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No.133:side・Another「判決 ―アルト編―」

 ジョージ君が、呪いを受け、騎士団訓練場で大暴れをした翌日。

 彼への刑罰が決まり、私はトランドとアンナとともに、玉座の傍らに立っていました。

 父が亡くなって以来、この玉座に座るものはいません……。

 トランドは私に王位をつぐようにと再三申し出ていますが、私はそれを受けるに値するような人間ではない。いずれ、アンナが十分に成長した時、彼女に王位を譲るつもりです。

 力強く、国を牽引できるような人物こそが、きっと王位にふさわしいはずですから。

 そして、我々の目の前には、王城に勤務する魔導師団の全員が集まっていました。

 今回の判決は、魔導師団全体にもかかわる話でもあります。何しろ、先代宮廷魔導師であったグリモ婆の後継者の一人であった、ジョージ君が犯した罪なのですから……。


速術師(スピード・スペル)ジョージ、前へ」

「……はい」


 トランドが名を呼び、それに応えるようにジョージ君が我々の前までやってきます。

 一晩泣きはらしたのか、その眼は腫れぼったくなっていて、見るに堪えません。

 表情は限りなく暗く、見ている方が痛々しい気持ちになってくるほど。

 さらに、魔導師のローブをまとったその右腕は、明らかに肩から存在しない……。

 そんなジョージ君の姿に、魔導師団の者たちが動揺のざわめきを上げます。昨日の一件、話には伝わっていても、彼の姿を直接見るのは、きっと初めてだったのでしょう。

 ジョージ君が我々の前で膝をついたのを確認し、トランドは一歩前に出て、手に持つ彼への判決を描いた紙の内容をよどみなく読み上げました。


速術師(スピード・スペル)ジョージ。貴方は昨日、ガルガンドと呼ばれる妖術師に呪われ、騎士団訓練場にて訓練中だった、勇者コウタに襲い掛かり、それを止めようとした騎士を取り込み、さらに操り、周辺にいた騎士たちに傷を負わせ、さらに王女アンナ・アメリアへと凶行を働こうとした……相違ありませんな?」

「……はい、違いないです」


 改めて、彼が昨日行ってしまったことを列挙され、彼は深く頭を垂れました。

 そんな彼の様子に、アンナが悔しそうに唇を引き結びます。

 彼女は昨日、ジョージに襲われた件に関して、罰に加えないでほしいと主張していました。

 彼は操られていた、一時の迷いだから。そう、叫んでいました。

 しかし、実際に彼女が襲われる瞬間を目にしているものがいる以上、隠し通せるものではありません。

 王位継承権を持つ者の存在を軽んじれば、それは王家の崩壊を招く可能性もありうる。そう説くトランドの顔を、アンナは悔しそうに、納得できないと主張するように睨み続けていました。

 ……彼女はきっと、幼馴染であるジョージの刑を少しでも軽くしたかったのでしょう。けれど、それは叶わない。彼女が、王家の者であったから。

 アンナがトランドの背中をじっと恨めしそうに見つめていますが、彼への判決が止まるわけではない。トランドは、続けました。


「そして、呪われていたとはいえ、貴方は貴方の意志で、すべての凶行を行った……そうですね?」

「……はい」


 ジョージ君がトランドが口にした内容を肯定すると、その場に集まっていた魔導師団の者たちから、強いどよめきが起こります。

 ほぼすべての人間が、動揺し、信じられないというように声を上げます。

 呪われていたと聞いて、きっと彼が完全に操られていたと思っていたのでしょう。

 しかし、彼は自らの意志で、昨日の事件を起こした。そもそも呪い自体に、彼を操るだけの力はなかったから。

 彼のかけられていた呪いは、負の感情を増幅させるためのもの。あり得ないほど膨れ上がった呪いという名の感情は、彼に行動を起こさせ、そして彼はその感情の命ずるままに行動した。

 故に、きっかけは呪いであっても、彼は自らの意志で行動したと、認めざるを得ないのです。

 いまだざわめきが収まらぬ魔導師団に向けて、トランドは声を張り上げました。


「静粛にッ!! まだ判決は終わっておりません!」


 トランドの声に、魔導師団はおとなしく口を閉じました。

 目の前の少年に、一体どのような判決が下るのか、固唾を飲んでいるのがわかります。


「……速術師(スピード・スペル)ジョージ。貴方が犯した罪は、極めて重い。元来、平和であるべきこの王国に災いを持ち込み、多くの者を傷つけた。その中には、この国を救おうと、粉骨砕身してくださっている勇者コウタもいた。それだけで飽き足らず、貴方は王女アンナまでその手にかけようとした」

「……!」


 トランドの言葉にアンナが前に出かける。

 私はその肩をグッと抑え込んだ。


「……! お兄様!」

「アンナ。今何かを叫んでも、判決は覆らない」


 私はアンナに言い聞かせるように、なるべく小さな声でそう言いました。

 その言葉に素直に従ってくれたのか、アンナは悔しそうにうつむきましたが、おとなしく元の場所へと戻ってくれました。


「これは決して拭えぬ傷であり、死罪に相当するだけの大罪です。そのことを、理解していますね?」

「……はい、覚悟してます」


 深く頭を垂れたままのジョージ君が、トランドの言葉にうなずきます。

 トランドはそんな彼を見て小さく頷き、書状の続きを読み上げました。


「……ですが、貴方が魔導師団で活動していた際の功績や、被害者であるはずの勇者コウタの嘆願。これらを考慮しないわけにはいきません」

「……え?」


 続いた文言に、ジョージ君が顔を上げました。

 信じられない、そう書いてある顔に向かって、トランドは無表情のままに続けます。


「あなたは短い期間の間で、数多くの魔法の詠唱短縮法を発見しました。これは、魔導師団の効率化向上に繋がる、大変大きな功績です。さらに、勇者コウタ自身も、自らに非があるとおっしゃり、貴方に罰を課すなら自分にも課してほしいと、寛大にもおっしゃってくださいました」

「………」


 コウタ君がそう言った、と聞き、ジョージ君の顏が苦しそうに顔を歪めます。

 元は彼への嫉妬心が引き起こした事件……。ゆえに、彼にそう言われ、庇われるのはジョージ君にとってはあまり良いことではないようです。

 ですが、彼自身がそう申し出たのは事実。それらを加味したうえで決められた判決を、トランドは読み上げます。


「貴方の功績。そして、勇者コウタの嘆願。それらを考慮した結果……」


 誰もが固唾を飲んで見守る中、ジョージ君への判決が下ります。


速術師(スピード・スペル)ジョージ。貴方を魔導師団より永久除名。今後一切の魔導師としての活動を禁じます」

「……!!」

「なおかつ、貴方が持つ、すべての権限を剥奪。さらに、恒久的にアメリア王国へと隷属し、その身のすべてを使って、無償で王国の奉仕を行うことを義務付けます」


 魔導師として、一切の活動を禁じ、アメリア王国の奴隷となること。

 それが、彼への刑罰。

 今後、彼には一切の権利はなく、ただ奉仕を続ける義務だけがのしかかるのです。


「この判決への、一切の反論を認めません。これが、貴方への罰です。理解しましたね?」

「………はい、わかりました………」


 下った判決に、ジョージ君が項垂れて答えました。

 あるいは、死よりもつらい罰でしょう。権利もなく、ただ義務だけを押し付けられる人生……。

 この先の人生に思いをはせているであろうジョージ君に、トランドはさらに言葉を勧めます。


「この判決に伴い、貴方には一つの呪いを受けていただきます」

「……?」

「宮廷魔導師フィーネ」

「はい」


 トランドの声に、凛とした少女の声が答えます。

 魔導師団の一同が割れ、その中からフィーネちゃんが現れました。

 その手には、オーブと、一つの首輪が握られていました。

 振り返るジョージ君。そんな彼を見据え、フィーネちゃんはゆっくりと彼に歩み寄りました。


「…………」

「…………」


 近づく彼女を、ジョージ君はじっと黙って待ちます。

 ジョージ君の目の前に立ったフィーネちゃんは、何らかの魔法でオーブを中空に浮かし、手に持った首輪の鍵を外します。


「……ジョージ。今から、貴方に呪いをかけます」

「………」

「膝を、突いてください」


 張りつめた空気の中で聞こえた凛とした命令に、ジョージ君は素直に膝を突きました。

 そして、彼の首輪にはめられる首輪。

 ガチャリと音がして鍵がかけられ、フィーネちゃんが一歩離れます。


「……その首輪が、貴方に罹った呪いです。この首輪がかかっている間、貴方は一切の魔法を唱えられません」

「……もし、唱えようとしたら……?」


 ジョージ君の疑問に、フィーネちゃんは魔術言語(カオシック・ルーン)を唱え始めました。

 瞬間、ジョージ君が喉を抑え苦しみ始めました。


「……! ……!?」

「……このように、その首輪があなたの喉を絞め、貴方を苦しめます。私が今のルーンを唱えても、同様の効果が表れます」


 フィーネちゃんが魔術言語(カオシック・ルーン)を唱えるのをやめると同時に、大きく息をつくジョージ君。

 そんな彼のそばに膝を突き、フィーネちゃんは言葉を続けます。


「……それが、隷属の、証。今後、一切すべての、権利を、失くした、証です……!」


 ……そして、耐えきれなくなったのか、ボロボロと涙を流しだしました。

 彼女もまた、十歳の少女。兄弟のように、育った少年を呪い、その身からすべての権利を剥奪せねばならない、彼女の胸の内は、私にはわかりませんでした。

 ですが、今目の前で流す、小さな女の子の姿こそが、きっと彼女のすべてなのでしょう。

 そんな彼女を見て、ジョージ君が歯を食いしばります。

 本当に、本当に、今の自分の姿を悔やむように。


「……以上を持って、ジョージへの判決といたします」


 そのまま何も言えなくなってしまったフィーネちゃんを見て、トランドはそう宣言します。

 宮廷魔導師であるフィーネちゃんが泣き出したことと、判決の終りを聞き、魔導師団の者たちがどよめきを取り戻します。

 目の前のフィーネちゃんを気遣う者。呪われたジョージ君を罵る者。彼の今後を憂う者……。様々なものがいますが、一様に目の前への出来事に注目しているのは確かでした。

 そしてトランドが、ジョージ君とフィーネちゃんのそばへと近づいていき、ジョージ君を見下ろしました。


「ではジョージ。貴方への仕事を申し付けます」

「……はい」


 歯を食いしばるジョージ君が、顔を上げます。

 そんな彼の顔を見て、トランドは命を下します。


「次の命があるまで、宮廷魔導師フィーネの小間使いでいなさい」


 その命令に、ジョージ君は一瞬呆然となり、フィーネちゃんは顔を上げ、魔導師団の全員が動きを停止します。


「いかに王国へ隷属したとて、あいにく執事も小間使いも間に合っています。魔導師団で、雑用をしているのが、一番効率が良いでしょう。しっかり励みなさい」


 それだけ言うと、トランドはさっさとその場を後にしました。

 今でも彼の机の上には、仕事が溜まっています。それを考えれば、当然と言えますが……。

 と、アンナが私の腰辺りにぶつかってきました。


「お、お兄様お兄様!! ど、どういうことですの!? ジョージは、この国に……!」

「……おおむね、トランドの言った通りだよ」


 トランドの言葉に混乱するアンナの頭を撫でながら、僕は彼が去った後のジョージ君とフィーネちゃんを見遣ります。

 ……初めから、この国に奴隷は必要ありません。如何に隷属させようとも、もう十分な人手があり、そこにジョージを組み込むような余裕はありません。

 今回の判決は、事実上、ジョージから宮廷魔導師になる権利を剥奪したにすぎません。もちろん、彼には魔法を使えない呪いがかかったままですが、その制御はフィーネちゃんに委ねられている……。つまり呪いなんて、あってないようなもの。彼女がその気になれば、ジョージが呪いなしに過ごすことも可能でしょう。

 トランドも、ゴルト騎士団長も、オーゼ神官長も、そのことはわかっています。

 それでも、この判決になったのは……。


「……ジョージ君じゃなく、フィーネちゃんのためなんだろう」


 感極まって、ジョージ君に抱き付くフィーネちゃん。

 彼女が、彼にかけた呪い。今現状、この国で呪いを使えるのは、フィーネちゃんだけでしょう。

 つまりジョージ君が呪われているというのは、端的に彼女の力を示すことになる。

 宮廷魔導師には力不足といわれていた、フィーネちゃんの魔導師としての実力を。

 そのことに気づいてか気づかずか、フィーネちゃんは先ほどとは違った意味での涙を流します。


「よかったぁ! よかったよぅ!!」

「わ、わかったから、離せって!」


 力いっぱい抱きしめてくる彼女を、何とか離そうとするジョージ君。それを見て、囃し立てる魔導師団の人たち。

 多くの怪我人を出した事件の犯人に対する扱いとしてはどうかと思いますが……それでも、この判決でよかった、と私は思います。

 小さく微笑んで、私もトランドの後を追うようにその場を離れます。

 この国にようやく帰ってきた、勇者リュウジ……彼の話を聞くために。




 すべてを奪い、国に尽くすこと。それが、彼に与えられた罰。

 しかしてその後の扱いは、国が決めたことなのか? あるいは……。

 以下次回ー。


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