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No.144:side・ryuzi「隆司、修業が難航する」

「修行ねぇ……。滝に打たれたりしたわけ?」

「針の山を歩いたり……」

「目隠しして、複数の達人と戦ったり?」

「なんでお前らの修業感、そんなに狂ってんの?」


 師匠との修業を開始して数日。

 その工程は、決して順調とは言い難かった……というか。

 修行の内容が基本的に師匠との組手オンリーってどういうことなの?

 あの人「習うより慣れるじゃよぉ」って言ってたけど、欠片も慣れる気配がないんですけど……。

 混沌の獣を蹴り一発で沈めるような化け物相手してるこっちの身にもなってくれよ。骨折とか問題なくその場で治るけどさぁ。

 ブチブチ愚痴りつつ、俺は最近の日課となりつつある水汲みをこなす。

 師匠の家に泊めてもらっており、基本的に力仕事をさせてもらっている。

 師匠の家にはミーシャと師匠以外には誰も住んでおらず、ミーシャの両親……つまり師匠の子はすでに他界してるとか何とか。

 ミーシャは深く触れて欲しくはなさそうだったので、あまり話は聞いていないが、聞きもしないのにいろいろ話してくれるおばさんの話では、混沌の森から出てきた獣との戦いで亡くなったらしい。

 村唯一の井戸までデカい瓶を持ち込み、水を組んで中を満たしていく。

 その作業の中で、ちらりと混沌の森の方を見る。

 村との距離は、それなりに離れている。村自体も柵で覆われているが、正直どれだけ働きを成すのやら。

 実際、混沌の森で生まれる獣に対抗できるのは現時点で師匠とほか数名だけで、その数名もチームを組んで当たってようやく一匹の獣を撃退できる程度で、単体で獣をどうにかできるのは師匠だけらしい。

 この辺は、師匠が教えている覇気の適性者の少なさが原因らしいが、そもそもあの人誰かにものを教えるというのに向いていない気がする。

 典型的な天才肌というか、普通の人間にできないことが呼吸する感覚でこなせるせいで、何ができずにいるのか理解していない気がする。で、そのままものを教えようとするせいで、まともに学ぶことができない、と。

 正直、あの人のもとで修行してて覇気に目覚めたって奴がいる方が驚きである。

 瓶一杯に水を組み、その瓶を持ち上げて家まで戻る。

 瓶一杯の水ともなれば、人一人に持ち上げられるレベルの重さではない。が、俺にとっては大したことはない。重くはあるが、持てないわけじゃない。普通の荷物感覚で持ち運べる。

 ……師匠に言わせれば、こうして人を凌駕する身体能力を発揮する時点で、俺の覇気の才能は図抜けているんだとか。身体強化は練気の分野らしいが、それを完全な無意識でこなしているらしい。

 だからあとは、覇気を自分でコントロールする感覚を掴めれば、発気……シュバルツやクロエを倒した例のアレも問題なく使えるようになるはずらしいんだけど……。

 そもそも、こうして瓶を持ち上げるのだって、ホント意識して覇気とか使ってるわけじゃないのに、どうやっては気を使う感覚とやらを修得すればいいのやら……。

 憂鬱にため息をつきつつ、家まで戻る。

 そしていつものように朝飯を平らげた後は、日が昇るまで、師匠との組手である。


「ほい」

「ぶほぉっ!?」


 なんということもなく繰り出された師匠の掌底を腹に食らい、さっき食ったばかりの飯を吐き出しそうになる。

 ただの掌であるが、そこから放たれる衝撃は明らかに一介の老人が繰り出せるレベルではない。

 これも練気を利用した一撃らしいが、一体どんな風に覇気を使っているのかすら、よくわからない……。


「まだまだいくぞい」

「ちょま、げはっ!?」


 そのまま飛び上がった師匠の膝が側頭部に見事に決まる。

 鉄でも詰まってんのかと疑いたくなるほど堅い膝が、俺の脳髄の中身を揺らし、そのまま意識がブラックアウト。


「――ジ。リュウジってば!」


 そして気が付くと、俺の顔を覗き込むように、ミーシャが俺を見つめていた。


「大丈夫?」

「……あんまり大丈夫じゃねぇ」


 ミーシャにそう返しつつ、鈍い痛みを発するこめかみを抑えつつ、上半身を起こした。

 空を見上げれば、もう太陽は天井を少し過ぎ、斜めに傾きはじめていた。

 ……ここ最近は、だいたいこんな感じである。


「おじいちゃんもがんばるなぁ。リュウジが気絶するまでやるんだもん」

「……そうだな」


 俺の隣に腰かけるミーシャに、俺はぼんやりと答える。

 初めこそ、目の当たりにした強さから、師匠に師事することに疑問を挟まなかったが、立った数日でその考えに疑念が湧き上がってしまった。

 ホントにこんな調子で覇気を修得できるんだろうか? 毎日師匠に打ち負かされてるだけなんだですけど。


「でも、リュウジもすごいよねー。ちゃんと、おじいちゃんの動きについて行ってるんだもん」

「……そうかぁ?」


 現実に打ちのめされて打ちひしがれる俺に、ミーシャが羨ましそうな声を上げる。

 じっとりとした眼差しで彼女の方を向くと、キラキラした眼差しで見つめ返された。


「だって、私なんかほとんど本気になってもらえないんだもん。私だって、おじいちゃんの弟子なのにだよ?」

「お前も、覇気を習ってんのか?」

「うん、そうだよ!」


 ミーシャも師匠の弟子だと聞いて目を丸くする俺。

 彼女は嬉しそうに頷いて、ぴょんと立ち上がった。


「なんなら、組手してみる? あたしだって、そこそこ戦えるんだよ?」

「んー、やめとく。まだ頭いてぇ」


 シュッシュッと拳を振り回すミーシャに、俺は億劫にそう答えた。

 俺の返答にミーシャは不満そうではあったが、俺が師匠に打ち負かされたシーンを見ていたのか、それでも納得してまた俺の隣に腰かけた。


「それなら、我慢するよ。でも、いつかはきちんと組手しようね?」

「そうなー。俺が覇気を使えるようになったらなー」


 ミーシャにそう返すが、正直ミーシャと組手する気は起きなかった。

 俺より小柄な女の子だ。戦うという発想自体がナンセンスだと思う。


「……何か失礼なこと考えてない?」

「めっそうもない」


 俺の思考を読んだらしいミーシャが、俺の顔を睨みつける。

 読まれた俺は内心どきりとしつつも、首を横に振って否定しておく。

 しばらく不満そうに俺を見つめていたミーシャだが、すぐに首を横に振った。


「じゃあ、そういうことにしておいてあげる」

「そうしてくれるとありがてえわ」


 ミーシャの言葉に感謝を表す俺。

 そんな俺を見て、不意にミーシャが嬉しそうに微笑んだ。


「……フフッ」

「ん? どうした?」

「うん。リュウジとこうして話ができるのが、楽しくて」


 言って、ミーシャはぐるりと村の中に目をやる。


「この村、私と同い年の子がいないからさ……。誰かと話をしてても、だいたい敬語だから」

「ああ、言われてみりゃ、ほとんど子供がいねぇよな」


 ミーシャの言葉にうなずきつつ、俺も村の中に目をやる。

 村の中を行きかう人々は、いずれも壮齢というか、それなりに歳をとった人たちばかり。子供や若者の姿はほとんど見られない。

 俺の視線を追いかけながら、ミーシャがポツリとつぶやく。


「この村、混沌の森のそばにあって危険だし、海湖(ソルト・レイク)もないから、ほとんど変化もなくて、だいたい若い人は出てっちゃうんだよね」

「だろうなぁ……」


 静かな農村……といえば聞こえはいいが、実際に暮らすとなると変化のなさというのは、いっそ苦痛ですらある。

 しかも唯一の変化が混沌の森から現れる獣だ。死と隣り合わせの刺激など、普通の神経なら御免こうむるだろう。


「向こうで結婚したら、もうこの村のことなんか忘れて、そっちに腰を落ち着けちゃうから、帰ってくるってこともなくて……」


 つぶやいて、ミーシャは膝を抱え込む。


「たまにでいいから、会いたいんだけどねー」


 小さな呟きは本当にさびしそうで。

 きっと、小さなころは仲が良かった人も、村から出ていってしまったのだろう。

 そんな彼女に、俺は聞いてみる。


「なら、お前も出てっていいんじゃないか? 別に、師匠も止めないだろ?」

「……それはやだよ。おじいちゃんから、離れたくないもん」


 俺の言葉に、拗ねたようにミーシャが返す。

 考えてみれば、そうか。両親がいないミーシャにとって、師匠は唯一の肉親だ。

 なら、離れがたいのも当然だわな……。


「わりぃ。失言だった」

「いいよ、気にしないで。きっと、リュウジ以外の人も同じこと考えるし」


 俺の謝罪を笑って受け止めたミーシャは、勢いよく立ちあがった。


「とにかく! そんなわけで、弟弟子ができて、私はとてもうれしいわけです!」

「弟……」


 弟といわれて、俺は渋い顔つきになる。

 ……見た目的に、ミーシャの年齢が俺より上ってこたぁないだろう。背は小さいし胸は薄いし。さらに言うなら、歳を喰った貫禄的なものもない。


「……また何か失礼なこと考えなかった?」

「とんでもございません」


 再びの失言に、俺は速攻で土下座の体勢に移行する。

 真子といい、どうしてこう、女って生き物は鋭いんだろうね……。

 しばらくむーっと俺を睨みつけていたが、すぐに気を取り直したミーシャが、指を立ててこんなことを言い出した。


「……まあ、いいや。ともあれ、そんな姉弟子から、弟弟子にアドバイスです!」

「アドバイス?」

「そ! ……まあ、おじいちゃんから教わったことなんだけどね」


 照れくさそうに笑いながら、ミーシャはこんなことを俺に教えてくれた。


「考えるな! 感じろ!」

「………………」


 某カンフーマスターのようなセリフを吐き出すミーシャ。

 思わずポカンとなる俺。

 そんな俺に構わず、ミーシャは言葉を続けた。


「覇気って、始めのうちは意識して使うってすごく難しいから、使おう使おうとすると、余計に使えなくなっちゃうんだって。だからまずは感じること! それが上達の近道です!」


 ドヤァ……って感じのミーシャを、俺は胡乱な眼差しで見つめる。

 結局は師匠が言ってることとそんなに変わらねぇじゃねぇか……。

 その覇気を使う無意識の感覚ってのも、すでによくわからねぇし……。


「ああ、うん……ありがとうございます」

「素直でよろしい!」


 俺がそう言うと、ミーシャは満足そうに頷いてくれた。

 ……結局何の足しにもならなかったけれど、俺のためを思って言ってくれたことには違いないんだよな。

 心配してくれたこと自体は、素直に喜んでおくことにする。うん。


「しかし、感じろ……ねぇ」


 拳を握ったり開いたりしながら、俺はミーシャからのアドバイスを繰り返す。

 師匠も言っていたが、覇気の行使自体はこなせているらしい。

 なら、その先はどうやって身に付けたらいいんだ……?

 悩む俺の耳元に、何やらざわめきが聞こえてきた。


「……? なんだ?」

「なんか、向こうの方に誰かが来たみたいだけど……」


 ミーシャの方を見ると、彼女にも心当たりはないらしい。

 顔を見合わせた俺たちは、騒ぎの方に向かってみることにした。




 難航する修行。そんな隆司の元に、何者かが現れる。

 それは、いったい誰なのか? 以下、次回。


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