No.13:side・ryuzi「狩りのお時間」
「ここがハンターズギルド?」
「はい………」
肉が手に入る、というメイド長さんの助言に従い、騎士の兄ちゃんを引きずってここまでやってきた俺は、ハンターズギルドと看板を掲げられた建物の中へと入った。
そして思わず眉根をしかめる。何しろ中には人っ子一人おらず閑散としており、繁盛しているようには見えなかったからだ。
「ギルドってのはもうちょっと活気があるもんだと思ってたんだが……」
「自分も詳しくはないでありますが、こんなものでは? 王都では仕事もたくさんあるでありますし」
騎士の兄ちゃんの言葉に一つ頷く。言われてみりゃそうか。街道を歩いた城下町の活気を見りゃそれなりの職に就くのも……いや、向こうの世界のこと考えると一概にそうとも言えないのか? でも道行く人々の数見るに人口過多ってわけでも……。
「あんたら、ギルド加入希望者かい?」
一瞬いろいろ考えそうになった俺を引き戻す声が聞こえてくる。
声のする方に顔を向けてみると、ボウガンを背中に背負ったショートヘア短パン少女がこっちを睨んでいた。若干小麦色にも見える健康的な太ももがなかなか悩ましい。
俺は人がいることに喜んで、努めて明るい声と笑顔を心掛けて話しかけた。
「ああ、そうなんだよ! こいつに、ここがハンターズギルドって聞いてね」
「どうもであります」
いつものようにがっちり肩を組み、無理やり騎士の兄ちゃんを矢面に立たせる。
ちなみに騎士の兄ちゃんは騎士団の制服のままだが、俺は騎士の兄ちゃんに貸してもらったマントを羽織って顔には丸グラサンをかけている。単純に向こうの世界の衣服は目立つのと、顔を覚えられないようにとの対策だ。
勇者ではあるが、素性は隠したほうがいいだろ、一応。
「元々田舎の方じゃ乱暴者だった俺でも、こういうとこなら職にありつけるかと思ってねぇ」
……という設定。これなら多少腕力過多でも誰も疑わないだろう、ということで道すがら騎士の兄ちゃんと相談して決めたことだ。
もちろん偽名も決めてある。といってもそんな複雑なもんでもねぇけど。
「俺の名はリュウっていうんだけど、ねえちゃんは?」
「あたいはカレン。そっちのさえない騎士は?」
「……おい、聞かれてんぞ。自己紹介くらい、自分でしろよ」
「ええぇ!?」
聞かれて俺は騎士の兄ちゃんを小突いた。そういや俺、この兄ちゃんの名前知らねぇ――。
「自分、サンシターと申します」
…………………………。
ここ、笑うところではないよね?
「あんたいきなり黙り込んでどうしたんだい?」
「な、んで、もない………」
吹き出すな俺! この世界では「三下」なんて言葉はないし、故郷の幼馴染なら名前には慣れているはずだ! 笑うほうがおかしい。
しばらく笑いの発作を横隔膜の痙攣という形で抑え込んでから、一つ深呼吸。
「……まあ、ともあれ、そういうわけでね。加入申請したかったんだけど、人っ子一人いないじゃん? どったの? ひょっとしてここ、流行ってないの?」
「ここが流行ってないんじゃないよ。ここ最近森の様子がおかしいせいで、稼ぎにならないどころか危険なせいさ」
「森の様子が?」
「おかしい、でありますか?」
俺と騎士の兄ちゃん――サンシターが顔を見合わせると、カレンが肩をすくめた。
「あたいにいわせりゃ業深いだけだよ。適当に狩って適当に稼げりゃいいんだ、こんなもん」
そうして俺たちに背中を向け、肩ごしに振り返る。
「これから加入ってことは、初心者だろ? いろいろ教えてやるよ。加入の仕方から仕事の決め方、んで狩りの仕方もね」
「……そいつはありがたいねぇ」
俺はにやりと笑って、マントの下に入れっぱなしの左手の石剣を強く握りしめた。
これの試し斬りも兼ねてるんでね。なるべく大物で頼むぜ?
そのあと俺たちはカレンのいうままにギルドの名簿に名前を登録。ハンターズギルドの証であるというペンダントを受け取り、カレンの仕事に随伴する形で初依頼となった。
内容は、ウッピーとやら十頭の狩猟。カレン曰く、初心者にはもってこいの超簡単な依頼だそうな。
「何しろ、ボーっと草食ってるところを、隠れて討ちゃいいんだ。こんな楽な仕事もないだろう?」
「まあ、そうだな」
草むらの陰でじっとして、草をモリモリ食べているウッピーに狙いを定めるカレンの隣で、あいまいな相槌を打つ俺。
件のウッピーとやらは、両手が痩せ細った代わりに下半身が異様に発達したウサギみたいな生き物で、体毛は純白だった。大きさは三十センチ程度。
なんでも味は淡白であまりうまいものではないらしいが、成体になるまで一ヶ月程度で繁殖力も高く、一匹いたらとりあえずその森には三百匹はいるのことで、庶民の食卓に最も上る回数が多い動物なのだとか。
でもあの大きさだと、あんまり食うところなさそうだな……。
―ぴー!―
ぼんやりしてると、カレンの矢がウッピーの頭をしっかり捉えた。
鮮やかなもんだ、これで六匹目だ。隠れてじっとしているとはいえ、距離はそれなりに離れている。目算で……十メートルちょっとか? 標的のウッピーは三十センチの大きさしかないうえ、頭の大きさはそれ以下だ。
それで六匹全部にヘッドショット決めてやがるんだ。これを見事と言わずになんという?
ちなみに仕留めたウッピーは一匹ずつ括ってサンシターが担いでる。
「っし! これであと四匹だ!」
「見事なもんだな、全く」
嬉しそうにガッツポーズ決めるカレンの後ろを、石剣担いでテコテコついていく。
この石剣見せた瞬間「あんたベルベルタイガーでも仕留めるつもりかい?」って呆れられた。ちなみにベルベルタイガーは背中に鈴みたいなものがくっついたトラらしい。狩猟生物としてそれはいいのか。
手早くサンシターの背負っていた縄に六匹目のウッピーを括ったカレンは、得意げな顔して俺を見上げる。褒められて心なしうれしそうだ。
「あんただって、慣れりゃこのくらいできるさ。まあ、その前に……」
一瞬言いよどんで俺の石剣を見ながら肩をすくめる。
「弓に慣れないとだけどね」
「そりゃそうだ」
言われて軽く肩を竦め返して、サンシターの方を向いてみる。
「ちなみにサンシター。お前、弓使えたっけ?」
「十センチ程度の大きさでよろしければ……」
お前、それは玩具だろ。
呆れてツッコみを入れる気力もない俺の耳に。
―シュー……シュー……―
というか細い音が聞こえてくる。
細い管の中を空気が漏れていくような……いや、呼吸音かこれ? よく聞くと、一定のリズムを刻んでる感じだし。
「?」
軽く周りを見回してみるが、音の発生源らしい生き物の姿は見えない。
だが、音は絶えず聞こえてくる。
俺の様子に気が付いたカレンが、怪訝そうな顔をする。
「リュウ? どうしたんだい?」
「いや、なんか聞こえてこねぇか?」
「? いんや? 何が聞こえたんだい?」
「なんつーか、空気が漏れるようなシューって音が……」
聞こえてきた音の説明を仕様と、俺がカレンの顔を見つめた時。
―シャァッ!!―
という音と、首に激痛が走る。
「リュ!?」
驚いたカレンの表情が高速でぶれる。
横殴りの衝撃を受けた俺は、石剣から手を離しそのまますぐそばにあった木へ頭から突っ込んでいった。
ズドン!という石剣の地面へとめり込む音が聞こえる。
「リュウ!? いったい……!?」
カレンは焦ったような声をあげ、攻撃が行われた方向に顔を向けたようだ。
同時に驚愕と恐怖を抱いた気配が伝わってくる。息伝いが、やたら荒くなっていくのが聞こえた。
「なん、で……こんなとこに、アイティスが……!?」
「あ、あいてぃす? なんでありますかそれ?」
「ウッピーが主食の肉食獣だよ! 一定のテリトリー作るんだけどテリトリーに入ったウッピー以外の生き物は、みんな殺すうえ、姿も見えないから森の暗殺者って言われてる……!」
「ええぇぇぇぇぇっ!!?? ああ!? 言われてみれば、さっきまでそこにいたのにもういない!?」
暗殺者たぁ、ずいぶんな二つ名だな……。音が聞こえても姿が見えないのは擬態か何かか?
「ど、どどどどうするでありますか!?」
「どうもこうも、逃げる! アイティスは、普通ならハンターが十人以上のチームを組んで狩る動物だ……! あたいらだけで勝てる相手じゃない!」
「じゃ、じゃあリュウ殿を……」
「そんな暇ないよ! いつこっちに攻撃が来るかわからないんだ!」
「そんな!?」
おいおい、さすがに置いてけぼりは勘弁だぜ。とはいえ、痛みのせいで目も開けられねぇが……。
「それに、アイティスの一撃は人間の骨なんて一発でへし折るんだ! 首逝っちまったら、助けるもくそもないだろう……!」
悔しそうなカレンの声に涙が混じる……ってなに?
いや確かに首に一撃貰ったけど、まだ死んでないぞ? いや思いたい。
痛みを我慢しながらゆっくりと片目を開ける。
サングラスは吹っ飛んだのか、視界は明るい。
ぼんやりとした視界の向こうには、もうすでに泣いてるサンシターと今にも泣きそうにわめいているカレン。
そして、カレンの頭をしっかりと狙っているトカゲもどきの姿だった。
「あんただって命惜しいだろ! 幼馴染は気の毒だったけど……!」
ヤベ、激昂してるせいでトカゲもどきに気づいてねぇな……。
ゆっくりと口を開けるトカゲもどきの存在に、俺は慌てて痛みを無視して体を跳ね起こす。
「どけぇ、カレン!」
叫ぶとまるで喉が裂けちまった痛みとともに、口から血泡が噴き出す。やべぇ、声帯あたりが傷ついてるかも……。
「え、へっ?」
「あ、リュウ殿!?」
俺の叫びを聞き、呆けたようにカレンが振り向くが、これ以上何か言う時間をトカゲもどきは与えてくれそうにない。
くそ、恨むんじゃねぇぞ!?
「おらぁ!!」
声をあげ、左手でカレンとサンシターをまとめて左へ吹っ飛ばす。
同時に、トカゲもどきの口から舌が一瞬で伸びてくる。
「い、きゃぁぁぁぁ!?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」
吹き飛ぶ二人の声と同時に一瞬で伸びた舌はカレンの頭があった場所を貫き、俺の眉間へと伸びてくる。
だが、来るとわかってりゃ対応するのは簡単だ。
「しっ!」
伸びてくる舌が眉間に触れる寸前、俺は残った右手で舌を掴み取る。グヌリとした質感とどろどろの唾液が絡みつき、何とも言えない不快感を与えてくる。
―!?―
同時に伝わってくるもどきの動揺。
ふん。さすがに舌をつかまれた経験はないようだな……!
俺は気持ち悪さを我慢して、右手に二、三回奴の舌を巻きつけ、さらに伸びきった舌を左手で掴む。
「降りてこいやぁ、トカゲもどきぃ!!」
そして舌が伸びたまま姿を隠そうとする間抜けを俺は全力で引っ張る!
バキリ、と大仰な音を立てて奴の爪ガキからはがれた。
中空を勢いよく飛び、さらに舌が縮んで勢いよくこちらへと突進してくるトカゲもどき。
「おおぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そのままの勢いで、手近にあった大木にもどきの体を叩きつける。
舌はまた勢いよくのび、背中を叩きつけられたトカゲもどきは悲鳴を上げる。
―ごぎゃぁ!?―
「まだまだぁ!!」
そしてまた近づいてくるモドキの体を木に叩きつける。
―げぎゃぁ!?―
「もいっちょぉ!」
さらにおまけともう一回叩きつけてやろうと、渾身の力でトカゲもどきの舌を引っ張ると。
ぶちーん。
「おわぁ!?」
途端にトカゲもどきの舌が勢いよく千切れた。
どうやら何度も渾身の力で叩きつけてやったせいで、トカゲもどきの体の方が耐え切れなかったらしい。
っかー、情けねぇし、しまらねぇ……。
―ぎ、ぎゃぁ……!―
「ん!?」
舌が千切れて自由になったと理解した途端、トカゲもどきが逃げようともがき始める。
舌が千切れたってのに元気な生き物だぜ……。
だが。
「今更、逃がすかぁ!!」
俺は素早く地面に埋まった石剣を抜き取ると、木を登り始めたトカゲもどきの頭めがけて横殴りに投げつけた。
風切り音を立てて石剣はトカゲもどきに迫り。
ザゴン!
と豪快な音を立ててトカゲもどきの首だけじゃなくて木まで切り倒す石剣。
「……おおぉう」
俺は呆然と声を上げるが、石剣の勢いは止まらずそのままさらに二、三本の木を斬り、五本目でようやく幹に突き刺さって止まった。
……俺の力だけじゃねぇよなさすがに。やべぇ、石剣の方まで取り扱いに注意しねぇとならねぇんか。
ぼりぼり後ろ頭掻いて、石剣を回収しようとする俺の背中に呆然とした悲鳴のような声がかかった。
「ちょ、ちょっと待てよ!?」
「んー?」
振り返ると、ちょうどサンシターを座布団にした格好のカレンがこっちの方を見ていた。
腰でもぬかしたのか、ペタリとした力の入っていない女の子座りだ。
「な、なんで生きてるんだい!? さっき、アイティスの舌が……」
「あ、あー? なんでだろうな?」
「なんでだろうって……!」
睨まれるけど、答えられるわけがねぇ。だって生きてるんだもの。
そういえば、さっき血が出てきたせいで鉄くさい口の中だが、今はもう血が出てくる気配はない。のどの痛みも引いている。傷が治ってるのか?
ってことは、俺の体、異常に再生力も上がってるのか……? でも、トカゲもどきの攻撃で首の骨が折れた感じはしなかったし……。
なんか謎が増えた感じの俺の体に辟易しつつ、血塗れた石剣の血を振り払い、首を無くしたトカゲもどきの体を担ぎ上げた。
「お、おい。アイティスの体なんか持って、どうするんだ……?」
「え? だってトカゲだし、食えるだろ?」
「く、食うって……。仮にもお前、五十万アメリオンもする狩猟対象を……」
呆れたような視線を受け、憮然となる。
なんだよ、トカゲの肉って鶏肉みたいって聞いたことがあるから試してみても損はないだろうがよ。
「そんなことより、立てそうか? そろそろサンシターがつぶれそうなんだけどさ」
「え、は!? ご、ごめんよ、今どくから!?」
「ぐぐぐ……自分のことは御気になさらず………」
サンシターのうめき声を聞いて慌てて立ち上がるカレンを笑って見つめながら、俺はさっきトカゲもどきに攻撃された首筋をそっと撫でた。
さっきまで激しい痛みを発していたはずのそこは、もう何も発していなかった。
で、カレンが無事に狩猟を終えて持ち帰ったアイティスとやら。
ギルドでさばいてもらって持ち帰ったら意外とうまいと好評だった。
カレンに仕事回してもらえるよう頼んどいたし、また狩りにいこっと。
ちなみに食べた人たちは、それがトカゲ肉だということを一切知りませんw
しかし戦闘系は久しぶりに書いたけど、書きやすいなぁ……。
次回は、魔法関係にもう少し突っ込んでみようかなー?