No.140:side・ryuzi「隆司、起死回生の一撃」
「あんたにも弱点なんてあったのね」
「しみじみというんじゃねぇよ」
「無事に帰ってこれてよかったね、隆司君……!」
シュバルツとクロエの戦いは、一進一退の攻防を見せた。
シュバルツはすでに、俺と戦った時に展開した黒い装甲を身に纏い、ブリザードを放つクロエへと果敢に突撃を繰り返す。
「く!?」
クロエはブリザードを再びシュバルツに解き放つが、それを物ともせずシュバルツは突貫。
すんでのところで躱すクロエ。それに向かって方向転換するシュバルツ。
どうやら、シュバルツの纏う装甲は冷気を遮る効果があるようだ。どれだけ突貫しても、全く動きを鈍らせることがない。装甲の効果、というよりはシュバルツ自身が冷気に強いだけかもしれないけど。
だが、クロエの方が動き自体は素早い。さらに地面には雪も積もっている。シュバルツの動きは鈍っていないが、全開とはいかない。蹄も滑っているのか、十分地面を蹴り飛ばせていないようだ。
どちらも致命的な一撃を打ち込むだけの隙を見出しきれていない。だが、シュバルツの動きには一抹の不安が残る。
その不安とは、ズバリ俺だ。シュバルツは、クロエのブリザードが俺にかからないように立ち回ってくれている。
当然、クロエにもそのことはばれている。シュバルツへの攻撃を行う射線上に、俺が重なるように立ち回ろうとしている。だが、俺に攻撃を仕掛けようとすると、シュバルツが突撃してその邪魔をする。
今のところは、シュバルツの攻勢がうまくいっているおかげで俺の方に攻撃は届いていない。だが、いつこちらに攻撃が来るかはわからない……。
肝心の俺は、まだ体が凍えてうまく動かない。全身が震え、とてもじゃないがまともに立てそうにすらない。
くそ……! こういう時、魔法が使えればと切実に思う。
少なくとも口は動く。言葉を唱えれば威力として敵にダメージを与えられる魔法がどれほど便利なことか……!
寒さのせいで縮こまった筋肉じゃ、石剣を振り回すことさえ出来やしねぇ……! こちらに直接ブリザードが吹き付けられることはなくなったが、低くなった気温自体はそのままだ。
うまく体を動かせない悔しさに歯噛みをし、手に持った石剣をへし折る勢いで握りしめる。
と、その時。不思議なことが起こった。
なんとなく、石剣を握った手が温かくなったような気がしたのだ。
「……?」
シュバルツとクロエの攻防から目をはなし、思わず石剣を見下ろす。
いまだ握りしめたままの石剣の柄……いや俺の手そのものがぼんやりと輝いているように見えた。
その光を見て、思わず石剣から手を離す。
途端、俺の手から漏れていた光が消える。
完全に取り落す前に、石剣を握りしめる。
光らない。
力を込める。
光った。
「………………」
さらに力を込めると、光はだんだんと石剣の方へと移っていった。
光が灯った手の部分は、冷気による冷たさがなくなり、逆に暖炉のそばにいるかのような温かさを感じる。
こりゃ、一体なんなんだ……? 死に瀕したせいで、隠れていた能力が覚醒したとか?
思わず自嘲の笑みを浮かべる。そんな都合のいい展開があるわけがねぇか。
だが……。
石剣にともった光は、徐々に腕のほうにも上っていく。
寒さによって感覚がなくなっていた腕に、いつもの感覚が戻ってくる。
これなら……。
「っ! 貴様……!」
クロエが、俺の変化に気が付いたのか、こちらの方を向いた。
時を同じくして、肩周りまで、いつもの感覚が戻ってくる。
「させるかぁ!!」
クロエが、俺に向かって駆けだす。シュバルツに邪魔されないよう、ブリザードを叩きつけながら。
シュバルツは、それに逆らうことなく、踏ん張った。
顔は俺の方へ向けたまま。シュバルツの目は、どことなく俺を信頼しているようにも、試しているようにも見えた。
そんなシュバルツの視線に、俺はニヤリと笑って見せる。
これが、起死回生の一手となるかどうか……。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
眼前まで迫ったクロエが、勢いよく剣を俺に振り下ろす。
一瞬遅れて、俺も剣を振り上げ。
「――――ッ!!!!」
下ろす。
瞬間、クロエの姿を飲み込むほどの巨大な斬撃が現れた。
「!?!?!?!?」
驚愕の表情のまま、斬撃に飲まれて吹き飛ぶクロエ。
あたりを轟音が支配し、斬撃は一直線に地面を斬り裂いていく。
そんな凄まじい光景を呆然と見つめる俺だったが。
「……く、ぁ……」
斬撃が終息すると同時に、全身から力が抜け、そのまま倒れてしまう。
頬に当たる雪が、さっきよりも冷たく感じたのは、気のせいだったのだろうか……。
「………………」
次に目覚めたときは、俺はベッドの上で横になっていた。
見慣れぬ天井を目にし、二、三度瞬きを繰り返してから、ゆっくりと体を起こす。
「………?」
周りを見回すと、消毒液の匂いとこちらの公用語で書かれたラベルの張られた小瓶が目に入る。何かのクスリらしい。
さらに飾り気のない部屋と、多くの薬品が治められた棚がある。どうも病院か何かに運び込まれたらしい。
今着ている服も、どうも患者服のような趣がある。少なくとも、旅支度の中にこんな服は突っ込まなかった。
とりあえず、現状を確認しようと思い、ベッドから這い出すとガチャリと部屋のドアが開いた。
「っ!? 君は……もう起き上がっても大丈夫なのか!?」
扉の向こうから顔を出した眼鏡と白衣を装備した医者らしい男が、スリッパに足を通している俺を見て目を見開いた。
「ああ、うん……頑丈なのと治りが早いのだけが取り柄だし……」
本当は、少し疲れが抜けていない気がするが、とりあえず彼を安心させるためにそう言って頷いておく。
すると、本当に安心したようにお医者様はため息をついた。
「そうか……よかったよ。雪の中で倒れている君を見つけた時は、生きた心地がしなかったよ……」
お医者様はそういうと、俺の方に近づいて、脈をとったり、瞳孔の開き具合を確認したりし始めた。
「……うん、特別異常は見られないね。しかし、本当に治りが早いな……普通なら、一ヶ月は寝込むと思うんだけれど……たった一日で回復するなんて」
「ホント、それだけが取り柄なんで」
思わずごまかすように笑う。正直、ちゃんと説明できる気もしないしな……。
しかし、一日しか経ってないのか。てっきり、もっと寝込むもんだと思ってたが……。
自身の人外ぶりを再認識しつつ、俺は目の前のお医者様に尋ねた。
「……で、ちょっと聞きたいことが」
「なにかな? 答えられる範囲で答えるけれど……」
「雪の中で倒れてる俺を見つけたって言いましたけど……この町にはもう、侵略者はいないんですか?」
俺の質問に、お医者様は真剣な表情になり、まっすぐに俺を見つめてきた。
「そうだね。もう、この町を占領していた謎の集団はいないよ……。質問を返すけれど、君が彼らを?」
「どうっすかね……」
俺はお医者様の質問を否定するように首を振る。が、さすがにあの一撃にクロエが耐えられたとは思わない。
「俺の服は?」
「もう乾いているよ。だが、まだ雪は残ってるし、外も寒いよ?」
「かまいませんよ。俺の一張羅だ」
そういって、俺はお医者様から服を受け取り、さくっと着替える。
「シュバルツ……俺が乗ってきた黒くてでかい馬がいたと思うんですけど、今はどこに?」
「この診療所の前でじっと待っているよ。あの子には感謝だ。君は僕一人では運べなかったよ……。どんな鍛え方をしてるんだい?」
「俺を運べなかったって……」
思わずお医者様の顔を見つめるが、特にふざけている様子はない。俺の身体は、平均的な高校生くらいの重さだったはず。お医者様が虚弱体質でない限り、一人で運べないなんてことはないだろう。
まさか、体重まで変わってるとはな……。
さらなる人外ぶりにへこみつつ、着替えを終える。
「……俺が倒れてた場所まで案内してもらっていいですか」
「ああ、構わないよ」
快く請け負ってくれたお医者様に先導され、俺は町へと出ていった。
外でじっとしていたシュバルツの首筋を撫でてやりつつ、俺は道中でお医者様に詳しい話を聞くことにした。
「この町が骨みたいな連中に占領されてしまったのは、半月くらい前か」
「半月前……」
「占領、と言っても基本的に外との交流を行わないように、と言われたぐらいで、少し前までは普通に暮らしていたんだ」
町の中では、たくさんの人が雪かきを懸命に行っていた。雪の量もあるが、まともな道具がそろっていないせいで、結構苦戦しているように見える。
道々の人たちに手を振って挨拶をするお医者様。どうやら、町の中じゃ知れた人らしい。
「普通に、っていうにはずいぶんひどい光景ですけど……」
「そうだね……。こうなり始めたのは、ほんの数日前からなんだ」
「数日前?」
その期間の短さに、思わず眉根を寄せた。
雪を積もらせること自体は、あの剣の力を身をもって知っているので不思議ではない。
けど、意図が読めない。半月前にこの町を占領済みなら、わざわざ力を誇示して町の住人たちを従わせる理由もない。
「……連中は、何か言ってましたか?」
「特に説明はなかったよ。君もあっただろうけれど、あの騎士の女性がやってきて家から出ないように一方的に告げて、町をこんな様子にしてしまったんだ」
そう言って、屋根まで積もった雪を示した。
突然、こんな風に町を攻められては、従うよりほかはないだろう。
結局、深く連中が何をしたがっていたのか聞くこともできず、過ごしていたんだろう。
……ほかの町と、ほとんど一緒か。今までの町も、唐突にやってきた侵略者に対抗できず、為すがままというパターンだった。
そして、ほとんどその目的が語られることもなく、ただ圧倒的な力を見せつけられたと。
まるで、力を誇示すること自体が、目的のようにも見える。侵略する上では、それも重要な戦術だとは思うが……。
やっぱり、違和感はぬぐえない。目的の見えなさが、不気味といってもいい。
化け物を町に解き放つのは、まだ実験ということで納得もできる。が、今回はそれも難しい……。
あるいは、新しい武器の試運転か何かかもしれないが、それなら直接俺たちのいる王都に来た方が早い。
こんなところで、待つ理由はないはずだ……。
「さて、もうすぐ君が倒れていた場所だよ」
思考に没しかけた俺を、お医者様の声が引き戻す。
ハッと気が付いた時には、確かにクロエと戦っていた町の中心まで到着していた。
が、その景色は随分様変わりしていた。
「………」
思わず、唾を飲み込む。
目の前にあったのは、深い深い爪痕。
深く抉られた爪痕のような、斬撃痕が長く道の向こう側まで伸びていた。
仮に、家屋に伸びていれば、真っ二つになっていたのは想像に難くない。
気絶する前に、クロエに放った一撃……まさか、これほどのものとは……。
「君が倒れていたすぐそばに、こんなものが落ちていたよ」
そう言って、お医者様はポケットから一つの残骸を取り出した。
真っ二つにされたそれを手に取り、合わせてみると、クロエが顔にかけていたバイザーのようにも見える……。
「……死体、とかは……?」
「大丈夫。死者は出なかったよ」
わずかに震える声で問いかけると、お医者様は俺を安心させるように力強くそう言ってくれた。
少なくとも、目に見える形で遺体が残っていた……ということはないようだ。
……初めの町で出会った骸骨には、明確な殺意をもって攻撃を仕掛けた。
あの外道な始末に耐えられなかったのが、一番の理由だ。あの手の外道に遠慮するつもりはない。
だけど、今回のクロエの場合、そこまでするつもりはなかった。少なくとも、あの女に、攻撃された以上の恨みはなかった。
……あのまま行けば殺されていたかもしれないが、少なくともあの時点でクロエを殺すつもりはなかった。
けど、これだけの一撃を受けたんじゃ、クロエは……。
「……やっぱり、この傷痕は君がやったんだね?」
「………」
お医者様の言葉に、俺は無言でうなずいた。
これだけのことをしでかして、さすがに俺と無関係だと言い切るつもりはなかった。
無言で次の言葉を待つ俺の様子がどう見えたのか、お医者様は少しだけ考えるそぶりを見せてからこう言った。
「……君は、この力をコントロールできているのかい?」
「……いや、今回が初めてです……」
そう答えてから、考えてみればシュバルツを撃破した時も似たようなことが起こったなと思いだした。あの時も、ちょうど今回のような感覚だった……気がする。
「そうか……なら、北にある混沌の森の近くにある村を訪ねてみるといい」
「………混沌の村?」
そのネーミングセンスに思わず唖然となる俺に構わず、お医者様は続けた。
「おそらくだが、君が使った力は覇気と呼ばれるものじゃないだろうか」
「ハキ……? なんか、聞いたことあるような……?」
「私も、伝聞でしか知らないけれど、言葉でも意志でもなく、肉体で操る力と聞く」
肉体で操る力……意志も言葉もいらないって、どういうことだよ?
「でも、その覇気と、混沌の森と何の関係があるんだよ?」
「正確には、その付近の村に住んでいる老師が、覇気に精通しているという話だよ。その覇気という力だけれど、使いすぎると命に係わるとも聞く。もし、君が正しい方法でその力を学んでいないのであれば……なるべく早くその老師を訪ねるべきだと思うんだ」
「命、って……」
お医者様の言葉に思わず反論しかけたが、なんとなく心当たりはあった。
シュバルツを撃破した時。そして、クロエを倒した時。そのどちらでも、急激に体力を消耗したような感覚が襲ってきた。
おそらく、何も知らずに覇気を使い続けると、あの感覚が戻らなくなるってことだろう。
それは確かに困る。
「この町のことは、もう大丈夫だ。あの連中の姿は、もう町の周辺にも見られない。なんとなれば、王都に人を使わせて、騎士団の人に来てもらえば大丈夫さ」
黙り込んだ俺を見て、迷っていると見たらしいお医者様は俺の肩に手を置いて、俺の背中を押すようにそう言ってくれた。
……そう言われてしまうと、後には引けないよなぁ。
「……わかりました。ちょっと、尋ねてみます」
お医者様にそう頷いて、俺は北の方を向いた。
しかし、混沌の森ねぇ……。ここに来て、妙なものにぶち当たるな……。
さて、どうやら隆司は覇気が駄々漏れの状態の御様子。それをどうにかするために、北の森の老師を訪ねます。
そこで待つのは? 以下、次回。