No.109:side・Sophia「野営地追撃戦」
まず、我々の野営地の目の前にドデンと腰を据えている奇妙な生物……。
遠目にも覚えがある、あれはアメリア王国騎士団が移動に使う変な生き物だ……。
長い胴体に無数の足が生えている……ナマモノだ……。どう見ても毛がフッサフサの哺乳類なのだ……。ムカデじゃないのかあれは……?
だが、注目すべきはそこではない……。
「にゃ~ん~……。ダーリンに膝枕してもらえるなんて……ミミル感激!」
「喜んでもらえてうれしいぜ……」
「ミミルゥ……! 敵に膝枕してもらって喜ぶなぁ……!」
「ガオウ君ダメ……! まだ、魔力回復してないんだからっ……!」
野営地の一角、どころか全域で、部下とケモナー小隊らしき連中がイチャイチャと話をしている光景だった……。
人間の男に膝枕してもらってご満悦なミミルに、ガオウが喝を入れようとしているが、マナがそれを引きとめている。とりあえず、全開ではないらしいところを見るに、回復してやろうとしているのだろう……。
その背後では、うつ伏せのマオにのしかかり、尻尾やら耳やらの毛並みを神官風の女が整えてやっていた。
「ああ、こんなに乱れて……。私がちゃんと整えてあげますからね!? ハァハァ!」
「せ、せめてその荒い鼻息を何とかしてください!?」
どう見ても迫られているようにしか見えない。いろんな意味で、弟が危機だぞマナ。
それ以外でも、かなりカオスめいた光景が繰り広がれていた。
「全力で! 抱きしめて! クマ耳のおじ様ぁー!」
「ぬぁー!?」
「ウフフ……可愛い猫耳……。食べちゃいたい!」
「や、やめてください! 冗談でも怖いですぅ!」
「ああ、やっぱり鱗がスベスベで気持ちいい……!」
「そ、そう? そういわれると、悪い気はしないわね……♪」
「リザ子ー! 俺だー! 尻尾ビンタしてくれー!」
「誰がリザ子よ! ちゃんと名前で呼びなさいよ! ちゃんと、教えてあげるからさ……」
そこかしこで繰り広げられる、頭の痛い光景……。
仲睦まじいのはよいことなのだろうが、相手があの男に準ずる変態どもでは、ロマンスも半減である。
ひどい所だと……。
「ハーピーだ! 天女はいるってホントだったんだ! じっちゃんはうそつきじゃ」
「誰が天女よ!? こっちくんなぁー!」
ガルガンド以下、死霊団を捜索する任務から帰ってきたばかりのハーピーが、迫ってきた変態に翼での一撃を見舞う。
バシーン!
「ぐあはぁぁぁぁん!!♪」
「あ、ずるい! ハーピーちゃんの翼ビンタなんて!」
「ぬぅ、奴め! ビックイベントを一人で体験だと!? そんなことさせるか!」
「さあ姫! 次は私にビンタを! さあさあさあさあさあ!!!」
「もういやー!?」
が、その程度でひるむ変態ではない。逆に興奮させる結果になったらしく、勢いよく迫られて涙目で逃げ回っている。
そういえば、ハーピー達はケモナー小隊初体験だったな……。
男……というか、ハーピーは空を飛ぶという種族的な問題のせいでほとんどが少年少女にしか見えんのだが、ともあれ少年のハーピーもいるせいで、女の変態もすごい興奮している……。
それらを見ているうちに、私の脳裏にある種の恐怖が蘇る。
これほどまでにケモナー小隊どもが興奮しているということは、何か特殊なことがあったのではないか? たとえば、奴らの指導者であるあの男が戻ってきたとか。
そうだ。よく考えればあの男、意味不明な理屈で行動することが多々ある。
向こうにいるとハーピー達に見せかけて、あるいはこちらに戻っているという可能性も……!
錯乱した私は、思わずこう叫んでいた!
「よ、嫁じゃない!」
「姫様!?」
「嫁じゃない! 私はお前の嫁じゃないぞぉ!?」
「閣下、お気を確かに!! タツノミヤの気配はありません!!」
ラミレスとヴァルトが、いきなり叫びだした私を見てなだめにかかるが、私はそれにすら構わずひたすら主張した。
もしいるのであるとすれば、否定しなければいろいろまずい気がするのだ!?
「嫁じゃない! 嫁じゃないったら嫁じゃない!」
「あんた、いい加減病気ね、それ」
「誰が嫁かぁ!?」
聞こえてきた声に思わず叫び返すと、そこにいたのはあの男ではなく、魔導師の姿だった。
呆れたような彼女は、隣に騎士団長を伴っていつの間にかそこにいた。
「よう、ヴァルト」
「ゴルトか……!」
「いつもこっちに来てもらってばかりじゃ悪いから、今日はこっちから遊びに来たぜ?」
にやりと笑って豪気にそういう団長は、手に持った棒をくるりと回して脇に構えてみせる。
いやしかし遊びに? やはり、あの男も来ているのか!?
「あー、落ち着きなさいって。こっちにきてんのは、普通の騎士も来てるんだから。ホラ、あれ見て」
慌てて視界をまわす私を見て何を思ったのか、憐れんだ眼差しの魔導師がケモナー小隊のいる反対側を指差す。
「しゃ!」
「なんのぉ!」
「おりゃぁ!」
「うあ!? へへ、やるじゃん!」
無数の騎士と、部下たちが互角に戦っているところだった。
驚くべきことに、ほとんどが一対一での勝負。以前とは比べ物にならん戦闘力だが……。
まさか……騎士たちが急にパワーアップしている!?
「貴様の仕業か、魔導師!?」
「御帰り、ソフィア」
妙に優しい目つきの魔導師が、拍手までしてそんなことを言ってくる。
なんか無性に腹が立つが、それを主張するより早く魔導師は首肯して見せた。
「ええ、そうね。サンシターが三日くらいかけてやってくれました」
「おかげで廃人一歩手前だよな」
「尊い犠牲だったわ……」
「まだ死んでねぇし」
……よくわからんが、ここ三日くらいで急激に力をつけたらしい。
しかも、この規模となれば、騎士団全員にそのパワーアップが行き届いているとみて相違あるまい……。だからこそ、こうして戦闘後に追撃に移ったか……!
「油断した……!」
「いや油断っていうか。あのバカいないだけで凹んでんのはあんたでしょうが」
「そ、それはいうな!?」
「ゴルトよ。よくここまで来てくれた。まずは、歓迎しよう」
「ありがとう。あんまり嬉しくねぇけど」
魔導師の言葉に思わず身悶えそうになる私の前に、ヴァルトが立つ。
ヴァルトに相対するように騎士団長が立ち、その後ろから魔導師がひょっこりと顔を出すような形になった。
「そうか? ここまで来るようになったことは、喜ばしいことではないか?」
「俺たちだけじゃ、こうはいかんさ。マコたちのおかげさ」
「で、そんな私たちに、ちょっと教えて欲しいことがあるんだけども?」
団長の背中から顔を出す魔導師が、そんなことを言い出した。
「教えて欲しいこと?」
「ええ。例えば、魔王軍の目的とか」
にっこり笑ってそうのたまう魔導師。
目的……そういえば、彼らには言った覚えがなかったか。
「我々の目的は、荒廃している我が魔王国に代わる領土を求めることだ」
「荒廃?」
「うむ……。我らが祖国は、お前たちが竜の谷と呼ぶ場所の目と鼻の先にある」
そっと目を閉じ、その裏に浮かぶ光景は、赤茶けた石と土に覆われた、魔王国の大地。
無限ともいえる山々に囲まれた荒れた土地。それが、魔王国だ。
「だが、領土と言えるのはほんのわずか。周辺を谷と山に囲まれ、弱いものは生きることすら許されない大地……。そんな中でも生まれ来る弱き同胞のために、平和な土地を求めたのが、この戦争の目的だ」
「なるほどなるほど。理には合ってるわね」
私の宣言に、魔導師は頷くが、何一つ納得していない顔つきだった。
「でも、それが真実ではないわね?」
「なに? どういうことだ」
「もし土地が欲しければ、領地を奪って、そこから人間を追い出すくらいはするでしょう? そもそも奪い返された領地を取り戻す気配すらなく、領地が欲しいとかちょっと舐めてるでしょう?」
「……それは、貴様らのせいだろう」
魔導師の言葉に顔をしかめながら、そう反論する。
「我々の想像以上に、貴様ら勇者は強力だった。なら、戦力を集中するのは……」
「当然でしょうけど、それでもあたしたちの単体の力はあんたや四天王以下。脅威と呼ぶにはいささか説得力が足りないんじゃないかしら?」
「なに?」
自らを卑下するような魔導師の言葉に眉根を潜めるが、魔導師は畳み掛けるように続ける。
「それだけじゃないわ。あんたたちは、必要以上にあたしらを気遣っている……殺さないほどに。ねえ? ヴァルト将軍?」
「………無為な殺戮を好まないだけだ」
なぜかヴァルトに問いかける魔導師。ヴァルトの返答に、にっこり笑う。
だが、満足したというよりは、予想通りの答えが返ってきただけという雰囲気があった。
「立派だわ。それが、ソフィアの命として出ていれば、納得も言ったんでしょうけど」
「なに?」
「誰も殺すなって命令、あんたの命令らしいわね、ヴァルト将軍」
どういう意味か問う前に、魔導師は口を開く。
こちらが何かを言うよりも早く、矢継ぎ早に問いを叩きつけてきた。
「そちらの総大将は、あんたが敬意を見せる点から言っても、ソフィアのはずよね? なら、最上位命令系統はソフィアのはず。なのに、ガオウはどうしてあんたの命令を聞くの? 師弟関係、というにはあの男、忠義心に篤過ぎるしね」
そこまで一息に言い、一転して真剣な表情でヴァルトを視線で射抜いた。
「はっきり言うわ。さっきソフィアが口にした目的……それ以外の何かをあんたは考えている。違うかしら?」
「………」
「ヴァルト……?」
黙して語らないヴァルト。
そんな彼に、騎士団長がゆっくりと問いかけた。
「前からずっと疑問だった。お前らがその気になれば、俺たちはとうの昔に国の端っこに追い詰められてたんだ。だってのに、今日まで国は形を保ってる……。こうして、お前らの前に立てるだけの勇者は連れてきたんだ。そろそろ、話してくれてもいいんじゃねぇのか?」
「………………」
騎士団長が口にしたのは、開戦当初、向こうから提示された和平に対するヴァルトの答え。
「我々の眼鏡にかなう勇者を連れてきたら考えよう」と答えた時、てっきりヴァルトは騎士団の歯ごたえのなさに落胆しているものだと考えていた。
だが、本来の目的は、むしろそちらだった……?
「………我々は――」
「あ」
ヴァルトがゆっくりと、その答えを語ろうとした途端、その出鼻をくじくように魔導師が声を上げた。
思わずガクッとつんのめる我々を前に、魔導師は本当にすまなさそうに謝った。
「ごめん、時間切れだわ」
「なにぃ!? まだ何も聞けてないぞ! 予定じゃもうちょっとかかるんじゃないのか!?」
「フィーネがスゲェがんばったってことで」
「な、何の話……?」
と問いかけて。
ふと、この二人がこんなに長々と話をしている理由を考える。
普段であれば、速攻で攻め込んでくるはずだ。それこそ、こちらに攻撃する間も与えぬほど。
そんな拙速を貴ぶ二人が長々と話をする理由……。
まさか、陽動!?
「やってくれたね、あんた……!」
私の推察を裏付けるように、悔しげに上を向くラミレス。
それにならって上を見上げると、そこには巨大な魔力の塊がいつの間にか存在していた。
「な……! なんだあれは!?」
「なにって、魔力の塊?」
「そういうことを言ってるんじゃ……えぇい!」
ずいぶん高い位置にあるせいで、気づけなかった……!
よく見れば、我々の野営地を覆い尽くすほどに巨大な結界が敷かれている。
おそらく、目の前の魔導師の天星とやらが基点だろう。大きすぎて見逃した……!
ケモナー小隊と騎士団を一挙投入したのもこれに気が付かせないためか!
「ラミレス! 相殺してくれ!」
「あそこまで飛ぶのは骨なんだけどねぇ……!」
急ぎ、ラミレスに頼む。彼女であれば、あの程度を相殺することができるはずだ!
「ほい」
と、跳躍に備えるラミレスに向けて、魔導師がボールのような何かを投げつける。
素早くカバーに入ったヴァルトが、ボールを勢いよく素手で破壊する。
ボムッ。
途端、ボールが弾け、中から何か粉のような――。
「ひ……ひくちっ!」
それを鼻で認識した途端、急にむずむずしてくしゃみが飛び出す。
な、なんだこれ!?
「けひん! けひんけひん、けひん!」
ヴァルトなど、私より鼻が利くせいでかなりひどい目に合っている。絶えずくしゃみを繰り返し、きわめて苦しそうだ。
「な、なんだいこれ――ぶあっくしょい!」
「なにってコショウ」
遠慮も呵責もないくしゃみを放つラミレスに答えて、魔導師はさらに懐からボールを取り出した。
「今は魔法使えないからねー。小癪な手段で足止めしてくれるわ! 喰らえコショウボール!」
「寝入りかけたサンシターたたき起こして何か作ってもらってると思ったらお前……」
呆れたような騎士団長に一切構わず、私たちの足元に向かって次々とコショウボールを投げつける。
ぐわ! は、鼻に入って……!
「ひくち! お、おのれひくち!」
「なんていうか、あいつが好きそうなくしゃみするわねー」
魔導師が何かを言っているが、それに構っている暇はない! 早く、早くあれをなんとかせんと……!
「ああ、安心して頂戴」
まき散らされるコショウに悪戦苦闘する私たちを見て、魔導師は優しくこう言い放った。
「今回、あれで狙うのはあんたたちだけだから……フィーネ!」
魔導師が素早く通信用らしい符に叫ぶと同時に、私の全身に強烈な魔力が襲い掛かる。
「―――!!!」
全身を襲う衝撃と、身体の中の魔力をすべて奪い去られる感覚に鳥肌が立つ。
魔力の一撃はほぼ一瞬で通り過ぎるが、まるで一時間以上攻撃にさらされ続けた後のような虚脱感が全身を襲った。
「ぐっ……!」
魔力が限界まで削られてしまい、ズシンと両足が地面に沈む。もはや浮く力も残っていない……!
「この野営地に溜まってた魔力全部ぶち込んだっていうのに、まだ膝をつくだけって」
呆れたように呟く魔導師だが、呆れるのはこちらだ……。野営地に溜まっていた魔力を利用するなど……!
「まったく……! 何があったのか知らないけど、ずいぶん吹っ切れたみたいじゃないかい……!」
ぐったりと倒れ伏すラミレスだが、その言葉には魔導師が立ち直った喜びのようなものが見え隠れする。
ラミレスの言葉を聞き、魔導師は軽く肩をすくめた。
「おかげさまでね。余裕があるっていいわー」
「余計なこと、いっちまったねぇ……!」
憎たらしくそう言う魔導師の言葉に苦笑しつつ、ラミレスが何とか立ち上がる。
「ここは、引かせてもらうよ……! 姫様も、ヴァルトもいいね!」
「ああ、構わん……!」
「けひん……!」
まだコショウに鼻をやられているヴァルトと私の返事を聞き、ラミレスが、いざという時のために用意しておいた、野営地用の転移魔法を発動させる。
その魔法が転移するまでの一瞬で、私は魔導師に吠える。
「魔導師よ……! この屈辱、忘れんぞ!」
「私も忘れないわ……。隆司には、あんたが「ひくちっ」って可愛らしくくしゃみしてたって、しっかり伝えとくから」
「それはやめ――!?」
ろと言い切るより前に、私の目の前から魔導師が消える。
あああああああー!? こ、このままではあの男にー!?
「く、くそー!?」
勇者たちが現れてから、ずいぶん長いこと滞在していた前野営地まで後退し、私は悔しさに地面を叩く。
ま、また……またあの変態に!? 変態にー!?
「悔しがるポイント違うんじゃないかい……?」
「けひん……」
魔力を使い果たしたラミレスと、いまだ鼻が治らぬヴァルトが何か言っているが、そんなことどうでもいい!
「ああー!?」
いずれ来るかもしれない悪夢に怯え、私は吠え猛るのであった………。
過去最長の六千字オーバーでお送りする、異世界ラブコメ! 前回と合わせて、ソフィア弄りオンステージって感じでしたね。
その一方で、魔王軍の目的も判明! ただし表の。ヴァルトはどうも違うこと考えてんのかなー?
以下次回ー。