No.131:side・remi「ジョージの告白」
何とか、あの化け物からジョージ君を切り離すことに成功しました。
けれど、ジョージ君の右腕は、無残にも食いちぎられていて、残ってはいませんでした……。
オーゼ様の見立てでは、ジョージ君の右腕を基点に、呪いの発動やあの触手の化け物を生み出したのではないかという話でした……。
無事に治療が終わったジョージ君を看病するため、私たちはお城の中の一室を借りて、そこに集まっていました。
部屋にいるのは、隆司君が持って帰ってきたというオーブを抱えたフィーネ様、それから真子ちゃんに光太君、そして隆司君です。
ジョージ君が眠っているベッドを挟み込むように、私と光太君、そしてフィーネ様と真子ちゃんが座っていて、隆司君は一人壁に背中を預けて立っています。
私たちは今、治療が終わったジョージ君が目を覚ますのを待っていました。
オーゼ様のお話では、身体の治療自体はすでに終わっていて、体力が回復すればすぐにでも目を覚ますということでしたが……。
「う……」
「あ……!」
ジョージ君の口から小さなうめき声が聞こえ、フィーネ様が身を乗り出します。
彼女がじっとジョージ君の顔を覗き込んでいると、まぶたが少し震え、ゆっくりとその眼が開いていきました。
焦点の定まらない眼差しでジョージ君は天井を見上げ、そして自分を覗き込んでいるフィーネ様を見つめました。
「……フィー、ネ……?」
「うん、私。わかる? ジョージ」
ジョージ君の様子に心配そうな声を上げるフィーネ様。
そんな彼女に、ジョージ君は小さく頷き、体を起こそうとして。
「……!?」
「っと、危ない!」
右手を突こうとして、バランスを崩しかけました。
危ういところで、光太君が、彼の身体を支えてくれました。
「大丈夫かい?」
「あ……」
身体を支えてくれた光太君を見上げ、ジョージ君はわずかな逡巡の後、小さく頷きました。
光太君はそのままジョージ君の身体を起こして上げ、背中に枕を挟んであげ、負担がかからないようにしてあげました。
私は果物とナイフを手に取り、ジョージ君に食欲があるかどうか伺いました。
「ジョージ君、お腹減ってない? 何か、食べる?」
「――いい。いらない……」
私の言葉に、ジョージ君はそう言って首を横に振ります。
ひどく気落ちした様子で、何かを深く後悔しているようなそんな様子です……。
ジョージ君の様子を見た真子ちゃんが、小さくため息をついて口を開きました。
「その様子だとあんた……自分が何をしたのか、そしてされたのか……しっかり覚えてるみたいね?」
「っ!」
真子ちゃんの言葉に小さく体を震わせたジョージ君。
怯えたような眼差しで、真子ちゃんを見つめました。
「お、俺……!」
そんな彼の目の前に手をかざし、指の間から真子ちゃんが睨み返します。
反論を許さないそのまなざしに、ジョージ君が怯みます。
「言い訳は許さない。あんたは明確な意思を持って、光太やアンナを攻撃した。誰にそそのかされようとも、そこを曲げるのは許さない」
「真子ちゃん!」
あまりにも厳しい物言いに、私が抗議の声を上げます。
けれど、真子ちゃんはそれも許さないという様に私を睨みつけました。
「なによ? 操られていれば、何をしてもいいとでも言う気?」
「そこまでは言わないけれど、ジョージ君はまだ子供なんだよ!? なのにそんな言い方……!」
「子供というのであれば、フィーネだってまだ子供よ? けれどこの子は、宮廷魔導師だ」
真子ちゃんの言葉に、フィーネ様がビクンと体を跳ね上げました。
「ま、マコ、私……」
「この子には大きな責任が常にかかっている。なのに、罪を犯したジョージは子供であることを理由に責任逃れが許されるとでも?」
「それは……!」
真子ちゃんの言葉に、私は反論の言葉を失います。
そんな私を止めたのは、意外なことにジョージ君でした。
「いい、レミ……」
「え?」
「取り返しのつかないことをしちまった……。マコの、言うとおりだ」
弱弱しく……けれど、しっかりとした言葉遣いで、ジョージ君は真子ちゃんの言葉を肯定しました。
ジョージ君の殊勝な態度に、真子ちゃんは満足げに頷きました。
「そう。筋の通し方くらいは知ってるのね」
「お前さんへの刑罰は、現在協議中だそうだぜ」
隆司君が壁に背中を預けたまま、ジョージ君を見据えゆっくりと口を開きます。
「神官長と騎士団長……それから大臣に王族全員……。被害規模や、金額なんかをはっきりさせて、お前さんの今までの功績やらを考慮。その上で、刑罰を決めるんだと」
「ちなみに、宮廷魔導師のフィーネ様は、君の看病のために、特別にここにいることを許してもらってるよ」
光太君の説明に、ジョージ君がちらりとフィーネ様へと視線を向けます。
心配そうな眼差しでじっと見つめてくるフィーネ様。そんな彼女から、ジョージ君はつらそうな表情で視線をそらしました。
そんなジョージ君の様子を、フィーネ様は痛ましそうに見つめます。
「で、あたしらがここにいるのは、あんたの動機を白状させるため」
そんなフィーネ様の隣から身を乗り出した真子ちゃんが、ずいっとジョージ君に近づいて顔を自分の方に向けませます。
「どう、き?」
「そう。いくら呪われたり、操られたといっても、あんたは明確な意思で光太を襲った。その理由を、はっきりさせてもらいたいってわけ」
真子ちゃんの言葉に、ジョージ君の瞳が揺れます。
その中にあるのは戸惑いと迷いと……強い、後悔。
そんな彼の様子に、真子ちゃんはスッと身を引いて肩を竦めました。
「……まあ、あんたが光太を襲った動機に関しては、なんとなく察しはついてるんだけどね」
「………っ」
真子ちゃんの言葉に、ジョージ君がおびえたような眼差しで彼女を見つめました。
……実は、ジョージ君が目を覚ます前に、みんなで話し合ってジョージ君の動機を考えたんです。
そうしたら、満場一致……というほどではないですけれど、彼の動機に対するはっきりとした予測がたてられました。
私には、正直信じられなかったんですけれど……。
「ジョージ、あんた……礼美のことが好きなんでしょ? 光太に嫉妬するほどに」
「………!」
真子ちゃんの詰問に、ジョージ君は目を見開き、そして逸らします。
まるで、言い当てられたくないことを言い当てられてしまったかのように。
「……まあ、なんとなくわからんでもないんだけれどね。この子、いろいろと不用心だから」
「え、ちょっと真子ちゃん。不用心って……」
さすがの言葉にカチンとくる私ですけれど、真子ちゃんが半目で睨みつけてきました。
「なら遠慮がないって言いかえようかしら? 男女の垣根が低すぎんのよあんたは」
「むー」
「まあまあ」
散々な物言いに思わずむくれてしまいます。
光太君がなだめようとしてくれますけれど、納得がいきません!
断固抗議の構えで口を開こうとしたら、呆れたような隆司君がズバッと遮ってきました。
「で、ジョージ? お前、真子の言うとおりに礼美が好きなんか?」
「………」
ジョージ君はうつむき、沈黙しました。
そんな彼の様子を、フィーネ様が固唾をのんで見守ります。
しばらくの沈黙ののちに、彼が出した答えは。
「………ああ………」
肯定、でした。
「レミのことが……好き、だった。きっと……」
「……っ!」
ジョージ君の言葉を聞いたフィーネ様が、ショックを受けたようによろめき、その場から立ち去ろうとします。
けれど、真子ちゃんが肩を抑え、その場に押さえつけました。
「待ちなさい、フィーネ。……だった? じゃあ、今はどうなのよ?」
「………どうも何も、あんなことがあって、好きなんて、いえるわけないじゃねーかよ……」
暗く沈んだ声を上げるジョージ君。
確かに、常識で考えれば、あんな行動をしてしまえば、相手に嫌われてしまうでしょう。
多くの人に迷惑をかけ、それでも誰かを好きでいられる……そんな人は多くはいません。
そう語るジョージ君を、真子ちゃんは鼻で笑いました。
「フン。あんた、やっぱりお子様ね」
「……なんだと?」
ジョージ君の口から飛び出した反論の言葉は、わずかながらに普段の彼のような力強さがありました。
「あんなことがあって、だから好きでいられない……なんて結論を出すのは、人生経験足りてない証拠よ」
「せっかくだ。罪、重ねたついでに、恥も掻いとけや。なあ、礼美?」
そう言って、隆司君が私の方に話を振りました。
「……ジョージ君」
ジョージ君の動機をみんなで考えて、ジョージ君が私のことが好きだった場合、私はどうすればいいのか……。
そうでなければいいのにと思っていましたが、そうであった時、私はジョージ君に言わなきゃいけないことがあります。
私は小さく息をつき、そして笑顔でジョージ君に言葉を紡いでいきます。
「……ありがとう。私のことを、好きになってくれて」
「………」
「でも、ごめんね? 私は、ジョージ君の気持ちに、応えてあげることはできないの」
「っ」
私の言葉を聞き、ジョージ君ははっきりと傷ついたような表情になりました。
ジョージ君が私を好きだと、そう言ってくれるのなら……私はそのお返事をしなければならない。
そう考えて、彼が目覚めるまでの間に、彼に何を言うのか、考えていました。
彼のことをどう思っているのか、真剣に考えて……。
「……誤解しないでほしいのは、ジョージ君のことが嫌いじゃないってこと」
「……え?」
「私は、ジョージ君が好きだよ? でも、それはジョージ君が想ってくれているような好きとは違うと思うんだけど……」
けれど、うまく伝えられる自信はなくて。
だから結局、私は正直に告白することにしました。
今の、自分の気持ちを。
「ジョージ君が、私のことを好きになって……それが原因で、光太君に襲い掛かったのは、悲しいけれど……それでも、私はジョージ君が好きって言えるよ」
「…………」
「でも、だからこそ、はっきりと言います。……ごめんなさい、ジョージ君。私は、あなたの気持ちに答えることはできません」
「っ……なんでだよっ!」
二度、同じ言葉を繰り返した矛盾だらけの私に、ジョージ君が涙声で叫びました。
まるで胸が引き裂かれたような、そんな悲痛な叫びで、ジョージ君がその胸の内を明かしてくれます。
「俺のこと、好きって、言って……! でも、応えられねーって、どういうことだよ!」
「………」
「俺は、お前のこと、好きだよ! コウタの奴と仲良くしてると、ムカつくし! ずっとお前と一緒にいたいって思ったよ!」
ジョージ君がそう叫ぶたびに、その両目からボロボロと涙がこぼれていきます。
「あんなことがあって、もう好きになってもらえないって思ったから、好きでいられないって、思ったのに……! なんで、好きとか言って、しかも、応えられないとかいうんだよぉ!!」
「……だからだよ、ジョージ君」
叫び続けるジョージ君に、私はなるべく感情を表に出さないように気を付けながら、言葉を紡ぎました。
「なにが、だよ!?」
「ジョージ君。私は、ジョージ君のことが好きだよ。でも、ジョージ君に好きでいてもらわなくても、良いって思ってる」
「え?」
「ジョージ君が、私のことを嫌いでも、無関心でも、私はそれで構わない。だって、私はジョージ君のことが好きだから」
一息にそう言い切って、一呼吸置き、私はジョージ君に尋ねます。
「でも、あなたはどう? あなたは、私に何かしてほしいから、私のことが好きなの?」
「う、あ……?」
「もしそうなら、私に何をしてほしいの? あなたは、私に、何を求めるの?」
「い、あ……!」
淡々と紡ぐ、私の言葉が、ジョージ君を追いつめていきます。
心も体も傷ついた彼の姿に心が軋み上げます。けれど、それに目を瞑り、私は心を鬼にして口を開きます。
「何かが欲しくて、どうにかしたくて、あなたは私を好きでいたの? だったら……あなたは何がしたかったの?」
「や、やめ……!」
私は確かにジョージ君が好きです。
けれど、今は彼に怒りを感じています。
何故なら。
「あなたが本当に願っていたことは、一体なんだったの……!?」
彼の願いが、どこかで歪んでしまっていたから。
いったい何が原因だったのか。あるいはそれもガルガンドのせいなのか。
それは、私にはわかりません。けれど、彼はそれを理由にすべてを忘れようとしている。
罪を受け入れ、裁きを受け、そのまますべてを終わらせようとしている。
そんな風に、彼の姿が見えました。だからこそ。
「あ、ああああ………!!」
ボロボロに泣き崩れる彼に、さらに問いかける。
「思い出しなさい! あなたが願ってやまなかった、本当に叶えたかったことを!」
彼が本当に願っていたことを、思い出してほしいから。
その願いを、その手に掴んでほしいから。
「……私があなたの想いに答えられないのは、あなたが全部忘れようとしているから。私は、あなたの願いの、代わりじゃないから」
「あああ………!」
泣き崩れ、涙を流し、もう顔も上げてくれないジョージ君。
そんな彼の姿に私も一筋涙を流し、それでも最後には笑顔でこう言いました。
「……でも、私はジョージ君の味方だから。それだけは、絶対に、忘れないでね?」
「……礼美ちゃん」
私の肩に、光太君が手を置きました。
私はそれに頷き、静かに席を立ちます。
それに続き、真子ちゃんも立ち上がり、隆司君が部屋の扉を開けます。
私たちは、そのままその部屋を後にしました。
あとには……。
「うあぁぁぁぁ……!」
「ジョージ……」
泣き続けるジョージ君と、それを見守り続けるフィーネ様だけが残されました。
愛に見返りは存在しない。あるのはただ、想いの応酬のみ。
さて、無償の愛を叫ぶ二人の勇者に、その親友たちは問いかけます。
それを本当にぶつけたい相手はいないのかと?
以下、次回ー。




