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No.141:side・ryuzi「隆司、思い、悩む」

「混沌の森って、また安直というかなんというか……」

「まあ、実際その通りの森だったよ。少なくとも、普通の生態系じゃねぇな」

「僕も一度行ってみたいなぁ……」


 それからしばらくの間、混沌の森へと向かう途中の旅は実に平穏に進んでいった。

 その途中にある町にも寄ってみたが、骸骨どもに占領されているというようなこともなく、実に平和なものだった。

 だが、さすがに見たまま平和というわけではなかったらしい。


「いやいや! 実は数日前まで変な連中にこの町占領されててね」


 夜も遅くなり、途中で寄った街で唯一の酒場兼宿屋でこの町の様子を尋ねたら返ってきた答えがこれだ。


「変な連中?」

「ああ。骨だけで動く、奇妙な連中でな。ほかの町と交流するなって、俺たちの出入りを見張ってたのよ」


 店主の言葉に顔をしかめる。

 やっぱり、この町も占領下にあったのか……。

 でも、それなら今はどうして解放されてるんだ?


「その連中、誰かに追い払われたのか?」

「いやいや。お仲間がやってきたと思ったら、みんな出ていっちまったのさ。詳しくは知らんけど、なんか急いでるように見えたねぇ」

「そうか……わかった。ありがとう」


 俺は店主に礼を言い、そのまま二階の自分の部屋へと上がっていった。

 空いていた部屋の中に入り、床を壊さないように慎重に石剣を置く。

 安っぽい作りのベッドに身体を投げ出し、そこでようやく一息ついた。

 そして、顔をしかめて俺はぽつりと独り言を呟いた。


「どういうことだ? 今までは行く道行く道全部占領されてたのに、今度はみんな解放されてるときていやがる……」


 ここ数日で回った街は、ほとんどが死霊団の連中から解放されていた。

 どの街にも、骸骨だけの連中に占領されていたという話があり、そのすべてでほんの少し前にその連中から解放されたという話が聞ける。

 今までは、化け物まで使って街を占領してたってのに、手のひらを返したように街を解放する……。ますます連中の目的が見えねぇ。まるで愉快犯だ。

 そんな連中の不気味さに顔をしかめる一方、俺の中では一つの考えが浮かび始めていた。

 ここまでで、もう占領されている街はない。つまり、ここから先も占領されている街がある可能性は低いのかもしれない。

 ……ここいらで、一度王都に戻るべきではないだろうか?

 そう考えながらも、俺はその考えを改めるようにベッドの上でごろりと転がる。

 だがしかし、ここから先も占領されていないという保証はどこにもない。仮に、今までの町のように何らかの脅威にさらされているなら、一刻も早く解放すべきだろう。

 そこまで考えて、俺はここ数日で自問自答を繰り返している問いへとぶつかった。

 ……だけど、そこまでする理由が俺にはあるんだろうか……?

 ここまで来ておいて、何を今更と俺は自嘲する。が、鎌首をもたげた問いは、そう簡単には晴れてはくれない。

 きっかけは、先日のクロエとの死闘の最中。死を予感させたあの戦いの中、俺は何故あんなところで戦っていたのかと、ふと疑問に思った。

 初めは、義憤だった。アシッドスライムを使った骸骨どもの非道が、許せないから旅を続けた。

 だが、俺は心のどこかできっと慢心していたに違いない。ああして死を前にして、どうして俺はこんな目に合っているのか、と理不尽を感じてしまった。

 こういう時、光太の奴なら迷わず進むんだろうけどな……。

 今ここにいない、正義感の塊といってもいいような友人のことを考える。

 こういう時、あいつは何も考えずにまっすぐ進む。困っている人が、いるかもしれないというだけで、あいつにとっては戦う理由になりえる。元の世界じゃ、それが原因でいらない苦労を引き寄せたものだ。

 俺は、そんなあいつを後ろから追いかけて、適宜必要なところでツッコんだり引っ張って押し止めたりするばかりだった。

 少なくとも、自分から理由をつけて厄介ごとに首を突っ込むことは絶対になかった。

 礼美と真子も、そんな感じだったらしい。こっちほど、暴力沙汰に近いことはなかったらしいが、それでも困っている人を助けようとする礼美の手綱を、真子が引っ張る。そんな感じだったらしい。

 だが、真子は俺と違い、戦うことに対して何かしらの折り合いはつけたらしい。少なくとも、魔王軍と戦うことに迷いは見せていない。

 光太。礼美。真子。この三人と違い、俺は別に魔王軍と戦おうと思ったことはほとんどない。あるとすれば、ヴァルト将軍との戦いのときくらいか。あとはほとんど、ソフィアに会うために戦場に出ていたようなものだ。

 ニアミスが続いた時期があったが、その時は憂さ晴らしに近い感覚で暴れていた。俺にとって、魔王軍との戦いはそういう物だったのだ。ソフィアに会えるか、会えないか。会えなかったとしたら、その憂さを晴らすか、晴らさないか。

 だが、本格的に一人旅を始め、そうもいかない事態に直面し、俺は今更ながらに戦いという物に疑問を覚えてしまった。

 言ってしまえば、信念や願い。俺はそういったものを今まで持たずに、魔王軍との戦いに臨んでいたことになる。

 その事を自覚し、さらに考える。なら、ソフィアのことは戦う理由にはならないか?と。

 ……すぐに無理だと判断できた。

 ソフィアのことは、生きる理由やこの世界にとどまる理由にはなっても、魔王軍と戦う理由にはならない。

 もしソフィアのことを理由にするなら、すぐに魔王軍の軍門に下るべきだろう。まあ、今のところはソフィアもこちらとの戦いを望んでいる節があるので、それに応じる形を取ればいい。

 だが、こちらでの死霊団との戦いではその限りではない。むしろ、ソフィアとはなんら関わりのない戦いだ。仮にソフィアを俺の戦う理由とするのであれば、ここまでしたことは無意味……とは言わずとも実りのあるものではないということになってしまう。

 だからと言って、今更義憤に燃えて死霊団を征伐するというのもどうかと思う。それは俺のキャラじゃない。

 この手の問題に一番強い光太が羨ましく思えてきた。あいつは不正が許せず、誰かが傷ついたり虐げられているという状況を最も嫌う。ゆえに、誰某がいじめられていると聞けば、クラス単位でどうにかしようと足掻く。

 そこに打算や計算は一切ない。ただ感情の命じるままに、誰かを救うという行為を行う。例え誰に理解されずとも、感謝されずとも、あいつはあいつの心のままに戦う。今までだってそうだったし、きっとこれからもそうだろう。

 正義の味方という者が本当にいるのであれば、きっと光太のような人間を差すのだろう。たとえ傷ついても、あいつは誰かのために戦うことをやめはしない。

 偉大な絵本作家が「正義の味方というのは誰かのために傷つくもの」といったらしい。確かにあいつを見ていると、その通りだと実感する。

 対する俺は、どうだろうか? 戦うときは必ず光太の後をついていき、こちらに来てからはソフィアに会うことだけを目的とし、いざ一人で戦うとなれば傷つくことを恐れて足踏みをする……。

 少なくとも、正義の味方じゃねぇな。ガラじゃないのもあるが、それ以上に俺には眩すぎる生き方だ。

 ……あいつとの付き合いは、始めはあいつから突っかかってきたことだ。何が気に食わないのか、毎日のように俺に喧嘩を売ってきた。

 だが、あいつの姉貴にそれが見つかって、あいつがそれをごまかすために俺と友情ごっこを始めた。

 最初の頃こそ、なんでわざわざなんて嫌な顔しつつそれでも付き合った。そのうち、あいつの家にも足を運ぶようになって、ある日、あいつの姉貴に礼を言われた。

 「私たちの弟と、本当の友達になってくれてありがとう」と。

 当時の光太は、本当の意味での友達、というのがいなかったらしい。少なくとも、家に呼んだのは俺が初めてだったのだという。

 昔っから周囲から引っ張りだこな光太のことだ。呼ばれることはあっても、呼ぶことはなかったんだと思う。

 あいつの姉貴にそう礼を言われたとき、俺は子供心に友情ごっこを終わらせることを決意した。

 ごっこではなく、ホントの友達になってやろう、と。

 それからは、光太と真剣に友達づきあいをして、時には笑って、時には喧嘩して、そうしていくうちに、あいつも少しずつ変わっていき。

 いつしかあいつは、誰かのために傷つくことをためらわない、そんな人間になっていた。

 誰かを助けようという姿勢自体は、下の姉貴の影響だと本人も言っていた。だが、傷つくことを恐れないその芯の強さは、あいつ自身のものだろう。

 そんなあいつの生き方はひどく眩い。時には目を背けたくなるほどに。

 ……ああ、だからなんだな。礼美と一緒になってほしいのは。

 唐突に、そのことに気付く。

 礼美もまた、誰かのために傷つくことを恐れない。そんな彼女のことを理解できるとしたら、きっと同じ強さを持つ光太だけだろう。その逆もまた、然り。

 他の誰かであれば、その傷を舐めて治してやるのだろう。だが、あいつらに本当に必要なのは、きっとその傷を理解してくれる人間だ。

 だからこそ、あの二人には一緒になってほしい。眩いあの生き方を、曲げて欲しくはないから。

 しかし……。

 そこまで考えて、再び思う。

 だとしたら、今の俺はあの二人に誇れるような人間なのだろうか……?

 誰かの死を前にして義憤に燃え、いざ自身が死に瀕した時はその理不尽に嘆く。そんな俺は、あいつらに……光太に胸を張って友達だと言えるのだろうか……?

 考えつつ、またごろりと身体を転がす。

 光太なら、きっと笑顔で俺のことを友達だと言ってくれるだろう。礼美もそうかもしれない。真子は、なんとなく鼻で笑ってあしらわれて、そのあとで何をそんな当たり前なことを、と言いそうだ。

 今後、死霊団と戦うとなれば死を覚悟する可能性もある。ガルガンドが相手なら、特に。

 そんな彼らに、今の俺は友達足りえるのだろうか。肩を並べて、足並みをそろえられるだけの、覚悟はあるのだろうか……。

 思い悩むが答えは出でず、旅の供たるシュバルツは応えてくれない。

 俺は枕に顔をうずめて、ひたすら考え続けた――。




 思考が二転三転空回り。隆司の頭はくるくる回る。

 答えは出ずとも時間は進む。今更進んだ道は戻れない。

 以下、次回。


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