No.129:side・ryuzi「最悪の、展開」
「まあ、何にしろ、思い出に残るキスでよかったじゃねぇか」
「こんな思い出いらない~……」
俺の言葉に半泣きになるフィーネを豪快に笑い飛ばしつつ、俺はまだ倒れたままのジョージへと目を向けた。
解呪薬の苦さか、あるいはいきなりフィーネにキスされたショックからか、ジョージはいまだ気絶から復活してはいなかった。
そして、その右腕もいまだに触手のままだ。光を反射しないほどに真っ暗なその触手は、ジョージの体に全く合わぬ大きさだ。
どんな方法をとったのかは知らねぇが、ガルガンドに改造されたんだろう。
フィーネのことを慰める光太たちを置いて、俺はジョージに近づいて行った。
仮にまだこの触手がジョージの身体として機能するのであれば……このままってわけにはいかねぇ。
いくらジョージの身体だろうと、これはガルガンドが作り出したものの一部。いつまた、ジョージの身体が乗っ取られたり呪われたりする解らねぇ。
ジョージにゃ、悪いが……。
「ここで、潰して置かねぇとな」
宣言とともに握り込んだ拳に、力を込める。
掌に爪が食い込む鈍い音とともに、うすぼんやりと拳が光り始めた。
……向こうで修業していた時は、始めこそ意識的に覇気を使うのも苦労したもんだったが、今じゃ呼吸をするのと同じ感覚で使える。
今の俺なら、この触手を粉みじんに吹き飛ばすこともできるはずだ。
十分に力を込めた拳を振りかぶり、ジョージの右肩につながる触手を今まさに粉砕せんとしようとしたとき。
ピシッ!
……と皮膚が開く奇妙な音がし、触手の中から目玉が現れた。
「チッ!?」
やっぱり何かまだ仕込んでやがったな!?
とっさに目玉に向かって拳を振り下ろそうとしたが、それよりも目玉からビームが放たれる方が早かった。
空気を焼き、斬り裂く音とともに放たれたビームは、狙い違わず俺の顔面へと伸びてきた。
とっさに首をかしげて躱し、触手から距離を取る。
「隆司!?」
目玉が放ったビームの音に振り返ったらしい光太の悲鳴が聞こえてくる。
「心配すんな! かすっただけだ!」
叫んで返しながら、俺は油断なく触手を睨みつけた。
……いや、もう触手というのは正しくないだろう。
元・触手は、ピシパシと何かが引き攣るような甲高い音を立てながら、その姿を異形へと変化させていった。
二足歩行で立ち上がろうとしたとき、気絶したままのジョージの身体も引きずられ、さらに元・触手の身体へと半ば飲み込まれていく。
「……っ! ジョージ!!」
「ダメ、フィーネ様!」
ジョージの凄惨な姿に悲鳴を上げたフィーネの身体を、礼美が抑える。
悲痛な叫びが木霊するなかでも、触手の変異は終わらない。
二足歩行で立ったかと思えば、今度は肉を裂く音とともに、足と手?と思わしき部位から鋭い鋼の刃が姿を現した。たぶん爪だろう。よく斬れそうだ。
先ほど俺に光線をぶっぱした目玉は、頭なんじゃないかと思われる部分に移動し、肥大化……いや、奥に引っ込んでいた部分を外に出し、やたらギョロ付く眼球を晒す。
その下……人間でいえば口の部分がバックリと開き、爪と同様の鋼で出来た牙がぞろりと生える。
ものの数分で変異を終えた触手の怪物は、空に向けて鋭い咆哮を放つ。
―シィヤァァァァァァァァァァァ!!!!―
そうして天を仰ぐ怪物の全長は五メートルほど。かなりでかい。身体が黒いのも相まって、対峙していると相当な威圧感がある。
二足歩行ではあるが、両手はそろっておらず、本来左腕が存在する部分には、取り込んだジョージが半身むき出してぶら下げられている。
ぶら下がったジョージは白目を剥き、一目で正常な状態でないことが伺えた。
「な、何ですのこれは!?」
「さあなぁ。制作主に聞いてやってくれよ」
目の前で突然起きた出来事に悲鳴を上げるアンナ王女にそう返しながらも、俺は軽く飛び跳ねる。
目の前の怪物は、どう見たところで穏便な行動を取りそうな生き物には見えない。
それを証明するわけではないだろうが、ギョロリと俺の方を睨みつけると……。
―シャァァァァァァ!!!!―
一声吠え、目からまたビームを放った。
一条の光はまっすぐに俺に向かって伸びてくる。
怪物の攻撃に、俺は素早く片手をあげ、覇気を込めた右腕でビームを伏せぐ。
「ぐっ!」
思った以上の重さと、想像通りに熱さに手が焦げる感触がする。が、抜けられなけりゃ、なんとでもなる……!
ビームをそのまま勢いよく空に向かって弾き返す。熱源がなくなれば、焦げたはずの俺の手はあっさり治る。
そして残った一方の手に覇気を込め、お礼代わりに怪物に向けて一撃を見舞う。
「槍覇撃!!」
触手をまとめてぶった切るだけの威力を持つ一撃を、しかし怪物は余裕で躱す。
その大きさからは想像し得ない機敏さ……いや、そもそも生物の動作としてはおかしい挙動でこちらの一撃を回避した。
あろうことか、目の前の怪物は一瞬だけ自らの形を忘れたように液化し、そのままの状態で騎士団詰め所の屋根へと飛び移ったのだ。
「はぁ!? っつかはやっ!!」
思わず叫び、慌てて怪物の動きを追う。
騎士団詰め所の屋根で形を取り戻した怪物が、俺に向けて大きく口を開き、その中にいつの間にかびっしり生えた鋼の牙をぶっ放してきた。
「おいおい!?」
生物の常識とか一切通用しない化け物に舌打ちしつつ、俺は両手を交差させて顔を庇う。
散弾の如き勢いで飛んできた牙は、俺の上半身をくまなく打ち据えるが、俺は覇気で対抗。一発残らず弾き返してやる。
代わりに全身穴だらけになった上着を脱ぎ捨て、俺は上半身裸になる。どうせ無傷じゃ無理だろ! わかってんだよ!
「っしゃぁ!」
―シィィィィィ!!―
気合を入れ直す俺に答えるように、怪物が吠え猛る。
その右腕を大きく振るい、俺に向かって恐らく今度は右手の爪を飛ばそうとする。
その時。
「光刃閃!!」
―!?―
その右手に向かって、光り輝く刃が一直線に飛んでいく。
怪物は慌てて右手を振るって爪で刃を砕いた。
「今のは……光太!?」
「隆司! 一人で突っ走らないでくれよ!」
「そうだよ、隆司君! 私たち、仲間でしょ!?」
刃が飛んできた方に顔を向けると、怒り心頭といった様子の光太と礼美が、俺に向かって怒鳴り声を上げてきた。
どうやらあの化け物と遣り合う気らしい。
……正直に言えば、助かるのと出来れば下がってほしいのが半々ってところかなぁ。
「……あれか? ジョージを助けたいんだろ?」
「当たり前じゃないか!」
「あんな風な目にあったジョージ君を、ほおってはおけないよ」
だろうな。お前らだもんな。
だからこそ、言っておかなきゃいけないことがあるんだが……。
「ああなっちまった以上、助けられるかどうかはわからんぞ」
「! ……どういう意味さ」
油断なく怪物の様子を伺う俺の隣まで走ってきた光太が、俺の言葉に緊張を増す。
こちらを中止する怪物を睨みつけつつ、俺は王城を出てからのことを少しだけ話す。
「今のジョージがあまり良くなかったパターンに似てるって、さっき言ったよな?」
「あ、ああ……。その時は、どうなったの?」
「命は助かった」
短くそう言うと、光太はゴクリとつばを飲み込んだ。
「……命、は?」
「あんな感じで化け物に取り込まれたのを助けたんだが、俺がその町を離れるまで結局目を覚まさなかった。今でも、そうかもしれねぇ」
「そんな……!?」
そうなりえるかもしれない、ジョージの未来に礼美が絶望したような声を上げる。
まあ、そうだろう。まだ声変わりもしていないような子供が植物人間かそれに近い状態になるなんて、俺だってごめんだよ。
だが、ある程度今回の状況は前よりはましだ。
「大丈夫だ。そんときゃ、首から下がほとんど怪物の中に埋まってるような状態だった。状態で言うなら、ジョージはよっぽどましだ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
俺の言葉に光太は怯み、ジョージの姿を伺う。
右手はおろか、触手が立ち上がる際に巻き込まれたのか下半身も取り込まれている。しかも外に出ている部分は力なく垂れ下がり、生気も感じられない。
そんなジョージの姿を見て顔を青くし、俺の方を信じられないような顔で見つめてきた。
「今でもすでに大丈夫に見えないんだけど……」
「いやまあ、俺だってあれ見たらダメかもって諦めるけど、今回お前と礼美に諦められると積みなんだよ」
「「え?」」
俺の言葉に、光太と礼美が目を丸くする。
……ここに来る前に、あいつが語ったことが事実であるならば……ジョージを救うのに必要不可欠なのはこの二人なんだ。
いまだに半信半疑ではあるが……俺だけじゃ、絶対にどうにもならないのはすでに経験済みだ……。
「……前に取り込まれた奴を助けられなかったのは、俺が一人だったからだ。テメェの力を過信していたつもりはねぇ。だが、それでも一人じゃ手の届かない領域があった」
ギロリと怪物を睨みつける。
こちらを見る怪物の顏に、あの皺枯れたジジイの顏が浮かんでみたような気がした。
「ぶっちゃけた話、ああなったジョージのことを、俺は諦めた。命を救うことじゃなく、無事に救い出すことは、俺だけじゃ無理だ。だが、お前らが――」
やる気になってくれたなら、と最後まで俺が言うより先に。
ゴッ。
と後頭部に鞘に収まった剣と意志力で出来たらしいハンマーが叩きつけられた。
「それ以上言うと、本気で怒るよ? 隆司」
無言で後頭部を押さえてうずくまる俺に、光太がはっきりと怒りを含ませた声をかける。
「ジョージ君を助けられないから諦める? そうやって、自分で全部背負おうするなよ!」
「そういう時は、すぐに私たちを頼ってよ! 諦めないで、みんなで頑張ろうよ!」
怒鳴り声を上げることがほとんどない礼美まで、俺を非難するように大声を上げた。
っていうか、鞘の一撃にも意志力の効果が篭ってて超イテェ……。
痛みに耐えかねて涙目でうずくまっている俺の肩を二人で引っ張り、自分たちの方に顔を向けさせ、光太と礼美は息ぴったりに叫んだ。
「「僕たち、友達だろう!?」」
「………」
そんな二人を涙目で見つめ返し、俺は思わず苦笑した。
「……だよなぁ。そうだよなぁ」
……どうも、一人でいる時間が長すぎたせいで、ナーバスになってたみたいだ。
そうだよな。自分にできないことは、他人に丸投げすんのが俺のスタンスだったよな。
両の頬を自分で張り、涙を飛ばし、俺は怪物の方へと向き直った。
「っしぃ! 生意気なバカ小僧を、あそこから引きずり出してやるとするか!?」
「ああ! やろう、隆司!」
「うん! ……あ」
気合も十分に戦闘に突入しようとした瞬間、礼美が気の抜ける声を上げる。
思わずつんのめる俺たちに、礼美が困ったように呟いた。
「真子ちゃん、どうしよう……」
「え? ……あ」
礼美の言葉に光太も今気が付いたように声を上げる。
お前ら人が気合入れたタイミングでどうでもいい……。
「別にあいつは良いだろう? 調子が悪いんなら、無理させる必要は……」
俺がそう諭し、さっさとジョージを助けに向かおうとしたとき、妙に通る声でこんな会話が聞こえてきた。
「フィーネ……解呪薬ちょうだい……今、持ってる……?」
「え? う、うん、持ってる。じゃあ、待ってて、今……あ!?」
「サンシターちょっとこっち来て……!」
「は、はい! なんでありますか、マコさモグォ!?」
「ちょ、マコ!?」
「む、むご、むー!!??」
「わー……マコ様、大胆ですわー……!」
「アンナ、見たら申し訳ないよ!?」
会話の後、何やら水っぽい音が聞こえてくる。
描写するのも若干憚られる艶っぽい感じだが、あえて勇気を出して言うなら……。
キスした恋人たちが、口の中の飲み物を口移しで吸い取っている。そんな音だろうか。
「「「………………………」」」
思わず黙り込む俺たち。振り返るのがいやすぎる。
しばらくして、ちゅぽんという音が聞こえ、すぐ後に誰かが膝をついてバッタリ倒れる音が聞こえてくる。
サンシター!?なんて叫び声をBGMに、真子が俺たちの隣に並んで立った。
「……お待たせ。まさか、あたしを仲間はずれにはしないわよね?」
にやりと凄絶な笑みを浮かべる真子を前に、俺は力強く頷く。
「もちろんだとも! 空気読んで、これからお前を呼びに行くところだった!」
「あ、ああ! 何も聞こえてこなかったから、奥に行って休んでると思ってたから!」
「そ、そうだよ! 真子ちゃんを仲間外れになんかしないよ!」
さっき聞こえてきたことはなかったことにして、温かく真子を迎える俺たち。
そんな俺たちを見て満足そうに頷いた真子は、ジョージを取り込んだ怪物を睥睨する。
「……で? なんかプランがあんの?」
「一応、な」
頬を掻き、俺も怪物に目をやる。
いつまでも動かない俺たちに業を煮やした怪物は、今まさに飛び立とうとするところだった。
皆さんは何も見なかった。良いですね?
それはそれとして、いろいろあった隆司。目の前の仲間たちを前に、やっとこちらに帰ってこれたようです。御帰り。
さあ、生意気な魔導師を救い出そう!
以下、次回!