No.135:side・ryuzi「隆司、怒りのままの一撃」
「……スライムって、最弱モンスターの代表じゃなかったっけ?」
「それは日本のゲームに限っての話で、海外じゃむしろ対処法がなければ倒せない最強モンスターの一角なんだよ?」
「なんでそれを礼美が知ってるのかね……」
「下がってろ、坊主」
「う、うん!」
低く唸りを上げるような俺の言葉に素直に頷いたらしい子供は、一目散に逃げ出す。
さて、こいつらをぶちのめすのは確定事項なんだが……問題は目の前のスライムへの対処法がないことか。
すべてを溶かすという以上、俺の身体とて例外じゃあるまい。いくら常人よりはるかに再生力が高かろうと、強酸性の粘液の中に飛び込んで無事でいられる自信はねぇ。
骸骨野郎の言葉を受けたアシッドスライムはのったりと俺に向かって体を進める……。
……って、待てよ? こいつが何でも溶かすなら、地面も当然……。
「撃てぇ!」
骸骨の指示が飛び、アシッドスライムの一部がぐにゅりと歪む。まるで誰かが見えない手でつまんだかのように体の一部が玉状にすぼめられていき……。
ぼしゅん!
勢いのいい音とともに、俺に向かって飛んでくる。
身体の一部を自分で飛ばすとはあっぱれだが、残念なことに遅すぎる。
俺は片足を上げ、勢いよく地面を踏み砕いた。
「ふん!」
再びの轟音。同時に、地面が壁のようにひっくり返る。
べしゃぁ!
畳替えしならぬ地面返しによって隆起した地面に、強酸粘液がぶつかり、辺りに飛び散る。
目の前の壁にぶつかって飛び散った粘液はしばらくえげつない匂いとともに煙を上げていたが、地面を溶かすことなくそのまま消滅した。
……思った通り、地面までは溶かさないらしい。まあ、地面まで溶かすようじゃ、真下に進むばかりのバカモンスターに成り果てるだけだけど。
「なぁ!? そないな馬鹿な方法で……!?」
「おらぁ!!」
驚きに声を上げる骸骨の目の前で、俺は石剣を使って地面の上半分を斬り、
ごぉん!
勢いよくスライムに向かって蹴り飛ばす。
狙いは、弱点でございとばかりにスライムの中にぷかぷか浮いているコアらしい物体。うまくあそこにダメージを与えられれば勝ちの目の見えるが……。
こぽん。
だが、残念ながら早々うまくはいかないらしい。俺が蹴り飛ばした岩片は、スライムの中に埋没してそのまま動かなくなる。
相当の粘性だな。自分で言うのもアレだが、俺が蹴り飛ばした岩が半分も進まないで止まっちまうとは。
「……………なんやぁ! 驚かしおって! アシッドスライムゥ!」
何をビビっているのか、顔を覆っていた骸骨は、結局スライムが無事なのを確認すると一変して強気になり、再びスライムに指示を出す。
その指示を聞いたスライムが、再び自分の身体を盛り上げ、身体の一部から無数の強酸弾を連射した。
「チッ!」
舌打ちとともに駆け出す俺が、さっきまでいた場所に大量の強酸弾が激突。
その衝撃で飛び跳ねた強酸が、俺の手を少し焼いた。
「ッ!」
焼けつくような痛みに、思わず顔をしかめる。溶かされるなんてのは初めての経験だが、これを全身で味わうのは御免こうむりたいところだ。
傷は一瞬で治るが、痛みで少し硬直した俺の隙を、相手が見逃すはずもない。
「今やぁ! 連弾叩きこんだれぇ!」
骸骨の指示に、スライムが俺に向かって強酸弾を連射する。
「っしゃぁ!」
対し俺は、今度は石剣を使って大きめに刳り抜いた地面を盾にする。
びしゃびしゃと嫌な音を立てて、強酸弾が盾にぶつかっていく。
地面を壁にしながら、小さな欠片でもいいから、今度は手で投げてみるか?
そう思案する俺に、骸骨の新しい指示が聞こえてきた。
「ちぃ! そないなちゃちぃ盾ぇ、とっととぶち抜け!」
ずいぶんアバウトな指示だが、それでもスライムは的確に答える。
盾の向こうから聞こえてくるのは、何かが固まる鋭い音。
少し顔を覗かせれば、スライムが自分の体の一部を氷柱状に伸ばして固めているところだった。
「マジかっ!?」
思わず目を剥く俺に、容赦なく強酸氷柱を飛ばすスライム。
慌てて盾の陰から飛び出すと同時に、俺のいた場所が氷柱によって貫かれた。
ただの粘液なら、単純な破壊力はないが、こうして固めることで破壊力も増すのか……!
「スライム、今やぁ! いてこましたれぇ!」
守りから飛び出した俺の姿に、骸骨が好機とばかりに叫び、スライムがそれに応える。
今度は、身体を伸ばしてこちらに向けて叩きつけてきた。
べしゃぁ!と俺の背後で嫌な音がする。
「ちぃ!」
スライムの周りをまわり込むように駆け抜ける。それを追う様ににスライムは何度も俺の背後に自分の身体を叩きつけていく。
知能はあまり高くないようだ。そこにつけ入る隙は……ねぇよなぁ、正直。
いったん足を止め、スライムが自分の身体を叩きつけている円周上から外れる。
もはや駆け抜ける者のいなくなった場所をスライムが空しく叩いたのを確認してから、再び地面返し。
「おぉらぁ!!」
今度は地面を切り出さず、足も砕けよとばかりに思いっきり地面を蹴り砕く。
大きな欠片ではなく、小さな破片で攻撃を試みるが、今度は表面でストップしてしまう。
結構な質量を叩きつけた最初の攻撃と違い、破片じゃやっぱり軽すぎるな……。
「無駄や無駄やぁ!! どないにやっても、このアシッドスライムに人間如き勝たれへんぞぉ!!」
さっきの威勢はどこへやら。すっかり後手に回ってしまった俺の姿を見て、息まいた骸骨が手を振り乱して狂喜する。
くそったれが。あの馬鹿面を粉砕してやろうと吠えたはいいが、打つ手なしじゃねぇか……!
―ヒヒィィィィンン―
と、突然甲高い嘶きが俺の耳に入る。
その声に振り返ると、どうやったのか額から鋭い刃を飛び出させたシュバルツが、大きく首を振るってそれを飛ばした。
「んなぁ!?」
突然の攻撃に、骸骨も驚く。
鋭い風切り音を立てて飛ぶ刃は、ブーメランのごとく回転しながら、スライムの身体を斬り裂き、コアへと迫る。
が、シュバルツ渾身の一撃も、やはり強酸性の粘液の前にやがて沈黙。あえなく消化吸収されてしまった。
―バルルッ……!―
それを見て、シュバルツが悔しそうに嘶き、蹄で地面を削る。
「な、何や脅かしおって……。黒牙ぁ!! お前如きの攻撃が、このアシッドスライムに届くと思うなよぉ!? この不完全物体がぁ!!」
「不完全物体……?」
骸骨の言葉は気になるが、とりあえず今はそんなことよりシュバルツの攻撃がそこそこ有効に見えた点が重要だな。
それなりの勢いと鋭さがあれば、多少なり堅さを備えた粘液を斬り裂いて進むことは可能なようだ。
だが、当然生半な物質じゃ、シュバルツの攻撃の二の舞だろう。そもそも、俺の手元にある鋭いものと言ったら……。
ちらりと手に持つ石剣を見下ろす。
城にある武器の中で、断トツに重く、さらにアイティスの首を両断し、四本半の木を斬り倒したこいつなら、あるいはスライムのコアにダメージを与えることができるかもしれないが……。
だが、失敗すれば石剣は手放すことになるだろうし、そもそも次善の策があるわけでもなし……。
「はっはぁ! 無駄や無駄やぁ! お前がもっとるその剣も、そこそこのもんやろうがなぁ? そもそも鉄はアシッドスライムの大好物なんや! 肉や服なんかよりはよぅ溶かしきってしまうんやでぇ?」
俺の迷いを見てとってか、骸骨が偉そうにふんぞり返ってわざわざ説明してくれる。
「ほれ、見てみぃ? 親切なあんちゃんが、今から実演してくれるでぇ?」
「なに?」
骸骨の言葉に顔を巡らせる。
と、家の陰から一人の青年が飛び出し、弓につがえた矢を力いっぱい引き絞った。
俺と同い年くらいか。瞳にはいっぱいの涙をため、戦慄く口から、全てをかなぐり捨てたような、絶望的な声が放たれた。
「行けぇ!」
飛び出した矢は、勢いよくスライムの中へと埋没する。
あの輝き具合は、鉄だろうか。シュバルツがやって見せたように、とがった刃で出来た矢はスライムの身を斬り裂いてすすむが、やはりすぐに溶けて消えてしまった。
「……ちくしょう! ちくしょう!!」
「はいごくろーさーん。残念やったなぁ」
たった今放った矢が虎の子の一発だったのか、青年は手に持った弓を地面に叩きつけて悔しがる。
そんな青年に、骸骨は小馬鹿にするように声を上げた。
「無駄やとわかっとるのに、挑戦する気分って、どんなもんやぁ? おっちゃんに言うてみ?」
「うるさい……! 町の人を……父さんをかえせぇ!」
骸骨に向かって喉も枯れよと叫び声を上げる青年。どうやら、彼の父親ばかりじゃなく、他の人も果敢に挑んで亡くなられたらしい……。
思わず無意識に、石剣を握りしめる手に力が篭る。
そんな俺に向かって顔を向けると、青年は叫んだ。
「そこのアンタ! 今すぐ王都に向かって、人を……魔導師を呼んでくれ!! ここは、俺が何とかする!!」
行って、腰の後ろから、鉈らしい武器を取り出す青年。
魔導師、というのは正しいチョイスだろう。こいつの粘液くらい、真子にかかれば障子を破るようにぶち破ってくれるに違いない。
だが、それは。
「……俺にあんたを見捨てて逃げろっていうのか?」
腐れ骸骨に背中を見せるということ。
「そうだ! あんただって、命は惜しいだろ! こんな奴に、くれてやることはない!」
叫んで、一歩踏み出す青年。
そんな彼の姿を見て、骸骨は笑い声を上げる。
「ぷーくすくす。そんなんゆうて、自分もやないか? 膝がわろぅとるでぇ?」
「うるせぇ! 知ってるよ!」
彼の膝は、全身は、目の前に迫る死の恐怖に震え、怯えていた。
彼の両の目に溜まった涙は、その振るえで零れ、顔中に滝のような跡をつけて散っていく。
「知ってても、やるしかないんだよ! 父さんを死なせて……この上弟まで死なせてたまるかよぉ!!」
「あんた……」
街を……そして家族を守るために、死ぬのを承知で挑む青年。
だが、彼の覚悟と決意をあざ笑うように、ことさら意地悪く骸骨は俺の背後を指差した。
「……それはええけど、僕ちゃんの弟、こっち見てるで?」
「な!?」
つられて振り返る。
さっき逃げ出したはずの子供が、こちらに向かって駆けだしていた。
「おにいちゃぁぁぁぁん!!」
兄が飛び出したのを見て、兄が殺されそうなのを見て、いてもたってもいられなくなったのだろう。
「ば、ばか! 来るんじゃな――」
「今やスライムゥ! このあんちゃんボロボロに溶かしてぇ、クソガキの最高の思い出にしたれぇ!!」
弟に向けて、逃げろと伝えようとする兄。
骸骨は、スライムに指示を出す。彼を溶かせと。
スライムの体の一部が盛り上がり、さっきのように連発で強酸弾を放つ。
そんな光景を、いやにスローモーに俺は捉えていた。
目の前の骸骨のやり口に、怒りを覚えたのか。目の前で死ぬ覚悟を見せた兄に、驚嘆を覚えたのか、はっきり言えば分らない。
言えるのは。
「な……!?」
「にぃぃぃぃぃ!!」
気が付いた時には、俺は兄を突き飛ばしていた。
その身に降り注ぐ、強酸弾から守るように。
盾にしたのは、地面ではなく、石剣だった。
だが、ただ溶かされるだけの運命しか待っていないはずの石剣は、無言で強酸を弾き返し、兄だけではなく俺の身も守ってくれた。……さすがに、手には跳ね返った飛沫が当たったが。
「そんな……アホなぁ!? アシッドスライムは骨と地面以外は、完璧に溶かしてしまう、魔の強酸生物やで!? その酸を受けて無事て……どんなシロモンや!? その武器ぃ!!??」
「さあな。俺も、よく知らねぇんだ」
骸骨の当然の疑問に俺は、石剣を振りかぶりながら答える。
「良けりゃ、聞いてきてくれよ」
「へ?」
振りかぶった石剣を、勢いよく、スライムのコアに向かって投げつける。
シュバルツの刃や、兄が放った覚悟の矢など問題にしない勢いと轟音を立て、石剣はスライムの体内を裂き、コアに突き刺さる。
びぎりと、水晶が砕けるような音が聞こえた。
呆然とする骸骨の目の前で、スライムは一瞬で濁って固まったた接着剤のような姿へと変わり、そのまま砕け散る。
「あ、アシッドスライム……?」
「この世界にあるかは知らねぇが」
「え、あ?」
膝を突いて砕け散ったスライムの破片を掬い上げる骸骨の背後に向けて、俺は踵を振り上げる。
「地獄の鬼にでもよ」
「ちょ、ま」
蛮行を止めようと、手を振り上げる骸骨に向け、俺は容赦なく踵を振り下ろす。
一瞬、音が消えたかのような、可聴領域を超える爆音が鳴り響く。
駆けていた弟は振動で転び、兄は耳を慌てて塞ぎ、事の次第を囃し立てていた、屋根の上の骸骨の仲間どもは、一様に屋根から転がり落ちる。
すべてが過ぎ去ったあと、隕石でも落ちたのかという様なクレーターの爆心地から、俺は足を上げる。
俺の足元には、もう何も残ってはいなかった。
「本当に、ありがとうございました……。おかげさまで、この町は救われました」
「ありがとう! お兄ちゃん!」
「いや、良いってことよ」
あの後、仲間が粉も残らず粉砕された様を見て、骸骨どもは方々の体で逃亡。
爆音を聞きつけて、姿を現した町の人たちは、俺が作ったクレーターや砕け散ったスライムの破片を見て驚きの声を上げたが、一部始終を見ていた兄弟のおかげで、危機は去ったということは理解してくれたらしい。
今は、町の中心にできたクレーターや、砕け散ったスライムの破片、俺がやたらひっくり返した地面なんかを片付けてくれている。
手伝おうかとも思ったが、恩人にそんなことはさせられないとやんわりと断られてしまった。
今は、王都に戻ろうとする俺を兄弟が見送ってくれているところだ。
代わる代わる頭を下げてくれる兄弟に、俺は首を振ってしまう。
「結局、お前さんらの親父は助けられなかったわけだし……」
「それでも、この町に居座った化け物を退治してくださったのは事実です。このお礼は、必ずさせてください」
まだ抜けていない、父を亡くした悲しみを精一杯隠して、笑顔を見せてくれる兄の姿を見て、俺はそれ以上何も言えなくなった。
そして、駆け寄ってきた弟が、俺の手を握って、無垢な笑顔を向けてくる。
「また来てね、お兄ちゃん!」
「……ああ。またきっと来るさ」
弟にそう約束し、俺はシュバルツに跨った。
まさか、死霊団の連中が、こんなことをしてるとは思わなかった……急いで王都に戻らねぇとな……。
そう思い、シュバルツの腹を蹴ろうとした瞬間。
「おぉーい! 待ってくれぇー!」
「っと!?」
突然の大声に、思わず前のめりになる。
声のした方に顔を向けると、一人の男性がこちらに駆けよってくるところだった。
その姿に、不思議そうに首を傾げた兄が問いかける。
「おじさん? どうかしたんですか?」
「あんたが、化け物を退治した男だろ!? あんたに、頼みがあるんだ!」
兄のことも無視して俺に駆け寄ってきた男性は、俺の脚にすがりつくようにしてこう叫んできた。
「隣町に住む、俺の友達を、助けて欲しいんだ!!」
前文に、隆司が話をしている最中のみんなの反応でも、小ネタ的に突っ込んでみることにしました。隆司がいなかったときも、これやってみればよかった……。
さて、無事……とは言い難いですが、スライムを撃破することに成功した隆司。
しかし、襲われている町は一つではない模様。彼は、どうするのか?
以下、次回。