No.14:side・mako「魔法陣のお勉強」
「魔法陣を書く場合は、円が乱れていないことが重要での。少しでも歪むと、効果の是非が変わってしまうのじゃ」
「フリーハンドで真円とか書ける気がしないわね……」
隆司が無事に狩りを終えて翌日、あたしは引き続きフィーネに魔法に関するあれやこれやを教えてもらっていた。
あたしの能力は魔術言語を補助なしに読解するものだけれど、それ以外に関しては本当に無力だ。
たとえば魔法陣。儀式魔法に欠かせないシンボルだけど、あたしは魔法陣の中に組み込まれた魔術言語の意味は分かっても、その書き方はわからない。
たとえば魔法武器。あたしはこの中に刻み込まれた魔術言語の正体はわかっても、これに刻み込むことはできない。
魔術言語をプログラム言語とするなら、魔法陣や魔法武器はパソコンね。中身は作れても外側は作れないってわけ。
「なんの、心配はいらぬ。円を正しく書くための道具はこれこのように」
「ああ、コンパスはあるんだ」
「なんと!? 我ら魔術師団が百年余りで開発したこの道具が、マコの目には当然のごとく……!?」
「いやまあ、あたしらの世界でもそれなりの期間で開発してると思うけどね」
コンパスの先にチョークが付いた道具を片手にプルプル震えるフィーネの頭をポフポフ撫でながら、あたしは今日の題材に指定したあたしたちを召喚してくれた魔法陣を見下ろした。
先代の宮廷魔導師が、その人生をかけて解析したという召喚魔法陣……。あたしの目から見てもなかなかに厄介極まりない性質をもつものに見えた。
「しかしこの魔法陣、良く解析で来たわね……」
「うむ、そこはおばあ様……先代の宮廷魔導師殿の腕であるな」
誇らしげにうなずくフィーネだが、あたしが言いたいのはそこではなかったりする。
「そうじゃなくて、あたしでも読めない字がいくつか含まれてるんだけど」
「ふえ?」
あたしの言葉に目を丸くするフィーネ。
あたしはしゃがみこんで、フィーネが持っていたチョークを取り上げていくつかの文字を丸で囲っていく。
まるで囲っていった字はやがて図形となり、あたしらの世界で言う八角形の図を描く形となった。
「今あたしがまるで書いた文字は、あたしでも意味が解らないわ」
「な、なんと!? そ、それでは魔法陣の解析は不完全だったと……!?」
がびーん、とわかりやすく衝撃を受けるフィーネだが、あたしは首を横に振って見せた。
「いや、それに関しては問題なさそうね。この文字、読めないけれど魔法陣の意味自体は全く阻害してないみたいだし」
「というと?」
「それは魔力を流してみたほうが早いわね」
言うが早いか、あたしは体の中の魔力を魔法陣に流し込む。この辺の技術は、昨日習ったものだ。
あたしが流し込んだ魔力は順に魔法陣を照らしていき、やがてすべての文字が輝く。
が、あたしが円で囲って見せた文字は一切輝かない。
「なんと……?」
「ほらね? ……聞くけど、こういうことってあり得るの?」
「いや、通常はあり得ぬ……。魔法陣は、真円の中にあるすべての魔術言語が魔導法則として成り立たねば成立せぬ。じゃというのに、機能不全すら起こさぬとは……?」
「ばあさんも言ってたぜ。解析はできたけど、こういう部分があるからこの魔法陣は使わないほうがいいって」
恐れ慄いたようなフィーネの声に、何やら小生意気な声が割り込んでくる。
あたしが顔をあげると、いつの間にかそこにはジョージが立っていた。
息は荒いし顔は赤いし、急いでここまで来たのかしらね?
ジョージはあたしの顔を見るなり、赤かった顔をさらに赤くしてこっちに詰め寄ってきた。
「……っていうかテメェ! あいつどうにかしろよ!」
「あいつって?」
あたしがわざと可愛らしく首を傾げてやると、ジョージは地団太を踏む。
「あいつだよ! えーっと……ほら! 勇者の一人!」
「隆司かしら? それとも光太?」
さらに反対側に首を傾げてやると、両手をぶんぶん振り回してさらに声を荒げる!
「女で! 光属性で! 神官連中にちやほやされてるあいつだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ああ、礼美のことね」
「そう、そいつ!」
あたしがようやっと礼美の名前をあげると、ジョージは嬉しそうに人の顔を指差した。
なんかむかついたので、間接の逆方向にねじってみた。
「あだだだだだ!?」
「人のことを指差さなーい。で、なんかあったの?」
「なんかあったのじゃねーよあだだだだ!!」
ジョージは慌ててあたしの指から自分の指を引きはがして、フーフー息を吹きかける。
そして涙目であたしを睨むとズイっと近寄ってきた。
うっとうしいのでヘッドバットで迎撃。
「ぎゃぁ!?」
「乙女の顏に近寄んな。で、なんなのよ?」
「人に絡んできてうっとうしいんだよ!」
本格的に涙声になり始めたジョージに、あたしはさもありなんと頷いて見せる。
「あの子、あんたがあたしとフィーネに謝るまで許さないって言ってたからねぇ」
「謝ったじゃねぇかちゃんと!?」
ジョージの抗議に、あたしは今朝の魔導師団詰め所での光景を思い出す。
今日は光太と礼美も含めた三人で魔導師団詰め所まで行ったのだが、ちょうどフィーネもジョージもいた。
ので礼美は大急ぎでジョージの首根っこを押さえ、あたしとフィーネの前に連れ出すと「この間のこと、二人に謝りなさい!」と一喝。
ジョージはこの間の光景を思い出したのか顔をしかめたが、すぐに謝った方が得策と悟ったのか、あたしとフィーネに頭を下げた。
「ドーモスイマセンデシター」
そのあまりの誠意のこもり方に、フィーネは胡乱げな眼差しでジョージを見つめ、あたしは微笑ましさに口元に笑みを作り、礼美は顔を真っ赤にした。
で、部屋の隅までずるずる引きずっていくと正座を強要。
当然ジョージは嫌がったが、即座に動き出したヨハンさんによって拘束。
そのまま二時間のお説教コースが開始されちゃったわけである。
あたしとしてはもうジョージのことは割とどうでもよかったので、魔法少女たちに引きずられていった光太に礼美のことを任せ、その後魔法陣までフィーネと一緒に移動したんだけど……。
どうやら引き続きいろいろな目に合っていたらしい。
「お前仲間だろ! どうにかしろよ!」
「どうにかといわれても、どうしようもないわねぇ」
ジョージに詰め寄られ、あたしは仕方がないというように肩をすくめてみせる。
「一発で解決する方法は、あんたが普通に謝ることね」
「だから謝っただろうが!」
「あれが謝罪なら、普通に生きてる人間は全員演技派よ?」
「く……」
一応白々しいという自覚はあるらしい。
と、カツカツカツカツ!と足早にこちらへとやってくる足音が聞こえ、あたしの視界に怒り肩で近づいてくる礼美の姿が見えた。その後ろにはヨハンさんが付かず離れずの距離で付き従っている。
「いたわね、ジョージ君!」
「いけませんね、ジョージ君。レミ様のありがたいお言葉の途中でいなくなるとは……」
「ぎゃあ!? お前ら、なんでここが!?」
悲鳴を上げて後ずさるジョージの体をがっちりつかんでやるけど、ジョージにはそれを気にする余裕はないようね。
礼美はあたしとフィーネがいる状況がちょうどよいと思ったのか、力強い笑顔で一つ頷いた。
「ちょうどいいわ! さあ、ジョージ君! 二人に謝りなさい!」
「ジョージ君、早く謝りなさい?」
ヨハンさんまでなんだかおっかない笑顔で迫る中、鏡を前にしたガマガエルか何かのようにだらだら脂汗を流すジョージ。
「て……」
「て?」
「転移術式!」
だが、転移術式でその場を脱出してしまう。
まさか転移術式まで詠唱破棄できるとは……侮れないわね。
「また逃げて! 今度はどこに行ったの!?」
形のいい眉を跳ねあげた礼美は、来た時と同じ怒り肩でそのまま立ち去って行った。当然ヨハンさんも一緒である。
なるほど。転移術式使って逃げたのね。
「今の転移術式だけど、詠唱破棄じゃ大した距離は飛べないわよね?」
「うむ。せいぜい十メルトといったところかの」
フィーネに確認すると、結構な距離の答えが返ってきた。いや、十メルトって。確か一メルトが一メートルくらいだから……。二階建ての一戸建て分くらい?
「それにしても、距離を抜きにしたとしても転移術式を詠唱破棄できるなんて、何者なのジョージって?」
あたしの質問に、フィーネは少し黙った。
さらっと驚きを流しているが、転移術式は別の場所へ距離を無視して移動するという性質上、かなり複雑な構成が必要な魔法だ。元地点と移動先の地点との間に存在する物質も無視する必要があるため、法則構築のための詠唱もかなり時間がかかる。魔術言語が読めるあたしでも、練習なしの詠唱破棄で成功する自信はない。
だが、ジョージは成功させている。あの年齢で転移術式の詠唱破棄ができる練度の魔導師なんて、宮廷魔導師のフィーネ並みといっていいんじゃないかしら?
「……ジョージはもともと、私と一緒におばあ様に師事していたのじゃ」
しばらくの沈黙の後、フィーネはぽつりとそういった。
「おばあ様って、先代の宮廷魔導師?」
「うむ。私とジョージは元々孤児での。おばあ様に拾われてからは、おばあ様の後継者としてそれぞれ育てられたのじゃ」
二人が孤児だったとは……。まあ、そこは重要じゃないわね。話したくもないでしょうし。
「なるほどね……。先代の宮廷魔導師肝入りか。それなら、あの構成練度も納得ね」
「うむ。私は幅広い魔法知識を蓄えるのが得意じゃが、ジョージは転移術式の詠唱破棄をはじめとする、構成構築の効率化が得意じゃ」
「構成構築の効率化?」
「構成の一部を省略したりすることで、魔法の発動を素早くスムーズに行う研究のことじゃ。詠唱破棄ばかりではなく、魔術言語の数を減らすことで詠唱を簡潔にする技術も含まれるのじゃ」
なるほど。裏技的なものなわけね。確かに小ずる賢そうな顔してるから、そういう蛇の道は蛇的な裏技は得意そうだわ。
「なら、次はジョージにその構成構築の効率化とやらを習おうかしら?」
「あの様子じゃと、教えてくれんかもしれんがのー」
「まあね」
呆れ気味のフィーネの言葉に、同意するようにうなずいた。
ただでさえ礼美に追い掛け回されてるところを、助けるどころか事実上放置しちゃったわけだからねぇ。
まあ、礼美をとりなしてやる代わりに裏技教えてもらうってことにすればいいか。
「まったく……。ジョージも私が宮廷魔導師になる前はもう少し素直じゃったのに」
「あらそうなの?」
「うむ。私が宮廷魔導師に指名されて以来、誰に対してもあんな感じなのじゃ」
「ふーん……」
フィーネが宮廷魔導師に指名されて以来、ねぇ……。
少し気になったので、質問してみる。
「フィーネ」
「うむ? なんじゃ?」
「その指名ってのは誰に?」
「おばあ様にじゃが」
「そのあとすぐにフィーネが宮廷魔導師に?」
「うむ。おばあ様は星のめぐりからいつ自分が没するか悟っていたようで、私を指名されて数日のうちに……」
「なるほど」
うなずくあたしを見て不思議そうに首を傾げるフィーネ。
これはあたしの勝手な想像だけど、ジョージがああなった原因はフィーネが宮廷魔導師に指名されたせいね。
二人そろって宮廷魔導師として競い合うように鍛え上げられたのに、実力をお互いに試させることなく、先代の指名って形でフィーネが宮廷魔導師になってしまった。
そのことに不満を呈する間もなく先代が死んじゃったせいで、感情の行き場をなくしちゃったせいでジョージは今あんなふうになってるんじゃないかしら?
「ちなみに、先代が死んじゃったのはいつ?」
「半年ほど……前じゃったか……」
意外と最近ね。まあ、フィーネとジョージの年齢考えればおかしな話でもないか。
あたしは少しうつむいてしまったフィーネの視線に合わせるように屈みこみ、その顔を覗き込んだ。
「フィーネは、ジョージに元に戻ってほしい?」
あたしの言葉に、フィーネはかすかに驚いたように目を見開いた。
ただの確認だったのだが、フィーネは少しだけ逡巡するように視線をめぐらせ。
……コクン。
と小さくうなずいた。
「……OK。魔法習うついでに何とかしてみるわね」
思ってもみない反応に、あたしも動揺しつつそう口に出す。
いつまでもあんなツンケンした態度を取られるのはしんどいし、礼美にジョージにかかりっぱなしになられるのも今後の戦力的に勘弁願いたいし。
……ってつもりだったんだけど。なんだかこっちもめんどくさいフラグが立ってそうねぇ。
小さくため息をついたあたしは、すっくと立ち上がってジョージと礼美の追いかけっこを探すための魔方陣の部屋を出た。
なんかめんどくさいフラグを見つけることに定評がありそうな真子ちゃんです。
幼馴染が別の人に懸想してて……っていうのもありだと思うんだ!
次回はちょっと視点変更してお送りしたいと思います。