No.115:side・mako「それは、数の暴力」
「誰!?」
聞こえてきた声に振り返る。
けれど、振り向いた先には誰も……。
と、サンシターが何かに気が付いた。
「っ! マコ様!」
「え!? ちょ、なに!?」
そして私の目を塞ぐ。
い、いきなり何よ急に!?
「なんなのサンシター!?」
「……例のアレがいるであります。お叱りは後で」
「あ、それはありがとう。ごめん、変に疑って」
どうやら、声がした方に例のアレがいたらしい。サンシターには頭が上がらないわね……。
そんなあたしたちの様子を見て、声の主はクツクツと笑い声を上げた。
「……仲の良いことよ……。いっそ微笑ましい位にな……」
「褒めてくれてありがとう。微笑ましいついでに、あんたが誰なのか教えてくれるとありがたいんだけど?」
サンシターに目隠しされながら問う。
皆があたしたちの前に陣取る音を聞きながら、何があってもいいように軽く身構える。
「……なに、久しくここに訪れておらなんだから、ずいぶん統率がとれておらなんでな……。ようやく落ち着けることができたと思うたら、今度は随分大きなネズミが潜り込んでおるようだ……」
「マコ様しっかり!」
悪意まみれに例のアレの名を聞かされ、思わず腰が砕けかける。
サンシターの声援を胸に、何とか体勢を立て直す。
「……ぐ、く……! 統率、ってことは……ここにいるアレは、あんたがしつけてたものってこと!?」
「左様。小さな生き物故、どこにでも潜れる……。覗き見立聞きにはうってつけよ……」
声の主の言葉に、あたしはすぐに分かった。
覗き見に立聞きってことは……。
「そう……あんたがこっち側の情報を調べる諜報係ってわけね……!」
「いかにも」
「どういうことです!?」
「この声の主が、今までこっちの情報を調べて魔王軍に流してたってことよ……!」
あたしの言葉に、ナージャ達が息を呑み、声の主はまた笑い声を上げる。
確かに考えてみれば、例のアレはどこにでも現れるし、どこにでも行ける。
当然王城の中の警備なんかも、アレにしてみれば穴だらけでしょうね……。見聞きした情報をちゃんと掬い上げることができるのであれば、盗聴器なんかを上回る最高の諜報道具になるでしょうね……。
今まで姿を見なかったのは、魔法か何かであれを操っていたからか……。あたしが偶然発見した時は、ひょっとしたらあたしたちを監視するためだったのかもしれない……。
「さすがよな……。たったこれだけの情報から、その結論に至るとはの……」
「わざとらしいわよ、あんた……」
声の主に、あたしは嫌悪感を露わにする。
言葉の内容は、まるで私を褒め称えているようだけど、欠片も嬉しくない。
そもそも、こいつの発言を元に推測したのだ。あたしは誘導されるままに考えただけ……。
仮にあたしの推測が正しければ、向こうはあたしが軍師代わりであるということを知っている。なら、ある程度こちらの思考を誘導することだって容易だろう。さっきのように、ほんのわずかな疑いの種を捲けば、あたしは勝手に考えて疑う。
つまり、あたしは声の主に誘導されただけというわけだ。腹立たしい。
そんなあたしを見て、声の主はさらに大きな笑い声を上げた。
「クハハハハ! そう邪険にするな! 我が与うた情報は、決してそちらに不利になる情報ではあるまい? 感謝こそされ、厭われるいわれはなかろ?」
「いけしゃあしゃあと……!」
あまりの白々しさに、歯ぎしりをする。
ここまで相手側が内情をしゃべるには、必ず訳がある。
たとえば、もう使わなくなって用済みになったとか……。
でも、例のアレの諜報活動への有用性は計り知れない。声の主が、ただ統率を取るだけで騎士団の捜索から逃れ続けるほどだ。今ココで、その用途を切るのは早計すぎるだろう。
となれば、後は……。
その可能性に思い至ったあたしは、ざっと血の気が引くのを感じた。
「……あんた、まさか……」
「……フム」
声の主が、あたしの言葉に反応して首を傾げたような声を上げる。
自分が今まで、何を言っていたのか、今ようやく気が付いたという様な。
……ならばどうするべきなのか、迷いなく決めたという様な。
「そう言えば、この情報は秘匿すべきであったな。いや、うっかりしておった」
「……何言いだしてんだ、こいつ?」
フォルカが、声の主の言葉に呆れる。
まあ、当然といえば当然だろう。自分で口にしておいて今更だし。
でも……。
「……なれば、聞いたものはここで始末をつけねばな?」
何事にも、建前って必要よね……。
その言葉を聞き、サンシターが動揺したのが掌を通じて伝わる。
「い、今でありますか!?」
「そうぞ? 主らの最大戦力が封じられている今こそ好機……。そう思わんか?」
「ちっ! 腹立たしい位、正論だな……!」
「A! B! C! マコ様を御守りしますよ!」
「「「サー、イエッサー!」」」
ナージャの言葉に、ABCがフォーメーションを取ったらしい。
アレさえいなければ、あたしだって……!
「数はすくねぇんだ! 一息に焼き払って……!」
「「「「「ほう? 数が少ないとな?」」」」」
勇ましくフォルカが呪文を唱えようとした瞬間、声の主の輪唱が聞こえてくる。
聞こえてきた声の数は、優に十を超える。
それに合わせるように、小さな生き物が一度に動く、かさかさという音が前方に響いた。
何を見たのか、フォルカがひきつった様な声を出す。
「……ちょ、ちょっと数が多過ぎねぇか……?」
「いきなり弱気になってどうするんです!」
「「「「「そこな女子のいう通りぞ? 所詮は踏めば死ぬような小動物……。恐れる故は何もあるまい?」」」」」
声の主はそういうけれど、聞こえてくる足音は十や二十じゃ聞かない……!
目の前に広がる光景を想像し、軽く昇天しかける。
けど、目隠しをしてくれているサンシターが、何とかあたしの体を支えてくれる。
「マコ様! しっかりしてほしいであります!」
「う、うぅ……。サンシタァ……!」
自分でもわかるくらい、情けない声が上がる。
こんな時くらい、アレの存在気にせず動けるくらいの訓練しとくんだった……!
「マコ様が涙目とかおいしいシュチュエーションだな!」
「でも目の前の光景のこと考えると、そうともいえないな!」
「とりあえず地道に数を減らそうぜ! おらおらぁ!」
ABCが何か言いながら、ドカグチュとひたすら何かを潰す音が聞こえてくる。
リアルで聞くと凄まじいグロさだけれど、それでも聞こえてくる足音は一向に減らない……。
「ロープ気にしてる場合じゃねぇな! 火炎球!!」
フォルカが放った魔法が、目の前を焼き払う爆音が響き渡る。同時に、例のアレの悲鳴も響き渡る。
肉と皮が焦げる嫌な匂いが爆風に押されてこちらにも漂ってきた。
「げほ、ごほ! くっせぇな!」
「あなたがやったんでしょう!? それより、数は!?」
ナージャの叫び声と同時に、それに返答するように例のアレの足音が忍び寄ってきた。
「そんな……!? 全然減ってない!?」
「「「「「こやつらは、繁殖力だけが取り柄ぞ? 数だけはおる」」」」」
「にしたって、多すぎんだろうがよ!? 火炎球!!」
再び、フォルカが呪文を唱える。今度は、だいぶ遠い場所に着弾したのか、音が遠い。
同時にアレの悲鳴も響き渡る……。
「……まさか、通路にびっしりいやがるとか?」
「ちょ、やめてください!? マコ様じゃないけど、背中がぞわっとしました!」
「あたしじゃないけどってどういう意味よ、ナージャ!?」
ナージャのセリフに抗議を上げる。
けれど、冗談じゃない……! この洞窟はそこまで狭くないけれど、それでもアレが通路にびっしりとか……! 想像もしたくない!
「みんな下がって! デカいの撃つわよ!」
「マコ様!? 通路は破壊しないでほしいでありますよ!?」
「そこまで威力はいらんでしょうが! 心配すんな!」
背中のサンシターが悲鳴を上げるけど、それにかまけてる暇はない……!
文字通り数だけいるなら、その数ごと……!
「「「「「そのような道理、我が無茶が通さぬよ」」」」」
だけど、私が呪文を唱えるより先に、声の主が動いた。
通路にいる例のアレが、一斉に動き出す。
あたしの足元に、小さな生き物がちょろちょろと動く感触が……。
「っ!? い、いやっ!?」
「ま、マコ様!?」
その生き物が何か自覚した途端、あたしは呪文を唱えることすら放棄して暴れる。
必死に目隠ししてくれているサンシターの手すら振り払い、ネズミがまとわりつかないように手を振り乱す。
サンシターの手が、あたしの瞳から離れ、目に光が戻ってきた。
そして、眼下に広がる光景。
「―――――――――」
騎士ABCが、必死に足元を踏みつぶす。ぐちゃどろとした紅い物体は、血肉だろう。すでに三人とも足元が真っ赤に染まっている。
それに習ってか、ナージャも懸命に足元のネズミを潰している。神官服の裾は、すでに斑模様とかしていた。
フォルカは呪文を使って、津波のように押し寄せるネズミを必死に焼き払っていた。火炎球が決まるたびに、血肉の焦げるにおいが増していく。
そして、あたしの足元には大量の、ネズミネズミネズミネズミ…………。
「いっ、っひ、ぎ、ぁ……」
言葉が出ない。のどの奥に、何か熱いものがこみあげてくる。
赤く光る眼が、あたしの身体を射抜く。縫い止められたように動けない――。
一匹が、あたしの身体を駆けのぼろうとする。
「ぃ、やぁ!?」
足を振るって、その小さな体を振り払う。
途端、それを合図にしたように、ネズミが一斉にあたしに飛びかかってきた。
「ひっ………!?」
服に爪が引っ掛かる。
肩まで飛んだネズミの尻っぽがみみにあたる。
きばが、からだが、つめが、あたしのはだにくいこんでいく。
ぷつりとおとがした。いたい。いたい。いたい。
「イタイ、イタイ、イタイ!!??」
からだからちがながれていく。
とまらないとまらないとまらない。
ねずみがからだにまとわりついていく。
はなれないはなれないはなれない。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
あたしは、むがむちゅうで、かけだした。
冷静と狂気の狭間って難しいですね。スイッチの様に切り替わるのも、なんか微妙だし。今回は途中でシフトさせてみる。
さて、なんぞ怪しげなネズチュー軍団に襲われた真子ちゃんに、明日はあるのか!?
以下次回ー。