No.111:side・mako「捜査続行チュー」
閉ざした暗幕から漏れる陽の光が、暗い部屋の中をわずかに照らす。
まるで刃のような輝きに目を細めながら、あたしは目の前に傅いた三人の騎士の報告を待つ。
「……で、どうかしら?」
「ハッ! あれから三日ほど経ちましたが、相変わらずの仲の良さです!」
「昨日は向かい合って手を握り合い、今日など、コウタ様がレミ様の背中に覆いかぶさるような形でした!」
「お互い欠片も気にしていない様子が、逆に親密なように見なくもないです!」
「そう……フ、フフフフ……!」
思い通りの展開に、思わず笑いがこぼれてしまう。
チーム練習の提案をしたとき、礼美が何やら変な勘繰りしていたようだけれど、別にあたしから働きかけるつもりはさらさらなかった。
何故なら、あの二人の妙な仲の良さを見た、周りが誤解することを期待したからだ。
あたしたちの世界であれば、あの二人もただの学生……。周りの人間はこぞって二人の気を引こうと、蟻のように群がる。実際、そのせいでうまく二人っきりの状況を作れないことも多々あった……。
でもここは違う。あの二人は勇者だ。容姿や能力だけでなく、その地位や立場は周囲の人間に二の足を踏ませる。
そこに来て、今回のチーム連携の練習……。あの二人は、お互いに異性への接触へ忌避がない。礼美はその純粋な無知さゆえ、光太は……慣れらしいんだけど。
まあ、ともあれ、顔を赤くする様子もなく、ごく親密に、お互いの身体を触れ合わせ、二人で練習を重ねる二人を見て、周りがどう思うのか……。
言うまでもなかろう。二人の関係は、並みのものではない……そう考えさせるには十分すぎる……!
ここでなら、ここでなら! 向こうで出来なかった、外堀を埋める作戦も可能なのよ!
「フフ、フフフ……あーっはっはっはっ!」
ああ、笑いが止まらないわ! そうして周りが誤解すれば、自然と二人っきりの状況も多くなる!
多くは望まないわ、お互いに告白とか頭の中にすらないだろうし。
でも、お互いが自然に一緒にいるようになれば、元の世界に戻ってもそういう状況は多くなる……!
ならば、後はどうとでもなる! ごり押しでも、媚薬でも! 既成事実さえできれば、あの二人はくっつくのよ!
「フフフ。さすがマコ様、ワルですのぅ」
「周囲に誤解させ、二人に逃げられない状況を生み出すとは……!」
「そんなマコ様にしびれる憧れる!」
「いや、それはどうでもいいであります。暗いし蒸すでありますから、カーテンと窓を開けるでありますよ?」
「「「「はーい」」」」
ベタな悪役の気分に浸っていたあたしとABCは、呆れたようなサンシターの声に元気よく返事をする。
暗い中、あたしの後ろに控えさせられていたサンシターは小さくため息を吐き、暗幕代わりのカーテンと窓を開ける。
途端、暗闇に包まれていた部屋の中は明るくなり、開いた窓から気持ちのいい風が入ってくる。
んー、年中通して温暖な気候だと、やっぱり風も気持ちいいわねぇ。たまに長雨が来るらしいけど。
ちなみにここはあたしと礼美に与えられた専用の部屋。といっても、寝る以外はほとんど使われてないんだけどね。
窓を開けて部屋の空気を入れ替えたサンシターが、明るさにやや目を細めるあたしを見て首をかしげた。
「……で? マコ様、ケモナー小隊の者たちと、自分を呼んだのはどうしてでありますか?」
「あー、それはフォルカとナージャが来てから話すわ」
「チーッス」
「遅くなりました」
などと言っていると、ガチャリと扉が開いて当のフォルカとナージャが顔を見せる。
「遅かったわね。どうしたの?」
「あー、そんな大したことじゃねーんだけど……」
「一部の、ケモナー小隊の隊員を倉庫に放り込む作業を、少し……」
「は?」
ばつが悪そうにそう口にする二人を見て、あたしは訳が分からずに眉根を潜める。
なんでケモナー小隊の連中を倉庫に放り込む必要が……。
そんな私を見て、ABCが気まずそうに答えてくれた。
「えー、恐らくマコ様にとっては信じられないことだと思うのですが……」
「我々の中には、いわゆるげっ歯類萌えも存在してまして……」
「マコ様から与えられた、我々への任務を止めようと襲いかかって、ということなのでは……」
「………」
ABCから告げられた驚愕の事実に、思わず体を震わせる。
あんな悪魔のような生き物に萌える人間が、この世に存在するとか……ありえん……。
が、そうなると微妙に気になるのが目の前の三人だ。こいつらが、戦場に出て嫁へと特攻する姿を、今のところ見たことがない。
「なら、あんたたちは何萌えなの? 叫んでるとこ見たところがないんだけど」
「私はワーシープ萌えです!」
「私はマーメイド萌え!」
「そしてスライム萌えが私です!」
口々に答えてくれるABC。
そんな彼らの返答を聞き、サンシターは納得したように頷いた。
「魔王軍に、その手の子はいなかったでありますね」
「話を聞くと首都にはいるらしいのです!」
「そもそもマーメイドとか、陸の遠征には向かないこと甚だしいですしね!」
「スライムに至っては、希少なせいで、こういう荒事には絶対連れて行ってもらえないとか!」
「そんな泣かんでも」
ボロボロと男泣きに泣きまくるABCの姿をかわいそうなものを見る目で見てやる。
いやまあ、隆司の奴もソフィアが首都に帰ったとか聞かされたら、絶望して倒れるか、そのまま首都に特攻しそうではあるけど……。
呆れるあたしに、サンシターがようやく了解したとまた頷いた。
「しかしマコさま、例の騎士団への依頼へ協力するのでありますか?」
「うん……」
サンシターの確認に、あたしは顔を青くしつつ頷く。
「サンシター、聞いてなかったんですか?」
「いつものように「ちょっとついてきて」とここまで引きずられてきたであります……」
「ちったぁ、疑うなり話を聞くなりしろよ。それはそれとして、そんな様で大丈夫なのか?」
あたしの様子を見たフォルカが、心配そうに聞いてくる。
まあ、確かに、あれと真面目に相対しなければならないと心臓が凍るような気さえしてくるけど……。
「でも、今のままでもダメでしょ? 正直、追撃戦となればこちらから仕掛けるか、向こうが仕掛けた後に、こっちの残った戦力を投じないと……」
「それはそうですが……」
「なら、早いとこ騎士団の問題は解決しとかないと……。いつも無理を聞いてもらうわけにはいかないでしょ?」
「騎士団的にも、信用問題がありますので、マコ様も協力してくださるのであれば、大助かりなのですが……」
「本当に大丈夫なのですか?」
「騎士団の問題はさておいて、マコ様の精神状態もかなりヤバげなのですが」
「うっさいわね……」
口々に言うケモナー小隊の連中に反論しようにも、あいにくと今のあたしじゃ説得力が……。
と、その時サンシターがあたしの肩に手を置いた。
「サンシター……?」
「マコ様がそうなさりたいのであれば、自分は反対しないでありますよ」
優しい笑顔でそう口にするサンシターに、あたしは目を丸くした。
てっきり、サンシターにも反対されるものだと思ってたのに……。
そんなあたしの思考を読んだのか、サンシターは苦笑した。
「自分としては、ご自愛いただきたいところでありますけど……マコ様がみんなを思って行動されるのであれば、それを止める理由はないでありますよ」
「そ、そこまで評価されるようなもんじゃ……」
まっすぐにそういわれ、思わず照れる。
あーもー……こいつもなんでこういうセリフを普通に言えるかなぁ……。
「・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・……・・・・・・・・・・・・・……」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・……」
「 な に か い っ た ? 」
「「「「イイエ、ナンデモアリマセン」」」」」
五人で固まって何かボソボソと不愉快な話をしていたので睨みつけると、そっぽを向いてしらを切られる。なんかめっちゃ腹立つわね。
半目で睨みつけるあたしの横で、そんなやり取りを苦笑しながら見ていたサンシターが、あたしの目を覗き込んで、さらにこう口にする。
「ですが、無理はさせられないでありますから、常にご一緒させてほしいでありますよ?」
「それは、こっちがお願いしたいくらいよ……。お願いね、サンシター?」
「はい、もちろんでありますよ」
サンシターの言葉に、思わず安堵して笑みがこぼれる。
もし来てくれないとか言われたら、不安で心が折れ―――ハッ。
「「「「「………」」」」」
「……そこ、何が言いたい」
なぜか生温かかったり微笑ましいものを見る目をするケモナー小隊ども。
あたしが唸るような声で問いかけると、声を出すことなくゆっくりと首を横に振った。やっぱり優しい眼差しで。
腹立つわぁー!!
思わず唸るように喉から音を絞り出すあたしをなだめるように肩をポンポンと叩いてくれたサンシター。あたしゃ、獣かっつーの!?
彼はケモナー小隊たちをくるりと見回し問いかけた。
「とりあえず、マコ様の協力が得られたのはよいでありますが、何か情報は入っていないでありますか?」
「といわれてもなー」
「騎士団の方も、人海戦術で目下捜索中だけど、影も形も見えないんだよな」
「そろそろ王都二週目の旅も終わりだ……。これが終わったら三週目だお……」
「教団の方も、これといって……。礼拝に来る方々も、ちらほら姿を見た、以来当初に比べると、あの時目撃したげっ歯類は幻か、と言い出す始末ですし」
「魔導師団も以下同文だな。結界も無事、その上で侵入された事例もなし。探査魔法にも引っ掛からなかったんで、見間違いか何かじゃねぇかって話すら上がってるくらいだしなぁ」
情報がないってレベルじゃないわね……。
各関係機関からの報告を聞き、あたしは頭を悩ませる。
確かにここまで情報がないと、最初に見つかったのは単なる誤情報じゃないかと疑いたくなる……。
が、かつてあたしは王都であの生き物を見たことがある。
その時は思わずサンシターを絞殺しかけちゃったわけだけれど……。
あの時のあれが幻でないとすれば、まず間違いなくあの生き物は王都にいるはず……。
初めにあの生き物を見たのは確か……。
「……東区に行ってみるわよ」
「え?」
あたしの言葉に、サンシターが不思議そうな声を出し、それから思い出したように叫んだ。
「そういえば……マコ様があの生き物を見つけたのは、東区でありましたね!」
「東区、ですか? そういえば、初めにげっ歯類発見の報が上がったのも、東区でしたね」
「なら、アレがいるのは東区なのか?」
「さあ、わかんないわよ」
フォルカの疑問に首を振りながら答え、椅子から立ち上がる。
「でも、何もしないよりはマシよ。礼美たちが見に行ったときは何もなかったらしいけど……今いけば、何か分かるかもしれないわ」
もちろん、根拠なんてあるわけがない。
とはいえ、ここで顔を突き合わせてないものねだりしていても仕方ない……。
「とにかく動くわよ。待ってても見つからないなら、見つけに行かなきゃ手に入らないんだから」
「「「「「了解!」」」」」
あたしの指示に、全員が勢いのいい返事を返してくれる。
そんな彼らに感謝しつつ、あたしは部屋を出た。
そんなわけで、久しぶりのネズミ捜査前線。
とりあえず、初目撃の東区へと向かうことにした一行……果たしてネズミは見つかるのか?
以下次回ー。