微笑んでくれた。


「フフフ、大丈夫ですよ~。たくさんありますからね~?」

「あ、あはは……」


 恥ずかしくなってごまかし笑い。

 アルルさんは背中を引っ張っているアスカさんの方を見やった。


「ね~?」

「何がねー、だ……まったく……」


 呆れたようにため息をつきながら、アスカさんはアルルさんの背中から手を離す。


「では、しばし休憩としましょう。コウタ様」

「わかりました。アスカさんも一緒ですよね?」

「……ええ。片付けが終わったら、ご一緒させていただきますね」


 アスカさんは微笑んでそういうと、王子や団長さん、ほかの騎士さんたちのところへと向かっていった。

 やっぱり、アスカさんくらいになると忙しいのかな?


「じゃあ勇者様ぁ、こちらへどうぞ~」

「あ、はい」


 アルルさんに言われて、いつの間にか敷いてあったシートの上に腰かける。

 バスケットを開いて、中にあったコップを持ち出し、アルルさんは何かの呪文を唱え始めた。


湧水ウォーター


 アルルさんの呪文に合わせて水の玉がコップの真上に生まれ、コップの中身を満たしていく。


「すごい、こんな魔法もあるんですね……!」

「はい~。フィーネ様くらいになりますとぉ、アペルやオランゲのジュースを出せるんですけどね~」

「そうなんですか……」


 僕たちの世界ではアペルはリンゴ、オランゲはオレンジのこと。なんだか語感というか、根っこの部分はそっくりなんだよね。

 でも、フィーネ様は何もない所からリンゴジュースが出せるのかぁ……。


「さあ、勇者様~。アルル特性サンドイッチ、ぜひご賞味ください~」

「はい、いただきますね」


 僕は野菜がたくさんはさんであるサンドイッチを手に取り、さっそく一口頂いてみる。


「ん~……」


 おいしいなぁ。レタスみたいな野菜はシャキシャキと歯ごたえがあるし、一緒にはさんであるトマトみたいな野菜も程よい酸味が効いてる!

 何より、それらの野菜に和えてあるドレッシングが絶妙! 野菜の味を邪魔しない素朴な風味が具材のおいしさを引き立ててる!


「おいしいですね!」

「本当ですか~!? よかった~」

「このドレッシングは、ひょっとしてアルルさんのお手製ですか?」

「あ、おわかりになります~? いろんな調味料を混ぜ合わせた特性ブレンドなんですよ~」


 魔法薬を調合する要領で作るんですよ~、と自慢そうに言いながらアルルさんもサンドイッチを食べ始める。


「ん~、おいしい~」

「アルルさん、魔法だけじゃなくてお料理もできるんですね」

「はい~。どっちも趣味の範疇なんですけどね~」

「あはは、そんなことないですよ」


 アルルさんは僕の魔法の先生をやってくれているけど、周りの魔法使いの人たちに比べて頭一つ抜けてレベルが高いみたいだった。

 ほかの人が気が付かない僕の発音の間違いに気がついたり、真子ちゃんみたいに詠唱なしで魔法発動したりもできる。

 その上料理もできるなんて……ホントにすごい。


「アルルさんなら、きっといいお嫁さんに慣れますよ!」

「………………」


 僕の言葉に、アルルさんは軽く目を見張る。

 そしてゆっくりと笑顔を大きくすると。


「なら、勇者様?」

「はい、なんですか?」

「私のことを、もr」

「チェストォ!」


 後ろからやってきたアスカさんに後頭部を蹴り飛ばされた。

 え、ちょ、なんで!?


「言わせん! 言わせんぞぉ!」

「いった~い! 何するのよ!?」

「そういう貴様は何を言おうとした!?」

「ガルルルルル!」

「グルルルルル!」


 そのまま睨み合いが始まっちゃった……。

 わけがわからず呆然とする僕のことを、遠くから王子と団長さんが笑って見つめていた。




 やっと表題っぽい話が書けた気がします……。

 このように基本的に光太・礼美視点ではこういったラブコメいた話、それ以外では作品全体を進める裏話的な視点で進めていきたいと思います。

 そんなわけで次回は礼美ちゃん視点となりますー。


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