No.112:side・mako「アレの出所」
騎士団の練習場で光太と意志力コントロールの練習をしていた礼美に、王都東区へ向かうことを伝え、あたしたちは出発。
そのことを伝えた時、礼美は一緒についていきたいといったけれど、早いとこ意志力コントロールを身に付けときなさい、という理由で無理やりおいてきた。
……まあ、光太だけじゃなく、ヨハンさんやアルルといったエキスパートも一緒に教えてくれているおかげか、すでにピコピコハンマーみたいな形の意志力を上から落とすことができるみたいだったけどね。喰らった騎士が何人かのびてた辺り、結構な威力があるみたいだけど。
ともあれ王城に光太と礼美を目論見通り残してきたあたしは、東区にある商店街へとやってきていた。
情報によると、ここからハンターズギルドに依頼があったため、例の生き物の存在が確認されたんだとか。
「さーて、とりあえず周辺住人に聞き込みしたいところだけど……。礼美の奴、パン屋のシャーロットさんとやらに頼るといいって言ってたけど」
ポリポリ頭を掻きながら、そのシャーロットさんとやらのパン屋を探す。
商店街はさほど大きくはないが、パン屋だけでも二、三軒は立っている。競争率激しそうね……。
とりあえず入口から一番近い、全面ガラス張りのパン屋を訪ねてみることにする。
店番らしい人影が見当たらないんだけど、大丈夫なのかしら。不用心ねぇ。
「すいませーん」
「はい! いらっしゃいませー!」
扉を開けて中に入ると、すぐに女性らしい人の声が聞こえてきた。
しばらく待つと、天板の上にまだ湯気が立つほどにアツアツのパンをたくさん載せた、エプロン姿の女の人が出てきた。
ああ、店の奥に窯があって、そこでパンを焼いてるのね。見れば、店内の商品がかなり減っているのが見受けられる。お昼前だっていうのに、儲けてるわねぇ。
パン屋の店員さんは、客の存在に、とりあえず持ってきたパンを備え付けのテーブルの上に乗せるという形で対応することにしたようだ。
ケモナー小隊+サンシターまで入り込んで手狭になってきた店内に、香ばしいパンの香りが香ってくる。
「少し、パンが足りなくなって、追加を持ちに行ってたんです! 焼きたては美味しいですよ!」
「あー、あたしたち、実はパンを買いに来たんじゃなくて……」
ニッコニコの笑顔でパンを勧めてくる店員さんに、申し訳なく思いながらそう告げると、不思議そうな顔をされた。
? なによ?
「そうなんですか? でも、お連れの人たち、みんなパン食べてますけど……」
「………」
店員さんの言葉にゆっくり振り返ると、ケモナー小隊の連中がみんなパンを頬張っていた。
「あー、うめー」
「ああ、マオ君にも食べさせてあげたいです……!」
「まさに胃袋にも染み渡るおいしさですな!」
「しかも美少女が焼いたとなれば、付加価値もさらに倍!」
「いやー、朝食食べてきたはずなのに、手が止まりませんなぁ!」
「あんたらー!!」
「落ち着くでありますマコ様!?」
思わず殴りかかりそうになるあたしを止めるサンシター。
キー! 離せー!
「こんな狭い店内で暴れたら、お店の人に迷惑がかかるであります!?」
「だからって、こいつらフリーダム過ぎるでしょうがぁ! なに!? あのバカにかかわると、みんなこんな感じになるの!?」
にわかにパン屋が騒がしくなる。
危うくテーブルや天板をひっくり返しそうになるけれど、サンシターがひたすらなだめてくるので、何とか怒りの矛を収める努力をする。
「はー! はー!」
「いやすみません、マコ様!」
「おいしそうなパンの匂いに思わず仕事を忘れてしまいました!」
「罪ですね、こんなおいしいパンは! そこんとこどうですか店員さん!」
「え!? お、おいしすぎてごめんなさい……」
突然話を振られた店員さんが、返答に困ってそんなことを言い始める。
そんな店員さんの反応に気を良くするABCに、サンシターを振り切ったあたしの右ストレート、フォルカのフック、ナージャのフライングエルボーが決まった。
「「「ゴフッ!?」」」
「………あんたたちも一緒になってパン食べてたじゃない………」
「いや、そうだけど、こいつらほっとくと話が進まないし……」
「ごめんなさい、マコ様。ここ、前から一度来てみたかったんです」
「……まあ、いいけど」
フォルカのいうとおり、この一件に一々突っ込み入れてたら、時間がもったいない……。
いまだ怒りは収まらないけど、ため息ひとつでなんとか飲み下し、一連の漫才に目を丸くする店員さんに改めて向き直った。
「……えーっと、いきなりすいませんでした」
「あ、いえ。それは良いんですけれど……」
あたしが頭を下げると、店員さんもかしこまったように頭を下げる。
とりあえず、許してもらえたっぽいので、サクサク話を進めよう。
「えーっと、実はあたしたち、騎士団の依頼の関係でこの商店街を訪ねさせてもらったんですけど……」
「あ! ネズミ捜索の方ですね!」
……………………………ふぅ。
「マコ様ー!!!」
「はっ!?」
サンシターの叫びに、一瞬遠くなりかけた意識が舞い戻ってくる。
あ、あぶない……。完全に不意打ちだったわ、今……。
例の生き物の名前に動悸を繰り返す心臓を抑えながら、身体を支えてくれていたサンシターの身体にもたれかかる。
「ごめん、サンシター……ホントごめん……」
「お気になさらずに、マコ様」
あたしの真っ青な顔を見てか、サンシターは苦笑とともに、ゆっくり背中を撫でてくれる。
サンシターがあたしを落ち着かせてくれている間に、フォルカとナージャがあたしのことを説明してくれたのか、店員さんは突然気絶したあたしに申し訳なさそうに頭を下げた。
「す、すいません……。あの生き物の名前を聞くと気絶してしまうなんて、思わなくて……」
「いえ……いいんです……」
普通は名前聞いただけで気絶するなんて思わないわよね……。
これ以上あの名前が出てくる前に、この話題を切り上げようとあたしが手を振ると、そのことを察してくれたらしく、店員さんはさっきの続きを話し始めた。
「……とにかく、依頼の方ですよね」
「はい……。とりあえず、応援って形なんですけど……」
少しずつ動悸が落ち着いてきたのを確認し、大きく深呼吸。
あたしはゆっくりと言葉を絞り出した。
「以前も、似たような形で人が来ていて……そいつがシャーロットさんを頼るといいと言っていたんですけど……」
「シャーロットは私です」
目の前の店員……シャーロットさんは、自分の名前があたしの口から出て驚いたようだ。
しかし心当たりはあったのか、すぐに掌を叩いて頷いた。
「ひょっとして、レミさんのお友達のマコさんですか?」
「そうですけど……?」
シャーロットさんの口からあたしの名前が出てきて驚く。
何、あの子。まさか、あたしのことをしゃべってるわけ?
「一度捜索に着た後も、何度かレミさんがお店に尋ねていらっしゃるんですけど……時折あなたのお名前を伺うんですよ」
「あー……」
楽しそうなシャーロットさんとは裏腹に、あたしは頭が痛くなってきて目頭をぐりぐりと揉み解した。
あの子ってば……。王都から買い食いに出たついでにあたしのこと喋ってる場合か。
「……あの子から、何を聞いてるのか気になるところではありますけど、それは置いときます。ともあれ、あなたを頼るといいといわれてるんですよ」
「私を、ですか……。皆さんの、お役にたてればいいんですけど……」
礼美から頼られて、嬉しいのかあるいは困惑しているのか、あるいはその両方か。何ともあいまいな表情を浮かべる彼女に、あたしはここ最近の例の生き物の目撃情報を訪ねる。
「で、まあ……騎士団が何回かここに捜索に来てると思うんでご存じだと思うんですけど、まだ見つかってなくて……。ここ最近の、あれの目撃情報って出てますか?」
「それが、あれ以来ほとんど姿を見せなくなってて……」
あたしの質問に、困ったような表情になるシャーロットさん。
まあ、自分で依頼出しといて、まだ解決していないとなれば困るわよね。食品店ともなれば、あの生き物は百害どころの話じゃないし。
だが、続けて告げられた言葉に、あたしは目を丸くする。
「そこらを駆けまわる音や鳴き声は、しょっちゅう耳にするんですけど」
「なんですって?」
「音や鳴き声は、でありますか?」
サンシターの言葉に、シャーロットさんが頷く。
「はい……。気配、とあいまいに言ってもいいんですけど……」
シャーロットさんが首をかしげると、それに同意するようにフォルカも首をかしげる。
「アレに気配なんかあんのか?」
「住民がおっしゃるなら、多分あるんでしょう」
「となると、違和感を覚える程度にはアレがいる気配はすると?」
「はい」
いつの間にか復活していたA。BとCも、シャーロットさんの言葉に、難しい顔を作った。
「むう、弱りましたね、マコ様……」
「姿は見えずも気配はする……なんてことあるんでしょうか?」
「あたしに聞かれても……」
気配だけでうろつかれるとか、背中にサブイボってレベルじゃないんですけど。
身体をぶるりと振るわせつつ、フォルカに確認する。
「フォルカ、ちょっと聞きたいんだけどさ。あれを探すのに使った探査魔法って、どういう形式の奴なの?」
「確か……王都に張られてる、害獣除けの結界を利用したもんだ。その結界の中に、どういう生き物がいるか、いるとしたら、どこにいるのか……そういうのが大まかにわかるものだったと思う」
んー……。結界は基本的に、空間を覆って、その中に効果を及ぼすものだ。なら、結界を利用すれば、探査魔法の精度も上がるのは納得ね。
でも……。
「それって、結界の及ばない範囲には効果ないわよね?」
「そりゃそうだが……何が言いたいんだよ?」
あたしはゆっくりと、足元を示す。
「つまり……王都の地下には探査魔法は及んでないわよね?」
「地下……? マコ様は、地下にあの生き物が暮らしていると考えられているのですか?」
ナージャはあたしの言葉に驚くが、特別不思議なことでもない。
「野生のあれが、どういう環境で暮らすと思ってんの? 出来上がった穴倉や、そういうところに餌を持ち込んで、外敵がいない場所で食べるのよ」
生きている、という意味ではどんなところにでも存在しうるけど、安全を確保するのであれば、穴倉や地下に暮らすのが道理。
問題は、この王都にそんな穴倉があるかどうかだけど……。
「まあ、その辺は調べてみればわかるわよね。シャーロットさん。この辺りに、地下に潜れるような場所ってある?」
「いえ……。あまりそういう話は聞いたことはありません」
「よね……」
元々東区は服飾関係の工場や服屋が集まる区画……。地下に穴をあけるような無駄なことはしないわよね。
でも、あれの気配がある以上、何かがあるはず……。
あたしはいったん外に出る。
「集え天星」
天星を召喚し、うち一つを手に取る。
さて、こういう状況に最も適した魔法は……。
少し考え、呪文を紡ぐ。
「探せ天星」
あたしの呪文が完成すると同時、天星を中心に微弱な魔力の波動が拡散していく。
この魔力の波動で、周囲の地形を確認し、効果範囲にあるものを探す魔法だ。
細かく何があるか、なんてことまではわからないけれど、地下に何かあるとすればこれで――。
途端、天星を通じて答えが出る。
「………は!?」
「どうしたであります? マコ様」
お会計を済ませてパン屋を出てきたサンシターが聞いてくるけれど、あたしはそれに答えず地面にしゃがみ込む。
綺麗に磨かれた石を並べた、ごく普通の石畳だ。だけど、この下……。
「マコ様?」
「……地爆撃!」
「ちょ!?」
サンシターが止める間もあらば、あたしが唱えた呪文は石畳を吹き飛ばす。
威力は意図的に弱めてあるものの、結構な爆音とともに、石と土煙が上がった。
「なんだ!? どうした!?」
「ちょ、マコ様何してらっしゃるのー!?」
「マコさん……!?」
音に驚いたケモナー小隊の連中や、シャーロットさんも店から飛び出してくる。
周辺のお店の人たちや、買い物客も突然の爆音に騒然となる。
「ま、マコ様! 突然――」
「強風撃!」
けれど、それも無視してあたしは舞い上がった土煙を一息に吹き飛ばす。
轟という音とともに、土煙は吹き飛ばされ。
「………」
「………なんで、ありますか、これ」
あとに残ったのは、あたしが魔法であけた穴……その向こう側にのびる、黒い洞窟の姿であった。
王都の地下に、謎の洞窟を発見! これはいったい……!?
次回、謎の地下王国に、真子ちゃんたちが潜入! こうして隆司の出番がドンドン遠のくって寸法ですよ奥さん!
早いとこ解決しないとねー……。以下次回ー。