No.138:side・ryuzi「隆司、一人旅」
「そこから三日くらいは、連続して化け物退治の日々だったな」
「そんなに占領されてたの?」
「ああ」
リアラを撃退した町を出てから三日。
俺は、次の町へと渡る途中の野原で野宿していた。頭上に輝く月がくっきりと空に浮かんでいる。俺たちの住む世界と違って、空気が汚れていないから、文字通り満点の星空を拝める。この世界にも、星座の概念ってあんのかね……?
――あれから三カ所の町を巡ったが、そのいずれも死霊団の連中と、それが操る化け物が町を支配下に置いていた。
粘液を吐いてそれで獲物を捕らえる超巨大なカエル。町中に糸を張り巡らせて、そこに獲物がかかるのを待つ大蜘蛛。家を一軒丸々両断するような切れ味を誇る鎌を両手に備えた巨大カマキリ。
いずれも、アシッドスライムに負けず劣らずの醜悪さと凶暴さを兼ね備え、その町の人々を恐怖のどん底に叩き落としていた。
それぞれの町にも、町の外で暮らす獣を狩る狩人や、あるいは凶暴な獣を退治する戦士なんかは申し訳程度にいたようだった。だが、そのほとんどが死霊団の率いる化け物たちにやられていた。
死霊団が占領するときに出た被害で、俺が到着した時にはもうどうしようもなかったとはいえ、いやな後味が口の奥から湧き上がってくる。
俺はその嫌な味をごまかすように、最後に出てきた町でもらった干し肉をかじる。
程よい塩味が聞いていて、噛めば噛むほど味が出てくる。こんな旅の中でなければ、素直にそのおいしさに舌鼓を打っているところだ。
今までの魔王軍との戦いが、如何に優しいルールの中で行われていたのか、痛感した。本来の戦争であれば、当の昔に死人が出ていてもおかしくはないんだ。だが、彼らは無用な被害を可能な限り抑えてくれていた。占領した町だって、占領するだけで、怪我人や死人は絶対に出さなかった。
……そういった彼らの行動を考えるに、今の死霊団の行動が全く読めねぇ。魔王軍との連携を取らず、アメリア王国の領地を占領して、そこに居座る……。
行動だけ見れば、魔王軍が普段行っている行動を、その反対側で行っているってことになる。特別おかしいことはないわけだが……。
占領する際、あるいは占領後に死人を出しているという全く異なる点が存在する。
人が死ぬというだけで胸糞悪いのに、一部の骸骨どもは、それを嬉々として行っている節もあった。
最初に開放した町の、アシッドスライムを従えていた骸骨なんかがちょうどいい例だろう。
初めは骸骨どもだけで追いかけていたが、その後俺との戦いの際に割り込んできた兄の方を容赦なく殺そうとしたあたり、弟を捕まえた後は見せしめにスライムの中に突っ込んでいた可能性は否定できない。
未然に防ぐことができたとはいえ、そうなっていた可能性を想像しただけで俺は胃の中に何か冷たくて重いものが入り込んだような錯覚を感じる。
仮に、俺があの場に現れるのが遅れていたら……あの兄弟が再会することはなかったのかもしれないのだ。
―ブルル―
「っと、シュバルツ?」
少し暗い考えに陥った俺の首筋に、シュバルツが顔を摺り寄せてきた。
反射的に額をゆっくりと撫でてやると、シュバルツは気持ちよさそうに目を細める。
「ひょっとして、慰めてくれたのか?」
俺がそう問いかけると、シュバルツは肯定するわけでも否定するわけでもなく、そっと俺のそばに寄り添った。
この世界はどうも温暖な気候らしいが、それでも夜は少し冷える。
俺はシュバルツの好意に甘えながら、町を解放したお礼として頂いた毛布に包まる。
寝る準備をしながら、俺は王都で待っているであろう、光太たちのことを頭に思い浮かべる。
すぐに帰るつもりだったから、特別何も言わなかったし、手紙は託したとはいえ、実際に王都に届くまで間は開くだろう。
「あいつら、どうしてるかね……」
こちらの世界にやってきて、本当の意味で一人になったのはこれが初めてだ。
前に光太たちが領地奪還に動いたときは、ケモナー小隊編成のために王城の中を右往左往していた。
あの時は、俺と同じ嗜好の仲間を増やして、魔王軍との和平をスムーズに行えるようにするのと、多少なり戦力の足しになればいいなと考えて、ケモナー小隊を設立したわけだが、今では立派な一部署になっている。
あの時は、ケモナー小隊たちの洗脳もとい教育を行っていたので、特別俺が一人だ、なんて意識することはなかった。
行動するときは、必ず誰かと一緒に行動してたと思う。隣に誰かいて、誰かと話をして、そして王都へと戻って……。
それを思うと、今更ながらに自分が一人であるということを自覚してしまう。口を開いて言葉を話そうにも、語る相手はしゃべることが叶わない、シュバルツだけだ。
シュバルツは、かなり賢い馬なのか、俺の言っていることを理解して行動してくれるが、相槌を打ってくれるわけじゃない。会話は決して成立しない。
今の俺が抱いている、陰鬱な思いを吐露する相手がいないということが、これほどにきついことだとは思わなかった……。
「ふう……」
息を小さく吐き、空を見上げる。考えるのは、町を占拠した化け物に、家族を殺された人たちのことだ。
皆、化け物を退治したことを感謝してくれた。だが、笑顔にはなってくれなかった。
当然だ。死んだ人間は帰ってこない。化け物に復讐したとしても、もう二度と語りかけてくれないのだ。
だが、そんな彼らの様子を見るたびに、俺の心には小さな影ができていった。
もっと早くに動いていたら。気が付いていたら。そんな風に考えてしまう。
まにあったとして、確実に救えた保証があるわけではない。アシッドスライムなんかに取り込まれたら、もう後は溶けるのを待つばかりだろう。仮に救出できたとして、その後も生きていけるかどうかも怪しい。
だから、化け物を退治することさえできれば俺の仕事はそこで終わり。それ以上考える必要はない。
そう、理性は告げる。だが、心は納得してくれない。
もっと早ければ、うまくできれば。そうやって、答えも出ない思考の堂々巡りをここ数日繰り返している。
……こういうのは、光太の奴の役目だと思ってたんだけどな。
自嘲するように微笑みを浮かべる。実際、そうしてすでに終わってしまった出来事に想いをめぐらせ、後悔するかのように悩むのは、光太だった。少なくとも、向こうの世界では。
たとえば、女の子が誘拐された瞬間を光太が目撃し、それを助けるために大立ち回りを演じたとしよう。その大立ち回りのさなか、女の子が怪我をしたとする。
もっとうまくできたはずだと、女の子が怪我をすることはなかったと悩むのが光太であり、あれが最善だったと窘めるのが俺の役目だったはずだ。
だというのに、光太がいないだけで、俺は光太の役割を自分から背負っている。こんな問題、考えたって答えは出ないのは明白だってのに。
……やっぱり、人が死んでるっていう事実が、思っていた以上にショックだったのかね?
俺はそう自己分析する。少なくとも、今までそういった事態に遭遇はしてこなかった。
たぶん、運がよかったんだろう。俺は、こちらに来てから化け物のような体を手に入れた。光太にしろ、真子にしろ、礼美にしろ、何らかの方法で身を守る術を持っていた。
そして何より、魔王軍が人の死ぬような状況を回避し続けてくれたというのが大きい。
その行動の意図するところこそ俺には分からないが、人が死んでいないという事実が、俺や光太たちの心の負担を和らげていたんだろう。
異世界に突然召喚され、帰る方法も良くわからずに戦わされて。今にして思えば、よくアメリア王国に協力を続けていられるよな、俺ら。
でも、きわめて安全であると心のどこかで思っているから、協力を続けていられるんだろう。魔王軍を相手にしている限り、少なくとも誰も死なずに済んでいた。
だが、死霊団の連中は違う。敵対する者は、容赦なく殺していた。かつて奴らが占領していたヨークで誰も死んでいないのが、不思議なくらいだ。
……ここに来るまでに、結構な数が死んでいることを知った。正確な数は、聞いていない。バカ正直に聞くのも憚られた。
死んだ人は救えない。そんな当たり前なことに対する、やり場のない感情は、その原因となった化け物や骸骨どもへの怒りと変わり、全て叩きつけてきた。
だけど、こうして死んだ人たちに想いを馳せるたび、その身に降りかかった理不尽に怒りが湧きあがり、少しずつ体の奥底に溜まっている。
ギリッ、と自分でも気づかないうちに奥歯を噛みしめる。ここ最近、すっかり癖になってしまった。
次に赴く領地には、一体何が待ち構えているのか……。
それを考えるだけで、はらわたが煮えくり返りそうになる。
はやる気持ちを抑え込み、俺はシュバルツの身体に寄りかかりながら瞳を閉じる。
少しでも、身に宿る怒りを鎮めるために……。
ちょっと駆け足ですが、同じことの繰り返しになってしまいますので……。
占領された領地での出来事に、再び怒りを燃やす隆司。
次に待ち受けるのは、一体? 以下、次回。