No.139:side・ryuzi「隆司、吹雪の町へと着く」
「三日で三つ……ハイペースで飛ばしてたのねぇ」
「一人旅ってことで、焦ってたっつーのもあるんだろうさ」
「隆司君……寂しかったんだね……」
一夜明け、到着した町は、今までとは明らかに雰囲気が異なっていた。
人気がないのはいつものことではあったが、町中に白いものがちらほらと降り積もっているのだ。
「なんじゃこりゃ……? 雪、か?」
町の中へと進み、シュバルツから降りて白いものを掬い取る。
それは指先が痛くなるほど冷たく、そして掬い取った途端に俺の体温でアッサリ溶けてしまった。
……紛うこと無き雪である。
だけど、この国は一年を通して温暖な気候に覆われてるんじゃないのか? 確か雪なんて、物語の中でくらいしか語られない物だって、この世界の本を読み漁ってる光太の奴が言ってたが……。
目の前のものが雪であると自覚した途端、俺はブルリと身震いをした。
急に気温が下がったような気さえする。思い込みって怖いな……。
俺はちらりと振り返る。この町に入ってきた出入り口から見える草原は、青々とした草が生い茂った、見事なまでの平原である。もちろん、雪が降っているということは一切ない。
ここに来るまでに、雪が降っているということもなかった。つまり雪は、この町でのみ局地的に積もっている可能性が高い。
「当たりかね、ここも」
無意識に、瞳に険が篭る。
雪が積もるということは、冷気か何かを操る化け物がいるってことか。さすがに天候そのものを操るもんがいるとは思わなかったが……。
そう考えた途端、町の中心から、強烈なブリザードが吹き荒れる。
「ぐ!?」
風と共に吹き付ける冷気から身を守ろうと、服の袖で顔を覆った。が、ほとんど凌げない。
そもそも俺が着ている服は、トウキとかいう、南の方にある地方に伝わる着物のような衣服だ。当然、防寒なんぞ考えられていない。
くそったっれ、この世界ほとんど温暖な気候だって聞いてたから、着物みたいな服の方が過ごしやすいと思ってたのが仇になった……!
思わず目を閉じて身を縮ませる俺の前に、シュバルツが立ちはだかってくれる。
「うぅ……すまん、シュバルツ……」
シュバルツに礼を言いつつ、とりあえずシュバルツにくくりつけておいたバックパックから毛布を取り出して体に巻き付ける。こんな使い方するようなものじゃないけど、無いよりはマシだろう。
しばらくして、ブリザードが収まったのを確認してから、ゆっくりと町の中心へと足を進める。
……さっきのブリザード、俺の襲来を感知してのものかと思ったが、周囲から聞こえる音から察するに、定期的に町中に吹き付けているものらしい。
……さすがに、自意識過剰だよな。
さらにもう一度のブリザードを凌ぎつつ、何とか町の中心へと到着した俺を待ち受けていたのは、いつぞやの黒衣の騎士だった。
「……テメェは確か……」
「クロエだ。やっとの御到着か、タツノミヤ」
震える唇で何とか言葉を絞り出す俺に、ブリザードを纏いながら、文字通り涼しい顔で死霊団の騎士クロエがこちらをバイザー越しにまっすぐに見つめていた。
ブリザードはどうも、クロエがまっすぐ地面に突き立てている剣から発生しているようだ。
……まずはあれをどうにかしねぇとな。
「……黒牙号を従えているとは本当だったのだな」
「……シュバルツのことか?」
俺の傍らでただじっとまっすぐ敵を見据えるシュバルツを見て、クロエの表情が歪む。
実に悔しそうな表情だ。自分は志望校に不合格になったのに、頭が悪いと思っていた奴がその学校に合格したのを知った……って感じの表情だな。
リアラが確か、シュバルツがクロエに懐かなかったって言ってたな。
表情の理由を悟り、俺はニヤリと笑って見せた。
「騎士の矜持が傷ついたか? こんなガキに、自分専用の合成生物を乗りこなされて」
「安い挑発だな……」
クロエは口ではそう言いつつ、声の中に明らかな怒気を含ませる。
そして、彼女の感情に呼応するように、剣の放つ冷気も強くなる。
あー、クソさみぃ……。バカみたいに話してると、そのまま氷漬けになりそうだ……。
「……だが、認めよう。確かに、私に乗りこなすことができず、あの森で放逐されたシュバルツを従えられて……私は怒りを覚えている。私自身の意志で」
クロエは奇妙な言い回しでそう宣言し、ひときわ強いブリザードを自らを中心に、周囲へと解き放つ。
ブリザードに目を覆う俺。それが止んだ後、目を開くと、町の中心だけが完全な銀世界と化していた。
「これは嫉妬だタツノミヤ……。明確な意思を持ち、シュバルツに主人と認められた貴様に、私は嫉妬している。誰あろう、私自身の意志で!」
クロエはゆっくりと剣を引き抜き、右手に構えた俺に向かって突きつける。
クロエが手にした刃は海のように深い蒼色に輝き、刀身から凍える冷気を放っている。斬られたら、その部分だけ凍りつきそうだ。
「今から八当たらせてもらおう……。当然、私の意志でだ!」
「一々自己確認してんじゃねぇよ。うっとうしい……」
俺もクロエに向かい合わせるように石剣を構える。
寒さのせいで、震える手ではいまいち格好が付かない。
だが、相手が向かってくるというのであれば、後退はない。
「来るなら来い……! またその剣、へし折ってやるぜ……!」
「吠えたなっ!」
居丈高に放った俺の叫びを聞き、クロエも応えるように咆哮。
一足飛びに俺に向かって上段斬りを放った。
石剣でそれを弾き、足元を狙って蹴りを放つ。
が、それは飛んで避けられる。
「軽く飛んでんじゃねぇよ、体重いくつだ……!」
軽く舌打ちし、思わずそう悪態をついてしまう。
クロエの見た目は、兜こそないもののほぼ完全にフル装備の騎士だ。重量にして、百キロはくだらなさそうな重装備。
それを着こんで、軽く跳躍とか……。
「それを、剣をへし折る貴様が言うか!?」
怒りのままに叫んで、クロエの斬撃が俺の脇腹を狙う。
幅の広い石剣を盾代わりに斬撃を防ぐ。刃のような冷気が、俺の脇腹を襲う。
「シッ!」
勢いよくクロエの剣を上に向かって跳ね上げ、返す刀で奴の右肩を狙う。
一応峰だが、肩の骨くらいへし折ってくれる……!
が、クロエが素早く構えた剣に阻まれる。
同時に、クロエの剣から勢いよくブリザードが解放された。
「ぐぉ!?」
「この刃の銘は“シュネーシュツルム”! 刃に冷気の風を纏う、豪雪の魔剣だ!」
ブリザードに石剣ごと弾き飛ばされた俺に、クロエが誇るように叫ぶ。
剣を太陽にかざすように構え、再び刃にブリザードを纏わせた。
「万物霊長を凍てつかせるこの冷気に、貴様は耐えうるか!?」
「耐えられるかボケが……!」
振り下ろしたと同時に迫るブリザードに、俺は足元の地面を起こして即席の盾とする。
「ちっ! 小癪な……!」
「うすらやかましいわ!」
勝手なことを抜かす奴に向けて、俺は起こした地面を蹴り飛ばす。
轟音と共に、宙を舞う岩石の塊。
「く!?」
クロエはまよわず回避した。
横っ飛びに飛び抜け、奴が立っていた場所に飛んだ岩がぶつかり、粉々に砕け散る。
奴の着地地点に向かって、俺は一気に駆け出した。
そして、そのまま石剣を勢い良く叩きつける。
「おらぁ!!」
「ちっ!」
盾のように剣を頭上に構えるクロエ。
甲高い金属音が響き渡り、手にジンジンとした痺れが伝わってくる。
……つーか、寒すぎるせいで、手足の感覚がマヒしてきた。やべぇぞこれ……!
思わず焦り、一気に押し込むように力を込める。
「……フッ!」
が、クロエは俺の焦りを悟ったのか、小さく冷笑を浮かべると、全身をバネのように跳ね上げ、俺の身体を弾き飛ばす。
「うぉ!?」
「風よ!」
そして距離を取り、剣から放った冷気を俺に叩きつけてくる。
受け身も取れず、地面を盾にすることもできず、まともにブリザードを全身に食らう。
「が!? さ、む……!」
「続けてェ!!」
思わず硬直する俺に向かって、さらにクロエは風を叩きつける。
冷風が吹き付けるたびに、身体が固まり、さらに手足が動かなくなっていく。
「ぐ、あ……!?」
「ク、ハハハハ!! いかな不死身の肉体を持とうが、しょせんは生き物だな! 冷気を浴びれば動きが鈍る! 体温が低くなれば、意識を保てなくなる!」
勝ち誇ったように笑うクロエ。そんな奴に口答えするだけの気力も、今の俺には無くなりかけていた。
「ぐ、が……ぁ」
寒い。ただ、ひたすらに寒い。
身体に雪が付着して、どんどん体温を奪っていく。
唇は、きっと真っ青だろう。肌なんて、見える範囲では真っ白になっている。まるで死人の肌のようだ。
このまま、俺は、死ぬのか……!?
ち、くしょう! 死んで、たまるか……!
「ぐ、く、そ……!」
「フン。まだ動けるのか?」
何とか全身から力を振り絞り、立ち上がろうと地面に手を突く。
そんな俺を見て、クロエが小さく鼻を鳴らす。
俺の行動を、無駄なあがきと捉えているのだろう。
……実際、打つ手が思いつかない。クロエの剣は単純に冷気を吹き付けるものだが、その規模は一つの町に雪を降り積もらせるほどのものだ。
周囲の気温も、かなり低い。おかげで、まともに動ける気もしない。こんな状況でも奴がこれほど動けるとなると、あの鎧にも何かしかけがあるとみるべきだろう……。
完全に手詰まりだな……。
だが、ここで諦めてたまるかよ……!
「こんな、とこで、死ねるか、ってん、だよ……!」
「ほう、大した奴だ……。それほどに、この国を救いたいのか?」
クロエはそう言って、剣を上段に構える。
国を救う? いや、違う、俺は……!
「俺は……!」
……俺は、どうして、ここまで来たんだ……?
ふと、鎌首をもたげる疑問。
一瞬だけ浮かんだそれが、決定的な遅れを生んだ。
「だが、それもここまでだ……死ねぇい!」
クロエの刃が俺に迫る。
気が付いた時には、目の前まで凶刃が迫る。
やられる!
そう、覚悟した俺の目の前に、黒い刃が現れた。
ギィン!
「ぐぅ!?」
―バルルッ!!―
呻くクロエを、そのまま勢いよく弾き飛ばすように、シュバルツがユニコーンか何かの様に生えた頭部の刃を勢いよく振り上げた。
あの一瞬で、刃を生成し、俺を守ってくれたようだ。
「黒牙号……! 貴様、邪魔立てする気か!!」
突然の出来事に、語気を荒げるクロエ。
―ヒヒィィィィンン!!―
それに応えるように、シュバルツは甲高く嘶いたのであった。
恒温動物の最大の弱点である、寒さ。隆司がそれによって打ち倒されようとしたとき、シュバルツが立ちふさがります。
果たして、シュバルツはクロエを退けることができるのか? 以下、次回。