No.120:side・remi「倒れた彼女の容体は」
私たちは、すぐ後から追ってきてくれたギルベルトさんたちと一緒に、王城へと戻り、まっすぐにオーゼ様がいらっしゃる大聖堂へと駆けこみました。
私たちが真子ちゃんへと合流した時、真子ちゃんは気絶していて、その身体じゅうに、ネズミに齧られた跡がありました。
サンシターさんによれば、石につまずいたか何かで転んだんじゃないかということでした。
私はてっきり、その時にでも頭を打ったんだと思っていました。
だから、傷を治療して、意識が覚醒するように祈りを捧げれば、きっと真子ちゃんはすぐに目を覚ましてくれるって思っていました。
でも、私が礼美ちゃんの傷を癒しても、礼美ちゃんは目を覚まさなかったんです……。
傷は全部塞がって、血は止まっています。私のお祈りは、ある程度私自身の体力も相手に移すので、真子ちゃんの体力が消耗されすぎているということはないはずです。
でも、真子ちゃんは目を覚ましてくれませんでした……。まるで熱にうなされるように、苦しそうな声を上げるばかりでした……。
「………」
私と真子ちゃんのために用意されていた私室で、オーゼ様が真剣な表情で、真子ちゃんの身体に魔法をかけてくれています。
真子ちゃんは少し苦しそうに呻いていましたけど、しばらくすると痛みが抜けたように、ゆっくりと落ち着いたような表情を取り戻してくれました……。
「……これで、さしあたっては大丈夫でしょう」
「本当ですか!?」
思わずオーゼ様にすがりつくと、オーゼ様は笑顔で頷いてくれました。
「ええ。おそらく、マコ様はネズミにかみつかれたせいで、感染症に罹りかかっていたのでしょう。それを抑えられるように、魔法をかけましたゆえ、しばらく様子を見ましょう」
「よかった……」
「うむ……」
オーゼ様の言葉に、光太君と、フィーネ様がほっと安心したような溜息をつきました。
フィーネ様は、ちょうどオーゼ様と魔導師団の運営について話をしていたところで、真子ちゃんを心配して一緒についてきてくれたんです。
ギルベルトさんは、死んだネズミの死体をいくつか持ち帰って、今回使った試薬を完成させるといっていました。確実に、ネズミだけを殺せる薬品を作って見せようと勢い込んでいましたけど、あまり無理はしてほしくないです。
「とりあえず、汗は拭いておいた方がいいでありますよね?」
「ええ。サンシター、お願いできるかね?」
「もちろんであります」
オーゼ様の言葉に、サンシターさんは頷いて、真子ちゃんの枕元にある御椀から濡れ布巾を取りだし、絞って真子ちゃんの額をぬぐってあげました。
でも、真子ちゃんも女の子だし、あまり、その、変なところは拭いてあげないほうが……。
そんな私の気まずい視線に気が付いたのか、サンシターさんが苦笑しました。
「いえ、さすがに顔に噴き出した汗を拭く程度でありますよ? オーゼ様、あまり遅くならないうちに、どなたか、メイドをこちらに向かわせてもらえると、ありがたいであります」
「もちろんだ。その間は、頼むぞ」
「はいであります」
オーゼ様にそうお願いすると、サンシターさんは真子ちゃんの様子を伺い始めました。
真子ちゃん、今は熱も引いたのか、ぐっすりと穏やかに眠っているように見えます。
良かった……。傷を治しても目を覚まさなかったときは、どうしようかと……。
「――レミ様」
「えっ?」
不意に、オーゼ様が本当に小さな声で私を呼びます。
振り返ると、怖いくらいに真剣な顔をしたオーゼ様が、ゆっくりと部屋の外を指差しました。
「――少し、お話があります」
「あ、は、はい……」
オーゼ様につられて、小声で返事をしました。
「コウタ様も、フィーネも、よいですかな?」
「え、はい……」
「う、うむ?」
オーゼ様は、光太君やフィーネ様にも、私にするように、小声で声をかけました。
オーゼ様の様子に、光太君もフィーネ様も驚き、ただ頷くことしかできないでいます。
「……それでは、サンシター。我々は、職務に戻る。後を頼むぞ」
「はいであります」
サンシターさんには、さっきまでのように、穏やかな口調で声をかけ、私たちを伴って、オーゼ様は部屋の外へと出ました。
オーゼ様の変わり様に気が付かないサンシターさんは、一礼すると、また真子ちゃんの顔を拭きはじめました。
「……こちらへ」
部屋を出たオーゼ様は、私たちを連れて、真子ちゃんが眠っている部屋から離れた場所へと移動し始めました。
まるで、中で眠っている真子ちゃんや、サンシターさん、あるいは、他の誰にも話を聞かれないようにするために……。
かなり遠くまで歩いて、開いている部屋に入ったオーゼ様は、部屋に鍵をかけ、さらに部屋の四方に懐から取り出した小瓶の中身をふりかけ、部屋を聖別し、部屋そのものにも結界をかけ、部屋そのものを隔離しました。
この徹底ぶり……一体……。
「……これで良し」
「何がこれで良しじゃ! このような隔離結界、ただ事ではなかろう!? いったい、何なのじゃ!?」
鬼気迫る様子のオーゼ様に、フィーネ様がおびえたように叫びました。
この隔離結界、感じる力こそ大きなものではありませんが、完全に外側から遮断された状態です。フィーネ様でなくても、恐怖を感じてしまうでしょう。
現に、光太君も、緊張した面持ちで、剣の柄に手をかけています。たぶん、無意識的なものだと思いますけど……。
私は私で、下ろしたままの両手を、ギュッと組み合わせ、真っ白になるほど握りしめていました。
まるで、外に何も洩らしたくないというオーゼ様の徹底ぶり……。
まさか……真子ちゃんに何か……?
「……申し訳ありません、レミ様、コウタ様。このような乱暴な方法を取るべきではないのですが……ギルベルトから聞いていた、敵の諜報活動を警戒するとなると、これでも不安が残るのです。このような無礼、どうかご容赦いただきたい」
オーゼ様はすべての準備を終えると、地面に膝をつき、さらに額までこすり付け、私と光太君に謝罪してくれました。
光太君と一瞬顔を合わせ、すぐにオーゼ様に顔を上げてくれるようにお願いしました。
「やめてください、オーゼさん。オーゼさんに何か考えがあってのことなのは、理解しています」
「光太君のいうとおりです。どうか、顔を上げてください」
「……ありがとうございます」
私たちの言葉を受け、オーゼ様はゆっくりと顔を上げてくれました。
でも、上げられたその顔は、怖いくらいに真剣なままでした……。
私たちの間を割るように進んだフィーネ様が、そんなオーゼ様の表情を睨みつけて、ゆっくりと詰問します。
「……で? ここまでして、外に情報が洩れんようにした原因は、一体なんだ!?」
「……それは、マコ様に関してです」
「真子ちゃんに? いったい、何があったんですか?」
うすうすそうなんじゃないかな、とは思っていました。けど、はっきりそう告げられ、心臓が早鐘のように鳴り響きます。
オーゼ様は、緊張した面持ちの光太君やフィーネ様、そして私の顔をゆっくりと見回してから、はっきりと告げました。
「単刀直入に申し上げます。マコ様は、呪われております」
「「「―――!?」」」
オーゼ様の思わぬ言葉に、思わず体がぐらつきます。
光太君が、支えてくれましたけれど、その光太君の顏も、真っ青です。
「呪われてるって……どういうこと!?」
言葉を失ってしまった私たちに代わり、フィーネ様が絶叫します。
その絶叫を聞き、オーゼ様は静かに口を開きました。
「詳細はわからぬ……。だが、マコ様の御身体を蝕んでいるのは、決して病気などではない」
「さっきは、感染症に罹りかけてるって……!」
「アレは、サンシターに向けての方便だ。もし、マコ様が目を覚まされたときに、すぐにそうお答えしてくれるだろう」
……確かに、サンシターさんにそう言っておけば、少なくとも真子ちゃんにはそう伝わると思います……。
「一番まずいのは、マコ様が呪いを自覚し、心を弱く持ってしまうことだ。そうなれば、マコ様は一息に呪いにのみこまれる可能性もある」
「そんな……」
「呪いとは……どのようなものなんですか……?」
私を支えてくれている光太君が、ゆっくりと、噛みしめるように、確認の言葉を口にします。
小さく震えたそれを聞き、オーゼ様がゆっくり答えてくれました。
「……あくまで口伝でのみ、代々の神官長と宮廷魔導師にのみ残されているものです。それは魔導の一端であり、異端であり……葬られるべきである技術であると伝えられています」
「……魔導師団に、呪いのことは……?」
「知らない! 知ってる人もいないし、研究してる人もいない! 禁呪を記した書の中にそういうのもあると思うけど、私は知らない……」
「当然だ。お前たちが触れられぬよう、グリモとも話して、絶対に目につかぬ場所へと預けてあるのだ」
オーゼ様の言葉にショックを受けたフィーネ様。たぶんそんな重要なものが自分たちに教えられていないことにショックを受けてるんでしょう。
けれど、そうすることで、誰も知らぬままに、異端の技術を葬ろうという意図もあったはずです。
こんなことでも、ない限りは……。
でも、今はそんなことを言っている場合ではないです……。真子ちゃんが、今呪いにさらされているのであれば、それを解く方法が……必要なんです!
「オーゼ様! どうしたら、真子ちゃんを呪いから解放することができるんですか!?」
「……一番なのは、解呪薬を煎じて飲ませることでしょう」
「解呪薬……?」
「言葉通り、呪いを解くための薬です。これもまた、代々の神官長と宮廷魔導師に伝えられるべきもの……」
「でも、私、おばあ様から何も聞いてない……」
フィーネ様が、今にも泣きだしそうなほどに瞳に涙をため、顔をくしゃくしゃに歪めてしまいました。
そっか……。呪いのことを伝えられていないのであれば、当然解呪薬のことも……。
けれど、オーゼ様はそんなフィーネ様の肩にゆっくりと手を置いて、その顔を覗き込みました。
「しっかりせよ、フィーネ」
「で、でも……! おばあ様が、私に呪いのことを伝えてくださらなかったのは、私が、私が……!」
「グリモがお前に、呪いのことを伝えなかったのは、確かにお前が未熟だったからだ……」
「や、やっぱり……!」
フィーネ様がぽろぽろと涙をこぼし始めます。
先代から、十分な信頼を勝ち取れていなかったことへの、自身の未熟への忸怩たる思いが、フィーネ様を押しつぶしそうになっています……。
けれど、そんなフィーネ様を見つめるオーゼ様の瞳には、欠片の諦念もありませんでした。
「だが、だからと言って、お前に伝えぬつもりがなかったわけではない」
「……え?」
「私の部屋に、一冊だけ、呪いに関する書物が残してある。解呪薬に関することを記されたそれを解読し、見事、マコ様を救ってみせよ」
「……!」
オーゼ様の言葉に、目を見開くフィーネ様。
驚きに満ちていたそれは、やがて燃えるような炎を宿し、溜まっていた涙を、ひとつ残らず蒸発させてしまいました。
「それが、グリモがお前に残した試練の一つだ。……できるな?」
「……うん!」
フィーネ様は力強く頷くと、脱兎のごとく駆け出し、部屋を飛び出していきました。
たぶん、オーゼ様のお部屋まで駆け出していったのでしょう。
真子ちゃんを救うために……。
フィーネ様が飛び出すと同時に、部屋に駆けられていた結界も解けてしまいました。
そんな部屋の様子を見、キイキイと蝶番を鳴らす扉を見、オーゼ様はため息を漏らしました。
「やれやれ……。私がおらねば、肝心の書の場所もわかるまいに」
「オーゼ様……」
仕方のない子供を見守る顔のオーゼ様に、私はフラフラと近づきます。
「なんでしょう、レミ様」
「私に……私にできることは……!?」
フィーネ様が、真子ちゃんを救ってくれる。そのことを疑う余地はありません。
けれど、友達の危機に、何もしないでいられるほど、私は強くありません。
何か、手伝えることはないか。そう考えて、私はオーゼ様にすがりつきます。
けれど……。
「……では、フィーネが素早く、書を解析できることをお祈りください……」
悲しそうに、苦痛に耐えるように。歪んだオーゼ様の口から放たれた言葉に、私はガツンと殴られたような衝撃を受けました。
つまり、今の私に、できることは……。
私の膝から力が抜け、床の上にへたり込みました。
「礼美ちゃん!」
そんな私に、光太君が声をかけてくれました。
肩を掻き抱いて、抱き寄せてくれる彼の胸に飛び込んで、私はギュッと彼のシャツを握り、声を殺します。
溢れてしまいそうな、自分の無力感を少しも漏らさないように……。
真子ちゃんは 呪われている ! いろいろとまずい事態に突入!
フィーネは果たして、呪いを解くことができるのか!
以下次回ー。