No.117:side・kota「地下に潜った彼女を追って」
真子ちゃんが見つけたという洞窟に急いで駆け付けると、そこには不安そうな顔で一心に洞窟を見つめているシャーロットさんが立っていた。
「シャーロットさん!」
「え……コウタさん!? それにレミさんも!」
声をかけると、顔を上げ、駆けてくる僕たちの姿を見て安心した顔を見せてくれた。
真子ちゃんが謎の洞窟を発見し、その中に潜り込むという話を、東区商店街付近の教会に務める神官さんから伝えられ、いても経ってもいられなくなった僕たちは大急ぎで東区の商店街まで駆けつけた。
真子ちゃん……サンシターさんたちも一緒だから、無理はできないと思うけど……。それでも心配だよ。
一人で洞窟に潜ったって礼美ちゃんが聞いたとき、悲鳴と一緒に大量発生したマナハンマーが、大勢の騎士をノックアウトしちゃったくらいだし……。
そんな僕らを心配してか、一緒に来てくれている人たちもいる。
一緒に来たのは礼美ちゃんとアルルさん、それにヨハンさん。
それから……。
「で? あの嬢ちゃんが潜り込んだとかいうのはこの穴か?」
「あ、はい!」
「どれどれ」
どこからか、真子ちゃんが洞窟を見つけた問い話を聞きつけたらしい、ギルベルトさんも同行してくれた。
アルルさんによると、インドア系の魔導師らしいんだけど、実力は確かなんだとか。
シャーロットさんの傍らに屈みこんで洞窟を覗き込むギルベルトさんに、アルルさんが声をかけた。
「どうですか~、ギルベルトさん~?」
「……どう見ても、人為的な洞窟だな。嬢ちゃんたちが潜り込んで、どの程度経つ?」
「そろそろ、一時間でしょうか……」
空に浮かぶ太陽の様子を伺いながら、シャーロットさんがそう口にする。
一時間……。それだけあれば、結構奥まで進めちゃうな……。
「今からじゃ、追いつけませんね……」
「なに、追いつけんことはないさ」
「え!? 本当ですか!?」
ギルベルトさんからの思わぬ返事に、礼美ちゃんの声が上ずる。
追いつけないと思っていたのに、追いつけるかもしれないなんて……!
目を輝かせる僕と礼美ちゃんをよそに、ギルベルトさんはアルルさんの方を向いた。
「アルル。嬢ちゃんたちが、どのくらいの場所にいるか、探してもらって構わんか?」
「はい~。風聞呪~」
アルルさんが呪文を唱えると同時に、彼女の周りに軽く風が渦巻いていく。
えーっと、確か風を通して、音の出る場所を探る魔法……だったかな?
今回、真子ちゃんはケモナー小隊やサンシターさんと一緒に行動してるんだっけ。なら、かなり大きな音が出るはず……。
期待しながら待つと、やっぱり音が大きいのか、すぐにアルルさんは真子ちゃんたちを見つけたみたいだった。
「ふんふん~。かな~り~、深い~所に~いるみたい~ですね~」
「一時間もあれば、かなりの距離が歩けるでしょうからね……」
不安そうな礼美ちゃんを、痛ましそうに見つめながらつぶやくヨハンさん。
「で、距離は? 細かい数字が出せれば、それが一番なんだが」
「そんな~、ギルベルトさんじゃ~ないんだから~、細かい~数字なんて~出せませんよ~……」
ギルベルトさんの無茶ぶりに文句を言いつつも、アルルさんは何とか真子ちゃんたちがいる場所を特定しようと頑張ってくれているみたいだ。
何か、協力できることがあればいいんだけど……。
じっとアルルさんを見つめていると、不意に彼女が首をかしげる。
一体どうしたんだろう……。まさか、真子ちゃんたちに何か!?
「う~ん~。なんだか~、ノイズが~ひどいです~。まるで~、小さな生き物が~たくさん~いるみたいで~」
緊張に手を握りしめる僕の様子に気が付かないまま、アルルさんはそうつぶやいた。
その言葉に、礼美ちゃんもすぐに気が付く。
「小さな生き物……まさか!?」
「まあ、十中八九ネズミだろうな」
何を今更、という感じでギルベルトさんが頷く。
風聞呪にノイズが生まれるほどの大量のネズミなんて……!
「真子ちゃん、大丈夫かな!?」
「わ、わからないよ! とにかく落ち着いて!」
大量のネズミがいる場所に真子ちゃんがいると聞いて、涙目になる礼美ちゃん。
名前を聞いただけで卒倒しそうになる真子ちゃんにとって、そんな場所地獄でしかないよ……!?
僕の身体をガクガク揺らしたかと思えばパッと手を離し、続いてギルベルトさんに突撃していく礼美ちゃん。
たぶん、真子ちゃんの今の状況を思って混乱してるんだろうなぁ……。
「ギギギ、ギルベルトさんギルベルトさん!? 早く、早く真子ちゃんのところへ!?」
「がぁぁぁぁぁ!! わかった! わかったから揺らすなぁぁぁぁぁ!!」
白衣を握って前後に揺さぶられ、煩わしそうに叫ぶギルベルトさん。
暴れる礼美ちゃんを、何とかシャーロットさんと一緒に押さえつけると、乱れた着衣を直した。
「ったく……! いくら嬢ちゃんが危ない目に合ってるからって、そこまで慌てることは無かろうよ……」
「危ない目に合ってるんですか!?」
「ギルベルトさん!」
うかつなことを言うギルベルトさんに抗議するけど、ギルベルトさんは軽く肩をすくめただけだった。
「そうがなるな。そんな危険な目に合っているであろう嬢ちゃんのところに、すぐに飛んで行ける方法があるのさ……」
「す、すぐに!? それは、どんな方法なんです!?」
「フッフッフッ……」
慌てる礼美ちゃんが食いついたのを見て、気を良くしたのか、ギルベルトさんは勿体つけるように白衣の懐に手を突っ込んで……。
「それはこれだぁ!」
そこから一つの……。
……えっと、なんだろ? オブジェ? っていうのかな? たぶん、光輝石を丸く卵形に整えて、それを砂時計を収めるみたいな木細工で覆ってるんだけど……。
「……えーっと、ギルベルトさん。それはいったい……」
「これは某が開発した、小型の転移装置! これと任意の座標、そして魔力があれば、確実かつ安全に転移ができるという物なのだぁ!」
僕が頬を掻きながら問いかけると、ギルベルトさんは得意満面といった様子でそう叫んだ。
つまり……任意で転移術式が発動できる機械ってことかな? どういう風に使うかは知らないけれど……。
使い方だけを聞くと、普通に転移術式を使うのと、そんなに変わらない気が……。
「す、すごいです! そんなものがあるなんて……!」
「フフフ、そうだろうそうだろう!」
でも、混乱の極致にいる礼美ちゃんは、素直に驚愕してる……。
礼美ちゃんの褒められて気を良くしているギルベルトさんを呆然と眺めていると、アルルさんが近寄ってきてこっそりと耳打ちしてくれた。
「実際~、転移術式の~発動には~かなり複雑な~術式が~必要に~なりますからね~。ああいった形で~、座標と~魔力だけで~発動というだけで~かなりすごいんですよ~?」
「そうなんだ……」
アルルさんの説明で、改めてギルベルトさんの作ったもののすごさを実感する……。
ジョージ君とか真子ちゃんが結構気軽に発動してたから、意外と簡単なのかもと思ってたけど……そんなことはなかったんだね。
「で、アルル! 嬢ちゃんの居場所はつかめたのか!?」
「はい~。ちょっと~あいまいですけど~、壁の~中に~いるみたいな~ことには~ならない程度には~」
アルルさんの言葉に、ちょっとぞっとする。
そっか、正確な座標が分からないと、そういう目に合っちゃう可能性もあるんだ……。
でもギルベルトさんは、そんなアルルさんの言葉に臆すことなく、彼女の手に小型転移装置を握らせた。
「よし! ならこの光輝石の中に、その座標を魔術言語で埋め込むのだ!」
「は~い~」
ギルベルトさんに言われるがままに、アルルさんは転移装置の光輝石に座標を埋め込んでいく……。
アルルさんが魔術言語を埋め込み終えると、転移装置の光輝石はぼんやりと発行を始める……。
「よし! じゃあ、最後に坊主! お前さんが魔力を流すんだ!」
「え、僕がですか!? なんで!?」
「お前さん、魔力の使用効率がいいんだろ!? なら、魔法道具だってうまく使えるはずだろう!」
何とも強引な理屈だったけれど、礼美ちゃんがこっちを期待の眼差しで見つめているので、仕方なく転移装置を手に取る。
ゆっくりと魔力を流し始めると、僕を中心とした空間が少し歪んで見えてきた。
でも、みんなが転移するには少し空間が狭いような……?
「よし、動き出した! お前ら、坊主に抱き付け!」
「ええええ!? なんでですか!?」
「元々そいつは一人での使用しか想定してないんだよ! だがうまく転移できそうな空間が広がってる! 抱き付けば、このくらいの人数はいけるはずだろう!」
「は~い~♪」
いうが早いか、ギルベルトさんとアルルさんがギュッと僕に向かって抱き付いてくる。
「ほれ、お嬢ちゃんもヨハンも! 急がんと、置いてかれるぞ!」
「あ、はい!」
「ギルベルト殿、レミ様に触れるようなことがあれば……!」
「そんな小娘に興味はないから、はやくせい!」
ギルベルトさんに手招きされて、礼美ちゃんも僕に抱き付いて、ヨハンさんが少し悩んで僕とギルベルトさんの間に潜り込むように入り込んできた。
さすがにこの状況は苦しいけれど、少しずつ空間の歪みが強くなってきた……。もうすぐ転移できそうだ……!
「おいそこの! 転移に巻き込まれるぞ! 離れた離れた!」
「あ、は、はい!」
ギルベルトさんの、少し乱暴な物言いに、慌てて下がるシャーロットさん。
僕と礼美ちゃんは折り重なるように抱き合いながら、何とか彼女に方に顔を向ける。
「真子ちゃんは……私の友達は必ず無事に連れ戻します!」
「ご心配をおかけしました! でも、もう大丈夫ですから!」
「あ……はい!」
僕たちの言葉に、シャーロットさんも頷いてくれる。
もっと安心できるよう、言葉を重ねたかったけれど、転移が始まり、シャーロットさんの姿が見えなくなる。
場所は一転して陽の光も差さないような、真っ暗な洞窟の中。
足元は、なぜかドロドロになっていて、酷い位に血の匂いが充満していた。
そして唯一の光源らしいランプを掲げ上げた誰かが、いきなり叫び声を上げた。
「いやぁん!? オイ誰だ俺のケツを撫でたの!?」
「誰がお前のケツなんか触るか気持ち悪い! どうせならナージャさんのお尻を撫でるわ!(ナデナデ」
「軽やかにセクハラに及ばないでください!(バキィ!」
「おお! いい感じの肘が入りましたな! ざまぁw」
「お前ら、コントやってないで、ちゃんとネズミどもを始末しろやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ナージャさんのお尻を撫でてエルボーを喰らってもんどりを撃つBさんの姿。
そして、そんなBさんを指差して笑うAさんとCさん。
そんな四人を遠巻きにしつつ、たった一人でネズミを魔法で焼き払うフォルカさん。
そこで繰り広げられていたのは、なんていうか、その……。
「……地獄ってのは、こういう光景を言うんだろうな」
「まったくですね……」
言いよどんだ僕の代わりに、ギルベルトさんとヨハンさんが、的確な表現をしてくれた。
なんで、こんなことになってるの……?
真子ちゃん、ちゃんと助かるのかこれ? 思いのほか字数ってのびますよね!
次回は我に秘策ありの、なんか活躍ぎみのギルベルトさん!
以下次回ー。