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No.132:side・ryuzi「恋心」

「ジョージは、フィーネを助けたかった?」

「うん……」


 ジョージが横になっている部屋から十分離れ、俺たちは礼美に先ほどの返答の真意を問いかけた。

 一応の予定としては、礼美に惚れていたジョージが、礼美に振られてそこでおしまい、って感じだったんだが……。

 それに対する礼美の返答が、これだ。


「ジョージ君、きっとフィーネ様を宮廷魔導師の重圧から助けたかったんだよ……」

「……確かに、フィーネの年齢じゃ、宮廷魔導師ってのは荷が重すぎるわよね」


 フィーネの事情に多少詳しい真子が、何度か頷く。

 さっきも、フィーネの責任に関して少し触れるようなことを言っていた。なんか、思うところがあるんだろう。


「十歳よ? そんな年齢で、魔導師団の頂点に立てなんて、無茶ぶりもいい所よ……」

「でしょう? ジョージ君はフィーネ様と一緒に育てられたって聞いたから、きっといてもたってもいられなくなると思って……」

「だから宮廷魔導師になりたがってたってか? まあ、ガキにしちゃ妙に自己顕示欲が強いとは思ってたが」

「でも、それとさっきの返事にどういう繋がりが……?」

「……ジョージ君、全部諦めたような目をしてたから……」


 光太の疑問に返事をするとき、礼美は顔を伏せるように、開けた廊下の桟に身体を預けた。

 すでに月が上に上っている。思いのほか、俺たちはあの部屋に長居していたわけだ。


「身体を乗っ取られ、みんなを傷つけて……その上、私に対する気持ちまで失って……。そのまま、消えちゃいそうな雰囲気だったから……」

「確かにな。こんだけ積みあがりゃ、さすがに俺でも逃げ出したくならぁな」


 さらに言うなら、傷つけようとした人間のうち一部は王族だ。最悪、死刑も免れねぇ。

 まあ、実際にジョージが死刑なんてことになりゃ、光太も礼美も黙っちゃいねぇだろうが……。


「だから、あれだけ責め立てたの? 逃げ出す気力も湧かないくらいに?」

「あれしか思いつかなかったの……。嘘を吐く……ううん、吐きつづける自信もないし……」


 自殺しかねないジョージを思いとどまらせるなら、嘘を吐く……つまりジョージの想いに答えることだって選択肢には入るだろう。少なくとも、死ねない理由はできる。

 まあ、そんなことになったら、さすがに止めるが。


「……初めにジョージ君が抱いてた、優しい気持ちも一緒に消えてなくなりそうだった。そんなの、悲しすぎるから……!」

「……まあ、ベストでもベターでもないけど、あんたにしちゃよくあれだけ言えたと褒めとくとこよね」


 ジョージにひどいことを言った自覚が今更湧いたのか、涙声になる礼美の背中を、真子がやさしく撫ぜた。

 例え言葉とはいえ、誰かを傷つけるところなんぞ、想像もできんかったからなぁ。ちょっと衝撃的ではあったが。

 だがまあ、今回の一件は都合もいい。ここいらで、光太にも礼美にもそろそろ自覚を持ってもらわにゃあな。

 俺は少し大げさに身振りしながら、礼美と光太を指差した。


「――優しい気持ちは結構だが、お前らもそろそろ覚悟を決めたほうがいいんじゃねぇか?」

「……え?」

「らって……僕も? 隆司」


 光太と礼美は訳が分からないというように、俺の方を見つめる。


「おうともさ。今後、第二、第三のジョージを生み出さんためにも……そろそろ自分の気持ちって奴を見つめ直してもらわにゃなあ」

「それもそうね。礼美がこのまんまじゃ、ジョージも浮かばれないだろうし」


 俺が何を言いたいのか察したらしい真子が、同意するように頷いてくれた。


「真子ちゃん、ジョージ君は死んでないよ……?」

「死んでいようがいまいがどうでもいいわよ。問題は、あんたたちのことよ」

「言っておくが、お前らに懸想してんのがジョージだけだなんて思うなよ? それこそ城中探せば、いくらでも見つかるからな?」

「いや、それはさすがに……」


 俺の言葉を否定するように、二人は顔を見合わせて苦笑いするが……。

 俺と真子は指折り数えつつ、交互に二人の特徴を列挙していった。


「異世界から召喚された勇者」

「女神の再顕現とも称される巫女様」

「数日で魔法修得」

「ただの祈りで防壁を生み出す」

「美形」

「美少女」

「誰にでも分け隔てない」

「基本的に笑顔」

「「これだけ特徴ががっつり揃ってんのに、誰も惚れないとか本気で思ってんのか?」」


 ズイッと迫ると、さすがに黙り込む二人。


「い、いや、それは……」

「反論はさせねぇぞ。というか、前々から思ってたんだが、お前、恋とか愛とか、そういうのを抱こうとは思わんのか? あ?」


 ズイッと顔を近づけて凄んでやる。

 額と鼻がくっつくほどに近づかれて、さすがの光太も怯んでいく。


「な、何さ急に?」

「急にじゃねぇよ。常々思ってるんだが、誰からの告白も全部NOじゃねぇかお前。何考えてんだ本気で」

「え!? 光太君、告白されたことあるんだ!」


 中学生時代、ほぼ全学年の女子生徒から告白された男なんて異名を持つ光太の恋愛遍歴は、相手の告白にすべてNOで終了している。

 その断り文句も興味ないとかそういうのではなく、ただ「ごめんなさい」と謝るだけ。相手が食い下がってきても、それしか言わない。こいつの理解できない点の一つである。

 そんな光太の華々しい歴史に、珍しく礼美が食いついてくる。


「あ、うん。隆司が言った通り、みんな断ってるんだけど……」

「そうなんだ……。私、告白とかされたことないから、ジョージ君にもなんていうのか考え込んじゃって……」

「まあ、あんたの場合、周りのファンクラブ(男ども)が近づけたがらなかったってのもあるんだけどね……」


 礼美の恋愛遍歴も、なかなか愉快な模様である。

 だがまあ、そんなことはどうでもいい。今する話でもない。


「で? なんで、一方的に断り続けたんだ? 好みのタイプってのがいないわけじゃなし、試しに付き合ってみても良かったろうが」

「いや、そうは言うけどさ……。そういうのって、相手に失礼じゃないかな……」


 光太はそう言って、腕を組む。


「試しにとは言うけれど……相手は一生懸命になってくれてるわけでしょ? そういうのに、中途半端というか、とにかくそういう気持ちで付き合うのは……」

「そうでもねぇだろ。そういうお試し期間的なものがあって、恋心に変わっていくのはよくある話じゃねぇか」


 それすらも拒絶することこそ相手に失礼だと思うのだが。

 が、それでも光太は首を縦には振らなかった。


「……やっぱり駄目だよ。よく知らない相手と、僕は恋愛できないよ」

「なら、お友達から、っていっときゃいいじゃね――あ、それは俺がやめとけって言ったんだっけか……」


 小学生時代、やってくる告白に「じゃあ、友達からで」と対応させてたら、四方八方から誘いが来て、最終的に取っ組み合いのけんかに発展しかけて、学級問題が起きたことがあったのだ。

 その時は、学校規模のレクレーションを行うことで発散させるという、前代未聞の対応を取ってもらったんだっけか……(発案・光太の下の姉ちゃん)。

 以来、告白みたいなイベントに、「友達から」って返事を使うなとこいつに厳命したんだよな……うっかりしとったわ。


「……礼美、あんたはどうなの?」

「ふえ!? な、何が?」

「だから告白されたらよ。ジョージにはああいったけれど、実際に告白されたら、なんて答えるつもり?」


 真子に振られて、礼美は困り果て、最終的に絞り出したのは。


「……お、お友達から始めましょう、じゃ駄目かな……?」

「駄目ってことはないでしょうけど……」

「そ、そういう隆司はどうなのさ!」

「あん? 何がだよ」


 いきなり俺のことを指差す光太。

 怪訝そうに見返すと、辛抱たまらんという様子で叫んできた。


「ソフィアさんのこと、嫁嫁言うけれど……彼女に好きとか、愛してるってちゃんと言ったことないじゃないか!」


 ……光太の言うとおり『愛』という言葉は使っても、直接好きだとか愛してるとは言っていない。


「そりゃそうだ。なるべくいうつもりはないからな」

「なんでさ! ソフィアさんのこと、嫁呼ばわりしておいて、遊びなの!?」

「そんなわけあるかよ」


 妙に興奮している光太をなだめつつ、俺は親父の言葉を思い出す。


「親父の持論……というか恋愛指南なんだが、相手のことを知るなら、他人の内になんだそうだ」

「他人の内に?」

「ああ。仲が良くなると、どうしても聞きづらいこととかってあるだろ? たとえば、相手が何に怒るのかとか。怒りの琴線みたいな部分。そういうのを知らないうちは、下手に好きだとか愛してるとか言わないほうがいいんだってよ」


 恋人や家族の距離では、そういったことは聞きづらい……。最悪、そのまま相手の心が離れていってしまう可能性があるからだ。

 だからこそ、相手と他人でいられるうちに、自分がどういう人間なのか示し、相手がそれに対してどう反応するのか伺うのだとか。


「だから、なるべくそういう言葉は使わんようにしてる。それに、そういう言葉は二人っきりの時に使った方が、良い感じがしねぇか?」


 その瞬間を夢見て笑うと、始めはポカンとしていた光太が、感心したように頷いた。


「うん、そうだね……。隆司、ちゃんとソフィアさんとの関係を考えて行動してたんだね! てっきり、本能に任せて行動してるものだとばかり!」

「いや、大半は己の情動に任せて行動してるんですけど」


 そんな理詰めで行動できる脳みそは持ち合わせてねぇよ?

 と、俺の話を聞いて、少しは恋愛に興味を持ったのか、礼美が真子にこんなことを問いかけた。


「ねね、真子ちゃん! 真子ちゃんは、愛してるって、いつも好きな人に言って欲しい?」

「えー? あたし? あたしはさぁ……」


 礼美に問いかけられ、真子が遠い目をする。


「そう言う風に言ってくれそうにないのよねぇ……。むしろ自発的にイベント起こしてくれなさそうっていうか……。もっと強引に行くべきなのかしらね……」

「「「…………」」」


 その言葉に、思わず沈黙する俺たち。

 今まさに恋してる相手がいます!と真子が激白したわけだけど……。


「ちょっと、なんで黙るのよ」

「……じゃあ、聞くけどよ」


 黙り込んだ俺たちを不満げに真子が睨みつける。

 硬直する光太と礼美に変わり、俺は、恐る恐る聞いてみた。


「この間のサンシターとの口移し合戦……あれはそういう感情にカウントしていいのか……?」

「ロマンスとは程遠いけど、一応。というか、あんたたちには証人になってほしいんだけど」


 俺たちの態度に不満が募るのか、頬を膨らませる真子。

 っていうかマジかよ……。サンシターのことを?


「お前とサンシターの間に、何があったんだよ……」

「色々よ、色々」


 俺のいない間に何があったのか、真子はそういうと、サッと髪を掻き揚げた。


「確かにサンシターは頼りないっていうか草食系っていう感じだけど、芯はしっかりしてるし、あたしの話をきちんと聞いてくれるし……何より、あたしのことを見てくれるもの」


 そう言って笑う真子の笑顔は本当に嬉しそうで……ああ、こいつ恋をしてるんだな、ってのが一発で分かる顔だった。


「どうせあいつ、遠慮やなんかが手伝って、あたしに手なんか出さないだろうから、こっちからがっついていくくらいでちょうどいいのよ。そうでしょ?」

「うん……」

「そう、だね……」


 真子の言葉に遠慮がちに頷く二人。

 そんな二人に代わり、俺は一つ頷いてはっきりと教えてやった。


「そうしてやれ。ただまあ、平静を装おうとして顔を真っ赤にしてたんじゃ、カッコはつかねぇがな」

「…………」


 気持ちのいいくらいの笑顔のまま、真子は顔を伏せるように膝を抱え込んだ。

 やはり恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。

 そんな真子を慌ててフォローする礼美。


「だ、大丈夫だよ真子ちゃん! 真子ちゃん、すごくかわいかったから! サンシターさんだって、今の真子ちゃんを見たら……!」


 いやむしろ止めか。

 さらに丸まる真子を見下ろしつつ、俺は光太に問いかけた。


「……で? お前はどうなんだ光太」

「……どうって?」

「ここまで来てとぼけるのはなしにしようぜ。……俺がソフィアに、真子がサンシターに。それぞれ抱いているような感情を、誰かに抱いてるのかって話だ」


 人に語らせておいて、自分は言わないなんてのはなしだよな?

 そう意味を込めて問いかけると、光太は暗く沈んだような顔になった。


「……わからない」

「……いないってことか?」

「ううん。わからないんだ。もちろん、隆司や真子ちゃんの気持ちはわかってるつもりだよ。でも、僕自身のそういう感情は、酷く現実味がないっていうか……」


 真子を必死になだめる礼美。そんな彼女を見つめつつ、光太はぼんやりとした口調で続けた。


「自分のことなのに、って思うかもしれないけれど、なんだか靄がかかってるみたいなんだ……。誰かを想っているのかもしれないし、いないのかもしれない……。ひどく曖昧で、はっきりとしないんだ……」


 ……恋愛感情が五里霧中ってか。光太らしいっちゃ光太らしいが。

 いや、あるいは難しく考え過ぎなのかもしれねぇな。こいつは物事は理詰めで考えるタイプだし。

 そう思い、俺は光太の肩を叩く。


「肩の力抜けよ。そういうのは、考えるんじゃなくて、感じるものなんだぜ?」

「うん……そうだね」


 そう言って力なく笑う光太。

 その顔は、恋をするという気持ちに憧憬を抱いているのか、はたまた諦めを感じているのか……。

 ソフィアを想う俺には、とんと判別のつかない物であった。




 礼美にもいろいろ語らせようかと思ったら、結局光太だけになったでゴザルの巻。真子の視点じゃないと、礼美の気持ちを引っ張り出すのは難しいのぅ……。

 さて、一夜明け、ジョージに裁決が下る。果たして結果は?

 以下次回。


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