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No.123:side・Another「虚:ウツロ ―ジョージ編―」

 すっかり月明かりが辺りを照らし、いやにがらんとした俺の部屋の中を無意味照らす。

 ……ババアがくたばって、フィーネの奴が宮廷魔導師になった日から、俺はフィーネと一緒に暮らしていた塔から出て、騎士団の寮の一室を借りている。

 元々、いずれはあそこから出るつもりだったけれど、それは今じゃなかった。でも、ババアに選ばれたフィーネといつまでも一緒にいるのは、どうしても我慢ならなかった。

 実力はそう変わらない……いや、戦いって一点に限って言えば、速術師(スピードスペル)なんて呼ばれてる、俺の方が優れてるはずだった。

 実際、喧嘩でも、フィーネに負けたことはなかった。……まあ、喧嘩になったら、ババアに俺が叱られるのがいつものことだったけれど。

 魔導師団の中でも、俺とまともに術を打ち合えるのは、フォルカのバカくらいだ。属性術師(エレメンツ)なんて呼ばれてるアルルだって、俺との打ち合いに勝てるような力は持っていない。俺と打ち合えるフォルカにしたって、威力は俺の足元にも及ばない。

 ……だってのに、ババアは俺じゃなくて、フィーネの奴を選んだ。泣き虫で、弱虫で、意地っ張りで、本を読むくらいしかしたことのないような、箱入り娘の、あのフィーネを。

 他の連中だって、誰ひとり納得しなかった。初めは、反対意見だって出た。けど、フィーネが宮廷魔導師になるのはババアの遺言であるということ、そしてオーゼの奴が後押ししたということから、自分らを無理やり納得させて、誰も何も言わなくなった……。

 俺だけが、フィーネが宮廷魔導師になることに反対し続けた。声を荒げて、オーゼに掴みかかって。フィーネより、俺の方が宮廷魔導師にふさわしいと主張した。

 だが、オーゼは首を横に振った。

 何故、と聞いた時のオーゼの返答は、今でもはらわたが煮えくり返るようだ。


「お前では勤まらんよ、ジョージ……」


 何が、勤まらないだ。そもそも、戦争中にくたばった、ババアが悪いんじゃねーか。なら、戦えねーフィーネより、戦える俺の方が、宮廷魔導師にふさわしいのは誰が見ても明らかじゃねーか……。

 それを証明したくて、俺は魔法の研究にのめり込んでいった。騎士団の戦いに、付いていこうともした。

 けど、俺が騎士団にくっついていこうとすると、オーゼが必ず邪魔をした。

 何故だ、と叫んでも、オーゼは騎士団の邪魔をするなとしか言わなかった……。

 あいつは、オーゼのくそったれは、俺の邪魔しかしない。

 俺が宮廷魔導師になることを、恐れてるとでも言うのかよ?

 そんな具合にくすぶっていた、俺の目の前にある日突然現れたのが、レミだった。

 初めは、フィーネが召喚した勇者の一人だと聞いて、やっかみの感情しかわかなかった。もしフィーネが召喚した勇者が国を救えば、フィーネの宮廷魔導師としての地位はゆるぎないものとなっちまう。そうなったら、俺がフィーネにとってかわるのが、難しくなっちまう。

 だから、最初はバカにしようと思った。魔術言語(カオシック・ルーン)が初めから読めるとかいう、マコの奴を出汁に。あいつが魔族だと嘘を言い触らして。フィーネが、間違った奴を召喚したと印象付けようとして。

 でも、それはレミの奴に邪魔をされた。今から考えれば、当たり前だ。誰だって、ダチを馬鹿にされたりしたら、怒って当然だ。

 以来、あいつは俺にしつこく絡むようになってきた。初めは、マコの奴にちゃんと謝れと。

 その一件は、結局うやむやになっちまったけど、しばらくしてから、俺はあいつに魔法を教えるようになっていった。

 あいつは言った。一人でも戦える力が欲しい、と。そして、自分が世界を救えば、その功績は俺のものだとだと。

 確かに、俺があいつに魔法を教え、その魔法であいつが活躍できれば、それは間接的に俺の実力を示すことにもなるはずだ。

 だから、俺は魔法をあいつに教えるようになった。フィーネを宮廷魔導師の座から引きずり下ろすために。

 ただ、それだけのために。

 それだけだった、はずなのに……。

 それが狂ったのはいつからだ?

 あいつに、ただの教え子と、宮廷魔導師になるための踏み台以外の意味を考えるようになっちまったのは?


―……光太君は優しくてすごくて……それでいて、どこか放っておけない感じがするってことかな?―


 ……そうだ、この言葉を聞いた瞬間からだ。不意に、ちょっとした興味から、コウタについて聞いたんだ。本当に、わずかな興味が、今や俺にとって身体を動かすことができないほどの重みとなって、俺自身を苦しめている。

 抱くのは、どす黒い感情。初めは、薄汚れた雪のような、そんな小さなものだったのに、気が付けば、泥か鉛のような重さで、体の隅々まで積もりきっている。

 ……いや、ほんのさっきまでは、こんなに重たく伸し掛かってはいなかった。心が軋むほど、身体が痛むほど……こんな想いは抱いていなかった。

 きっかけは……王城にある中庭。

 夕日の眩しさにいら立ちながら、ふと、見下ろしたその場所で……。




 レミと、コウタが、口づけを交わしていた。




 手にしていた、詰所から勝手に持ち出した魔導書が、音を立てて廊下に落ちた。

 しばらくして、顔を離したレミは、笑顔で光太に何かを言った。

 コウタは、照れくさそうな顔で返事を返す。

 そして何かの話をしていたかと思えば、手をつないでどこかへと立ち去っていった。

 一部始終を目にし終えた俺は、その光景が信じられなくて、信じたくなくて、落ちた本を拾うことも忘れて、その場から駆け出していた。

 あとからあとから溢れた涙は妙に熱く、喉の奥から声とも思えない音がひたすらにこぼれてた。

 誰に会うわけでもなく、自分の部屋に駆け込んだ俺は、音を立てて閉じた扉に背を預け、そのまま力なくへたり込んだ。

 ……わかってたことだった。

 あの二人の仲の良さは、城の中……いやあるいは国の中でも一二を争うほどだ……。

 最近じゃ、仲のいい夫婦や恋人たちを差して、勇者様のようだ、なんていう言葉がはやっているなんて冗談交じりで話す神官たちもいる。

 わかっていた、はずなのに……。

 また一滴、涙が流れる。

 わけが、わからねぇ。なんで、おれ、ないてんだ?

 べつに、あいつと、コウタが、つきあってても、どうでもいいじゃねーか。


―それでよいのか……?―


 いいも、わるいも、ねーよ。おれが、あのふたりのあいだに、たちいるなんて、できねーし。

 どうせ、れみのやつも、おれのことなんて、まほうのししょうか、こうたのやつのためにやくにたつための、ただのがきだって。そのていどにしか、おもってねーにきまってる。


―果たしてそうか……? それで終わるか?―


 おわるもなにも、はじまってすら……。


―いない。ならば、これから始めればよかろ?―


 はじ、める?


―そう、創めればよい。己にとって、都合がいい。己にとって、最も良い。そんな場を、生み出せばよい―


 うみ、だす?


―そう。主の気の向くままに……主が宮廷魔導師であり、この国で最も偉大な魔導師であり……―


 ………。


―勇者レミを、主の自由にできる、そんな場所を、主の手で―


 おれの、てで?


―左様。主にはできる。主ならできる……―


 …………。

 できるわけ、ねーだろ。

 誰も、俺の話なんか、聞きやしねーんだ。

 ガキが何を喚いても、誰も、一言も、聞き入れやしねーよ。


―主が童だから、聞き入れぬ?―


 そうだ。おれががきだから、おれは、きゅうていまどうしに……。


―いいや、違う―


 なにがちがう。


―皆、恐れておる。主の、力に、恐れておるのよ―


 俺の、力?


―そう、主の力に―


 ………そんな力が、あるなら………。

 なんで、もっと早く……!


―今からでも、遅くはない―


 おそく、ない?


―我が、手伝おうじゃぁないか?―


 瞬間、俺の指先に鋭い痛みが走る。

 意識が、覚醒する。

 待て。今、俺は、誰と話をしていた?


「だ、誰だ!?」

―主の望みを、汝の憎悪を。叶えてやろう―


 音はなく、ただ、ただ、聞こえてくる、声の主。

 ひどくしわがれたそれは、聞くに堪えないひどさで、俺の心の中に忍び込んでくる。

 また、指先に痛みが走る。

 その痛みに顔をしかめ、立ち上がろうとする。

 けれど、身体が動かない。


「っ!?」

―叶えてやろう叶えてやろう。主のすべてを、叶えてやろう―


 まるで糊か何かでくっつけたように、俺の身体は扉から離れようとしない。

 そうしてもがいている間にも、指先の痛みは広がっていき、五本の指すべてが痛み始める。

 いや、それだけじゃなく、掌や、腕そのものにも。

 何とか目を、首を動かし、痛みの走る右手を見る。

 そこには。


「チチッ」「チュー……」

「っ! な、ぁ!?」


 無数のネズミが、群がっていた。

 俺の手に群がったネズミは、一心不乱に俺の指を、手を、腕を。ひたすらにかじっている。

 ネズミが頭を、瞳を、牙を、動かすたびに、鋭い痛みが俺の頭を駆け抜ける。


「っい、つぁ……!」

―恐れることはない。主はただ、我に任せてくれればそれでよい―


 ネズミに身体をかじられる激痛に、声をあげかけると、まるで俺の喉を締め上げるかのように、しわがれた声が、頭の中に響き渡る。

 ひどく濁った、愉悦と狂気に歪んだ、そんな声が。


「っか、は……いぃ、ぁっ!?」


 自分の腕が齧られている。そんな現実から目を背けようと、俺は月明かりが差し込む窓の方を向く。

 そこには、赤い点。


「……?」


 点、点、点。


「!?!?!?!?」


 無数の赤い点。


「「「「「………」」」」」


 黙して語らぬ、小さなネズミたちが、俺の方をじっと見つめていた。


「あああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!????」


 たまらず叫び声を上げた。

 途端、一匹が飛び、俺の口に収まる。


「っ!? ぐ、が……!?」


 ひどく汚れた土のにおい……そして。


 ぶち、ぐちゅ。


 反射的に口を閉じたせいで、鉄錆にも似た、嫌な匂いが口の中に広がっていく。


「………!!!!」


 手をかじり続けられている恐怖と、ネズミを租借してしまった嫌悪感に、ボロボロと、涙がこぼれる。

 そんな俺を見てか、声の主が、俺をなだめるように語りかけてくる。


―泣くな、童よ。主は泣くから童なのだ―


 先ほどまでとは打って変わった様な、慈愛に満ち満ちた声。

 ……その裏に隠れている愉悦に気が付かぬままに、俺はその声に返事をした。


―泣く、から?―

―そう、泣くから、主は童なのだ。涙を捨てよ。痛みを捨てよ―


 声がそう囁くたび、まるでどこかへと落ちていくように、指先から。手から、痛みを感じなくなっていく。


―心を捨てよ、感情に蓋をせよ。皆、そうして大人に……誰もが認める者になってゆく―


 また声がささやく。今度は、口の中に充満していた嫌悪感が消え去る。

 そして、吐き出そうとしていた、ネズミの身体がゆっくりと俺の口を通り、喉へと下っていく。


―捨てよ捨てよ何もかも。残すは力と怨念と―


 ザワリ、と目の前のネズミたちが波のように動き出した。

 瞬間、声の主がニヤリと笑った気がした。


―あの男への憎悪だけよ―


 最後の最後に聞こえてきたその声は、嘲りと愉悦に満ち満ちているような気がした……。




 聞こえてきた、心の声は、嫉妬が生み出した幻か。

 はたまたあるいは……。

 以下、次回。


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