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No.122:side・mako「奇妙な音」

「う……?」


 気が付いたら、いつの間にかベッドに寝かされていた。

 辺りはすでに薄暗く、光の差す方を見れば、月がゆっくりと空へと昇っていくところだった。

 頭がぼんやりしてる……。小さな痛みが、脳みその奥のほうでゆっくり残ってる……。

 体がだるく、首を動かすのも億劫なほどだ。

 いったいなにこれ。

 現状を確認しようと、もう一度頭を動かすと、ろうそくが燃える小さな音ともに、部屋の中に明かりが灯った。


「マコ様、気が付かれましたか?」

「サン、シター……?」


 聞こえてきた声に目線を向ければ、部屋の隅の方にあるランプに火を灯したサンシターが、あたしの方に近づいてきてくれた。

 サンシターは、ベッドのそばのチェストの上に載ったお盆の中から濡れ布巾を取り出すと、ギュッと絞ってあたしの額を拭きはじめた。


「お加減はいかがでありますか?」

「……あたまいたい……」


 正直にそういう。まるで風邪を引いたみたいな具合だ。しかも普通の風邪じゃなくてしつこい奴。

 でも、不思議と体は冷えている。風邪を引いた時の独特の倦怠感はあっても、熱は感じない。

 これは……?

 考えるあたしの額から、濡れ布巾がそっと離れる。


「神官長様が治癒のための魔法をかけてくださったでありますが……」

「それはきいてるっぽい……」


 サンシターの言葉通り、あたしに何らかの魔法がかけられているのがわかる。

 どんな魔法なのかはわからないけれど、サンシターの言葉から察するに、痛み止めの類なんだろう。

 それでも若干痛む辺り、相当強い痛みなんだろう。オーゼさんには感謝だ。


「もし、何か欲しいものがあるのであれば、言って欲しいであります。すぐに、取ってくるでありますよ?」

「んー……」


 サンシターの言葉に、少し黙り込む。

 といっても、聞きたいことは決まってる。


「じゃあ、あたしが気絶してから、どうなったか、教えて……」

「それは……」


 あたしの言葉に、サンシターが若干言いよどむ。

 今のあたしの状態を見て、話してもいいのか迷ってる。

 あたしが無理をするかもしれないって思ってるのかしら? さすがにこの状況で何かできるわけないじゃない……。


「お願い、サンシター……」

「……わかったであります」


 あたしが重ねて請うと、サンシターは重々しく頷いてくれた。

 すぐそばの丸椅子に腰かけると、ゆっくりとあの後あったを語ってくれた。


「マコ様が走り去られ、気絶された後でありますが……っと、その前に、マコ様。走り去る前に話していた、あの声の主を知っているでありますか?」

「……? ううん、そういえば、あれは誰だったの……?」

「あの声の主こそ、ガルガンドであります」


 サンシターの言葉に、あたしは眉根を潜める。

 ガルガンド。何度か光太や礼美、そして隆司の口から上がっている名前だ。

 今侵攻をかけている魔王軍とは別行動を取っている死霊団という組織を統率している存在らしい。

 他の魔族とは、どうにも毛色が違うらしい。例えば隆司のことを本気で殺そうとかかったり、平然と味方を巻き添えにするなど……。隆司曰く外道なんだとか。

 しかし、それがあの声の主なのか……。顔を見てないけど、声は覚えたわよ。


「ともあれ、マコ様に群がっていたあれを振り払い、背負い直したところで、ガルガンドに追いつかれたであります」

「むら……いや、それより、追いつかれた……? どういうこと……?」


 あの状況で、さすがにフォルカを初めとした、ケモナー小隊の面々を抜けるとは思えないんだけど……。力量で劣っても、場所と人数はこちらにとって有利だったはずだけど……。


「それが、ガルガンドめは、アレの身体に乗り移るか何かして、自分たちと相対していたらしいのであります」


 あの洞窟の中で声をかけられたとき、てっきり暗がりにいるもんだと思ってたんだけど……。

 アレの身体に乗り移るって……。正気の沙汰じゃないわね……。

 しかし、理屈としては正しい。例のアレが見聞きした物を情報として取り出すのであれば、アレに乗り移るなりなんなりして、感覚を共有するのが最も効率がいい。つまり自分の目で見て、自分の耳で聞くのと同じことなのだ。


「そして自分に追いついた後、例のアレでお互いの身体を貪り合わせたであります」

「は?」

「さらに、お互いを貪り合った例のアレが融合し、大きな化け物へと変じたであります」

「………」


 まったくもって想像の外なサンシターの報告に、もう黙ることに決めた。

 アレが合体して化け物になるってどういうことよ……。


「その後何とか逃げようとしたでありますが叶わず、危うく潰されかかったところを、コウタ様に救われたであります」

「ふーん……」


 相変わらず、神憑り的なタイミングで出てくんのねあの子……。たまに狙ってんじゃないかと思うくらいのタイミングで、出てきたりするからねぇ……。礼美もなんだけど。あたしの幼少期の思い出なんかそのいい例だし。


「で、その化け物は……?」

「コウタ様と交戦していたでありますが、手と肩とを吹き飛ばされ、不利を悟ったのか、自爆して果てたであります」

「自爆……? 光太は無事だったの……?」

「はい。寸前でレミ様が、化け物を防御膜で覆い、爆発を最低限に抑えたでありますから」

「おおっ……」


 爆発物を覆うって、無茶するわね……。そういうものは、密閉空間では破壊力が上がるっていうのに……。当然、覆って防ぎ切れるだけの防御力があれば、そうするのが安全だけど……。

 ともあれ、化け物とやらはもういないらしい。


「その後は、マコ様を連れて王城まで戻ったであります」

「なるほど……。で、あたしは今どんな感じなわけ……? オーゼさんが、診てくれてるんでしょ……?」

「あ、はい。どうも例のアレに齧られたせいで、感染症の類を誘発しかけているとかで……」

「ふーん……」


 ……嘘ね。

 一言聞いて、あたしはサンシターの言葉をそう判断した。

 確かに例のアレにかじられて感染症に罹った、というのはもっともらしい状態だ。けれど、熱を伴わない感染症なんてないだろう。細菌やウィルスが入ったのであれば、それに対抗するために、発熱するのが人体だ。……なんて、説明しても中世レベルの医学しか持たないこの世界の住人のサンシターにはわからないわよね。いや、魔法がある分あたしらの世界の中世よりましなんだけどさ。

 けど、サンシターが嘘を言っている様子はない。たぶん、オーゼさんから言われたことを、そのまま言ってるだけだろう。

 そこから判断するに、今のあたしは相当まずい状況なんだと思う。一般兵である、サンシターに伝えられない程度には。オーゼさんがそばにいない以上、今すぐどうこうなるわけじゃないんだろうけど……。


「……以上が、マコ様が気絶されてから起こった出来事であります」

「……ありがと、サンシター」


 すべてを語り終えたらしいサンシターが、一息つく。

 今のあたしの状態に関して、サンシターにこれ以上聞くのは意味がないでしょう。サンシターに嘘がつけるとは思えないし、思いたくない。

 しかし……いろいろ起きてるわねぇ……。

 いまだに痛む頭を抱えつつ、あたしはガルガンドの動向について考える。

 あいつは、アレの躾に来たと言っていた。半月くらい前に、アレが姿を頻繁に見せたのは、ガルガンドの魔法が解けて、アレの生態が本来のものに戻ってしまったからだろう。

 けど、すぐにアレは姿を見せなくなった……。少なくとも、ここ数日中は。つまり、統率自体は、その時点で取り戻していることになる。

 わざわざあたしたちの目の前に姿を現したのは、初めからあたしたちを消すためだろう……。うん、隆司のいうとおり、外道ね。アレを利用している以上、ガルガンドは外道に間違いないわ。

 しかもアレを利用して化け物を生み出すとか……。そんなことが可能な魔導師なんて、こっちにはいないわよ?

 今後、その化け物とやらが敵に回った時の対策を、多少なり考えておくべきね。

 あたしはなんとかサンシターの方へと振り向くと、ゆっくりと口を開いた。


「例のアレが化け物になったって話だけど……サンシター、あんた何か気が付いたことある……?」

「気づいたこと、でありますか?」

「うん……なんでもいいの……」


 あたしの言葉に、サンシターはしばらく唸り声を上げてから、何かを思い出したのか掌を叩いた。


「そういえば……! ガルガンドが唱えていたのは、魔術言語(カオシック・ルーン)とは違うように聞こえたであります!」

魔術言語(カオシック・ルーン)……じゃない……? どういうこと……?」

「はあ、何と言ったらよいでありますか……」


 どう説明すべきか、サンシターが悩んだ様子を見える。

 というか、サンシター、魔術言語(カオシック・ルーン)がわかるんだ……。

 しばらくして、ようやくどう説明するかまとまったらしいサンシターが、ゆっくり説明を始める。


「なんというか……言葉というよりはただの音であったであります」

「音……?」

「はいであります。何らかの曲……とも言えるかもであります。聞くだけで、背筋が凍るというか、不安を煽られるというか、そんな感じがする曲であったであります」

「………」


 サンシターの要領を得ない説明に、さらに頭を抱える羽目になる。

 曲? 歌かなんかってこと? しかも、それで例のアレを化け物にした? いったいどういうことなの……。

 あたしの様子を見て、慌てたようにサンシターが弁解を始める。


「も、申し訳ないであります! 聞いても、自分、全く理解できない言葉だったであります! そのせいか、ほとんど記憶にも残らない始末で……」

「そーなの……」


 ひたすら頭を下げるサンシターに、べつにサンシターを責めているわけではない、という意志を伝えようとするけれど、頭が痛いし身体もだるいせいで、うまくいかない。

 ああ、もう、まどろっこしい……。口もうまく回らないし。

 何とか布団の下から手を出して、サンシターを手招きする。


「サンシター、ちょっと……」

「? はい、なんであります?」


 あたしに招かれて、顔をよせてくれるサンシター。

 あたしはそんな彼の頭をがっしと掴んで、グイッと引き寄せた。


「ちょ!? ま、マコ様!?」

「別に、あんたのこと怒ってるわけじゃないの。だから、そんなに畏まらないでちょうだい……」


 額を突き合わせるような形で、じっとサンシターの瞳を見てそうささやく。

 ……意外と、つぶらな瞳してるわね、サンシター。

 あたしに睨まれて、サンシターは何とかカクカクと首を上下させる。

 よし。

 あたしはそれを見てから、サンシターを解放した。

 サンシターはいきなり引き寄せられてびっくりしたのか、胸を押さえながら、あたしに恨みがましい視線をぶつけてきた。


「い、いきなり何をするでありますか、マコ様! 誰かに見られたら、誤解されてしまうでありますよ!?」

「なによー……。キスでもすると思ったの……?」


 あたしがからかう様にそういうと、サンシターは顔を真っ赤にした。


「な、何を言うでありますマコ様! うら若き乙女が、そういうことを軽々しく言うべきでないであります!」

「お堅いわねー……まあ、らしいっちゃらしいけどさー……」


 喧々囂々と言った様子のサンシターを見つめつつ、あたしは瞼が重たくなってきたのを感じた。

 って、さっき目を覚ましたばっかりなのに、また眠たくなるとか……。疲れてる……わけじゃないわよね……。


「――コ様? どうし――」


 遠くなっていくサンシターの声を聞きつつ、あたしは彼に言いたかった最後のセリフを、頭の中で繰り返していた。


―心配しなくても、まだ早いでしょ? そーゆーのは……―




 目を覚ましたけれど、すぐにおねむの真子ちゃん。どうやら、ガルガンドの呪いは、思いのほか強いようで……。

 そして意外と純情なサンシターさん。さすがに行動を取られると、弱い様子です。

 以下次回ー。


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