No.121:side・remi「友を想う」
呆然自失となった私を、光太君はお城の中庭に連れて行ってくれました。
中庭にあるベンチの一つに腰かけて、光太君は私のことを覗き込みます。
「礼美ちゃん……」
光太君は、私になんと声をかけるか迷っている様子でしたけれど、私にはそんな光太君の様子がほとんどわかりませんでした。
頭を巡るのは、真子ちゃんが呪われているということ、そしてその呪いに対して私の祈りでは通用しないということでした。
真子ちゃんが先走ったと知って、真子ちゃんを助けたくて、急いで駆け付けたのに、肝心なところで私は役に立たなくて……。
いつもそうだ。私はいつも、真子ちゃんの背中を追いかけて、何かあって、誰かを助けたくて、先走っても、いつも真子ちゃんに助けてもらって……。
真子ちゃんに、たくさんたくさん助けてもらってるのに、私は真子ちゃんのことを助けられなくて……。
自責の念で、押しつぶされそうなわたしの両肩を、光太君が揺さぶりました。
「礼美ちゃん、しっかりして」
「光太君……」
私を見つめる光太君の瞳は、どこまでもまっすぐに、私を見つめていました。
「真子ちゃんが、呪いに罹って、不安になる気持ちはわかるけど、それは、礼美ちゃんのせいじゃないよ」
「……でも、私の祈りが、真子ちゃんの呪いを解けてれば……今、真子ちゃんが苦しんでることもないのに……」
光太君の慰めを聞き、私はキュッと唇を結びました。
私は、みんなのことを癒したり、みんなに力を上げたりするくらいしかできないのに……。
真子ちゃんが苦しんでるのに、私は、そんな真子ちゃんを癒すことも――。
「礼美ちゃん」
また、光太君が私の身体を揺さぶります。
「真子ちゃんの呪いを癒せないのは、礼美ちゃんのせいじゃない」
私の考えていることを見透かしたように、光太君は強くそう言い切りました。
「呪いをかけた奴が悪いのであって、呪いに関しては、礼美ちゃんは何一つ悪くない」
「……でも、私が呪いを癒せていれば、真子ちゃんが苦しむこともない――」
「礼美ちゃん」
私が何か言うより先に、光太君が私の頭を自分の胸に抱き寄せました。
ギュッと頭を抱きしめられ、頭の中に光太君の鼓動が染み渡っていきます。
「そうして、自分を責めちゃだめだ。人には……僕らには、出来ることと出来ないことがある」
光太君の言葉が耳朶に響きます。
それは、私に言い聞かせるようでもあり、自分に言い聞かせているようでもありました。
「呪いが解けなくても、それは礼美ちゃんのせいじゃない。真子ちゃんが苦しんでいることを、君が背負わなきゃいけない理由なんてない」
「でも、私、真子ちゃんの友達なのに、真子ちゃんのために、何一つ、できない……!」
光太君の言葉に反論するように、私は胸の奥の苦しみを絞り出します。
何も、できない。真子ちゃんが、苦しんで、いるのに。
そのことが、今にも私の身体を引き裂きそうな苦しみを生み出します。
今、真子ちゃんは呪いにあらがっているのに、私はそれを見ることしかできないなんて……!
そう、考えていると、光太君が私の頭を離し、掌で頬を覆って、私の目を覗き込みました。
その瞳は、どこか私を咎めるような険を含んでいました。
「確かに、礼美ちゃんは今何もできない」
「………」
「でも、礼美ちゃんが、真子ちゃんにできることって、何?」
「……え?」
光太君に問われ、私は思わず呆けたような声を出してしまいました。
私が、真子ちゃんに、できること?
「呪いを解いてあげること? それとも、苦しんでいる真子ちゃんのことを想うこと? まさか、真子ちゃんの呪いを肩代わりしてあげることではないよね?」
光太君は、私に畳み掛けるように言葉を重ねます。
「私が、真子ちゃんに、できること、は……」
光太君の言葉に、私は考えます。
呪いを解くこと……それはできないといわれました。
苦しんでいる真子ちゃんを想うこと……想っているだけでは、真子ちゃんのためにはなりません。
呪いを肩代わりすること……できるものなら、代わってあげたいと思います。
光太君が上げてくれたことは、真子ちゃんのためにできることでは……。
「礼美ちゃん。礼美ちゃんは、真子ちゃんのために、どこまでできると思ってる?」
思い悩む私に、光太君がさらに問いかけをします。
真子ちゃんのために、どこまでできるか……?
「わた、しは……」
「確かに真子ちゃんは、礼美ちゃんの友達だ。でも、できることには限界だってある」
私が言葉を口にするより先に、光太君は厳しい表情でそう口にします。
「今苦しんでいるのは、真子ちゃんであって、礼美ちゃんじゃない。なら、できないことを悔やみ続けるのに、意味はないよ」
「それは……!」
まるで突き放すような光太君の言葉に、私は反論しようと口を開きます。
けれど、光太君の真剣な眼差しに、口から出かけた言葉がしぼんでいくのを感じました。
光太君の瞳は、必死で私に何かを伝えようとする瞳でした。
「それは……そう、だけど……」
「礼美ちゃんは、真子ちゃんの呪いを今すぐ解いてあげることはできない。専門的なこともわからないから、フィーネ様も手伝えない。ましてや、真子ちゃんの呪いを肩代わりしてあげるなんてもっての外だ。そんなことをしても、真子ちゃんは喜ばない」
光太君は、私に言い聞かせるように、口にしていきます。
「真子ちゃんが、礼美ちゃんの大切な友達であっても、できることには限界があるよ」
光太君が、はっきりと、そう口にしました。
その言葉に、私の頭は一瞬沸騰しかけました。
まるで、友達なんて他人だと、バッサリ切り捨てるような言葉。
とても、光太君のいうセリフとは思えなかったのも、手伝ったと思います。
口を荒げようと、大きく口を開ける私に、光太君はさらに言葉を重ねました
「だから、思い悩まないでほしいんだ。そんな君を見ている、僕もつらいんだよ……!」
引き絞るような、胸を締め付けられるような、そんな悲痛な響きのこもった言葉でした。
途端に、抑えていた何かが溢れ出すように、光太君の顏がクシャリと歪みます。今にも泣きだしそうなまま、彼は続けました。
「真子ちゃんが呪われてるなんて聞いて、平静が保てないのはわかるよ。でも、それで君まで苦しんでるのを見て、僕はどうすればいいんだ……!」
「っ……」
「苦しんでいる、二人の友達の姿を見て、僕は……!」
耐えきれなくなったのか、光太君が、うつむきます。
そんな彼の姿を見て、私は気づかされました。
そうだ、光太君だって、真子ちゃんが呪われていると聞いて、苦しんでくれてるんだ。
隆司君が行方不明の今、彼は私たちを守ろうと必死になってくれているんだ。それなのに、私は、自分だけが、真子ちゃんの友達であるかのように悩んで、光太君を余計に苦しませて……。
「光太、君……」
うつむいた光太君の頬に手を当て、私は目を瞑って、光太君の額に自分の額を当てました。
「ごめんね、光太君……。私、自分だけが苦しんでるみたいに思って……。光太君も、真子ちゃんが呪われてるって聞いて、苦しんでるはずなのに……」
「……いや、良いんだよ。僕だって、隆司が呪われたなんて、聞いて、じっとしていられる自信はないんだ……」
私の謝罪に、光太君が自嘲するようにそう言います。
今もまた、どこかにいるはずの、音信不通の隆司君……。最後にお手紙が来てから、かなり経ちます。
心配じゃないはずがありません。そこに来て、真子ちゃんが呪われてしまいました……。
これで、私が真子ちゃんのことばかり考えれば、光太君は独りぼっちになってしまいます。
ついこの間、真子ちゃんの気持ちに気づいてあげられなくて、苦しんでいる真子ちゃんを助けてあげられなかったから、今度こそはと思っていました。
なのに、光太君をまた一人にしてしまっては、意味がありません。
「それでも、ごめんね……」
もう一度言葉にし、私はゆっくりと光太君の額から離れていきます。
そして、顔を上げてくれた光太君に、笑顔ではっきりと言います。
「でも、もう大丈夫! 光太君のいうとおりに、真子ちゃんが呪われちゃったことを、それを自分でどうにかできないことを、悔やんでいる場合じゃないよね!」
「……うん、そうだよ」
私の表情を見て、光太君も漸く安心したような表情を見せてくれました。
改めて、私の隣に座って、ゆっくりと空を見上げます。
私もそれにならって空を見上げると、もう夕焼け空の茜色に染まっていました。
洞窟に潜ったり、ネズミの化け物がいたり、真子ちゃんが呪われたり……。
いろいろあったのに、まだ一日しか経っていないことに、少し驚きました。
「フィーネ様、無事に解呪薬を早く作ってくれるといいね」
「うん、そうだね……」
光太君の言葉に、一つ頷きます。
でも、その一方で無理はしてほしくないとも思います。
先代様がフィーネ様に呪いのことを伝えなかったのも、フィーネ様が未熟という以外にも、何か理由があると思うんです。
その何かが原因で、フィーネ様が無理をして倒れてしまっては、本末転倒です。
「……そうだ!」
不意に思いついて、光太君の方へ振り向きます。
「光太君!」
「ん? なに?」
「フィーネ様に、差し入れにいこ! 魔導書の解析が手伝えなくても、それくらいなら、私たちにもできるよ!」
そうして、差し入れに行ければ、フィーネ様が無理をしているかどうかもわかりますし、釘をさすこともできます。
オーゼ様のお部屋に魔導書があるなら、オーゼ様もおそばにいるとは思うんですけれど……私や光太君からも注意できれば、フィーネ様もそうそう無理はできないと思いますから!
「あ、そうだね。フィーネ様も、無理してるかもしれないしね」
私の提案に、光太君は笑顔で頷いてくれます。
私と同じことを思っていたようです。フィーネ様は、真子ちゃんにすごく懐いていたから、一刻も早く呪いを解いてあげたいと思っているはずです。
肩の力を抜いてあげないと、さっきの私や、つい最近の真子ちゃんみたいに、根詰めちゃうかもしれません。
そうと決まれば、善は急げです! 私と光太君は、ベンチから立ち上がって、厨房でフィーネ様に差し入れるためのものを作るために、その場を後にしました。
「何をもって行ってあげようか?」
「簡単にできる、サンドイッチとかかな? クリームやフルーツを挟んだ、甘い奴」
フィーネ様に何を差し入れるか、光太君とお話をしている間、私の心はさっきよりもずっとずっと軽くなっていました。
ごめんね、光太君、心配してくれて。
私の隣に立つ、私の大切な友達の姿を見つめながら、私は心の中で、もう一度つぶやきました。
本当に、ありがとう……私の、友達でいてくれて。
「こ、コウタ様とレミ様……やはり仲がよろしいですわ!」
「まったくです。あれで、恋人ではないなどと、女神様でも否定なさるでしょう」
「信じがたいですけれど、真実なのですよね……。さっきも、手をつないで一緒に立ち去られたのに……」
「先ほどの額合わせも、やもすれば口づけに見えなくも」
「キャー!? レーテってば、そんなこと考えてたの!? 大人ですわ!」
「はい、大人ですから」
一瞬沈みかけた礼美ちゃんも、無事に浮上できた模様です。
ラストの会話は、最近出番のない王女様とメイド長です。偶然、二人のやり取りを目撃していた様子。
以下次回ー。