No.130:side・Another「化け物退治の勇者たち ―アルト編―」
……マコさんが皆さんに合流し、今まさに闘いの火蓋が切って落とされようとしました。
先手を切ったのは、ジョージ君を取り込んだ化け物。勇者の皆さんが何か行動を起こすより先に飛び上がり、その巨大な腕を振り下ろしました。
その威力たるや、一撃で騎士団訓練場の地面が罅割れるほど。
その上、化け物の一撃で地面に振動が走り、遠くに立っているはずの我々にまで影響が及びます。
「キャ!?」
私の隣に立っていたアンナも、溜まらず地面に手をついてしまいます。
何とかたたらを踏んで耐え、顔を上げた私は、皆さんが一様に行動を開始している姿を目にしました。
「作戦は以上! 各人的確に動けー!」
「あんたにだけは言われたくないわぁ!」
「頑張ろう、みんな!」
「うん!」
リュウジさんの言葉にマコさんが反論。並んで走るコウタさんとレミさんに気負いは見られません。
あれほどの力を見せる化け物にもひるまず、勇者の皆さんたちは各々に行動を開始しました。
「おりゃあ!」
まず、大きく回り込んだリュウジさんが勢いよく飛び蹴りをかまします。
が、化け物は当たりそうになった部位を液状化して避け、自身の身体の上を通過しようとするリュウジさんに鋭利な刃で一撃を加えようとします。
が、飛び出そうとした刃に、一条の魔力光が突き刺さります。
ハッとなって顔を上げると、いつの間にか八つに増えていたマコさんの天星が縦横無尽に飛び回り、絶え間なく化け物に向かって攻撃を加え続けます。
「純粋な魔力による攻撃は通用するってどういう理屈よ……!」
「さー!? あとで開発者に聞いてみ!?」
「直に会えたらねぇ! 撃ち抜け天星!!」
化け物が今までたっていた騎士団詰め所の上に立ち、マコさんは跳びまわる天星に指示を与え続けます。
化け物の動きを封じるように天星は光を放ち、一点にその巨体を縫い止め続けます。
そうして動きが止まった化け物の正面にリュウジさんが立ち、拳を構えます。
「その隙は逃がさねぇ! 覇連弾だぁ!!」
叫ぶと同時に繰り出された拳の先から、雨あられと覇気による拳撃が飛び出していき、化け物の身体を打ち据えました。
―シィヤァァァァァァァ!!??―
苦悶の悲鳴を上げる化け物。顏らしき部分に表情は伺えませんが、ダメージは確実に与えられているようです。
「その調子ですわ、皆様! そのまま畳んでおしまいなさい!」
「アンナ、お行儀が悪いよ……」
若干言葉使いが荒くなっているアンナを窘めつつも、私は目の前の戦いから目を離せませんでした。
国政を行わねばならない関係で、たまの剣の練習の時以外、皆さんの戦う姿を目にしたことがなかったのもそうですが……。
私と同じくらいの年齢の方々が、強大な化け物に果敢に立ち向かう……。その姿が、眩くあり……。
「リュウジ様いけー!」
「そこですマコ様!」
「コウタ様もレミ様も負けないでください!」
「フレーフレー! 勇者様ぁ!」
その身に一心に声援を受ける、彼らの姿が羨ましくもあります……。
父が亡くなって、もう一年以上経ちますが、今の私に父のように国を治められているという自信はありません……。
貴族たちの強引な謁見を押しのけるような権威を持たず、こうして国に問題が起きても、現状では勇者である彼らに頼るしかない……。
そんな自分の非力さに、歯がゆい思いが募っていきます……。
そんな私の肩を、誰かがポンと叩きました。
叩かれた肩を見上げると、そこには厳しい顔をした騎士団の団長が立っていました。
「ゴルト団長……」
「そんな顔をするな、アルト。お前と、あいつらじゃ活躍できる分野が違う。出来ないことを頼るのは、悪いことじゃない」
「はい……」
団長の言うことにも、一理あるのは理解できます。
ですが、本来であれば関わりないはずの彼らを矢面に立てているという事実に変わりはないのです……。
そんな私の内面を見透かしたのか、団長は苦汁を舐めたような顔で彼らを見つめました。
「……悪いのは、決断に迷いを持つことだ。あいつらを呼んだ以上、その決断に迷いを持つな。その迷いが、いずれお前を滅ぼすこともある」
そう口にする団長自身、酷く苦心しているように見受けられます。
私がそのことを問いかけようか考えようとしたとき、化け物の身体が動きます。
リュウジさんとマコさんの攻撃によってほぼ動きを封じられていた化け物は、いったん身体を液状化させ、ボルトスライムのような形になります。
「む?」
「ん?」
そんな化け物の様子に、二人の攻撃の手が止まります。
次の瞬間、化け物の体の中から無数の触手が飛び出し、全方位に猛威を振るいました。
「! アンナ!」
「チッ!」
私は触手がこちらに襲い掛かる一瞬前にアンナの身体を抱き寄せ、そんな私の前に団長が立ち、飛んできた触手を弾き飛ばします。
勇者の皆さんを応援していた者たちも、各々に対応し、何とか負傷者はゼロに抑えられたようです。
屋根の上に立っていたマコさんは、そのまま屋根の上に伏せて難を逃れたようです。
「ぬぉぉぉ!?」
リュウジさんも何とか触手を避けたようですが、完全に攻撃の手が止んでしまいます。
そんなリュウジさんに向かって、触手はさらに攻撃を重ねようとします。
が、それを阻止するように、全方位に伸びていた触手が次々両断されていきました。
一カ所だけでなく、複数個所を飛び交う光の刃……。それを操るコウタさんは、素早い動作で化け物の身体へめがけて走っていきます。
化け物が、目玉をギョロ付かせ、そこから一条の光を放ちます。
ですが、コウタさんに追従するレミさんが呼び出した盾を打ち抜けず、ただ吹き散らされるだけ。
「光刃閃!!」
間近まで接近したコウタさんが、振り上げた刃から一条の光線が解き放たれますが、液化したまま化け物はそれを回避。
皆さんから少し離れた場所でまた実体化し、ひときわ大きな咆哮を上げました。
「ぬう! のらりくらりと! うっとうしいことこの上ないですわ!」
化け物のそんな様子にアンナが憤慨したように声を上げます。
が、それをなだめるように、団長が重要な点を指摘しました。
「元々、あの化け物に形がないっていうのもあるが、ジョージが取り込まれっぱなしっていうのもデカいんだろう」
「はい。皆さん、ジョージ君がいる場所に極力攻撃を仕掛け無いようにしているように見えます」
先ほどから絶え間なく攻撃を重ねている皆さんですが化け物の左半身側にいるジョージ君に極力当たらないように攻撃を行っています。
先ほど、ジョージ君を救うと宣言していました。そのことから、あまり大規模な攻撃を仕掛けることができないでいるんでしょう……。
「ああ。ジョージがあのままである以上、化け物を一撃で消し飛ばすような攻撃はできないな。……してもらっても困るんだが」
「むー! 卑怯ですわ! 正々堂々戦いなさいよー!」
「化け物にそれを訴えても、仕方ないよ……」
アンナの無茶なひと言をなだめつつ、皆さんの様子を伺います。
私たちが気が付いている以上、それには皆さんも気が付いているはず……。いったい、どうするつもりなんですか……?
「縛土蛇~!!」
瞬間、化け物の身体を縛りつけるように、大地から隆起した土の縄が、ジョージ君を避けて絡みつきます。
―シィァ!?―
「その動き封じますよ~!」
「こいつはおまけだ! 縛炎蛇!!」
さらに追い打ちをかけるように、中空に出現した炎の蛇が、化け物の身体だけを縛り上げます。
―シィァァァァァ―
「ぬぉぉぉぉぉぉぉ!!?? きついきついきつい!?」
「きゃぁ~!? ヨハンさんにナージャさん早く~!!」
魔導師二人分の拘束を引きちぎろうと暴れる化け物。そんな化け物を挟むように立った二人の神官が、同時に祝詞を上げました。
「悪しきものを縛る縄に、女神の祝福を!!」
「ちゃんとやってください、ヨハンさん! ――お二人とも! 今です!」
より強固となり、化け物がその身を動かすことも、液化して逃れることもできなくなったタイミングで、神官に呼びかけられたコウタさんとレミさんが互いに頷き合いました。
「礼美ちゃん!」
「うん!」
そして、二人で共に剣を手に取り、構えます。
途端、剣の刃から光が溢れ出し、辺り一面を照らしだしました。
勇者であるコウタさんとレミさんが眩い剣を構える姿は、ある種幻想的ですらありました。
「こ、これは……!?」
「こりゃ、意志力の輝きか!? それにしたところで、人間に出せるレベルじゃ……!?」
光の強さに思わず目を覆う私たちの前で、コウタさんとレミさんは剣を構えたまま化け物へと突き進んでいきます。
「「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
一気に踏み込み、化け物を縛る拘束ごと刃が貫いたのは、ジョージ君が囚われている左半身。
二人の持つ刃が化け物を貫いた瞬間、まるで乾いた気がはじけ飛ぶような破裂音が響き、ジョージ君が囚われていた部分が吹き飛びます。
―シャァァァァァ!!??―
その激痛に、化け物が溜まらず叫び声を上げます。
化け物の身体から解放されたジョージ君は、地面に激突する寸前で、その身体に張り付いた天星が転移させました。
―ア、アア、アアァァァァ!!!―
形勢の完全不利を悟った化け物が、身体を液化させ、逃亡を図ろうと上空へと逃れます。
ですが、まるでそこに来るのがわかっていたかのように設置されていた四つの天星によって、球状の結界の中に閉じ込められてしまいました。
―!?―
「不利になったら飛んで逃げる……お約束すぎるわねぇ」
天星に腰かけながら詰め所の屋根から降りてきたマコさんが、滑稽な姿をさらす化け物をせせら笑います。
そんな化け物の真下にまでやってきたリュウジさんが、深く腰を落とし、ゆっくりと呼吸を繰り返しました。
「フゥー……ハァー……!」
呼吸を繰り返すたび、リュウジさんの体の中に凄まじい量の覇気が湧きあがるのがわかります。
そして、その覇気が彼の身体から漏れ出した瞬間。
「――っしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
勢いよく拳を振り上げ、その全身から覇気を立ち上らせました。
まるで巨大な柱のように立ち上った覇気は、結界に閉じ込められていた化け物を、その結界ごと吹き飛ばし。
―…………!?!?―
化け物に断末魔を上げる間すら与えず、その存在を完全に消滅させてしまいました。
「……んな、アホな……」
目の前で起こった出来事に、団長が呆然とつぶやきます。
リュウジさんから立ち上る覇気が収束していき、彼が地面に膝をつくと、目の前の光景に我を忘れていたアンナが、歓声を上げました。
「――勇者様たちの、大勝利ですわー!!」
その声に同調するように、騎士団訓練場に残っていた者たちが歓声を上げます。
盛大な歓声に包まれながら、私はジョージ君に心配そうに寄り添う彼らの方へと駆け寄りました。
……自らの決断に少しでも、迷いを抱かぬために。
「……みなさん、お疲れ様でした」
そして、異邦の友人たちを労い、感謝するために。
今の私にできる、精いっぱいのことをするために……。
思えば、こうして四人が力を合わせたのって、ヴァルト戦以来なんじゃなかろうか。他は、だいたい一人が無双状態だったし。
無事にジョージを救えた一同。ジョージはいったい、何を想っていたのか?
以下、次回。