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No.126:side・mako「殺意と憎悪が向くその先に」

「マコ様、無茶であります!」

「無茶でもなんでも、いくしかないでしょーが……」


 突然聞こえてきた炸裂音。何かが壊れる破壊音。それに伴う悲鳴。

 あたしの部屋にまで聞こえてくるようなそれを耳にして、黙って寝ていられるほどあたしは肝っ玉が大きくはない。

 無理やりベットから這い出し、途中でサンシターに発見されながらも、あたしは現場へと急いでいた。

 体調がよくなったわけではない。今でも全身の倦怠感はひどいし、立とうとすれば立ちくらみがする。薬か魔法が切れたのか、全身がうすら寒くすらある。

 そんなあたしを支えてくれるサンシターの視線は、いつになく険しいものだが、おとなしく従っていられない。


「じゃあ、聞くけどサンシター……なすすべなく、ベットの上で大往生を迎えろとでもいうわけ……」

「そんなわけないであります! でも、今のマコ様の具合では……!」

「あんたが支えてくれれば、魔法を唱えるくらいの余裕はあるわ……」

「その言い方は……いえ、でもまだ敵襲と決まったわけでは……!」


 何とかあたしを思い止まらせようと、サンシターが言葉を重ねてくる。

 常識の範囲で考えれば、理があるのはサンシターのほうだ。

 よほど深く敵が侵攻していない限り、こんな国のど真ん中に飛び込んでくる馬鹿はいない。

 周りを敵で囲まれて、袋叩きにあって牢屋行きがオチだ。

 けど、今回は敵襲の可能性が高いとあたしは踏んでいた。


「サンシター……昨日……だよね? ともあれ、ガルガンドが出てきて、しかもアレを操ってたんでしょ……?」

「え、ええ……その通りであります」

「今の今まで、アレの存在を明確に感知できたことはない……。つまり、ガルガンドはこの城にアレを通じて自由に出入りできるのよ……」

「あ……!」

「しかも、あたしのこの状態、アレに噛まれたせいである可能性が高いわ……」


 昨日、あの洞窟に潜り込むまでの間、あたしは間違いなく自分が健康体であった自信がある。つまり何かあったとすれば、あたしが気絶してから目覚めるまでの間。

 アレに噛まれたなんて、あたしにとっちゃ呪い以外の何者でもないけれど、ガルガンドにしてみても、あたしの身体に細工する絶好のチャンスだったろう……。忌々しい。

 この異常な状態が、この世界固有の病気ではなく、ガルガンドが原因の呪いか何かだとすれば、このタイミングでガルガンドが攻めてこない理由はない。


「あ、アレから、マコ様に細菌が感染した、と?」

「……十中八九そうでしょうね……。アレって、衛生上よろしくないし……」


 いまだにあたしが病気だと信じているサンシターに、あたしは頷いて見せた。

 この上あたしが呪われてるかも、なんて考えたら、サンシターが卒倒しかねないしね……。


「ともあれ……アレを操っているのがばれたガルガンドとしては、アレに有効打を打たれない今のうちに、最善策を取る必要があるわ……。一番いいのは、そのままこの城を陥落させること……。本拠地を落としちゃえば、その内情を探る必要はないしね……」

「な、なるほど……」


 あたしの予測に恐れ戦くサンシター。

 けれど、疑問は残る。

 それは、魔王軍本隊……もっと言えばヴァルトとの連携が取れているかどうかだ。

 ヴァルトの意志は、その思惑がどうあれ、戦争継続の方向性だ。

 一種のスポーツのような雰囲気を残しながらも、あの狼は戦争を続けたいと考えているようだ。

 ソフィアが指揮系統としては最高位だけど、多分ソフィアはヴァルトに判断を一任しているはず……。本人も、まだ十六年しか生きていないって言ってたし、年若い自身の判断を優先させるような傲慢さは彼女からは感じたことがない。

 そうなれば、この城を落とそうとしているかもしれないガルガンドは、本隊の意向を無視して行動しているということになる。その意図は、一体どこにあるの……?


「マコ様、もうすぐ現場に……!」

「うん……」


 サンシターに言われ、戦闘音がだいぶ近くなっていることに気が付く。

 なんのかんの言いながら、あたしを現場に連れてきてくれたみたいだ。

 ひょっとしたら、ガルガンドが襲っているかもしれないと聞いて、何とかしてほしいと考えているのかもしれないけれど……。

 もしそうなら、期待には応えなくっちゃね。たとえ無理をしてでも。


出でよ天星(サテライト・スター)……」


 呪文を唱え、天星を呼び出す。

 数は二つ。今の状態で、これ以上の数を呼び出すのは難しい……。

 呼び出した二つの天星に、あたしとサンシターを守るように命じ、サンシターに頷いて見せた。


「行くわよ、サンシター……」

「はいであります!」


 勇ましく頷いたサンシターは、あたしに肩を貸しながら、戦闘音の聞こえる場所……騎士団の訓練場へと乗り込んだ。

 そこで繰り広げられていたのは、ほぼ一方的な戦闘だった。


「しねおらぁ!」

「させませんよ!」


 右腕がなぜか真黒な触手になっているジョージの一撃を、ヨハンさんが凌ぐ。どうやら光太を狙ったもののようだ。そばにはオーゼさんもいて、光太の奴はお腹をかばう様に動いている……まさか怪我してるの?

 いつもなら真っ先にそれを治しに向かいそうな礼美は、今はジョージに囚われている。触手で拘束され、さらに猿轡代わりに触手まで噛まされている。周りで繰り広げられる惨状に、涙を流している。

 礼美を拘束する以外にも複数本生えている触手は、近づいて来ようとしている人間すべてを自動的に迎撃しているようだ。


「くぁ!?」

光槍撃(スピア・スマッシャー)~!」


 その間を掻い潜って、アルルが生み出した光の槍が、ジョージに迫る!

 けれど、一本の触手が槍を絡め取り、ずるりと音を立てて魔法を飲み込んでしまった。


「う~! また飲まれた~!」

「なんべんやっても、むだなんだよぉ!」

「きゃ~!?」


 悔しそうに呻くアルルに、ジョージは触手による一撃も見舞う。

 今のところジョージと相対しているのは、いつものメンツにケモナー小隊の一部が加わった少人数のみ。

 それ以外の騎士や魔導師も集まっていることは集まっているんだけど……。


「………」

「お、おい!? 俺がわから……ぎゃぁぁぁ!?」


 同胞であるはずの騎士たちに、バッサリと斬り捨てられている。

 でも、一目見て騎士たちが正気じゃないのはわかった。

 耳の穴から触手生やして正気なら、狂ってるのはあたしのほうだろうけれど。

 人数こそ多くはないけれど、身体能力は反応速度が普段の比ではないらしく、騎士団が苦戦を強いられている。

 あたしが渡した強化Tシャツは着てるんだろうけど、多分相手も同じ条件だ。なら、純粋にためらいがない側に勝機はある。

 その中でも特に鋭い動きをしているアスカは、団長さんと副団長さんの二人で相手をしている。


「…………。……」

「ちっ! わかっちゃいたが、さすがこの国唯一の剣術家だな……!」

「これほどまでに才気あふれていたなんて……!?」


 鋼の剣に木の棒で立ち回る団長さんも異様だけれど、もっと異様なのはアスカの速度だ。

 今までに見たことがないような速度で、団長さんと副団長さんを相手に立ちまわっている。

 この国で唯一、剣術を収め、それを王族に伝授しているという肩書は伊達じゃないみたいだ。普段かかっているリミッターを外せば、この国で一番強いみたいね。

 その証拠かどうかはわからないけれど、刀傷と見られる大怪我を負った騎士たちがかなりの数倒れている。アスカ以外に操られている騎士たちの主武装がナイフであることを考えれば、下手人は他にはないだろう。


「これは……!?」

「ひどい有様ね……」


 目の前の惨状にサンシターが顔を青くする。

 普段は乾燥したグランドみたいな騎士団の訓練場が、騎士たちが流す血によってずいぶん湿気った空気を醸し出している。立ち上る血の匂いが、ひどく不愉快だ。


「いったい、何の騒ぎですの!?」

「王女様、いけません!」

「待つんだ、アンナ!」


 騒ぎを聞きつけてか、アンナとアルト、そしてメイド長が訓練場に飛び出してくる。

 アルトとメイド長は必死にアンナを止めようとしているけれど、アンナはその制止を振り切って惨劇の場に足を踏み入れ、その状況に顔面蒼白になる。


「……っ!? ジョージ!」


 そしてその惨状を生み出した主犯であろう、ジョージに向かって叫び声を上げた。


「いったい、何をしているんですの!? 今すぐにおやめなさい!」

「あぁん?」


 聞こえてきた声にジョージが煩わしそうに振り返る。

 落ち窪んだ眼に隈をこさえ、どこか幽鬼のような雰囲気を漂わせる彼にアンナが怯む。

 けれどそれは一瞬のことで、すぐに顔を険しくし、ジョージに捲し立てはじめた。


「おやめなさい、ジョージ! こんなことをして、ただで済むと思って……!」

「うるせーだまれ」


 だが、ジョージに聞く耳はないらしい。

 伸びた一本の触手が、横薙ぎにアンナの身体に迫る。


「え……!?」

「アンナ!」


 突然の出来事に身体を硬直させるアンナをかばい、アルトがその小さな体を抱き寄せる。

 そして背中を盾に、ジョージの一撃をまともに食らった。


「ぐっ!?」

「お兄様!」

「アルト王子!?」

「じゃましてんじゃねーよ……しね」


 アルトはそのままアンナとともに地面に倒れた。

 メイド長が駆け寄ろうとしたとき、ジョージがアルトたちを地面に縫いつけようとするかのごとく、螺旋に捻った触手を突き刺そうとする。


「天星!」


 触手が突き出される一瞬前、あたしは天星を飛ばし、アルトたちの盾にする。

 突き出された触手と天星が激突し、甲高い激突音が響き渡った。


「あ?」

「ぐ……!」

「マコ様! しっかり!」


 一瞬でも気を抜けば、天星を突き破りアルトたちに突き刺さってしまいそうだ……!

 触手の威力を支えようと、あたしは力を振り絞る。途端、頭が激しい頭痛に襲われる。

 魔法……というか魔力を込めようとすると痛むの……!? それとも別の何か!?


「王子!」

「ああ……! アンナ、こっちだ!」


 あたしが天星で触手を防いでいる間に、メイド長がアルトを立たせ、三人は大急ぎであたしのそばまで駆け寄ってきてくれた。

 アルトがこちらに駆けよってきた瞬間、天星が触手によって破壊される。間一髪ね……。


「……んだよ、じゃますんなよ……」

「ずいぶん、横柄な口きくようになったじゃない……ジョージ……」


 ようやくあたしの存在に気が付いたのか、ジョージがゆらりとこちらの方を向いた。

 サンシターに支えられながら、あたしもそれに応えるようにジョージを睨みつける。

 射殺すようにあたしたちを睨みつけ、ジョージは口から殺意を垂れ流した。


「いまからしぬやつが、すこしじゅみょうがのびてもむだだってわかるだろーが……」

「ジョージ……!?」


 幼馴染のその言葉に、あるいは感情に、アンナが顔を歪ませる。

 なんでか知らないけど、えらく鬼気迫る感じね……。


「人の生き死になんて、干渉しないのが吉よ……? 魔導師は、神様じゃないんだから……」

「えらそうにしゃべってんじゃねーよ、ころすぞ……!」


 あたしの言葉に、ジョージが一際、殺意を滾らせる。

 とてもじゃないけれど、十になるかならないかの子供が出せる気配じゃないわね。右手の触手といい、間違いなくガルガンドが一枚噛んでるんでしょう……。


「おれのおもいどおりにならないやつはじゃまなんだよ……!」


 ジョージが一番太い触手をくねらせ、あたしたちに向かって振り下ろしてくる。


「っ!? マコ様!」

「天星……!」


 サンシターがあたしの身体を抱えて逃げようとするけれど、一瞬触手の方が早い……!

 残った天星に魔力を込め、触手に対する盾にする。

 再び響く激突音。今度は数秒と持たず、天星に亀裂が走った。


「サンシターさん! 私も!」

「申し訳ないであります!」

「アルト、アンナ……!」

「え、ええ!」


 素早く回ってきたメイド長にも抱えられ、あたしはその場から移動する。

 あたしの呼びかけに、アルトもショックを受けたまま硬直しているアンナを抱えて駆け出した。

 天星は砕け散り、大地に爆音響かせて触手が叩きつけられる。


「いつまでいきてんだよ……さっさとしねよ……!」


 無事逃げおおせたあたしたちを見て、ジョージがまた一層殺意を滾らせた。

 見境ないわね……。悪感情だけ増幅されてるみたいだけど……。

 けど、天星は砕け散った。あたしに取れる手段は残り少ない……。

 最悪、ジョージを……。

 と、そんなあたしの思考を遮るように、オーゼさんに抱えられていた光太が一歩前に出た。

 相変わらずおなかをかばうような体勢だけど、位置が近くなったのとオーゼ様から離れたことで、その惨状がようやく分かった。

 って、穴が開いてんじゃないのよ!? 大丈夫なの!?


「待つんだ、ジョージ君……」

「あ? んだよ……」

「君が殺したいのは、僕だろう……!」


 あたしの心配をよそに、光太は両手で剣を構え、ジョージに相対した。

 って無茶無茶無茶! あんな大怪我かかえて……!

 光太に対して制止の声を上げようとした瞬間、光太の全身から湯気のように光り輝く何かが立ち上り始めた。


「は!?」


 思わず顎が外れたかと思うほど口を広げてしまう。

 立ち上るそれに力強さは、あたしが使う魔法の比ではなく、見る者すべてを威圧するような雰囲気だ。気圧されたジョージが、一瞬怯む。

 けれど、それとは反対に、光太自身の気配がだんだんと薄くなっていった。

 まるで……命そのものを燃やしているかのように。


「コウタ様!? いけません!」


 目の前の光太の気配に気が付いたオーゼさんも、慌てたように制止の声をかける。

 けれど光太はそれを無視して一歩前に出た。

 まさかあの馬鹿……この状況に対して、自己犠牲でどうにかしようとしてるんじゃ……!


「やめなさい、光太……! そんなことしたって、ジョージが止まるはずないでしょうが……!」


 痛む頭を押さえながら、何とかあたしも声を絞り出す。

 けど、光太には届かない。また一歩、足を踏み出した。


「……ッ! ……っ!」


 光太のただならぬ気配に気が付いた礼美も、ジョージの拘束を抜けようともがき、光太に必死に何かを訴えている。けど、猿轡のせいでそれも届かない。

 また一歩前に出た光太が、礼美を見上げ、ゆっくりと口を開いた。


「大丈夫……。今、助けるよ、礼美ちゃん」


 その声色は、死を決意したそれだった。


「かってにひとのもんにてをつけてんじゃねーぞ……!」


 ジョージが光太に触手の一撃を加えようとする。

 それを迎撃せんと、光太も刃を振り上げた。


「……! ダメェェェェェェェ!!!」

「くっ!?」


 目の前で起こる惨劇の気配にアンナが悲痛な叫び声をあげ、アルトが腰の剣を引き抜いて駆け出す。

 遅まきながら、あたしも魔法を唱えようとするけれど……何もかも遅い。

 これで……積みなの……!?


「しねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 触手が振り下ろされる。

 目の前の絶望感に、あたしは目を強く閉じてしまう――。






「待てぇぃッ!!!!」






 ――その声が、聞こえてきたのはそんな瞬間だ。

 その場全てを一瞬で威圧する、強い強い声……。声そのものに力があるように感じる。

 声に圧されてか、光太もジョージも動きを止めた。

 光太の全身から立ち上る光は消え、そのまま崩れ落ちる。


「っ……。いきなりだれだ……!?」


 ジョージは目の前の光太に攻撃するのも忘れ、声の主を探して辺りを見回し始めた。

 そして声の主はゆっくりと口を開く。


「戦いの虚しさを知らぬ愚か者よ! 戦いは愛する者を助ける為だけに許される! その勝利のために我が身を捨てる勇気を持つ者……」

「あ、あそこだ!」


 不意に、誰かが空を指差して叫ぶ。


「人、それを……『英雄』という!」


 高い高い、ひときわ高い塔の上。


「テメェ……だれだぁ!」

「今更テメェに名乗る名前はねぇ!!!!」


 そこに……今世紀最大の馬鹿野郎(辰之宮隆司)が立っていた……。




 キタ! メイン馬鹿キタ! これで勝る!

 どう見たところで出待ち感満載の登場! ついにあいつが帰ってきた!

 以下次回!


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