No.128:side・mako「覇気と意志力」
ジョージの前に立った隆司は軽く首を回し、ジョージを睥睨する。
その視線が気に食わないのか、あるいはさっきの隆司の発言が気に入らないのか、ジョージは触手をうねらせ、隆司を威嚇する。
「やりだー……? どこにもそんなもんもってねーじゃねーか……!」
「目に見えるものがすべてとは限らねぇぜ? これ、戦いの鉄則な?」
「リュウジ様~! お気を付けください~!」
ジョージを小馬鹿にするように肩をすくめた隆司に向かって、アルルが大声を上げる。
隆司がそちらに顔を向けると、両手をメガホンのように当てて、アルルがさらに声を上げる。
「今の~ジョージ君~、魔法や~人を~飲み込んじゃいます~! 絶対に~触っちゃだめですよ~!」
「魔法に人も? 節操ねぇな」
「よけいなこといってんじゃねーよ……!」
アルルの助言にジョージが勢いよく触手を振るう。
「キャ~!?」
アルルが叫んで逃げようとするけど、触手の方が早い……!
ズドォン!
けれど、アルルに触手の一撃が決まる瞬間、横合いから何かが激突し、軌道が一気に逸れる。
「!?」
「おいおい、お前の相手は俺だろうが。攻撃する相手を間違えるなよ」
突然の衝撃に目を見開くジョージ。その衝撃が飛んできた方角は、隆司だ。
右手を突き出すような形で止まっているけど、あいつ、魔法とかは使えないはず……そもそも詠唱も聞こえてこなかったわよ!?
「ちょっと隆司! 今の!」
「伊達に一ヶ月近く、フラフラしてたわけじゃねぇよ」
隆司が振り返ってニヤリと笑う。
原理はともかく、どうやら遠距離攻撃手段を手に入れてきたらしい。
自らの一撃をたやすく弾かれたジョージは、ギリッと歯ぎしりをお越し、動かせる触手すべてを一斉に動かした。
「なにじゃましてんだよ……!」
「いや、邪魔しねぇ方がどうかしてんだろう」
「おらぁぁぁぁぁ!!」
降り注ぐ触手の雨が、隆司に襲い掛かる。
「シッ!」
が、その触手がすべて弾き飛ばされる。
隆司の両腕が連続で突き出され、そのたびに拳の先から何かが飛び出し、その何かが触手をすべて弾き飛ばしたのだ。
「いっっっっっっ……てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
弾き飛ばされた途端、ジョージが肩を押さえて転がり始めた。
痛覚がある? 魔法は平気で飲み込む癖に?
そうして転がるジョージを見て、隆司が呆れたようにため息を吐いた。
「そりゃ、発気喰らって痛くねぇわけねぇだろ。覇気舐めんな」
「え? 隆司、覇気が使えるようになったの!?」
さっきの状態から何とか復活した光太が覇気の言葉に驚く。
「あ? ああ。隠居した先代騎士団長……いや師匠に叩きこまれてな」
「そっか……いいなぁ……」
光太が隆司の背中を羨ましそうに見つめている。
あんた……意志力が使える癖に、これ以上何を修得しようっていうのよ……。
っていうか、今はそうじゃないわよ。考える部分が違う!
「それはそれとして……。今、ジョージ痛がったわよね……?」
「え? あ、そうだよね……」
「殴られて痛くねぇわけねぇだろ」
「でも、魔法は飲み込んだわよ……? 覇気と魔法、原理が違うとはいえ、攻撃手段には違いないじゃない……。いったい何が違うのよ……?」
「物理的か、精神的かの違いじゃねぇの? 魔法のことはよくわからんが」
いまだ痛みに転がるジョージを油断なく見つめて構える隆司。
確かにいかにもありえそうなことだけれど……。
と、光太が何かを思い出したような顔になった。
「あ、そういえば……」
「どうかした?」
「いや、最初にあの触手に向かって光刃閃を打ち込んだら、ジョージ君が痛がってたから……」
光刃閃って……意志力剣を一本にまとめたっていうあれ?
確かあれって意志力を中心にできてるだけあって、精神的なダメージが強いって話だけど……。
「隆司! 覇気って、具体的にはどういう物なの!」
「さー? ノリと勢いで操ってるから何とも……」
隆司の首を傾げての返答に思わず肩をこけさせる。
ノリと勢いって……まあ、らしいっちゃらしいけど……。
「ただまあ、衝撃波みたいなもんだと考えていいんじゃねぇの? やたら光ったり、石剣に使うと切れ味が高くなったりするけど」
「団長さんによると、物理的な作用が強い力なんだって。基本的には、物質の持っている力が上がるって考えていいと思うよ?」
要領を得ない隆司の説明に、光太が補足してくれる。
物理的な作用が強い? ってことは、意志力とは逆の力?
覇気と意志力がそれぞれ持つ作用を魔法で再現するのは簡単だ。覇気なら各種属性魔法、意志力なら光槍撃を初めとする各種光系魔法を使えばいい。
でも、属性術師と呼ばれるアルルがいろんな属性や光魔法を試していないとは思えない……光槍撃を飲み込むところはあたしも見たしね。
つまり、相手に対してどんな作用で攻撃するかが、あの触手にダメージを与える上での重要な要素じゃないってこと?
まあ、理屈はともかく、覇気や意志力であれば、あの触手に明確なダメージを与えられるっぽいのはわかった。なら、まずは……。
「礼美! 聞こえる!?」
ジョージの触手に縛られながらも、隆司が覇気を操れることに驚いていた礼美が、あたしの声に反応してこちらを向く。
それを確認してから、頭を振って痛みを振り飛ばしつつ、あたしは叫んだ。
「意志力ならアンタでも使えるでしょ!? さっさとその触手振りほどいてこっち来なさい!」
「っ!」
あたしの言葉に、礼美が目を見開き、そして力強く頷いた。
覇気はどういう風に使ってるか知らないけれど……意志力は意志の力。魔法のような明確な法則はなく、強い意志さえあれば、無音無動作で発動できる。
光太みたいに、必殺技のように叫ぶ必要はない。猿轡のように、触手を口に噛ませていても……。
「っ~!!」
いくらでも呼び出せる。
「……あ? なん、いってぇぇぇぇぇ!?」
突如礼美の頭上に無数に表れたハンマーが、彼女を締め付ける触手に降りかかる。
ピコピコとお約束のごとく、対して痛そうでもない音を立てながら降り注ぐ意志力ハンマー。だけど、意志力で出来ているためか、ジョージはハンマーが降り注ぐたびに痛がり、悶える。
そして痛みに耐えかねて、礼美の拘束が緩み、彼女の身体が地面に落ちる。
「きゃっ! っ!」
何とか受け身を取り、立ち上がった礼美がこちらに向かって駆けだした。
「っ! ……にげるんじゃねーよ!」
それに気が付いたジョージが、触手を操って礼美の身体を捕らえようとする。
「天星!」
天星を飛ばし、礼美をこちらに転移しようとしたけど、触手の方が早い!
瞬間。
「槍覇撃っ!!」
腰だめに腕を引き、手の形を槍のようにした隆司が、勢いよく手刀突きを繰り出す。
その腕から、鋭い槍の様な衝撃波が打ち出され、礼美に襲い掛かろうとしていた触手を打ち抜き、引きちぎり、さらに城の壁に穴をあける。
「あ、やべ」
「ちょ、隆司!? やりすぎ!」
パラパラと開いた穴から壁の欠片が落ちてくる……。っていうか凄まじい威力ね。
触手が二、三本、まとめて引きちぎれたわよ?
「~~~!!??」
触手を引きちぎられたジョージが痛みに悶え苦しんでいる。
……無理に転移させる必要、なさそうね。
「礼美ちゃん!」
「光太君! 今、治してあげるから!」
戻ってきた礼美は、いの一番で光太に飛びつき、いまだ治りきっていない腹部の傷を癒し始める。
これでジョージを吹き飛ばしても、問題なくなったわね……。
「あとは、ジョージの触手から出てきた、操られてる人たちをどうするかよね……」
残った懸念材料である、操られた人たちの方に目をやる。
騎士たちも、防戦一方ではあるが、ようやく味方に攻撃されるという状況に適応したのか、何とか操られた人たちと戦っている。
耳から出てる触手を引っこ抜くとかすれば、操られている状態から元に戻るのかしら……?
「その辺に関しては、心配しなくていいぞ」
「? どういうことよ……?」
あたしの懸念を聞いて、隆司がひらひらと片手を振ってそう言った。
妙に自信満々だけど……何か秘策があるってことかしら?
「ジョージのあの状態、いわゆる憑き物だろ?」
「……まあ、元々礼美に好意を寄せていたのを、ガルガンドに利用された感じだけど……」
「そう。言っちまえばガルガンドに呪われてるみたいな感じなわけだ」
隆司はそう言って、ピコピコと指を振る。
立ち上がったジョージを見てニヤニヤと、何やらいやらしい笑みを浮かべながらこう言った。
「まあ、この辺はオーゼ爺さんからの又聞きなんだが、そういうのをどうにかするなら、お約束があらぁな?」
「なにをいって……」
ジョージは隆司を睨みつける。けど、隆司は応えようとしない。
……って、いつの間にかジョージの背後に回ってる小さな影が一つ。
「……フィーネ?」
「あ?」
思わず漏らしたあたしに反応したのか、あるいはやっと接近されたことに気が付いたのか、ジョージが背後に振り返る。
途端、それを待ち受けていたかのように、キュッと眉根を寄せていたフィーネがギュッと目を瞑り……。
「……は?」
いきなり、その、えーっと……。
ジョージの唇を奪いました。
……………いや、なんで?
「っ! っ!? っ?!」
「フィーネ!? いったい何をしていますの!?」
突然の出来事に、ジョージは体をじたばたと暴れさせ、さらに外野に徹していたアンナ王女が悲鳴を上げた。
いやまあ、突然子供のラブシーンが発生したら、誰もが驚くわよね……。
ほら、触手を植え付けられた人たちもフィーネの突然の出来事に、身体を震わせ粗ぶり始め……。
にゅるぃ……。
と耳から触手を吐き出し……。
「……って、え?」
触手が出てきたぁ!?
ジョージとフィーネがキスした途端、触手に操られていた人たちから触手が飛び出し、さらに糸がプッツリ途切れたように倒れ込んだ。
え、えー……?
「いったい何事……?」
「ん……ぷはぁ!」
呆然としていると、フィーネが長い長い口づけを終え、ゼーハーと荒い息をつく。
口づけされたジョージはといえば、しばらくフラフラしていたかと思うと、そのまま触手を引きずってバッタリと倒れた。
ジョージが倒れた途端、触手が見る見るうちに縮んでいき、大人の腕くらいの大きさまで縮んでいった。
そんな二人に隆司が近づいていき、懐から革で出来た水筒を手渡した。
「ほい、水」
「!」
舌を出して荒い呼吸を繰り返していたフィーネは、隆司から手渡された水筒を奪うと、そのまま口に含んでぐちゅぐちゅとうがいを始めた。
「べー!!」
「ホント、何なの……?」
「フィーネ、よく我慢したな」
「うう、初めてだったのに……」
オーゼさんがフィーネの肩を叩き労い、私にさっきのフィーネの痴態の説明を始めてくれた。
「ジョージが呪われているのは一目瞭然でしたので、フィーネに申し付けて解呪薬を服用させたのです」
「解呪薬?」
「呪いを解除する薬なんだと。で、その薬が効果を発揮するためには、呪われた人間に口移しで摂取させる必要があるんだとか」
「はあ……?」
苦笑しながら隆司がさらに追加で説明してくれるけど、なにそれ。
唾液に反応する薬品でも使ってるの……?
光太の治療が終わったらしい礼美が近づいてきて、まだうがいを繰り返しているフィーネを心配そうに見つめる。
「あの、じゃあフィーネ様がうがいを繰り返しているのは……?」
「そりゃ単純に解呪薬がデタラメに苦いからだろ。なんでこんな仕様にしたんだ、先代の宮廷魔導師は」
「口移しで服用させるための配合が、どうしてもそういう形になってしまったんだとか……」
「いや、重要なのはそこじゃないんじゃ……?」
まったくね……。
しかしフィーネがそんなものを作ってたなんて……。都合がよすぎる気がするわね……。ジョージがこうなったと発覚してから一時間も経ってないでしょうし……。
……ああ、そうか。あたしの今の状態が、呪いか。それなら、フィーネが解呪薬を作ってたのも……。
「………………………………」
あたしはちらりとサンシターの方を伺う。
若干遠巻きに、フィーネとジョージを囲んでわいわい言っているあたしたちを微笑ましいものを見る目で見つめていた。
あたしの視線に気が付いたのか、あたしの方を見て小さく首をかしげた。
……頼めば、飲ませてくれるかしら?
一件落着な雰囲気が漂う一同。
しかし、肝心のジョージの触手は分離せず……。
以下、次回。