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No.12:side・mako「朝食の一騒ぎ」

 あれから結局増加するフラグを止めきれず、小さなものだけなら十本以上もフラグ立ててくれちゃってまぁ……。

 ホントブレないわよねぇ……羨ましい……。

 ぼんやりそんなことを思いつつ、あたしは朝食である固焼きのパンにチーズを塗り口に運んだ。

 この国、肉の類は出てこないけど乳製品は普通に出てくるのよね。これなら肉牛くらいいそうなものだけど……。

 結局この三日間、一口も肉が食べられてない隆司なんか、若干黒い気配を漂わせながらモソモソ目玉焼き食べてるし。なんで鶏肉がないんだって顔つきね。

 そんな風に、王子たちとの恒例になっている朝食をつつましくいただいていると、何やらダカダカと騒がしい音を立てながら、貴族風味な男が食堂へと乗り込んできた。どうでもいいけど、貧相な見た目にカイゼルひげがめっちゃ不似合だわ。

 ひげ男は王子の姿を認めると、肩をいからせながらこちらへと近づいてきた。


「アルト王子!」

「ああ、フォルクス公爵……」


 王子はひげ男を認めた途端、疲れたようにため息をついた。ものすごい嫌そうね。隣に座るアンナなんか露骨に舌打ちしたし。いったい何者?

 シャキシャキのレタスっぽい野菜を口に入れながら観察していると、王族の食事の場だってのにひげ男はつばを飛ばしながらアルトに詰め寄り始めた。


「いったいいつになったら騎士団は我がフォルクス領を取り戻してくださるのですか!?」

「公爵、そのお話はまたあとで……」

「いいえ、待てませぬ! 我が領地には、私の帰りを待つ領民たちが震えて待っているのですよ!? だというのに、騎士団は一向に腰を上げない……。これはおかしなことではありませんか!?」


 相手は王子だってのに、無思慮なやつねー。最悪、その場で不敬罪に問われても文句言えないわよ?

 領民たちが震えている、というフレーズのあたりで礼美と光太がピクリと反応した。

 でもひげ男はそれに気が付いているのかいないのか、ひたすら文句を飛ばす。


「だいたい王都の守りが先決だとおっしゃいますが、ならば民草のことはどうでもよいと王子はおっしゃるのですか!?」

「そんなことは言いません。ですが……」

「でももかかしもございません! ああ、こうしている間に我が領民たちに苦痛を強いているのかと思うと、私、胸が張り裂けそうになっているのですよ!? 王子はそんな私を見て何も思わないと!?」


 芝居がかった仕草が鼻につく。どう考えても領民じゃなくて領地そのものの方が大切な奴の言い草ね。

 畳み掛けるような“領民たちの痛み”で礼美が立ち上がりそうになったけど、あたしは無言でマッシュポテトを乗せたスプーンを礼美の口の中にツッコんだ。


「むぐっ」


 一瞬息を詰まらせるけど、礼美は律儀にポテトを租借し始めた。あたしに恨みがましい視線を送ってくるけど、あたしは素知らぬ顔でパンを口に含む。

 礼美の気配にひげ男は一瞬こちらを見るが、すぐに視線を王子の元に戻す。


「フォルクス公爵の気持ちは痛いほどわかりますが……」

「いいえ、わかってらっしゃいませんでしょう!? わかってくださるなら、今すぐに騎士団を派遣してください! そして私の領地を取り戻し、我が平穏を取り戻してください!」


 何とも理不尽な言い草ね。騎士団が魔王軍に負けっぱなしだってのに、それで領地を取り戻せ、か。総力つぎ込めば簡単でしょうけど、その間に王都が確実に落ちるわねー。

 その王子を責めるような口調に物言いたげな顔になった光太が立ち上がるより早く、あたしはプチトマトみたいなオレンジ色の野菜をつまむ。

 そして開きかけた口にそれをポイッと突っ込んでやる。


「光太、これおいしいわよ?」

「あぐっ?」


 完全な不意打ちだったけど、喉に詰まらせることなくトマトをかみ始める光太。器用なもんね。

 あたしは若干涙目でこっちを見る光太に肩をすくめてみせつつ、牛乳?を口に含んだ。いや、ミルクとは聞いてるけど牛の乳とは限らないし。

 やっぱりこちらの様子をちらちら伺ってくるひげ男だが、彼が口を開くより早くアンナが声を上げた。


「フォルクス公爵、客人の前だというのにずいぶん無礼じゃありませんか?」

「客人!? 確かにその通りでしょう、我が国を救ってくれる勇者様ですからな! ですが、いまだその資質を疑う者が多くいることをお忘れなく!」


 ひげ男の暴言に、王子はうつむき、アンナは顔を赤くして目を吊り上げ、光太と礼美は今度こそガタリと音を立てて立ち上がった。

 ああ、チクショウ、結局こうなるの――。


「うるせぇぞさっきから」


 瞬間、光太の隣から殺気さえ伴った底冷えのする声が上がった。

 ずっとうつむいて静かに食事をしていた隆司が、じろりと視線だけ上げてひげ男を睨む。

 黒髪の間から覗く瞳が、幽鬼のような迫力でひげ男の両目を射抜く。元々の目つきの悪さも相まって、視線だけで人を殺せそうな迫力だ。


「ヒッ……!?」


 隣で立ち上がった光太すらひるむ迫力に、ひげ男が一歩後ずさった。

 隆司は無表情のまま、ただ、ただひげ男の顔を睨み続けた。


「飯くらい静かに食わせろ。黙れねぇならとっとと失せろ。そのおしゃべりな舌、引っこ抜くぞテメェ」

「き、きさま!? わたしをいったい、だれだとおもって!?」


 隆司の迫力と恐怖のあまり、声まで裏返ってるわ。あと一押しってところかしら?


「わ、私はアメリア王国の公爵の一人……」

「失せろっつってんだろぉがぁ!!」「強風撃ブラスト・ウィンド

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 隆司の激昂に合わせて、こっそり構成していた魔法をひげ男に向かってぶっ放す。

 人一人程度ならあっさり吹き飛ばせる強風がひげ男に集中し、枯れ枝か何かのようにみっともなくその体が転がっていく。

 そのまま転がっていったひげ男は、いましがた自分が出てきた扉に背中を強打する。


「ぎゃふん!?」


 情けない声を上げた男はしばらく恐怖の眼差しで、いまだ自分を見つめる隆司を見つめていたが。


「失せろ」

「ひ………ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!??」


 抑揚なく、吐き捨てるように放たれた隆司の声と同時に、悲鳴を上げながらその場から立ち去って行った。

 しばらく食堂が沈黙で満たされたが。


「……ぷ……アハハハハ」


 こらえきれない、といった様子でアンナがおなかを抱えて笑い始めた。

 そんなアンナの様子に、光太と礼美はぼけっと突っ立ったまま呆然と礼美の顔を見つめるし、王子はそんな妹の様子を見て天を仰いだ。


「アンナ。あまり、こういうことで笑うものではないよ」

「だ、だってお兄様、さっきのフォルクス……プ、クク」


 兄にいさめられても、こらえきれないのか可愛らしく掌でおおわれた口からはまだ笑い声が漏れてくる。

 光太と礼美はしばらく顔を見合わせていたけど、そのまますぐに座りなおした。顔は若干納得いかないって様子だけどね。

 アンナは笑いの発作が治まると、まずは笑顔のまま隆司への礼を口にした。


「リュウジ様、ありがとうございました。あのフォルクスという貴族、自らの領地にばかり固執する小物なうえ、粘着気質なせいでここ最近うっとうしかったんです」

「いいよ気にすんな、俺も気にしねぇから……」


 隆司は力なくそう言うと、こってりとチーズを塗りたくったパンを口の中に詰め込んだ。

 そのまま咀嚼して、ごくりとのみこむけど満足した様子はないわねぇ。そんなに肉が食いたいのかしら。

 光太はしばらくそんな親友の様子を心配そうに見つめていたが、意を決したように王子に向き直った。


「それにしても、アルト王子。先ほどの公爵……」

「……おおむね、アンナの言った通りです」


 アルト王子は陰鬱にため息をついた。

 つまり小物で粘着気質なせいで、王子にひたすらからんでくるってことかしら。

 あんなのに毎日絡まれてりゃ、そりゃあったときみたいな顔も真っ青になるわね。

 若干ノイローゼの気もあるんじゃないかしら。


「魔王軍に占領された領地があるのは、以前お話した通りなのですが、基本的に魔王軍の通り道にあった領地にのみが占領されている状態なのです。そのため、自らの領地が占領されてしまった貴族たちが、早く領地を取り戻してくれと毎日嘆願にきているのです……」

「そんなもの、今は無理だって突っぱねればいいじゃない」


 呆れた。一々あんなのに対応してるわけ? そりゃ、小物で粘着気質な奴が調子づいてこんなところまで乗り込んでくるわよ。

 あたしの言葉に同意するように、アンナも力強く頷いてみせた。


「お兄様、マコ様のいうとおりです! お兄様は今この国の代表なのですから、もっと気を強く持ちませんと!」

「うん、わかっているけれど……ね……」


 アンナの言葉に、弱弱しく笑顔を作る王子。

 典型的な押しに弱いタイプかしら? 王様が死んですぐに王位をつがなかった……継げなかったのは、この性格のせいね。大方、王様の地位を狙ってる貴族あたりが難癖つけてるんでしょうねぇ……。


「……アルト王子」


 なんて声をかけるべきか少し考えていると、光太が静かに声をかけた。


「……はい」

「召喚されたばかりで、私たちはこの国のことがよくわかりません」

「……はい」


 王子は光太の言葉の真意を測りかねているのか、いぶかしげに眉根を寄せた。

 光太はそんな王子を安心させるように、柔らかく微笑んで言葉を続けた。


「なので、今日はこの国についていろいろ教えていただけませんでしょうか? できれば、城下町を見回りながら」

「コウタ様……ですが……」


 王子はその言葉に唸るように考える。たぶん、今日も公務か何かが詰まってて忙しいんでしょうね。

 そんな王子の背中を押すように、礼美も身を乗り出して王子にお願いを始めた。


「私からもお願いします。この国のこと、いろいろ知りたいんです」

「レミ様まで……」


 にっこりほほ笑む礼美の顔を見て、呆然としたような顔になっちゃって……。

 って、頬を染めるでもなく呆然としてる? 礼美の笑顔を見て?


「……公務なら、同じ王族のアンナがやればいいんじゃないかしら?」


 王子の精神状態が心配になったあたしは、さっきからじっと兄を見つめていたアンナの方に水を向けてみた。

 うずうずしてるし、あたしが言わなくても自分から言い出したかもしれないけど。


「マコ様、しかし……」

「マコ様のいうとおりです、お兄様! たまには息抜k、じゃなかった……。まだこの国に不慣れなコウタ様たちに、この国のことをもっと知っていただくのは、この国の代表として重要な仕事ですわ!」

「しかしアンナ……」

「善は急げと申します! コウタ様、アンナ様、今すぐ城下町までお兄様がお連れしますわ!」


 アンナがそう叫ぶように言うと同時に、どこからともなく妙齢のメイド長っぽい人が現れた。

 ギョッと叫びそうになるが、何とか抑える。いったいどっから出てきた!?


「アルト様、そうとなればご用意をさっそくいたしましょう」

「め、メイド長!? でも、今日の公務が……」

「じゃあ、よろしくお願いしますね王子!」

「私たち、城門のあたりで待ってますから!」


 言うが早いか、反論を許さないスピードで光太たちが立ち上がり、あっという間に食堂から出て行ってしまう。


「さーて、大臣に言って今日のお仕事貰ってきませんとね!」

「ちょ、アンナ……!?」


 アンナはアンナで、鼻歌交じりに部屋を出て行った。

 王子が伸ばした手が空しく空をつかむ。

 ……ちょっと哀れになってきたわねー。

 飼い主に捨てられた子犬みたいな目をしている王子の肩を叩いて、あたしは優しくこういった。


「じゃあ、王子。今日一日、あの二人のことをよろしくお願いしますね?」

「…………………はい」


 あたしのとどめに、がっくりうなだれる王子に一つ頷いて、小さく会釈してくれるメイド長さんに会釈を返し、テーブルの上に残った料理をモソモソ食ってる隆司の方を見た。


「満足できそ?」

「まったく」


 首を横に振る隆司。筋金入りの肉食獣ね……。


「それでしたら、ハンターズギルドに行かれてはいかがでしょうか?」


 そんな隆司の様子を見かねてか、メイド長さんがそんなことを言い出した。


「ハンターズギルド……?」

「はい。王都の外にある森に赴き、狩猟をおこなっているのがハンターズギルドになります。そこならば、お肉が手に入るかもしれません」


 メイド長さんの言葉が、隆司の瞳に火を灯した。

 隆司は無言で立ち上がると、メイド長さんに深々と頭を下げた。


「メイド長。いろいろ教えてくれてありがとうございます」

「いえ、お客様に満足頂くのもメイドの務めですゆえ」

「行くなら一人で行ってらっしゃいね?」

「おう、わかった」


 上機嫌な隆司が食堂を出ていくのと同時に、何やら情けない悲鳴が聞こえてきた。

 今日はいったいどういう理由なのでありますか!?なんて聞き覚えのある声が聞こえてくる。運がないわねぇ、あの騎士の人。

 ……そういえば、あの人なんて名前だっけ。


「……フィーネのところに行って、魔法の勉強でもしよっと」


 しょんぼり肩を落としながら出て行った王子の背中とメイド長さんを見送った後、つぶやいてあたしは食堂を後にした。




 脅し役(表向き)=隆司、脅し役(裏から)=真子の図。元の世界でもだいたいこんな関係図だったと思われ。

 次回はギルドのお話! そろそろ騎士さんにも名前上げないとなー。


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